第08話 最終決戦

「え? もう到着したの?」

 魔王討伐の旅に同行している勇者の一人である少女が、驚きながらそんな言葉を発した。バイアトロル城から旅立って、約5日目の今日。彼女の想定では、もう少し日数が掛かるだろうと予想していたのだろうか。

「えぇ、魔王はもう近くに居るのを感じ取っています。今日は一晩、ここで休んで体力を回復してから、万全の状態で戦いに臨みましょうか」

 魔王が居る場所を探し出すのは、ある程度近づくことによって奴の禍々しい魔力を感じ取る事が出来るので、近づきさえすれば比較的簡単に見つけることは可能だった。

 あとは戦う準備を整えて、奴に挑むだけ。終わりが見えてきたけれど、倒すまでは油断はできない。万全の体制で臨むためにも今日はココで休憩を取る。

 僕たちが今いる場所は、森のように木が生い茂っている場所だった。魔物たちから姿を隠して、しばらく休んで行くのには都合のいい場所だろう。

 旅に同行してくれた兵士たちや、魔王にトドメを刺すための勇者達の様子も確認しておく。

 旅の道中は、目的地にいち早く到着することだけに集中して馬を無理に走らせた。そのせいで何頭か馬を潰してしまったけれど、何とか最速と言える速さで今ココに到着出来ていた。

 周りの様子を見ている暇も無く急いだ旅だったが、魔王によって荒らされた土地の跡に残された悲惨さを目にしないで済んだのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 とにかく、ココへ来るまでに5日間は無理をした強行軍である。そして、何度か魔物との戦闘を繰り返して兵士たちも疲労が溜まっているだろう。

 優秀な兵士たちのおかげで、何度か遭遇した魔物との戦闘でも勇者2人は予定通りに戦闘に参加させないで済んでいた。魔王に対する最後の切り札であり、トドメの一撃になり得る勇者達には傷一つ無く、ココまで連れて来れたという事だった。

 そして、明日には魔王と実際に対峙してもらう。実際には奴と戦って弱らせるのは僕の役目で、最後のトドメだけを勇者にお願いするだけ。

「明日、ようやく魔王と戦うことになる。トドメは予定通り、君に任せる。指示の通りに動いてもらいたいが、大丈夫だろうか?」

 勇者の少年に向かって、魔王にとどめを刺せるかと問いかける。

 人形で人語も理解するという魔王を、その腰に下げている武器で魔王にとどめを刺す一撃を加えることで、殺すという決意が出来るのかどうか。その最終確認を行った。

「……はい、大丈夫です。それで、多くの人の命が助かるのなら」

 僕が問いかけた青年は、苦悩しながらも仕方ないと、人助けのためには必要なことだと割り切ろうとしている様子だった。

 これは、もしかしたら本番直前になって躊躇うかもしれないから、彼には注意しておく必要があると、僕は口には出さず密かに覚えておく。


「君は、どうだい? 大丈夫そうか?」

 そして、少女の勇者の方にも僕は魔王にトドメを刺せるかどうか、少年と同じ質問を問いかける。

 一応、青年の方がダメになった場合の保険として連れてきているんだと、彼女にはハッキリと説明してあるし、話を聞いていた彼女も納得して予備という事を受け入れている。そして、万が一の場合があれば魔王にトドメを刺す必要もあることを理解してもらいたい。そう思いながら、問いかけた。

「私なら問題ないです」

 少女の勇者の方は、僕の問いかけに対して躊躇いなくハッキリ大丈夫と言い切った。

 少年に比べると少女の戦う能力、肉体的な能力は低かったけれど精神的には勝っているのか。迷う気持ちが無い様子は、頼もしい。

 少年の方が魔王にトドメを刺すのを躊躇って計画がダメになった場合には、すぐさま彼女に任せればいいだろう。予備として連れてきていた勇者の少女に、魔王討伐の為の重点を置いておく。

 この旅の最大の目的は魔王を倒して世界に平和をもたらす事だけだから、少年の勇者が魔王にトドメを刺そうが、少女の勇者が奴にトドメを刺そうが、どちらでも変わりはない。結果に変化は無いのだから、すぐに判断してどちらに任せるべきかは考えておこう。

 そして、魔王戦を目前にした最後の休憩になるのだろう今日。僕と、兵士たちと勇者2人。全員が、明日の戦いに臨む準備を整えていく。


***

 翌朝になって最後となる休憩が終わり、皆の体力は無事に回復した。戦いに臨む準備は万端で、あとは魔王と戦うだけという状況。

「さぁ、行こうか」

 僕の号令で、再び移動を開始した兵士たち。そして後ろに歩き付いてくる勇者2人。昨日から探知している禍々しい魔力の在り処を目指して、ココからは慎重に歩き進んで行った。

 山間部にあった開けた平らな場所に到着する僕たち。そこで僕は足を止めた。その後ろに付いて歩いていた兵士たちも、僕と同じく足を止めて辺りの警戒を始めた。

 勇者2人も、腰に下げている剣に手を伸ばした。不穏な空気を感じ取り、訓練で手に入れた能力で周りを警戒している。

 そして、魔王が僕たちの目の前に姿を現した。

 

 

 

第07話 準備完了

 世界各地で魔王による被害が出ていると報告を受けている。勇者を魔王のもとへ連れて行く、そしてトドメを刺させる。その準備を急がなければならない。

 必要なのは魔王にトドメを刺す為の、勇者による最後の一撃だけ。幸い勇者たちは今、文句も言わずに訓練を受けている。そして、もうそろそろ訓練も終了。彼らの中から、旅に連れて行く2名を選び出す。

 1人は、召喚初日に王の言葉を受けて勇者達を鼓舞した青年を選んだ。魔王を倒すために召喚された事をすぐに受け入れて、他の勇者達も言葉を掛けて巻き込みスムーズに事を運んでくれた彼だ。

