第10話 貴族様

 事情聴取は時間を掛けてしつこく続けられた。だが、襲われていた女性であるバーバラが精神的にも肉体的にも疲れがピークに達したのか、言葉少なくなってきた事に気づいた兵士が聴取を一旦中断して彼女を休ませる事にした。

「彼女を医務室に連れて行く。すまないが、少しだけ部屋で待っていてくれ」
「はい、わかりました」

 兵士に対して素直に了承の返事をして、彼らを部屋から送り出す。部屋の中に残されたのは、俺とアルビナの二人だけ。既に事件発生から随分と時間を取られていて、これ以上は手間を要するのにはストレスを感じていた。

 バーバラという女性は、無事に兵士に保護され危険も去った。事件については詳細を説明し終えたし、カイニーアと呼ばれる街に来た当初の目的であるアルビナ用の生活用品も買い集め終えていた。これ以上は、街に滞在する必要も無いだろうし姿を消しても問題ないだろうと判断する。

「もう待つのも面倒だから、逃げ出そう」
「! アイルトン様、何も言わずに部屋から出て行けば彼ら兵士達が困ってしまうかもしれません。申し訳ないのですが、兵士が戻ってくるまで待って居てもらえないでしょうか?」
「あー、うん。じゃあ、もう少しだけ待とう」
「ありがとうございます、アイルトン様」

 アルビナが悪いわけでも無いのに、申し訳無さそうな表情と若干の震える声で立ち上がろうとした俺を呼び止める。確かに待たせていた人間が何も言わずに姿を消してしまったら、探し出そうと彼らの仕事を増やしてしまうかもしれない。

 部屋で待つと了承の返事までしてしまったので、アルビナに免じてもうしばらくだけ待ってみようと腰を下ろした。

「ん?」
「どうしました? アイルトン様」
「部屋の外が、何やら騒がしいな」
「そうなのですか?」

 男性の声が二人分、一方は偉そうに「部屋にさっさと案内しろ」やら「グズグズするな」と命令している様子で、一方は下手に出るように「お待ち下さい」やら「申し訳ございません」と謝る声が聞こえてきた。

 外を騒がしている二人の他にも、六人の男たちが会話をしている二人の周りを囲んでいる気配を感じた。そして、彼らは俺達の待っている部屋に向かって歩いてくるようだった。

「どうやら、この部屋に近付いてくるな」
「本当ですね、声と足音が聞こえてきます」

 二人で外の様子を伺っているうちに、騒ぎの原因であろう彼らは部屋にノックもせずに入ってきた。

「本当に、こんな場所に居られましたかアルビナ様」
「えっ?」

 太った中年の男性が、部屋に入ってくるなりアルビナに視線を向けて下品な笑みを浮かべ話し出した。アルビナには一応、顔を覗き込んでみ見えないような効果のある特別なローブを被らせて変装してもらい、身分がバレないように顔を隠させていたつもりだったが、彼女だという事を知られているようだった。

「お久しぶりです、ソル公爵です。アルビナ様が、何やら事件に巻き込まれていると耳にしてお迎えに参りました。さぁ、こんな汚らしい場所はアルビナ様に相応しくありません。今日はもう遅いですし私の屋敷に案内しますので、そちらでお寛ぎください。国王には明日、私が直接説明しますので何の心配もありませんよ」
「あの、えっと」

 突然登場して喋り続けているソル公爵と名乗る彼は、とっても偉い貴族様らしい。しかし話しかけられているアルビナは、揉み手をして近付いてくるソル公爵に対して、嫌悪感を抱いたような表情を浮かべている。

 アルビナの表情を見て俺は、ざっくりとどの様な人物なのか見当をつける。どうやら、醜く太った見た目通り、良くない人間のようだ。

「ささっ、何も気にせず私に付いて来てください」

 アルビナに向けて無遠慮に伸ばしてきたソル公爵の手を、遮るようにして俺は立ち上がった。アルビナとの接触を妨げられたソル公爵は、今はじめて俺が居るのに気づいたのか、それとも邪魔なんてされないと予想していたのか、驚きの表情を見せた後に、睨むような視線を俺に向けてきた。

「何だ貴様は?」
「勝手に俺のモノを持っていてもらっては、困るんだがなぁ」
「は?」

 アルビナは俺のモノだという言葉の意味を理解できていないのか、呆けた表情を浮かべるソル公爵。

「どうやら、頭のおかしい人間が居るようだ。邪魔だ、退け」

 ソル公爵は、乱暴に俺の肩を叩いて退かせようとするが、俺は地面に根を張った大樹の如く微動だにしない。

 見た目で言えば、醜く太った肥満の貴族様と普通な体型の俺とでは、体重差で簡単に突き飛ばせそうな様子なのに、俺はピクリとも動かない。むしろ、力を込めて押そうとしたソル公爵の方が反対に転びそうになっていた。

「ぐっ!? おい、コイツを退かせろ!!」
「「「はい、直ぐに」」」

 ソル公爵は、その貧弱な力だけでは俺の身体を動かせないと分かったのか、引き連れていたお供に向かって大声で、ツバを飛ばしながら命令を下した。

「邪魔だ!」「そこを退け!」「大人しく言うことを聞けッ!」

 命令されて動き出した屈強な三人は、声を上げて近付いてくると俺の頭と両腕に手を伸ばしてきた。どうやら、力ずくで床に引き倒してから、俺をアルビナの前から退かせようという考えらしい。もちろん、抵抗する。

「無駄だ」
「え?」「なに!?」「っぐはっ!」
 伸ばしてきた彼らの手を逆に掴んで、力任せに引っ張ったり、足を思い切り引っ掛けて一瞬で三人を地面に転ばせる。

「……!?」

 状況を見ていたソル公爵は、直ぐに男たちの手で俺が床に這いつくばる未来を想像していたのだろう。だが実際は、俺に向かってきた三人が逆に、いとも簡単に床へと打ち倒されている。

「き、貴様! 誰に歯向かっているのか、理解しているのだろうな!? おい、番兵! 貴族に逆らう、この無礼な男をひっ捕らえろ!」

 今度は権力を笠に着て脅しながら、なおも立ち向かってくるソル公爵。面倒な人間に絡まれ不愉快な気持ちになった俺は、けれど武力には頼らず相手を打ちのめしたいと考えた。そして、この場所で自分の正体を明かしてやろうと思い至った。

「貴様こそ、誰に向かって口を開いているのか、理解しているのであろうな」

 厳かな口調に変えて、人間の見た目に変化させていた右腕と隠していた翼だけドラゴンのモノに戻して部屋の中一杯に広げる。

「な、な、なぁ!?」

 俺が只の人間ではない事、そして、この国で崇められているドラゴンであると正体を明かしてやる。すると、腰を抜かしたのか地面へとへたり込み、それでも距離を取ろうとあたふたしながら下がろうともがくソル公爵。

「ま、ま、魔物だ! 人間に化けた、魔物だッ! 番兵、コイツをどうにかしろッ!」
「ただの魔物、じゃなくてドラゴンなんだがなぁ」

 どうやら、俺がドラゴンであることを正しく理解されなかったからなのか、ソル公爵は兵士達に俺を退治するように助けを求めていた。

 しかし、俺が認識していたルセンディア王国のドラゴン信仰は思っていたものと違っていたようだ。ドラゴンという身分を明かせば、ハハーッと頭を下げられ敬われるモノでは無いんだな。

 なんて考えていたら、よくよく辺りを見てみると、恐れ慄いている貴族と、後ろに居るアルビナ以外の人間達が一斉に、土下座するような形になって床に頭を擦り付けていた。

 

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第09話 事情聴取

「これは一体……」

 通りの向こうからやって来たのは、この街を守る目的とした兵士達のようだった。俺と未確認敵との戦闘騒ぎの音を聞きつけてやって来たのか、それとも目撃した住人の誰かが知らせに走ったのか、兵士達は十分な武装をして警戒しながら恐る恐ると近付いて来た。

「これは、一体? ここで、何が起こったんだ?」
「隊長、あそこに人が倒れています」

 時間が経ち太陽も沈みきっていて辺りは真っ暗になっているので、辺り一帯の屋根上から漏れるように灯りが点けられているのが分かる。そして、まだこの辺りは暗いままの通路で彼らは手元に持っているランタンを頼りにして道を照らしていて、足元に注意しているようだった。

