第01話 迷子のアンドロイド

 魔物の森。名前から分かる通り、魔物と呼ばれる存在が棲みついている森である。

 魔物とは、牛や馬などの動物と違って魔法が使える群の事を指し、人間に対して非常に攻撃的であるという性質を持つのが特徴であった。そのため、普通の農民や商人と言った人達では対処が難しく、魔物の脅威には冒険者ギルドという専門機関に駆除を依頼する、というのが一般的な対策方法であった。

 そんな訳で、魔物の森にほど近い場所にある村に住む人間たちは、普段から決して近づこうとはしない、そういう地域であった。

 それなのに、魔物の森の中に生える木々の上、太い枝の上に登って姿を隠し、じっとその場所に留まる一人の男が居た。深く険しい鬱蒼とした森林は、魔物が居ないと言われても近づくのですら恐怖を感じ、入るのに躊躇しそうな程の雰囲気がある、そんな場所に。

 しかし彼はソコで、樹木の枝から生えてこんもりとした葉っぱの間から、目だけを出して身体のシルエットは葉で隠して、視線をずっと遠くの方へ向けていた生い茂る森を見るのでもなく、遠くの方にある山を見るわけでもない。焦点の合わない目で、ずーっと遠くを見ていた。

 しかも、一切動かず音も立てずに存在感を完全に消し去っていた。どうやら、何かから隠れるように息を潜めている様子だった。

 その隠れ方は完璧なようで、彼の乗る枝の下、木の側をノッソリと歩くトラのような姿をした魔物には察知されず、空を飛ぶ鷹のような魔物にも勘付かれる事はなかった。付け加えると、彼は何十時間も前からその場所で微動だにせず、ずっと木の上に潜んでいて、その間には何者にも一切察知されなかった。

 彼は視線を一点に集中して、不動のまま何をしているのか? その答えは、敵が居ないか周辺情報のサーチを行っていたのだ。何十時間も掛けて。

 今の彼の様子を、他の人間が見たならば誰もが不気味だと感じることだろう。普通の人間であれば、それほどの長時間をジッとしたまま動かず周囲を警戒し続けるなんて、体力的にも精神的にも難しいだろう。けれど、彼はいくら時間が過ぎても疲れたような様子は一切見せなかった。

 なぜならば、彼は普通の人間ではなかった。いや、人間ですらなかった。彼は、人の姿に似せて作られた戦闘指揮官CL-505型と呼ばれる、アンドロイドという存在だった。


***


「宇宙暦6010年、ヴェルナー宙域での戦闘中に原因不明の事象により戦闘空域より転移。仲間存在との通信が不能。現在地不明、帝国領への帰路不明により帰還は困難。これより、緊急時の第二目標条件を達成するため単独行動による情報収集を行う」

 暗い森の中に、無感情な男の声が広がる。彼は、万が一の場合に備えて自身の記憶媒体に、暗号化したテキストデータと音声データ、視覚機能から撮影した映像データの三通りの方法で現状の報告を記録していた。

 彼が口にした言葉の通り、数十時間前までは宇宙空間で艦隊戦を行っていたはずだった。CL-505型が艦隊指揮を務める十四万隻の帝国軍に対して、数百年もの長い間戦争を続けている反乱軍の艦の数は十万隻。

 戦闘は終盤に差し掛かり、帝国軍の損害が五千隻に対して反乱軍の損害は三万隻以上という、帝国軍の圧倒的有利で殲滅戦へと移行していた。

 反乱軍を追い詰めつつも、油断はしないようにじっくりと攻略していく。そう意識していた筈の時に起こった出来事だった。突然CL-505型が搭乗していた旗艦が何者かに攻撃を受けたのか、艦橋は激しい光と、揺れに包まれた。そして、次の瞬間にCL-505型は見知らぬ森の中で立っていたのだ。

 最初、彼は反乱軍の新兵器によって強制的に転移させられたのだろうかと推測した。そして、急ぎ自分の居る場所の特定を行った。しかし、データには無い惑星。自分の指揮する艦隊、ヴェルナー宙域の間近に有るはずの駐屯地、そして帝国の首都星までの連絡が途絶えていた。

「こちら、CL-505。応答せよ」

 彼が、右手の中指に嵌めた指輪に語りかけるが、全く応答は無い。その装飾豊かな指輪は、数十時間前まで彼が乗って戦闘を指揮していた旗艦の制御ユニットであり、超長距離でも連絡が可能なはずの通信機能も搭載していた。だが、やはり反応しない。

 ということは、こちらからの通信が届かない程の距離まで離されてしまったか、敵性存在に通信をジャミングされているのか、それとも……。

 それなのに、そんな状況になっても反乱軍は姿を現さない。転移させられてから今まで、彼は自身の機能を最低限にまで性能を落として、敵性存在に見つからないよう息を潜めていた。
 とはいえ、こちらのセンサーにも一切反応が無いのはおかしい。ここに来て、彼は反乱軍の仕業ではなく偶然に起きた自然の事象なのではないか、と判断するようになっていた。

 帝国軍にとっての敵の存在である反乱軍を、今のところ確認できず。ある程度の安全を確保した後に、戦闘指揮官アンドロイドCL-505型は数十時間潜んでいた場所から早速移動を開始した。

 

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