 その彼の果敢な性格を表すように、訓練も真面目に受けて勇者達の中で一番に能力が高い者になるまで成長していった。その結果、旅に同行することを決めた。

 そしてもう1人は、少し前に僕の部屋を訪れて仁音という正体を突きつけてきた彼女。2人目の彼女は予備として連れて行くのだが、実は魔物に対して容赦のない攻撃を見せる、攻撃する事への躊躇いの無さと、僕の部屋を1人で訪れて真実を暴こうとした度胸を評価して連れて行く事を決めた。

 バイアトロル城に残す数十名の勇者たちは、城に目掛けてやって来るかも知れない魔王の配下に備えて、フラヌツ王を守るための最後の盾として残して行く。

 被害報告の情報を整理して、魔王の居場所を特定する。そして旅のルートを決定。この場所ならば、急げば一週間で到着できるであろう。

 魔王のもとへ向かうまで馬を使い潰すつもりで一日中走らせスピードを上げて行き、片道だけ行くのを想定していて帰り道は一切考慮しなければ。

 そして、魔王の元にたどり着くまで多く見積もっても10日でトドメを刺す所まで辿り着ける。そして無事に魔王を倒すことが出来たら、その時の帰りはゆっくり急がなくても大丈夫だから。

 勇者たちを連れて旅に出てから10日後には魔王を打倒し、ソレで世界の混乱は収まるはず。終わりが見えてきたように思える。ただ、油断は禁物だ。

 急ぐためにも食料は必要最低限だけ携帯して、武器もそれぞれに使い慣れたモノを一つだけ選んで装備しておく。勇者2人は、訓練で習得した剣を腰から下げて武装していた。

 しかし、道中の敵は僕と同行する兵士たちが蹴散らしていく予定となっている。そして、魔王との戦いでも、戦って弱らせるのは僕の役目となっていた。勇者達が武器を使う状況となるのは最後の最後だけトドメを刺させる時だけに留めたいが、さてどうなるか。

 魔王を打倒するためにと用意した手段は3つ、念には念を入れて用意した数々だ。このどれかの方法を使って魔王を倒す。

 それぞれを紹介するならば1つは、僕が以前から用意していた対魔王用の魔法。効果は何度か実践で試してみて、今までに魔王を倒すまでには至っていない。だが改良を施したから、今度こそ。その結果を、ぜひ検証しておきたい。

 それから次の方法が、言い伝えにより発覚して当初の予定となっている勇者の手によってトドメを刺す方法。これが今の所、一番に有力視されている方法だった。

 勇者の称号を持つ者によって魔王にトドメを刺せるという言い伝えが本当ならば、今回は魔王を倒せずに敗走という事にはならないだろう。

 そして3つ目の用意した手段が1つ目、2つ目の方法が失敗した場合に用意している最終手段。ずばり魔王を封印する、という方法だった。と言っても、コレは問題の先送りにしかならない方法であるし、成功率も低いので可能な限り使いたくはない。まさに最終手段である。

 ココまで周到に用意して準備は万端にしておけば、心構えもバッチリだった。これだけ用意して、失敗してしまったとは言えない状況にまで完璧に備える。後は旅に出て実行するだけ。

 こうして僕たちが準備万端にしてバイアトロル城を出発したのは、勇者召喚を行った日から、ちょうど一ヶ月が過ぎたぐらいの頃だった。

 

 

第06話 多事多端

 僕は、もともとは日本が有った異世界から転移してきた元日本人だ。そういう訳だから、この世界に来た当初は自分が居た世界に帰りたいと思っていた。

 元の世界に帰るためにと色々と調べる必要があって、世界を旅して情報を集めたり、帰還の魔法を数多く考え出して、自分で生み出した魔法の実験を繰り返し行って、数えるのが馬鹿らしくなるほどの失敗を重ねた。

 その結果、召喚士としての能力は歴史に名を残すと言われるぐらいには成長することが出来た。けれど、本来の目的である元の世界に戻るという方法は遂に見つける事は不可能だった。

 帰還の魔法が見つからなかった大きな問題となったのは、自分がどの世界からやって来たのか分からない事だった。

 元の世界の有る位置が判明しなかった、と言うべきか。自分の行きたい場所の名前は分かるけれど、どう行ったら辿り着けるのか、が分からない。

 進むべき方向は? どれぐらい離れた場所にあるのか距離は? 道標が無いから手当たり次第に探してみた時期もあったけれど、やっぱり見つけることは出来なかった。

 それなのに、今回の勇者召喚で異世界の日本人を召喚することが出来た。偶然か必然か、今となっては分からないけれど、呼び出すことが出来た。

 この時に記録しておいた召喚の魔法の情報を解析することで、勇者達の世界がある位置を特定することが出来る。

 世界の有る位置が分かれば、後は過去に研究した帰還魔法を使って彼らを世界に戻すことが可能であった。それはつまり、僕も元の世界に戻る方法を手に入れたということ。

 求めて手に入れられなかった帰り道を20年越しに見つけることが、ようやく出来たんだけれど……。

「20年も経った今更になって、元の世界に帰る必要も感じない」

 それが僕の出した答えだった。


***


 フラヌツ王から雑に命じられ丸投げされていた、勇者達を元の世界に帰す準備が出来ていた。勇者召喚の時に行った魔法を解析して、元の世界の位置を調べる。その調査には時間が掛かったけれど。

 あとは、僕の生み出した帰還の魔法を使えば問題なく彼らを元の世界に帰すことが出来る。問題はなかった。

 帰還の魔法で勇者達を元の世界に帰すという準備を行っている合間に、勇者達に訓練を施している。

 魔王と戦って勝つ為ではなく、長旅に耐えうる体力を付けること、自分の身を守れる程度には戦闘力を身に着けてもらう為にたった。

 勇者の称号が有るおかげか、少しの訓練を受けただけで彼らは一気に戦闘力が成長していった。その御蔭で、もう旅に出ても問題ないと判断できるぐらいに準備が整ってきている。