 そして、街路に倒れ伏している男たちに気がつくと、発見した兵士の一人が口を開いて驚いていた。

「手分けして、詳細を調べろ」
「全員、死んでいる!? いや、気絶しているのか?」
「この男たちの鎧、見覚えがあるぞっ!」
「っ! あそこに誰か居る!」

 返り討ちにした彼らが倒れ伏す、その現場を忙しなく検証し始めた兵士達。

 兵士の一人がようやく俺たちの存在に気がついて、声を上げて指さされる。彼の行動によって視線が一気に集まったが、俺は特に反応もせずに黙って推移を見ていた。

 用心した兵士達は、武装のために腰に下げていたのだろう剣に手を添えつつ、未だ鞘からは刀身を抜かないままジリジリとすり足で近寄って来るのだった。
 
 彼らは、あと数歩だけ足を伸ばせば剣が届く程の距離まで近付いてくると立ち止まり、訝しげな表情で襲われていた女性、彼女を介抱しているアルビナ、そして俺へと視線を移していき観察していた。

 そんな兵士達の中で先頭に立っていた一人の顔を見て、俺はある事に気がついた。

「おや、先程門番に居た兵士さんじゃないですか」
「っ! あ、あぁ……。昼頃に城門を通った商人か」

 先頭に居た兵士の一人は、この街に入る時に検問を担当してくれた兵士だった。彼は俺の顔を覚えてくれていたようで、剣から手を離して警戒を少しだけ解いてくれた。

「一体ここで何が起きたんだ? この男たちは誰だか分かるか?」
 検問の兵士に問われた俺は、嘘偽り無く素直に起こった出来事について知っている事を彼に説明した。

「そこの地面に座り込んで休んでいる女性が、見知らぬ男たちに襲われているのを発見し、訳を聞こうと間に入った所、問答無用で私も打ちのめされそうになったので、自己防衛した所こうなりました」

 俺は、アルビナと介抱されている女性のほうへチラと視線を送りながら、今の状況になった経緯を彼に説明する。
 話を聞いていた兵士は、話を聞き終えた瞬間には信じられないというような怪訝な表情を浮かべていて、すぐさま幾つかの質問を俺に投げかけてきた。

「市民を助けるために、鎧を着込んだ彼らと戦ったのか……? それで、他に君たちの仲間は?」
「今のところ私の仲間は、後ろで女性を介抱している彼女一人だけです」
「なんだって? 二人対複数人で戦闘して勝ったのか?」
「戦ったのは、私一人です」
「……武器は?」
「拳で」
「は? え? 鎧を着て武装した男と無手で戦っただと?」
「叫び声を聞いて飛んで来たので、準備する時間も無かったので」
「…………見たところ君は怪我も無く無事なように見えるが、手傷を負ったりしなかったのか?」
「鎧を着ていましたが彼らは弱く運も良かったのでしょう、特に苦労もなく制圧できました」
「……」

 次々と出される兵士の質問に対して淀み無く正直に答えていくと、どんどん兵士が俺を見る目を鋭くさせていると肌で感じ取っていた。人間の商人を名乗る身として、少し常識を逸しているという自覚は有ったけれど、嘘を付くのも面倒になってきたので正直に答えた結果だと理解していた。

 もう既に人間や、商人として身分を偽っているのに飽きてきていた為に、正体を隠し続ける気も薄くなっていた。そして、彼らがどこで俺の正体に気づいてくれるのか楽しみになってきていた。

「すまないが、もう少し詳しく今回の件について聞きたい。この場所で聞き込みを続けるのは何だから、移動しよう。付いて来てくれ」

 質問を終えて、顎に手を当てて考え込むようにしていた兵士は俺の説明では理解しきれなかったのか、より詳しく事件について調べようと続けて話を聞きたいという。その為の聞き込みを続けるため、場所を移動しようと提案してきた。

 街の通りの外れで起こった今回の件、先程までは人が一人も居なかった道だった筈なのに、いつの間にか人集りが出来始めていた。確かに興味津々の彼らの視線の下で話を続けるのは、少し鬱陶しいだろうと移動を了承する。

「分かりました。アルビナ、その女性は歩いて付いてこれそうか?」
「どうでしょう。バーバラさん、少しだけ歩けそうですか?」

 アルビナはいつの間に名前を聞き出していたのか、襲われていた女性バーバラに柔らかな声で移動のために歩けるか尋ねるが、バーバラは何度か立ち上がろうと腰を浮かせようとするが、尻もちをついて立ち上がれない様子だった。

「やむおえない、少しの間だけ我慢してくれ」
「ぁぅ」
 俺は立ち上がれないバーバラに了承を得てから、本日二人目の女性をお姫様抱っこして移動を開始した。

 兵士の後に付いて、何処かに案内されるまましばらく歩く。街の人達が何事かと視線を向けてくるが、一切を無視して兵士の後について行くと、街の一角にあるレンガ積みの建物の中へと招かれた。どうやら彼らの詰め所の一つらしく、ここで引き続き事情聴取が行われるようだった。

 建物の中にある一部屋に案内され、席に着かされると休憩もなく最初から事件の内容を説明させられて、俺は正直に答えていく。そして、途中にはアルビナや落ち着きを取り戻した被害者のバーバラも説明を加えてくれて事件の詳細が明らかになっていった。

 

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第08話 後始末

 数分後には、立ち向かってきた鎧の男たち全員が地面に倒れ伏していた。

 うつ伏せになってピクりとも動かない者、仰向けで白目を剥きながら両手両足を伸ばして倒れている者、建物の壁に寄りかかってただ座っているかのように気絶している者。夕暮れ時で暗くなった街の一角に、そんな光景が広がっていた。

 一応、生かしたまま殺さず逃げないようにして気絶で止めておいた。しかし、数百年ぶりの人間相手に力加減の具合を忘れていて、感覚を調整するのに最初の数人は結構な力を加えてしまった。しかも打ちどころも悪かったようで、死には至らないが後遺症が何か残っている可能性があった。

 不可解なのは、そんな状況になっても誰一人として鎧の男たちは逃げようとせず、彼らは戦闘を止めることも無く立ち向かってきた事。たった一人が相手だったから数で押せば勝てると思ったのか、逃げ出すのを恥だと感じたのか、それとも仲間を置いて逃げられなかったからなのか……?

「さてと、この男たちはどうしようか」

 そう声に出してみて、今後の対応について考える。薄暗い路地に倒れている鎧を着込んだ男たちの様子は、かなり異様な光景である。そんな状態でそのまま放って置くわけにもいかないが、さて。

 まず優先するべきなのは、詳しい状況について改めて調べる事。襲われていた女性に、事情を聞くのが良いかと考えた。けれど女性の方へ視線を向けてみると、地面に座り込んで顔を真っ青にしたまま、ガタガタと身体を揺らす程の恐怖で震えていた。

 今の彼女に向かって、襲われていた事情について軽々しく話を聞けそうには無かった。

「あ、う……」

 俺が目線を向けていることに気づいたのか、女性は引きつった表情で何か言おうとしている。けれど、尻もちをついたまま両手は地面から離れず、立ち上がる様子もない。
 そして、恐怖で口から言葉が出ないようだった。よほどの怖さを感じたのか、そうなった原因だと思われる鎧の男たち全員が目の前で気を失った今も尚、落ち着く様子はない。

「! ぅっ……!」
 
 女性に近づこうと、俺が一歩だけ足を前に動かした瞬間、彼女の肩がビクリと揺れるのが見えた。どうやら、近づこうとしただけの俺に対しても恐怖したらしい。

 襲った鎧の男たちのせいなのか、もしくは武装した多数相手に徒手で圧倒していた俺の力に怖気づいたのか。理由はともかく、どうやら俺では対応できないようだから代わりに屋根の上に避難させておいた同性であるアルビナを連れて来て、彼女に女性の世話を頼もうと考えた。

「ま、待って!」

 アルビナを屋根から下ろしてココに連れてこようと、少しだけその場を離れようとした時だった。俺がその場から離れようとした事に気がついたのか、震えた声を上げて止められる。そして、縋るような目を女性から向けられていた。
 恐怖で震える女性に気遣いながら、優しく声をかける。