 後は魔王が居る場所を目指す旅をする為の人員を選別して、旅の準備をしていくだけ。
 
 魔王を倒すための勇者を1人。
 勇者に何か有った時の備えの予備として勇者をもう1人。
 旅に出る勇者2人を守るための護衛を何人か。
 旅の間の世話をしてもらう人員も何人か。

 当然僕も、彼らと一緒に旅に同行して魔王と戦う準備を進めているから、結構な大所帯で旅を行くことになりそうだった。

 最短で魔王の下に辿り着けるよう、移動のスピードを重視して持ち物は必要最低限に。武器や食料など、必要となるものを選り分けて用意しておかないと。


 そして旅の準備を進めている隙間の時間で他にも、魔王を倒すための魔法の研究は続けて行っていたいた。

 勇者の称号が無くても、魔王を倒し切る方法が無いのか諦めずに調べて続けていた。前回の失敗を踏まえた、幾つかの仮説を立てて用意した新たな魔法の数々。

 今回の旅では勇者の称号を持った者が居るので、魔王を倒すのは確実となる事だろう。けれど、僕の準備した魔法によって打ち倒せないかを実験する為の準備も進めている。

 それから城から出ていった勇者達の監視も、続けて行っていた。彼らの監視として付けている部下たちの報告によれば、楽しそうに3人組で旅を続けているらしい。最近は冒険者として登録して、魔物を狩って報酬を得て生活しているという。なかなか異世界生活を楽しんでいる様子だという。

 勇者の称号によって、彼らも多少は戦闘が出来るぐらいに実践を重ねて成長していると聞いていた。羨ましいことだ。

 そのまま、順調に旅を続けて彼らなりに楽しんで欲しいと思う。この世界で罪を犯さず、死にさえしなければ良い。

 後は、魔王を倒して元の世界に帰還する時に彼らは連れ戻せばいいだろう。もしかしたら、この世界に残りたいと言い出すかも知れない。

 ……その時は、どうしよう? まぁ、本人の意向に従えば良いだろうか。彼らがどう判断するのか、楽しみになってきた。

 勇者達が元の世界へ帰還する為の魔法を用意して、勇者達に訓練を施し、魔王を倒すために旅に出る支度をして、それに加えて魔王を倒せないか新たな魔法も準備して、出ていった勇者たちの監視も続けて行っていた。

 こうして僕は、生まれてきて一番だと言えるぐらいに、仕事で目が回るほど忙しい時期というモノを経験していた。

 

第05話 泰然自若

「勇者が黙って城から出て行った?」
「はい、昨晩遅くに3名の勇者が一緒になって城から抜け出しました。その後は城下町に行って宿で一泊した後、朝になって旅の準備として食料と道具を幾つか買って、外へと出ていったようです」

 目覚めた朝一番に聞かされた、昨夜に起こったらしい出来事の報告。僕が起きるのを待っていたのだろう、報告してくれている兵士は昨夜から寝てないのか少し疲れ気味の表情を浮かべていた。

 そんな彼に、更に詳細を知りたいと僕は質問を重ねる。

「城から出ていった三名というのは誰だ? 名前は?」
「オガタ、ヤマザキ、ヨシオカの三名です」
「訓練を拒否していた者たちか」

 もしかしたらと予想していた事では有ったけれど、本当に城から抜け出すとは思わなかった。

 一応勇者の待遇に関しては気を使って、訓練を拒否した勇者であっても普通に生活する分には苦労をかけないよう配慮したつもりだったが、一体何が不満だと思って黙って城を出ていったのだろうか。

 しかも、念のためにと勇者達に支給していたお金もちゃっかりと持ち出して行って、それを上手い具合に活用して旅の準備を整えてから外に行ったらしい。準備をしっかりと整えたということは、戻ってくるつもりも無いのだろうか。

「出ていったという三人には、監視は付けているのだろう?」
「はい、それぞれに常時4名ずつの監視員と交代要員を付けています。彼らを連れ戻すようにと指示を出しますか?」

「……いや、そのまま出ていった者たちの自由にさせよう。彼らが死にそうになった場合にだけ、監視員達に手助けするように命じておけ。後は常に居場所の把握だけ出来るようにしておけば、放って置いていい」
「了解しました」

 わざわざ黙って出ていったのだから、彼らの意志に任せて魔王討伐を果たすまでは自由に行動させておくのが良いだろう。そう判断して、3名の城から出ていったという勇者を連れ戻すことはせずに、暫くの間を放置することに決める。

 居場所の把握だけしておいて、魔王討伐を果たした後に元の世界へ送還する時に連れ戻せれば良いのだから。

 報告をしてくれた兵士に休むように言って下がらせると、僕は朝食に向かいながら考える。

 彼らは何を目的にして城から出ていったのだろう。訓練は強制参加ではなく、続けられる者たちだけ参加してくれれば良いと言っていた。

 生活をする部屋や食事に何かしらの文句があったのなら、言ってくれれば改善するという対応も出来たのに。

 そして、元の世界に彼らを送還するという約束もしている。魔王討伐を果たすまでと期限も決まっているので、暫くの間を待っていれさえすれば無事に元の世界にも戻れる。

 そう、何不自由なく過ごせる場でしばらく待っていてくれれば、元通りの生活に戻れるというのに。

 それとも、外の世界に憧れを持って出ていったのだろうか。そうだとしたら危機感が無さすぎると言わざるを得ない。せめて戦闘訓練を受けてから出てくれれば、と思ったけれど勇者の称号があるから戦闘力は普通の人間に比べれば高いだろう。暫くは、大丈夫かもしれない。

 結局の所どうだか分からないけれど、正直言って死なないというのであれば後はどうでもいい、と思うだけだった。


***

 一応念のために報告はしておいたほうが良いだろうと、勇者召喚された中で唯一の大人であった為に勇者達の引率者という立ち位置となった彼女に、三人の勇者が城から出ていったという情報を共有しておく。

「なぜ……、なぜ生徒が抜け出すのを止めてくれなかったのですか!?」
「城から出ていったのは彼らの意志です」

 昨夜の、緒方、山崎、そして吉岡という3名の男子が城から抜け出して行った、という事を嘘偽り無く伝える。話を聞いた彼女は居なくなった3人の事について驚き、責めるような口調になって何故止めなかったのかと僕に問いかけてきた。

 僕は彼女の問いかけに対して、淡々と答える。そして、出ていったのは彼ら自身で選択した振る舞いであることを強調する。つまり僕らは一切悪くなくて、勝手に出ていった彼らに責任があるのだと言うことを。

「貴方は、目的を果たせれば私達を元の世界に戻してくれる、って約束をしたじゃないですか?」
「そうですね。だから、魔王討伐が終われば出ていった彼らを連れ戻してきて、約束通り元の世界に帰還させます」

 王に命じられた面倒な課題。そうだった、勇者達の帰還の準備も進めておかないと。そんな煩わしい仕事が有った事を思い出す。

「!? それなら今、緒方くん達が何処にいるのか知っていると言うこと? 今すぐ連れ戻してきて下さい」
「彼らが自主的に城を出ていったのなら、我々が彼らをココに連れ戻したとしても、またすぐに城から抜け出すでしょう。だから、全てが終わるまで放っておいた方が効率的です」

「そんな……」

 連れ戻す気なんてさらさら無いという僕の答えを聞いて、力が抜けて座り込んでしまった様子の彼女。

 そして、そんな女性を目の前にしている事も一切気にせずに僕は、どうやって仕事が早く片付けられるかに頭を悩ませるだけだった。

 

 

第04話 初志貫徹

「あなた、仁音君でしょ? 私達と同じクラスメートの」

 何日目かの訓練が終わった、ある日の夜の事。

 僕の仕事と生活を兼ねた部屋に、一人の勇者が訪れていた。彼女は部屋に入ってくるなり、確信した様子で僕の正体が仁音であると言ってきた。

 しかも彼女は間違いないと確信している様子であるにも関わらず、僕の口から”そうだ”と言わせようとしているのか、質問するようにして聞いてくる。

 事実としては勇者の少女の言う通り。なんだけれど、召喚の儀式の時には言い逃れるようにして別人であると、僕は彼らに言い放っていた。だから今更、本人でしたと言う必要もない。

「いいえ、違いますよ。僕の名前は確かにジオンですし、あなた達が知っている仁音さんと似ているのかもしれません。けれど、私と仁音という方は完全に別人です」

 彼女の質問に対してしらばっくれた返事をする。けれど、僕の答えを聞いた彼女は納得いっていないという表情をしている。

「嘘。どこからどう見たって、仁音君だもの。写真だって持ってるわ、見てみて」

 自分が正しいことを証明しようと少女は、スカートのポケットから携帯を取り出してきて何かの操作をした後、僕の目の前に取り出した携帯を突き出してきた。

 少女に見てと言われた通り、目の前にある携帯の画面を覗き込んでみる。そういえば、携帯なんて久しぶりに見たなと思いつつ確認する。

 その画面には、集合写真が表示されている。その中に学生服の姿でいる1人の男性、確かに僕の顔が表示されていた。

「確かにこれは僕と顔が似ていますね。ところで、この道具は何ですか?」
「え? これ? 携帯だけど」

 僕の存在について追求を逃れるために彼女が手に持っている物が携帯と知りつつ、何なのかと問いかける。僕のとぼけた質問に、驚きながら答えてくれる少女。

「携帯ですか、絵を写す道具なんですか?」
「いや、コレは電話をする機械だけど。……あれ? 本当に仁音君じゃないの?」

 自分の演技はあからさまに過ぎるか、と思っていたけれどやってみれば案外うまく事が運んだようで。本当に僕が彼女の知る仁音とは違う人間だと信じてくれたのか、途端に不安げな表情を浮かべる勇者の少女。

「確かに名前が同じで、顔も驚くほどに似ているようですが。僕は20年も前からこの世界を旅していましたし、10年程前からはこの国で働いても居ます。だから、貴方の言う仁音君とやらとは別の存在なんでしょう」
「……そうだったのね。ごめんなさい、私の勘違いだったわ」

 20年もこの世界で生きていると言った僕。ただ、その20年以上も前には彼女の言っている仁音という人物として生きていた。

 けれと僕の説明を聞いて、完全に別人であるという事をやむを得ず、という感じで認めたらしい。そして、そのまま失礼しますと言って慌てた様子で部屋を出て行く。

「ジオン様、彼女を抹殺しましょうか?」
「必要ないよ」

 部屋の隅から突然現れた少女が、いきなり物騒な提案をしてきた。彼女は僕の身辺警護の為にと、国から付けられた暗殺者兼護衛という立ち位置の女性だった。

 まだ年は若くはあるけれど能力は非常に優秀であり、容姿も美しい。敵を油断させる為にという目的と、僕を国に縛り付けるために色欲に溺れさせる目的も有るハニートラップという存在だった。