「ほら、あそこ。屋根の上に居る女の子を、ここに連れてくるだけだから」

 街の中にある、その一軒家の屋根を指差して見せて、女性に何故その場から離れようとしたのかという理由と、何をしようとしているのかを伝えた。

「少しだけ、ココで待っていてくれ。すぐに戻ってくるから」
「……っ、は、はい」

 コクンと頷いて、反応した彼女。なるべく早く戻ってこようと意識しながら、目線は襲われていた女性に向けて離さず、俺はひとっ飛びで屋根の上へ向かった。

 軽やかに、一回のジャンプで屋根の上まで飛び上がると両手足で屋根にしがみついて地面の方を覗こうとしているアルビナが居た。急いでいたとは言え、周りも見えにくくなる暗がりの時間で、万が一ココから落ちたりしたら危ないのに、こんな場所へ置いてきた事を申し訳なく思い、慌ててアルビナに近づき身体を支える。

「すまない、待たせた」
「! 大丈夫ですか?」
「女性が一人襲われていた。見たところ彼女にケガは無かったが、精神的に参っている。男性に恐さを感じてしまうようだから、アルビナに対処を任したい」
「はい、分かりました」

 アルビナは俺の腕に抱きつきながら、何が起こったのか状況を聞いてきた。その質問に対して俺は、なるべく簡潔に状況を説明してから、アルビナを屋根の上まで連れてきた時と同様に腕を回して抱え上げると、彼女を屋根から下ろした。

「……!」
「あの人ですね」
「あぁ、そうだ。頼む」

 すぐに戻ってきた俺に、驚いたような反応を見せた女性。そして、俺の抱えているアルビナに気づいて彼女を見ると、少しだけ恐怖した表情が和らいだような反応を見せた。

 やはり、男性に対して恐怖を感じていたのか。そして、同性であるアルビナを連れてきたのはいい判断だった、と感じていた。

 腕に抱えていたアルビナを地面へと下ろし、すぐに女性の介抱を任せる。しばらく彼女が落ち着くまで時間が掛かりそうだ。

 もう一度、俺は鎧の男たちが倒れている方へと向けて考える。この状況は、街に有るだろう警備隊か何かに報告するべきだろう、後はその人達に後処理を任せれば……。

 そんな事を考えている時だった。視線の向こう、鎧の男たちが倒れている更に向こう側の街路から、片手にランタンを持ち、もう一方に武装した男たち数人が現れたのだった。

 

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第07話 厄介事

「どうやら、良い人を紹介してもらったようだ」
「そうみたいですね」

 城門を通るのに検問された時に出会った兵士に教えてもらった商店に直行すると、そのまま直ぐに持ち物を換金することが出来ていた。

 俺達は二人ともが物価に関する知識が無かったので、換金してもらった金額が相場なのか、それとも安く買い叩かれているのか判断できなかったけれど、とりあえず換金できたお金を持って商店を歩き回って必要なモノを買い揃えていった。

 アルビナの為に買い与えた服装、巣に置く人間用の家具、生活用品、食糧などを購入していくと、まだ手持ちのお金が半分は残るぐらいとなっていた。
 市場に出される商品をいくつか観察していくと、カイニーアの街での物価がだいたい予測出来るぐらいになっていて、結果的には城門兵に紹介された友人の店が良心的な価格で売物を換金してくれた事が分かったのだった。

「目的の半分は終わった。次は宿を探して、酒場で情報収集を行おう」
「はい、わかりました」

 買い与えた普通の市民として見えるような地味な服装に着替えたアルビナは、商人に変装した俺に召し連れられる手伝いとして、今は立ち居振る舞いまで意識して変えながら付き従っていた。

 そんな風にして、街の中の散策を終えて買い物も一段落した頃には、太陽も山の間に沈んで辺りも暗くなり始めた夕暮れ時。

 突然、遠くの方から誰かが言い合いをしている声が俺の耳に届いていた。

「ん?」
「どうかしましたか?」

 聞こえてきた声が気になって、俺はその場に立ち止まり声のする方向へと顔を向ける。突然立ち止まって明後日の方向へと顔を向けた俺を気にして、アルビナも立ち止まり質問してきていた。

 俺はアルビナのする質問には直ぐに答えずに、耳をすませて音を聞き取ろうと集中した。すると、男の声で大人しくしろ! という脅すような声。その後に女の声で、助けてください! と悲痛な叫び声が聞こえてきた。

「どうやら、何処かで厄介事が起こっているようだが」
「厄介事、ですか?」

 アルビナも耳をすませて集中していたけれど、声は聞き取れていないようだった。しかし、俺の耳には街から溢れてくる音の間に、再び女性が叫び声を上げているのが聞こえていた。

「どうやら、女性が街の中で何者かに襲われているようだ」
「そんな!? 助けに行きましょう!」
「そうだな」

 聞こえてきた女性の助ける声を無視する訳にもいかず、俺はアルビナの膝と背中に腕を回して抱きかかえると、建物の屋根の上へとアルビナを抱えたまま飛び上がった。

「え? きゃっ!」
 そして、慌てるアルビナをそのまま腕に抱えて建物の屋根の上を飛び移って、最短距離で走り声のする場所へと向かった。


***


「あそこだ」

 城壁が直ぐそばにある場所、建物と城壁との間の薄暗い通りに二、三十人ぐらいの集団の人間が居るのが見えた。その集団の全てが、鎧を着込んで腰や背に剣や弓などを装備していて武器を持って武装しているのが見えた。一体、あの集まりは何だろうか。

「少し、ココで待っていろ」
 アルビナは、厄介事に巻き込まれないように屋根の上に置いておいて、俺だけが集団の居る建物の下へと飛び降りる。

 涙を浮かべてもがいている女性。彼女が、少し前に俺の耳に届くほどの叫び声を上げた女性だろうか。

 そんな女性を、逃げないようにと後ろから口を手で塞いでいる男と、剣を振りかぶって今にも女性を斬り殺そうとしている男。事情は分からないけれど、普通には見えない状況に空から飛び降りて、集団の間に割って入る。

「うぉっ!?」

 地面へ飛び降りた瞬間に男が力強く振り下ろした剣を、女性が切られる前に俺は右腕で受けて止める。更に俺が斬りつけられた腕を押し返すと、剣を振った男が声を上げて後ろに吹っ飛んでいった。

「誰だ、貴様っ!」
「っっっうううっ!」

 突然姿を表した俺に驚く鎧の男たちと、口を塞がれたまま何とか助けを求めようと訴えるように唸り声を上げる女性。
 剣を振るった男を吹き飛ばした右腕を、そのまま伸ばして俺は振り返ると同時に拳をぶん回して女性を掴まえている男に目掛けて、裏拳で打つ抜いた。

「ぐひうっ!」
「きゃあっ!」
 少しの力しか込めていないけれど、男の頬に強烈な刺激を加えることが出来て、鎧の重さも物ともしないという風に軽く男の身体はグルンと回転し、頭が地面に足が空を向いた格好で地面に打ち付けられていた。

「大丈夫か?」
「うっ、あっ、っっ」

 男の腕から解放された女性に近寄り安否を確認したが、懸命に何か口に出して言おうとするけれど恐怖で口がきけなくなったようだった。身体も小刻みに震えていて、大きなショックを受けていることがひと目で分かる状態だった。

 どんな事情で今の状況になったのか経緯は分からないけれど、複数の鎧を着込んだ男性たちが女性一人を取り囲んで殺そうとしたという状況を見てしまえば、悪いのは男たちの方だろうと感じることしかできなかった。