「あの女は、ジオン様の話を信じていませんでした。あの絵を元にして、虚偽情報をばら撒くかもしれません」
「あの話を広められたとして、支障はないから大丈夫」

 僕が勇者たちの知っている仁音であるかどうかなんて、結局はどうでも良い事でもある。その話を広められたとしても問題になることは無い。

 それよりも、勇者が1人暗殺によって死んでしまうことで勇者達に不信感を与える事の方が問題があるだろう。だから彼女の行動を制止する。

「心配してくれてありがとう、でも問題はないさ」

 僕は彼女に気を使ってくれた事に対して感謝を伝えつつ、何もしなくていいと指示を出して、暗殺者の少女を後ろに下がらせた。

 そういえば、あの勇者の少女の名前は高橋玲奈(たかはしれな)という名前だっただろうか。

 たしか寡黙にいつも読書をしていたイメージのある少女で、学校での成績がとても優秀だったような記憶がある。

 もう僕の記憶はおぼろげで、彼女に対する情報が正しいかどうかも分からないけれど。むしろ20年も前の事なので、覚えていた事のほうが奇跡的でさえあると思う。

 それぐらいに記憶が薄れてしまう程、僕は今の世界に適応していた。この20年で色々と経験をして変わっていったのだから。それならばもう、僕は勇者達が知る仁音とは別人であると言うのは正しいだろう。

 だから僕は最初に言った事が本当だと今後も主張を変えずに、勇者達の知っている仁音とは別人であると言って過ごすことを決めた。

 

 

第03話 戦闘訓練

「皆様、お疲れ様でした。これから皆様を、生活するために用意した部屋に案内します。今日からそこで寝泊まりをして下さい」

 王様との謁見が終わると、勇者達がこれから生活するためにと用意した部屋へと案内することになった。

 まさか数十人もの人数が召喚されるとは想定していなかったために、急遽用意した部屋である。だが、城の中は意外と開いている部屋があったので急いで女中に準備させることで、なんとか対応することは出来ていた。


***

「おはようございます、皆さん。早速ですが、魔王討伐のための戦闘訓練に入ります」

「「「はい」」」
「「「……」」」

 翌日から早速、勇者たちを城の訓練場へと集めてから魔王を討ち果たすための訓練に入る。彼らの能力がどれくらいなのか調べるため、一人ひとりに剣を振らせてみたり、魔法の使い方を教えてからすぐに実践してもらおうと考えていた。

 素直に言うことを聞いてくれる勇者たちと、僕を疑っている様子で無言の返事で警戒心を強めているという姿勢を見せる勇者たち、その2つのグループに分かれている。だが、僕は特に何も指摘すること無く訓練を始める。

 言い伝えによれば、勇者という称号を持つ人間は唯一魔王を倒しうる可能性を持っているという他にも、神から授けられた特別な能力によって普通の人間とは比べ物にならないぐらいの強大な力を持っていると言われていた。

 1つ懸念だったのは、本来ならば1人の勇者だけ召喚することを目的とした召喚魔法陣だったはずなのに、現れたのは数十人の勇者の称号を持った者たち。もしかしたら、勇者としての力が人数の分だけ分散したのではないかとも危惧していた。

「まずは、あそこにある剣の中から好きなのを選び、手にとって適当に振って見せてください」

 今までに本物の刃がついたロングソードなんて手に持ったことがない者達なのだろう、恐る恐ると言った感じで並べられていたロングソードを手に握り持ち始める。

 しかし、ロングソードを振り始めると様子は一転して、初めてとは思えないような慣れた手付きで剣を振り、危なげもなく問題があるようには見えなかった。

 危惧していた勇者の弱体化は、調べてみればそんなことは無く皆が優秀な力の持ち主であるようだった。

 更に詳しく調べてみると32人居る勇者である彼らは、それぞれ得意なことが別々ではあった。

 剣を振ることを得意とする戦士タイプの者たちに、魔法を得意とする魔法使いタイプの者たち。それから支援を得意とする僧侶タイプの者たちなどに分かれていた。

 人数が多い分パーティーを組んで戦わせたりすることが出来る、当初想定していた勇者1人だけの時には考えられない戦術を取れる事が判明した。人数が多いことで新たな戦闘プランを検討できるようになったのだ。

 こうして僕は初日から彼ら勇者に対して剣を振れ、魔法を覚えろと多岐にわたる訓練を課した。しかし、その翌日。

「ジオン様、勇者たちが訓練場に来てません。今から引っ張り出してきますか?」

 兵士の1人が心配して、こんな事を尋ねてきた。どうやら、前日の訓練で音を上げたのかサボる者たちが続出して何十人も訓練場に来ていない。しかし、サボらなかった何人かの勇者達は訓練を続けて受けようとしているのが居たので、特に問題は無かった。

「いや、訓練に出る気のない者達は放っておいて良い」

 魔王を倒せる可能性を持っている勇者が1人居れば、それで問題はない。今の所必要だったのは、勇者という称号を持つ人間であり、魔王を倒せる可能性がある者だけ。別に魔王戦での戦力としては、それほど期待していないので他の人間は怠けて休んでいても一向に構わない。

 それから、訓練から脱落しなかった勇者達だけを鍛える。目標は、魔王戦に挑むための決戦地へと辿り着けるだけの体力と、少しの戦闘力を身につけて生き延びれるようにすればいい。

 更に戦闘訓練を重ねていく。勇者の称号を持った者達は成長するスピードも恐ろしく早くて、何年も鍛えて兵士となった精鋭の者たちでさえ、勇者たちが数日後には鍛えてアップした能力であっさりと追い抜かれていた。

 けれど、次のステップの訓練で行った魔物との実戦で躓く者たちが多かった。人形ではないけれと、獣の姿をしている魔物であり、剣で斬りつける事や魔法を当てるのに躊躇してしまう勇者達。

 ただ躊躇していたら魔物たちは構わず攻撃を仕掛けてくるので、コチラが殺らないと殺されてしまう。

 そして生き物を殺すという決意をした男子達は全員が魔物を倒す事に成功していたが、女子の何人かは魔物であっても可愛そうだと攻撃が結局出来ずに居る者たちを残して、戦闘訓練は終わった。