「ちっ! あいつの情報と違うじゃねぇか!」
「しかし、見られたからにはコイツも始末しねぇとマズイぞ」

 地面に倒れ込んでいた女性を抱きかかえて、落ち着かせながら地面に立ち上がらせている間に、男たちはコチラの様子を伺いながらコソコソと相談事をしいてた。

「お前たちは、一体何の集まりだ? 何故、この女性を殺そうとしていた?」

 俺の質問は、女性を襲っていた男たち全員に完全に無視されてしまった。それどころか、男たちは腰に下げていた剣を音を立てずにゆっくりと抜いて、コチラへと向けてきた。

「悪いが、死んでもらう」
「何も知らないで首を突っ込んだ、馬鹿な自分に後悔するんだな」
「まぁ、遅かれ早かれ街の人間は皆殺しだがな」

 男たちが口々に言うと、剣を構えて威嚇し切り込んできた。地面から立たせた女性は、再び恐怖を感じ腰を抜かして座り込んでしまった。

「ふん」
「なにっ!?」「ぎゃ!」

 けれど、俺は男たちに何の脅威も感じないまま淡々と対応していた。

「ぐぎゃ!」
 一番に斬りかかってきた男の剣に目掛けて拳を打つと、剣の刃を粉々にしたまま男の顔も殴り抜いて吹き飛ばす。

「うぐうっ!」
 剣を上段に構えていて、がら空きだった腹めがけて鎧の上から蹴りを入れる。そして、そのまま男を腹に加えた衝撃で吹き飛ばす。

「っあ! うひぃぃっ!」
 女性を標的にして斬り伏せようとした男の剣を鷲掴み、そのまま引っ張って剣を握っている男ごと後ろに投げ飛ばす。

 剣ごと顔を殴られた男は、地面に倒れ込んでピクリとも動かず。腹を蹴られた男は、吹き飛んで建物の壁に激突した後は、ぐったりと力尽きていた。剣ごと掴んで投げ飛ばされた男も、近くの建物に頭から突っ込んで気絶しているようだった。

 こうして一瞬のうちに、俺は三人の武装した人間を軽々と負かしていた。

 人間の姿に変化していてもドラゴンの能力は健在のままなので、刃物を身体で受けても傷つくことはないし、少しの力を込めるだけで人間を簡単に吹き飛ばすことも出来ていた。

「くっ」「一体誰なんだ」「しかし、逃げるわけには……」

 敵わないだろうと力を見せつけた男たちは、それでも懲りていないのか、力の差を素直に認めないのか、逃げ出さずにジリジリと俺との間合いを詰めてきていた。

「逃げないのなら仕方ない」

 俺は小さくつぶやくと、見逃すことを止めて男たちに立ち向かっていった。

 

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第06話 城門

 目的地の近くにまで飛んできた俺達は、カイニーアの街が見える場所である近くにある山の中腹辺りに一度着陸していた。そして、着陸してすぐに俺はドラゴンの姿から人間に変化していた。そして、慣れない空の旅で疲れている様子のアルビナの横に並んで立っていた。

「到着しましたか?」
「あぁ、あそこに街がある。少し歩く必要があるがな」

 時刻は昼頃を過ぎたぐらいだろうか、快晴で視界も広くて辺りがよく見渡せる場所だった。なので、俺の指差す先にある街はアルビナにも見えていただろう。

 しかしアルビナは、王族として城の中で生活していたために、城の外にある街の外観や、城壁の外側にある山々についてはあまり知らなかった。そして、土地勘があまり無いために本当にカイニーアの街なのか、うまく判断できなかったようだ。

「あ! お城があります」
 しかし、都市の中にある白塗りされた大きな城を見て、ようやく自分の知っているカイニーアの街である事を認識したらしい。

 これからあの街に人間の姿へと変化したままで、侵入することにしていた。俺達が降り立った地から、山を下って行って城門を通ってからカイニーアの街に入るという計画。それを、実行しようとしていた。

「あの……、私はこのままの姿で行けば、不審がられるのではありませんか?」
 両手を広げて、着ている服を俺に見せてアピールしながらアルビナが言った。

「確かに。商人として身分を偽って行くのには、その格好では無理があるかもしれない」
 アルビナの姿は、貢物として運ばれてきた時の純白のドレスで着飾ったままだった。しかも、この国の王女という事だから街の人達には顔を知られている可能性も高く、街を歩けばすぐに問題になるかもしれない。

 だから、徹底的に商人として格好を変装してから街の中に入ろうと、アルビナに魔法を掛けて見た目を変化させるという方法を使った。

 まぁ、彼女の王女としての立場や俺のドラゴンとしての権威を示せば、街の中入り込むのは変装なんてしなくても簡単に入っていけるかもしれないけれど、俺の存在が王様や街の人達に極力知られないように、なるべく正当な手順を踏んで他の人間たちに紛れて都市の中に入っていきたいと考えていた。

「これでどうだ?」
「こんな服装、初めて着ました」

 アルビナの格好は、先ほどのドレスから比べて、だいぶ粗末なモノに見た目だけが変化していた。頭を覆うような緑色がくすんだローブを上に着ていて、顔は覗き込んでもハッキリとは見えない、というように錯覚するような魔法の効果も加えていた。

 あくまで、見た目を変化させているだけなので、街に入っていけば彼女の服装も用意してあげないといけない。そんな事を考えながら、城門近くにまで男女二人で歩いて行く。


***


 それからしばらく歩いて、降り立った地点から城門の近くにまで到着していた。

「下から見ると、この城壁は意外と大きいな」
「この城壁は、カイニーアの街のシンボルですから」

 視界に広がる、ぐるりと都市を囲む城壁を見上げながら驚いている俺の横で、少しだけ自慢げな顔で城壁の情報を補足してくるアルビア。

 前回に見た時は、上空で飛び回っていて城門には注目して見ていなかったので、あまり印象には残っていなかった。しかし、人間の姿に変化して見てみれば思いの外大きくて、外装も見応えがあって結構面白い作りをしている城壁であることがわかった。

 外からやって来るらしい商人や、街に住む人達が出入りしているらしい城門を見つけて、そこへ歩き近づいていく。どうやら、城門を通るのに検問を行っているらしいので、俺達も大人しく検問を行っている列に並んで待っていた。

 結構な時間を待ってようやく自分たちの番になると、城門兵と思われる鎧を着込んだ中年男性が近づいてきて、検問が始まった。

「ようこそ、カイニーアの街へ。見たことの無い顔だが、初めてか?」
「あぁ。この街には、初めてやって来た」

 にこやかに対応してくれている城門兵は、俺の発した”初めて来た”という返答を聞いて、さり気なく目線を動かして俺の身形を見て調べているようだった。そして、城門兵から続けて色々と質問されることになった。

「名前は?」
「私はアイルトン、後ろにいるのは手伝いのベルカ」
 自分の名前はそのまま言って、アルビナという名前は注意を引く可能性が高いと感じて、あらかじめ考えていた偽名を使って質問を逃れる。

「このカイニーアには、一体何の用事で?」
「商売をしに来たんだ。色々と取り扱っている」
 そう言って、空間魔法に保存していた獣の肉を一つ取り出して、疑うような目線を向けてきていた兵に見せる。すると、少しだけ警戒心を解いた兵士。

「なるほど、空間のスキル持ちだったか。この肉の質も良さそうだな」
「分かるか?」
「俺の友人の一人が、街の中で商店を営んでいてな。商品の目利きのコツを少しだけ教えてもらったんだ。良かったら、友人の店に行ってやってくれ」

 そう言って検問を無事に終えると、何事もなく城門を通してくれた兵士。検問を行った彼には、街の中で商店を営んでいるらしい友人について教えてもらい、店のある場所も教えて貰っていた。

 無事に城門を抜けると、城壁の向こう側に有った街の様子がようやく見えるようになっていた。

 石畳の道の両側に建っている、木製の建築物と石造の建築物。建物の背は低く、遠くには白色の城も見えていた。古い街であるらしいが、見た目には建物が整然と並んでいて清潔感も有って綺麗な街だと感じていた。

「さて、とりあえずは換金に行ってみよう」
「分かりました」

 後ろにアルビナを引き連れて、街の中に有る商店を探して取り引きをするように目指していた。

 

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第05話 おでかけ

「あの、私はこれから一体どうすれば……」

 街に行くことを決めた俺に向けてアルビナは、オロオロして落ち着かない様子のまま恐る恐ると尋ねてきた。

「君も街まで一緒に行ってもらおう。移動は、私の背中に乗せていく」
「は、はい」

 作り始めたばかりな巣の中は、まだまだ土壁や岩肌が剥き出しのままで中は薄暗い。そんな場所では、落ち着いて過ごすことが出来ないだろう。
 それに、巣の回りに居るであろうモンスターの駆除も行っていないので、出会ったばかりの人間とは言え、彼女を一人だけ置いて行くのは心配すぎる。なので、一緒に来てもらうおうと考えていた。

 それから都市までの距離は、人間の足で歩いていけば三日程度は掛かるぐらいに離れていたと思う。しかも、女性であるアルビナの足で歩いて行くのならば更に時間が必要になるのは明らかだろう。という事で急いでいる訳ではないけれど、ドラゴンである俺はヒューンとひとっ飛びで空路を行けるので、アルビナを背中に乗せて飛んでいく事を考えていた。

「準備してくるから、少し待っていてくれ。森の中に入るが、すぐ戻ってくる。近くにいるから、何か危険が有れば叫んで知らせてくれ」
「え? あ、はい。わかりました」

 そう言って、アルビナを少しだけ巣の出入り口に待たせて置いて、近くの森の中に入っていくと都市へ行く準備をすることに。準備というのは、具体的に言えば換金できるようなモノを手荷物に用意しておくこと。

 巣の近くで集めてきた物を一挙に、魔法を用いた空間の中に収納しておいた。結構な量のモノ、辺りに生えている果物、狩った獣の皮や肉、鉱石などを短時間で集めてきていた。

 都市の中へは、もちろんドラゴンの姿のままでは入れないだろうから、人間の姿に変化して侵入しようと考えていてた。そして、持って行き売ってお金になりそうなモノを適当に集めておいて、都市の中で行動する際の資金に換金できれば良いが、と考えての準備だった。

 こうして短時間で荷物を用意し終えて、都市へと向かう支度が完了した。ドラゴン姿へと戻っていよいよ飛び立つ寸前になって、またもやアルビナが恐る恐るという様子で聞いてきた。

「あの……、私はどうやって背中に乗ればいいでしょうか……」

 山を見上げるような視線で、ドラゴンの姿に戻った俺に向けて尋ねてきたアルビナ。仲間の中で比べても大きめの身体であった俺と、人間の中でも一際小さいであろうと予想できるぐらいに小柄なアルビナとで比べてみれば、まるで象とアリぐらい身体の大きさの差が有りそうな二人。

 その一人であるアルビナでは、自力で俺の背中に登ってくるのは不可能だろうから、直ぐに手助けしてやる。

「すぐに背中に運ぼう。ほら、尻尾に掴まって」
「あっ、わっ!」

 俺は尻尾を器用に動かして、彼女の前まで傷つけないようにゆっくりと振ってから掴まさせると、そのまま背中の上まで運んであげた。

「飛んでいる時に来る風は、魔法で散らしておくから大丈夫だと思うが、落ちないようにしっかり背に掴まっておけ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」

 俺はそんな事を言いつつ、実は生まれて初めて背中に人間を乗せて飛ぶのだった。やり方は知識として知っていたので、探りながら考えつく注意点を彼女に忠告しておく。

 そして、アルビナもドラゴンの背に乗せられて空を飛ぶなんて経験が無いのだろうか、俺の背の上で声は抑えているようだけれど、身体は小刻みに震えているのを俺は感じ取っていた。

「では、注意して行くぞ。準備はいいか?」
「うっ……。はい、だ、大丈夫です」

 どう聞いても大丈夫ではなさそうな声でアルビナから返事をされたけれど、行かない、という選択肢は無いので、しばらくは空を飛ぶことをアルビナに耐えてもらうしか無い。

 より一層アルビナの様子を気に掛けながら、ゆっくりと両翼を羽ばたかせて地面から飛び立つ。少しだけ地面から浮いた空中で身体の様子等を確認して、その後一気に青い空へ向かって上昇していく。

 何時も俺が空へ飛んで行く時に比べて、丁寧にゆっくりとした動作だったけれど、背中にしがみついているアルビナの、俺の背を掴む力はかなり篭っていた。

 俺に言われた通り、というか、かなり強めにしがみついて落ちないようにしているらしくて景色には目を向ける余裕も無いようだ。そもそも、高いところが苦手なのかもしれない。

 そのまま、ゆっくり慎重にしながら都市へ向かって進んでいく。しばらく空の旅を続けている間に、少しだけドラゴンの背中の上に乗って飛ぶ事に慣れてきた様子のアルビアから、飛んでいる途中で話を聞くことが出来た。

 例えば今から向かう都市について、アルビアから聞いたところ”カイニーア”と呼ばれている街なのだという。

 カイニーアはルセンディア王国の中で、一番歴史の古い街であるという。最初に見て、古そうだと抱いた印象の通りだった。そして、カイニーアの街がある位置は山に囲まれていて、自然の防御壁があるので他国からの攻めに対して強い都市であるという。

「けれど実は、今ルセンディア王国は他国からの侵略を受けています」

 この後、アルビナからルセンディア王国の置かれている状況について、簡単な説明を受けることが出来た。

「他国は、何ヶ国かでルセンディア王国の侵略を目的とした共同戦線を張っているらしく、ルセンディア王国は苦しい状況に有るというのです。ただ、それ以上の詳しい事について私は知らないのです」
「ふむふむ」

 アルビナは王位継承順位が低いからなのか、それとも彼女が女性だったからなのか、国の置かれている状況や軍事について詳しくは知らされていなかったらしい。ただ、回りに居る人達から噂程度の情報を集めることが出来ていて、それによって国が苦しい状況にあることは知っていたという。

 つまりは、そんな苦しい状況に置かれているルセンディア王国に住む彼らの目の前に、突然に現れたドラゴンである俺に皆が縋ろうとする気持ちが有るのだという。

 こうしてアルビナと話をしつつ、目的地であるカイニーアの街に到着していた。

 人間を背に乗せて飛ぶという経験は初めてだったけれど、知識がしっかりしていたようで、飛んでいる途中でアルビナを落としてしまったり風で飛ばされたり、と言うような思いがけない出来事が起きることも無く、目的地である都市へと無事に辿り着くことが出来たのだった。

 

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第04話 貢物の経緯

 俺が、数日前に都市の周りを飛び回っていたドラゴンであるということを、アルビナと名乗る少女に明かした後。彼女は、俺が人間の姿で居ても実際はドラゴンであることを認識して、怖がられるようになってしまった。

 そもそも一体なぜ、彼女が貢物として俺の目の前に運び込まれてきたのか、ルセンディア王国との交流とは一体何を求めているのか、色々と聞き出したいことを頭に浮かべながらも、質問することは一旦置いておいて、まずは彼女が落ち着くのをしばらく待っていた。

 沈黙の中、少し彼女から探るような視線を向けられる気配を感じつつも、気にしていない風を装って待つ。

「落ち着いたか?」
「はい。申し訳ございませんでした、アイルトン様」

 しばらく待った後、ようやく落ち着いた様子を見せたアルビナを気遣いつつ、会話を始める。俺の”落ち着いたか”という問いかけに対して、目を伏せて目線は合わせず返事されていた。

 落ち着いているものの、まだまた彼女は恐縮した様子を俺に見せている。けれど、受け答えはしっかりと出来ていて、その幼い見た目とは裏腹に知的な振る舞い方もできる、そんな彼女に対して外見と中身にギャップを感じてしまい、少しだけ困惑してしまうが表に出さないように振る舞う。

 少女の顔が見えないままに、会話がどんどんと進行していく。少し彼女の表情は気になったけれど、話が進まないので気にしないようにして、ようやく知りたいと思っていた事について質問を始めていた。

「それで、もう一度聞くが一体何故アルビナは貢物として、俺に差し出されたんだ?」

 本人に直接聞くのは少し酷な話かもしれないけれど、事情が何も分からず少しでも情報を手に入れたいと感じていた俺は、彼女に聞く以外に今すぐできる方法は思いつかなかったので、強引に事を進めることにした。

「はい、アイルトン様。えっと、それは……」

 会話を進めていく内に、少しずつだけれどアルビナが慣れてきたのか、綺麗な顔を上げて俺に表情を見せながら会話が進むようになった。
 そして、口ごもったり、言いよどんだりしながらもアルビナは、ルセンディア王国に古くから言い伝えられている、というドラゴンとの関係について少しずつ語って聞かせてくれた。