 魔物を倒せと必ずしも強制することでもないので、攻撃に躊躇してしまった彼女たちは後方支援に回すなどして彼らの戦闘の適正を見て配置を考えていく。

 こうして訓練を重ねていって魔王討伐のための準備を進めていた。このまま順調に進めていけば、魔王が倒せる準備が完了するのも間もなくという感じだろうか。

 

 

 

第02話 事情説明

 約20年前、僕は別の世界から今いるこの世界に召喚された。そして、色々な出来事を経て現在は国一番の賢者なんて言われる存在となっていた。

 そんな時に、再び元の世界の人間と出会うことになるとは思ってもいなかった。しかも、自分を知っている同郷の人間と。けれども、ほとんど過去の記憶については思い出すこともなく薄れていて、かつての世界で生活してたい頃の残っている記憶なんて少ない。

 問題なのは、相手に自分のことを見抜かれてしまった事。一応、人違いだと誤魔化すことで回避したけれど、まだ疑われているようだった。

 召喚の間から大広間へと移動している最中、ヒソヒソと僕の事について話している声が聞こえる。あれは”大村仁音(おおむらじおん)じゃないのか”という声。

 後ろから聞こえてくる話し声を僕は一切無視して、召喚した彼らを先導して大広間に案内していく。これから詳しく状況についてを説明するためだ。


***


「あなた達に、魔王を倒していただきたいのです」

 大広間に案内してテーブルに座ってもらった後、この国の、そして世界の状況を説明していく。大半の人間が素直に聞いてくれる姿勢であるが、何人かは反発する態度を示すように頭の後ろに腕を組み、膝を立てて行儀の悪い座り方をしているので、聞いているのかどうか分からない。

 今この世界は魔王の脅威に晒されていること。何度も魔王を倒そうと挑んでいった者たちが、返り討ちにあい散っていった事。そして、魔王に対応できるのは勇者と呼ばれる称号を持っている者たちだけ。

 そして召喚で呼び出された貴方達は、言い伝えられている勇者という称号を授けられた者たちだという事。

 話を終えた後の彼ら彼女らは、2つの種類に分けられる反応を見せた。1つはゲームや漫画みたいな展開だと召喚されたことを喜ぶ者たちに、そしてもう1つは、召喚されただなんて今後はどうなるのだろうかと不安がっている者たち。

「ではこれより、王の御前に案内します。後ろについてきてください」

 大広間での説明を終えたら再び城の中を案内して、言葉通りに陛下の居る王座の前まで勇者達を連れて行く。移動が多いと文句を言う何人かの声を出す者たちを、なだめる。

 ココまでは、勇者召喚について事前に話し合って決めていたスケジュール通りとは言えない。色々と想定外があった。召喚されたのが僕を知っている人間だったり、1人だけ呼ぶはずが何十人も召喚で現れたり、何人かの勇者が反発的であったり。色々と、スケジュールに修正が必要そうだった。

 ぞろぞろと城の中を連れ歩いて、謁見の間に到着する。部屋の中には近衛騎士団が何十名か武装して待機している。鉄の鎧に赤い大きな羽の装飾のついた兜、そして腰から下げたロングソード。

 近衛兵の武装に威圧されたのか、勇者たちは黙ったまま待ってくれている。注意して黙らせる必要もなく、楽にはなった。

 その他にも貴族の家臣が待機している。彼らは、国政を担う重鎮達だった。黙ったまま、静かに勇者たちを観察し続けている。

「フラヌツ王がいらっしゃいます」

 近衛兵の1人が、謁見の間に王が登場する事を知らせる声を上げる。そして、奥の部屋からマントを翻して現れた1人の初老男性が玉座に座ると、謁見の間で静かに待っていた勇者達をじっくりと見回した。

 王は、勇者の数に驚いているようだった。本来ならば1人だけの予定だったのが何十人も居たのだから、驚くのも無理はないだろう。

「ジオン、勇者召喚の儀に成功したようだが”彼ら”が呼び出した勇者か?」
「はい、そうですフラヌツ王」

 王に対して片膝を立てて頭を低くしながら報告を行う。後ろに付いてきていた彼らは、どうするべきかオロオロと突っ立ったまま。

 本来ならば、謁見するときの作法では失礼に当たる。家臣の何人かも眉をひそめて勇者たちを見ているが、特に文句は言わない、というか言えないのだろう。王が何も言わないから。

「そうか。突然召喚などと言って呼び出してしまい本当に申し訳ない、勇者の皆様よ。しかし今、この場所に貴方達が居るという事、これは運命なのだろうと思う。だから勇者様、どうか我々の国を世界をお救い下さい」

 普段ならば、ありえない程の低姿勢で勇者と向き合うフラヌツ王。それだけ気を使って対応している、という家臣たちへのアピールだろう。

 王との謁見によって、ようやく事態の深刻さを徐々にだが認識し始めたらしい勇者たち。お互いに顔を見合わせたりして、皆がじんわりと不安な表情に変わっていく。

「私達、戦いなんてしたことありません!」
「魔王を倒せなんて、絶対に無理だと思います」
「今すぐ私たちを元の世界に戻して!」

 王の言葉に反発して、叫ぶように拒絶している。やはり、召喚なんて突然過ぎる事に拒否されるだろうと、僕の予想していた通りとなった。

 そんな中、僕の予想に反して非常に協力的であるような声を上げる1人の青年が居た。彼は確か、召喚されたすぐの時には黙ったまま注意深く周りを観察していた者だ。

「皆、ここで文句を言っても意味がないよ。この世界の人たちも困っているみたいだから、俺たちの勇者としての助けが必要なんだ。それに、魔王を倒すために俺たちは召喚されたのなら、倒し終えたら元の世界に帰してくれるかもしれない。そうでしょう? フラヌツ王」
「もちろん、魔王討伐を果たせば元の世界に帰すと約束しよう」