 彼女の話によれば、ルセンディア王国という国が生まれる以前から、ルセンディア王国の初代の王様となる人は、ドラゴンと分類される種族の者と交流を持っていたという。

 そして、ルセンディア王国が建国される時にはドラゴンの力を借りて事が行われていたという。その後のルセンディア王国の歴史でも、度々ドラゴンに助けられてるという昔話が言い伝えられているので、ドラゴンは幾つかの危機を乗り越えていくための象徴だと言われているらしい。

 つまり、ルセンディア王国の人達にとってドラゴンという種族にも親近感を持っている。だから、俺は数日前に立ち寄った王都でドラゴンの姿を見せても、都市に住む民達には怖がられずに居たという事らしい。

 そして今回も、突然現れたドラゴン(俺)との交流を深めるために、姿を表した瞬間に早速捜索隊を組んで住処を探し出し、そして真っ先に貢物としてアルビナを連れてきたのだと言う。

「なぜ、アルビナが選ばれたんだ?」
「それは、……私がルセンディア王国の王女の中で一番の位が高い人物でありながら、重要度が低い人物だったからだと思います」

 俺の質問に、口ごもりながら衝撃の事実を答えてくれるアルビナ。彼女は、王様と后の間に生まれた直系の王女であり、上に第一継承権と第二継承権を持つ兄を二人持った長女だった。

 第一継承権を持つ兄は、後にルセンディア王国の王様となる人物として貢物として差し出せないし、第二継承権を持つ兄も、万が一の予備として差し出せない。そして三番目の直系の子供であり、女性であるアルビナが貢物として選ばれた、という経緯だそうだ。

「なぜ、眠らせたまま連れて来られたんだ?」
「それは、……」

 続いて気になっていた質問は答えづらい事なのか、長い沈黙でアルビナはなかなか答えようとしなかった。しばらく答えるのを待ってみると、重々しく口を開く彼女。その答えを聞いて答えにくそうにした理由を、俺は理解した。

「私は、貢物としてアイルトン様に差し出されるのを、嫌がったからです」

 王様から命じられた、ドラゴンに捧げられるという務めを拒否したアルビナ。しかし王様の命令は絶対という事で指示は覆らず、薬で眠らされて無理やり貢物として連れてこられたらしい。

 そして、もう既に覚悟を決めたという。

「覚悟?」
「はい、私は既に事前の心づもりを終えました。先ほど宣言した通り、私をアイルトン様の望む通りにしてください」
「……はぁ?」


 もう少し深刻に捉えていた。どうやらドラゴンに身を捧げると言う事、イコール食べられて死ぬ事だと考えていたアルビナは、まだ死にたくないから貢物としての務めを拒否したという。そんな事実はないと、俺は即座にアルビナの考えを否定する。

「いやいや、俺は人間なんか食わないぞ」
「……そうなのですか?」

 ドラゴンの中には人間を食べる個体も居るかもしれないけれど、ごくごく稀な少数派である。もちろん俺は今までに人間を食べたことは無いし、これからも食べるつもりもない。

 その事についてアルビナに対し強く言って聞かせる。すると、今まで緊張していた彼女は少し安心したのか、年相応のあどけない顔を少しだけ覗かせた。

「そうなのですか……。はうっ……、もう自分の人生はココで終わりなのかと思ってしまいました……」

 落ち着いているアルビナの様子を見ながら内心では、王国の強引なやり方に対して少しの不信感を持つと同時に、厄介事であると強く感じていた。

 巣を作り始めたばかりの今は、巣の中に人間が住める場所はまだ準備できていないし、彼女を手元に置いていても、巣作りを手伝ってもらえるような仕事も無い。

 しかし必要ないからと、ルセンディア王国の人達に言ってアルビナを返せはしないだろう。俺の本音を言って彼女を国へ返せば、ドラゴンである俺が交流を拒否したとルセンディア王国の人達は感じて、何とかしようと厄介事に発展していく可能性が大きいだろうと思ったから。

 そして、アルビナも国に戻れば貢物としての務めが果たせなかった、として罰せられるかもしれない。

「なるほど」

 ようやく、アルビナからの話を聞いて少しずつだが、状況と事情を理解できてきた俺は頷きながら得た情報を頭のなかで整理する。

「申し訳ございません」
「いや、気にするな」

 謝ってばかりの彼女を不憫に思った俺は、彼女を巣の中に引き受ける事を決意した。差し当たって、ドラゴンの巣の中に彼女のような人間が住める場所,それと寝床などを準備してあげないといけない。

「一度、王都の方へ行ってみようか」

 人間であるアルビナの為に生活用具を揃えるために、人間が住む場所に家具やら何やら買いに行くのが一番手っ取り早いだろうと考えていた。ということで、数日前に立ち寄ったあの都市に再び向かってみる事にしたのだった。

 

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第03話 ドレスを着た少女

 気合を込めて巣作りという作業を進めている途中、突然やって来たのは見知らぬ人間達だった。作り始めたばかりの俺の巣にやって来たという事は、わざわざ山の中を探索してやって来たのだろうと考えつつ、せっかく来たのだからと対応してみることにした。

 そして、そんな突然にやって来た人間たちは少しの会話だけ交わすと、見知らぬ少女を貢物として俺の目の前に置いていくと、来た時と同じように突然すぎると感じる速さで、俺の呼びかけにも応じずに帰っていった。

 眠っている状態のまま担架に載せられて、貢物として豪華に見せるためなのか美しい純白のドレスを着ている少女。そんな少女を目の前にして、俺は呆然としていた。

 いきなりやって来たと思っていたら、あんなに一方的な感じで話を進められて、俺の呼び止めにも反応せずに去っていくとは……。久々な人間との会話に高揚していた俺だったが、一気に微妙な気分へと変わっていた。

 しかも、訳が分からぬまま人間たちに圧倒されてしまう自分が居た。彼らとの会話で分かったことは、近くにあった集落の名がアルセンディア王国の都市だと言う事。

 先ほどまでの出来事を回想してみたけれど、分からないことが多すぎる。ということでまずは、目の前の少女をどうするべきか、という課題を優先しなければと思い至る。

 とりあえず彼女を眠りから目覚めさして、疑問のまま分からずじまいとなっている事情を詳しく聞き出してみよう。そして彼女から得た情報で、今後の自分たちの身の振り方を、どうするのか考えればいい。
 結論を付けて俺はドレスを着た少女に声を掛けて、呼び起こすことにした。

「少女よ、起きよ」

 少女を貢物として運んできた人間たちから、彼女の名前すら教えてもらっていなかったと思い出しながら、覚醒するようにと少しの魔力を声に込めて、眠っている少女に呼びかける。

 俺の発する声が少女の耳にしっかりと届いたようで、モゾモゾと身体を動かして反応を見せていた。そして、着飾っていたドレスが少し動いたことで崩れていて、もうすぐ起きるのだろう、と俺は少女の顔を覗き込んで起きるのを待っていた。

 しばらく待つと、眠ったままドレスの少女が薄く目を開き、その奥にあった青色の瞳が姿を現した。次の瞬間。

「ぇ? キャァァァアアアッ!」

 薄ぼんやりとしていた少女が、俺を見た瞬間に目を見開いて、さらに口を大きく開くと、甲高い女性の声で、思い切り叫ぶ声を上げられていた。そんな彼女の絶叫が、作り始めたばかりの巣の入口に響き渡る。

「っ!?」
 少女の発する、あまりの大声に俺の耳元はキーンとなって顔をしかめてしまった。そして、パタリと再び横になってしまった少女。

「あ、おい。まてまて、気絶するな」
「きゅー」

 喉から空気が漏れるような音を発しながら、仰向けに倒れてしまった少女。どうやら、俺がドラゴンの姿で顔を覗き込んでいたから、少女を驚かせてしまったようだ。

 先ほどのエスパダ達のような人間の、俺に対する反応を見ていたら、自分に恐怖心を持っていないと感じていたけれど、この少女は違ったようだ。

 ……いや、起きた瞬間に目の前に巨大な生物が顔を覗き込んでいたら、誰だって驚くだろうか?

 ということで、今度は気を失わないように配慮して、人間の姿に変化してから少女を起こすことにした。

 人間の大きさに変化して少女を見てみたけれど、身体が10代にも満たないような子供のように小さい。初見で感じていた年齢よりも、彼女はまだまだ幼いのかもしれない。

「少女よ、起きよ」
「んっ、うー」
 仰向けで気絶している彼女の肩に手を置いて、軽く揺すりながら声を掛けて優しく起こす。身体をよじって、むずがる少女。

 しばらくして、目を見開き覚醒したようだった。今度は驚いて気絶する様子は無かったので、安心しつつ様子を見守る。

 ぼんやりとした表情で、少女が俺の顔を見ていると思っていたら、突然何かに気がついたかのように少女は、その場で立ち上がった。

「はっ! ど、ドラゴン様は……」

 少女は気を確かにすると、すぐさま辺りをキョロキョロと頭を忙しなく動かして、ドラゴンを探している様子を見せた。なのて、すぐに人間姿の俺がドラゴンだという事を明かすことにした。

「君の探しているドラゴンは、私だと思うが。名は、アイルトン。よろしく」

 言葉だけでは少女が信じないかもしれないだろうからと考慮して、正体を明かしながら右手だけドラゴンの姿に戻して見せた。すると、気絶こそしなかったもののガタガタと身体を大きく震わせて、地面に座り込んでしまう少女。
 そんな彼女の様子を見て、右手をすぐに人間のものに変化させる。

「すまない、怖がらせてしまったか」

 起きた瞬間ではなく、前もって宣言しながら姿を見せれば、少女も怖がることも無いだろうと予想しての行動だったけれど、どうやら三日前に見た都市の人達や、先ほどのエスパダ達とは違って少女はドラゴンに対して恐怖心を抱いているようだった。

「も、申し訳、ございません、でした、アイルトン、様。わ、わたしは、……」
 声を聞いているだけで可哀想だと感じてしまうほどに、声を震わせている。しかも、座り込んだ場所で居住まいを正してから、自己紹介を始めた少女。

 俺の方から落ち着けと言ってみせても、尚更に恐縮するような未来しか予想できなかったので、今は何も言わずに彼女の話を聞くのに徹していた。

「わ、私の名は、あ、アルビナ、と申します。アルセンディア王国との交流の為、えっと、あなた様に捧げられました。どうぞ、あなた様のお好きなように」

 たどたどしくも、しっかりと最後まで言い切るアルビナと名乗る少女。見た目の幼さとは違って、怯えながらも言葉はしっかりとしていた。しかし、彼女の言葉からは今知りたい情報は得られていなかった。
 なので、彼女から詳しい事情を探ろうと、俺は質問を始めた。

 

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第02話 巣の基礎作り

 巣を作る場所を決めた俺は、おおよそ一ヶ月ぐらいは睡眠も取らずに動き続けて、ドラゴンである能力を最大限に活用しながら、自分の前足だけを使ってモグラのように穴を掘ったり、口から火を吹いて掘った穴を熱した後に冷やして洞窟を作ったり、巣作りを順調に進めていた。

 ドラゴンの驚異的な身体能力があれば、何日も食事せずとも問題なく過ごせてしまう。更には、寝ずに働き続けることも容易かった。それに、色々な事が簡単に自分一人の力で出来てしまうので、夢中になって巣作りに熱中していると、あっという間に時間が経っていたのだった。

 途中経過である俺の巣は、まるでアリの巣が巨大化したように地下に深々と伸びた道と、大小様々な部屋をつなげたモノが枝分かれして地中に広がっていて、結構大きな規模となって存在していた。
 そんなモノを、一人だけの作業で作り上げていた。もちろん、これは巣として基礎を作り始めたばかりなので、完成にはまだまだ遠いけれど。

 作った部屋を目的別に分けたりして、玄関ホールから、食堂、書庫、寝室に隠し部屋等を配置して、それぞれの部屋を装飾をしてみたり、生活に使うための用具を揃えたり、ドラゴンの住む巣として格好を付けるために、宝物や価値ある宝石などのアイテムを集めて貯蔵してみたり、これからどうやって巣を作り進めていこうか、そんな風に巣作りの方向性を考えている時だった。

「ドラゴン様! ドラゴン様っ!」

 地上の方から、人間の男が叫ぶように大きな声で”ドラゴン”と種族を呼ぶ声が耳に届いた。声に気づいた俺は、考えを一旦止めて耳を澄ませて聞いてみた。すると、巣を作り始めた一番最初の部分、巣の入り口付近から声が聞こえてきたのが分かった。

 俺の事を呼んでいる客のようなので、迎えるために入口玄関へ俺は歩いて向かっていく。ドラゴンの姿のまま一歩一歩を大きな足音を立てて、相手に自分の存在を示しながらも急がずゆっくりと。

「あぁ、ドラゴン様! お呼び立てして申し訳ございません。私は、アルセンディア王国に勤めています、特命全権大使のエスパダと申します」

 掘ったばかりで、岩が露出しているだけの大きめの洞窟入口にしか見えない、そんな場所に俺が姿を表した瞬間、地面に座り込んで頭を下げて無抵抗を示す男が目の前に飛び込んできた。そして頭を下げたまま、慇懃な態度を取りつつ挨拶を俺に向けて口にする男だった。

 挨拶を終えて、頭を上げた男。エスパダと名乗った彼の見た目は、顔に立派な髭を蓄えた少し老けたぐらいの中年で、年頃は、40代ぐらいだろうか。質の良さそうな豪華な衣服を身に纏っていて、名乗った役職の身分がどのくらい偉いのかは俺には分からないけれど、王国の中枢にいる人物なのだろうと彼の格好を見て、俺はそう判断していた。

 そして、エスパダの少し離れた後方には何十人かの人間が控えるようにして居た。

 後方の男たちは鉄色の鎧を身に付けていて、身体の防備を強固にしているのが見てわかった。絢爛な服装をしているエスパダと違って、控えている彼らは会話に参加せず、何も言わないまま黙って地面に膝を付いて待機していた。
 エスパダの身を守るため、護衛として付いてきた人間なのだろうか。

 そして、エスパダの言葉から考えてみると、どうやら俺が一ヶ月前に見た人里があった場所は、アルセンディアと言う王国だったらしい。

 彼の話を聞いてみて色々な事を理解した俺だったが、彼らが巣に訪れた理由は分からず、一体何の用で来たのかが気になっていた。しかも、この場所は作り始めたばかりの巣で、まだ誰にも場所を知らせていないのに来たという事は、彼らは山中をわざわざ捜索して俺を見つけ出して来たという事だろうか。

「一体、何のようだ人間?」

 何故かエスパダと、後ろに待機している鎧の男たちからも崇拝するような目を向けられていたので、厳かな雰囲気になるような言葉遣いを慎重に選びながら、俺は彼に質問していた。

「ドラゴン様には、今後もアルセンディア王国との円滑なお付き合いをよろしくお願いしたく、貢物を用意しました」

 実のところ、俺にとって人間との会話が数百年ぶりな体験だったので、少し気分が高揚していた。けれど、そんな俺のソワソワとした様子を微塵も感じ取っていないのか、それともあえて無視しているのか、エスパダは連々と話を続けていた。

「さぁ兵よ、出してくれ」

 エスパダは後ろに控えていた鎧の男たちに向かって呼びかけると、命令された鎧の男たちは膝立ちから立ち上がって、傍らの地面に下ろしていた神輿のような豪華な担架を担ぎ上げると、俺の目の前に運んできた。

「これは?」

 鎧の男たちが運んできた担架の上に、眠った少女が載せられていたので思わずエスパダに目を向けて、俺は素直に尋ねていた。

 金色の綺麗な長髪で、肌は真っ白な若い少女、まだ十代ぐらいの年頃だろうか。そんな少女が、純白の豪華なドレスを身に付けたまま、スヤスヤと寝息をたてて眠っている。そんな少女を、突然目の前に出されて戸惑っていた。

「貢物です」
「いや、だから……」

 まだ何も行っていないのに、突然に俺に向けて貢物だと言って差し出された少女に、更に困惑してしまった。

 何を、どう質問すればいいのか。彼女は一体何者なのか、何故いきなり貢物として差し出されたのか、アルセンディア王国とは何か、まだまだ見知らぬままの国と円滑なお付き合いをと求められたが、どうすればいいのか。