 使命を果たしたら元の世界に帰すと、召喚士の僕に確認もせずに勝手に約束をしてしまった王。不可能では無いけれど、面倒ではある。

 しかし、本物の勇者と言えるような中心人物となってくれる人間が居てくれたおかげで、一気に彼らの意見がまとまったようで助かった。交渉などで、余計な時間が取られる心配が減った。
 
「では後を任せた、ジオン」
「了解しました」

 面倒なことは丸投げで、さっさと謁見の間から退場するフラヌツ王。世界が混乱している中で忙しい人である事は知っているけれど、もう少し協力してくれれば僕も助かるのにと心の中で王に対して愚痴を言う。

 

 

第01話 勇者召喚

「では、これより勇者召喚の儀を執り行います」
(あぁ、本当に実行してしまうのか……)

 バイアトロル城の最奥にある過去の勇者を祀った聖堂、普段は絵画や彫刻品などが並べられて特別な祭事にのみ使われる部屋。

 しかし今は装飾されていた調度品の全てが取り除かれていて、広々とした部屋となっている。

 そして床一面には魔法陣が描かれるという状況となった場所。これから行われようとしている儀式の準備が全て終わって、後は実行するのみとなっていた。

 僕の立つ周りには12名の大人たちがローブと魔術アクセサリーを着込んで、手には高性能な杖を持って魔法的な装備をして召喚補助の準備を万端にして待機している。

 言葉に出して後は実行するのみだと、僕は宣言をした。しかし、口から出たその言葉とは裏腹に心の中で考えている事は矛盾していた。本当に儀式を執り行っても良いのだろうか、と。

 今から行われるのは、勇者を召喚するという儀式。万が一にも失敗しないように一ヶ月前から準備が進められて、とうとう今日実行される。

 最終確認を行う傍らで本当に勇者を召喚して良いものなのか、という事を今更ながらに僕は思い悩んでいた。

 約一年前のある日突然に現れた魔王によって、人類は滅亡の危機にさらされていた。数多くの戦士たちが魔王を討伐しようと挑んでいったが、未だに魔王は生き長らえて魔物を指揮し世界各地の村や街、そして国の破壊活動に勤しんで世界を混乱の渦に巻き込んでいる。

 そしていよいよ打つ手がなくなってきた我々人類は、窮地に追い込まれていた時にある言い伝えを発見したのだった。

 その言い伝えによると、神によって定められた勇者の称号を持つ人間のみが、魔王に対抗できる存在だという事。

 つまりは、今まで魔王に挑んだ人たちは称号を持たずに挑んで事が原因で敗れてしまった。なぜ数多の戦士たちが魔王を倒すことができなかったのか。それは魔王を打ち倒すために必要なものを戦士たちが備えていなかったから、ということが判明した。

 言い伝えが発見されて、すぐさま神に定められし称号を持つ者を召喚するための儀式を執り行うことが決定した。

 そして、いま行われようとしている、目の前の儀式こそが勇者召喚のための儀式であり、実行者は僕だった。

 情勢から考えるに勇者を召喚するというのは当然のように行うべき行動なのだろうけれど、僕は終始召喚という儀式に対して反対だという姿勢を取っていた。

 何故かと言えば、この儀式は勇者の称号を持つ誰かを本人の意思とは関係なしに呼び出してしまうという魔法だから。

 そんな誰ともわからない人を強制的に呼び出してきて、魔王を打ち倒せと伝えなければならない。しかも、この魔法は異世界の人間でさえもターゲットにして呼び出すという機能が設定されている。

 僕は自分の境遇から何も関係のない人間に、しかも別世界の人間かもしれない人に世界の命運を託す事に躊躇いを感じていた。だがしかし、今のところ勇者という存在だけしか魔王を打ち倒せるという希望がない、というのも事実だった。

 現時点で勇者召喚を実行する以外には、この世界から魔王の脅威を取り除く方法は無いと言えた。

 魔王を打ち倒せるのは勇者だけ、というのが言い伝えにより認識される前から僕は魔王を倒す方法を色々と探っていた。

 ただ手をこまねいて待っているだけではなく、魔王を倒す対策方法を編み出そうと色々と研究途中でもあった。幾つか魔王討伐のための方法を考え出して、そして実践で試してみたりもした。だが残念ながら、どの方法も致命傷を与えるには至らなかったけれど。

 多少のダメージを与えて魔王を撤退に追い込むことも出来てはいたが、やはり存在を消し去るまでは出来なかった。

 それが今のところ僕の限界である。そして、魔王への対策方法を提案できなかった僕は勇者召喚という任務を命令されて、断ることも出来ず致し方なく実行するしか無かった、というのが今に至る経緯だった。

「では、儀式を執り行います」

 ぐるりと部屋の中を見渡す。万が一のことを考えて衛兵が20数名控えている。そして僕の召喚魔法の補助のために、12名の召喚士が配置についたのを目で見て確認し、勇者召喚の儀がバッチリと行える状況だと最終確認を終えた。

 嫌々ながら実行はするけれど失敗するのはもっと嫌だと思っていたので、召喚の魔法をしくじらないよう発動させる為に精神を集中させていく。

 僕の身体の中から溢れ出て来る魔力を制御して、床に描かれた召喚の魔法陣に流し込んでいく。すると、しっかりと動作したことを示すように床から白い光が溢れて、部屋の中全体を覆うように広がった。

 召喚陣から溢れた白い光と僕の魔力が陣に流れ込むバチバチと鳴る音が響いて、周りにいる人たちが固唾を呑んで儀式の結果が出るのを見守っている、という視線を背中に感じる中で集中を途切れさせないように儀式を続けた。

 ほとんどの意識を儀式を成功させるために深く召喚に集中していると、次第に周囲から聞こえる音が小さく小さく聞こえなくなっていき、視界も白の光から明度が落ちて灰色に変わっていくのが分かる。

 数分間という一つの魔法を発動させるのには規格外の時間を消費して、召喚を問題なく発動させる為の工程を消化していく。

 そうしていると光で満たされた部屋の中に新たな変化が現れた。魔法陣の上で部屋中に広がった白い光が、徐々に縮小していき人の形になっていく。その時点で、僕は少しの違和感を感じていた。勇者召喚の儀式を失敗した訳ではない、けれど予想していなかった結果が目の前に現れた。

「呼び出されたのは一人、じゃない……それに、彼らは、今頃になってそんな……」

 無意識に僕の口からは、ありえないという言葉が発せられていた。目の前で起こった出来事から見るに勇者召喚は無事に成功したようだったが、想定外の事が2つも起こっていた。

 一つは、召喚された人間が複数人居るという事。本来想定している結果は、勇者という称号を持った人が一人だけ現れるだけのはずだった。しかし、いま僕の目の前には三十人程の人間が戸惑いながら立っているのが見えた。召喚された人間の数が多すぎる。

 そして、もう一つの想定外な事態とは彼らの着ている服装に僕は見覚えがあるという事。こちらの世界では手に入らないだろう精密な布でできた服装。しかも、ほぼ全員が同じように統一された均一の制服。懐かしい前世の記憶で思い出す、日本という国での古い記憶を。

「な、なんだぁココは!? どこなんだ?」
 キョロキョロと当たりを見渡す青年が叫ぶ。

「これってテレビ? 映画?」
「壁と床とかが石で出来てるよ!? 外国みたい」
 見知らぬ場所に突然連れてこられて、周りを観察しながらも怯えたように会話をする少女達。

「……」
 警戒心をいっぱいにして、寡黙にして観察に徹している青年。

「ちょっと待って皆、まずは落ち着いてっ! 勝手にどこかに行かないで、離れないで」
 三十数人の中で一番年上の女性と思われる彼女が、慌てている少年少女たちを落ち着かせようと声を掛けて、勝手に行動するのを制している。

 数十人の子供たちの中にいて唯一の大人であるらしい女性は、慌てて子供たちを落ち着かせようと必死に注意しているが誰も聞いていない。

 他にも辺りをキョロキョロと見回して戸惑っている青年、女性同士が辺りを警戒して身を寄せ合い小声で話し合っている、そして警戒して口を閉じて注意深くこちらに居る人間を観察している切れ者そうな女性。

「あ! おい、なんでテメェだけそんな格好してんだよ」

 忙しなく辺りをキョロキョロと見回していた一人の青年が何かに気づいたのか、乱暴な口調の大声で僕に早歩きで近づいてきた。

「落ち着いてください、皆さん。突然呼び出したりして申し訳ありません、まずは説明を」
「おいおい、格好だけじゃなくなんだよその変な喋り方!」

 小馬鹿にしたような薄笑いの表情で近づいてきた粗忽な青年が僕に手を伸ばしてくる。そんな彼の腕を僕は無意識に掴み取ると、そのまま引っ張って地面へと体を倒して転がす。

「ぐぁっ!」
 青年が地面に倒された時に潰れた声でうめいた。僕は青年の上に乗り、腕を極めてスリを捕まえたような体勢になる。

「ジオン様、コイツっ!」
「ってぇ!? おい、仁音ッ! 今すぐ手を離しやがれ!」

 青年は大声で激しく怒りながら肩をグッグッと動かして逃げようとするが、僕は彼の肩と腕をしっかり固定しているので、びくともせず抜け出せないでいた。

「衛兵! 大丈夫、持ち場を離れないで。僕は大丈夫だから」

 一応この場での最高責任者である俺を守ろうと待機していた衛兵たちが近づいてくるのに先んじて、声を掛けて彼らを止める。

 衛兵を止めなければ、この少年は切り捨てられた可能性があったから。それは、いま召喚した少年少女達に不信感を抱かせることになるだろう。今から頼み事をするのには当然不利になるだろうから、出来る限り穏便に済ませたいと考える。けれど既に、今の状況からは難しそうだと思ってしまう。

 だがしかし、まさかいきなり召喚した者が掴みかかってくるとは思わず、無意識に防御しようと返り討ちにしてしまった。

 そして問題なのは、彼は僕の名前を呼んでいた事。それを聞いた瞬間、僕は遠い記憶の彼方で、かつて異世界で暮らしていたこと。クラスメートとして学校に通い一緒に勉強した人たちの事を思い出していた。

 僕と青年のやり取り。何が起こったのか理解していないらしい、召喚された勇者達はざわついていた。

「落ち着いてください、勇者様」
「だから何なんだよ、その喋り方は。手ぇ離せよな、仁音!?」

 なんだか厄介事になりそうだったので、知らないふりで押し通そうと芝居をする事に決めた。地面に倒したかつてのクラスメートの言葉を無視して、話を続ける。

「僕の名前はジオンですけれど、あなた方の知っている人とは違う人だと思いますよ。私はあなたと出会うのは初めてですから」
「あ、あの。隼人君を離してください仁音君、……いえ、ジオンさん」

 涙目で恐怖を感じているのか小刻みに震えながらも、拘束を辞めるようにと訴えかけてくる大人の女性。そういえば唯一の大人である彼女は担任の先生だった、ような気がする。

「申し訳ありません、不用意に近づいてきたので思わず。手を離した瞬間に攻撃をしないと誓ってくれるのなら、掴んでいる腕から手を離します」
「くそっ、わかった! 攻撃はしないから、早く手を離せよッ!」

 僕は彼の腕と肩から手を離して距離を取る。地面に倒れていた彼は、キッと僕の方を睨みつけながら立ち上がると、痛みを主張するかのように腕を擦っていた。

「突然呼び出したりしてすみません、私の名はジオン。貴方達に救いを求めて召喚を行った者です」

 早速トラブルが起こって前途多難の様子だったが、僕はようやく話し合いができる状況になると事情を彼らに説明し始めた。