 様々な疑問が頭に思い浮かんで混乱している俺の様子は気にせず、エスパダはひと仕事を終えたという清々しそうな顔で、その場から立ち上がると最後に俺に向けてこう言った。

「では、私達の用事は以上です。お忙しいところ、申し訳ございませんでした。では、戻るぞ!」
「「「了解!」」」

 エスパダの号令で鎧の男たちが返事をして、待機していた姿勢から立ち上がった。そして、そのまま俺に向けていた視線を反対方向に向くような形で身体を反転させると、走り出していた。

「あ、おい! ちょっと待て!」

 彼らを呼び止めて、もっと詳しい事情を聞き出そうと思っていたのに、突然やって来た集団は制止する俺の声も聞かず、そのまま現れた時と同じように突然に山の森の中へ消えてしまっていた。貢物だ、と言っていた少女を置き去りにして。

 いきなり託されても、事情が分からず困るだけなのに……。いまだに眠り続ける少女の前で、俺は呆然としてしまっていた。

 

 

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第01話 巣の場所決め

 何百年もの日々をグータラと過ごしてきた俺は、特に生きる目的も持たず、主だった行動もせず生活していた。そんなある日、母親であるセミラから尻を叩かれドラゴンとしての務めである巣作りを始めることを強制されたのだった。

 その為、一時的に住処としていた洞窟(と言っても、その場所で数百年を過ごした)から追い出されるようにして、巣作りに出発することになってしまった。

 母親から住処を追い出された、とは言ったものの久しぶりとなる遠出に俺は少しワクワクしたような気持ちになっていた。
 今まではずっと、近場でだけの狭い行動範囲内で生活していたので、行動範囲だった先に進んでみれば、既に未知の場所だったから。知らない場所を気の向くままに突き進む時には、いつも期待と不安が入り混じった不思議な気分になる。

 それに今まで住んでいた洞窟がある場所には、普段からドラゴンさえも寄り付かない静かな場所だった。そんな静かな場所は、景色も寂しくて何時も暗い感じが漂っていた。それが、少し飛んできた所には緑豊かな場所が広がっていて、その明るさに感動すらしていた。

 なぜ数百年も引きこもっていたのか、自分でも理解に苦しむという現状だった。

 ちなみに、あの場所に巣を作る事も案の一つとして考えてみたけれど、せっかく巣を作るならば、殺風景で何もない場所に作るのは少し勿体無いと感じていた。

 せっかくドラゴンとして生まれてきた者の使命の一つである巣を作るのならば、こだわって作り込もうと考える凝り性な性格のある俺は、巣から見える風景からこだわって丁寧に選ぼうと考えて、候補地を探し飛び回っていた。

 巣から見える景色が良い場所。
 山と海が近くにある場所が良いだろうか。
 人間が住んでいるような場所も良いかもしれない。
 魔力を感じやすい場所も良いし、天候の推移がハッキリとわかる四季の変化があるような場所ならば尚、良いだろう。

 色々と巣を作る場所の条件となる項目を頭に思い浮かべて考えながら、目を見開いて辺りを観察しながら空を飛び回って、巣の候補地となる場所を探していく。

 目的地は特に決めず勘だけを頼りにして、適当に行きたいと感じた方向に進んでみる。しばらく飛んでいると、豊かな深緑が目一杯に広がる山々が連なる場所が見えてきた。

「お。ここは良さそうだ」

 初見の直感で、かなり気に入った地域を見つけて気分が良くなる俺。ぐるりと円を描くような空路で飛び回って、見つけた候補地とした地域の様子をゆっくりと観察してみる。その観察の途中で、チラッと山々の間にある麓に何かが有るのが目に見えた。

 白い建物のような、モノがチラッと目に入る。

「どうやら、人も住んでいるみたいだ」

 ドラゴンの巣作りは、巣作り周辺に住む人間が居た場合には、その人間との関係構築も他のドラゴンから巣の評価をされる場合に、目を付けられるポイントの一つだった。

 人々から恐れられるようなドラゴンになるか、それとも崇められるようなドラゴンになるのか。どちらにしても、偉大なドラゴンとして人々に認知される事は、ドラゴンの巣作りを評価されるための重要な課題の一つと言える。

 そして、人間の頃の記憶が有る俺にとって、人間や人里に関しては他のドラゴンに比べて興味が強かった。ファンタジーな世界で、どんな人間が生きているのか、どんな文化が発展しているのか、生活様式、国々の発展、国際関係、等など……。

 なので、巣作りする場所は人間が住んでいる人里が近くにある地域にしよう、と候補となる項目の一つに決めていた。

 という事で、この場所の近くに巣を作るのは、俺にとって決め手となる項目を満たしていて、好条件である場所だと言えた。

 もう少しだけ人里について調べてみよう、と考えて飛び近寄ってみて目視で観察してみようと、高所から滑空しながら地面スレスレな場所にまで降りて行ってみる。

 高速で降下して、人里の様子がよく見える場所まで飛んで近づいていくと、その人里にいる人達に対して、少しの異変に気がづいた。

「ん? 人が居るのは見えてきたが、あれは……?」

 木と緑が生い茂る山で半分側を隠すようにして建てられた白色の立派なお城、そして城を囲むようにして建てられたレンガを建材として、人が生活するために組み上げられた建物の数々、更には、その建物を守るようにして背の高い外壁がめぐらせてある。

 あの大きさならば、人間が一万人ぐらいは住んでいるだろうか? かなり大きな規模の都市だった。

 数百年かぶりに人間の住む場所を見た俺には、その場所が人々から何と呼ばれている都市なのか、何ていう国なのか、もちろん知らなかった。けれど、人々にはよく知られていそうな、歴史がありそうだと感じさせる都市が俺の目の前にあった。

 そんな場所に住んでいるのだろう人々が空から飛んできた俺を目掛けて指差し、喜んでいる様子が俺の目に見えていた。耳を澄まして人間の叫んでいる言葉を集中して聞いてみると、彼らの言葉が聞こえてくる。

「あれは、ドラゴン!」
 俺を指差しながら、歓喜している様子の男性が叫ぶ。

「私達の国に、ドラゴンが戻って来てくれたわ!」
 両手を腕の前に組んで、笑顔のまま涙を浮かべている女性。

「これで、我が国も安泰だ……」
 地面に両膝を付いて、安堵している様子の老人。その他にも外壁の中にいる大勢の人達も、様々な仕草で喜びを表しているのが目に見えていて、喜ぶ言葉も耳に届いていた。

 俺という、人間にとっては恐怖を感じるだろうドラゴンが姿を見せたのに、人間たちは慌てる様子も無く、逃げ出しもせずに俺を見て、挙句に人々は安心したままで笑顔を浮かべて、その笑顔を俺に向けていた。

 どうやら、先輩のドラゴンがこの辺りで過去に人間に親しまれるような良い行動で活躍したのだろう、と俺は予想していた。

 そして、俺が山の麓にある人里の辺りをしばらく飛び回っているのに、他のドラゴンが姿を表さない所を見ると、既にこの地に居たドラゴンは巣を移したのか、元々この近くに巣は作らなかったのか、それとも既に亡くなったのか。

 今のところ、他のドラゴンが居る気配を近くには感じていなかったので、この辺りには自分以外のドラゴンがいない事は確認済みだった。

「ここは、良さそうだ!」

 他のドラゴンが居たなら、縄張り争いになりそうな場所であったけれど、自分以外にはドラゴンが居ないようで一安心。この場所なら、頭に思い浮かべていた巣作りの候補地となる条件を数多く当てはまっている。

 巣作りをする場所はココだ! と少しの迷いもなく既に決めていた。

 今まで観察していた都市に対して、クルリと身体を反転させて背中を見せる。それから、早速巣作りを始めようと、空へと飛び立つ。その背中に人間たちの歓声を受けながら都市から少し離れた場所に移動していた。

 移動を終えて、都市があった場所から少し離れた場所に到着。早速巣作りに取り掛かろうとめぼしい場所を見つけて、地面へと降り立ち巣作りを開始したのだった。

 

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