第07話 大地の活躍

 小太刀大地は、色々な方面へと手を出して活動していた。学業はもちろん、部活動にアルバイト、そしてその合間に妹である香穂里の面倒も見ていた。

 最近は、生活に慣れてきたのか小学生である香穂里は精神的にも落ち着いて夜起き出して泣くことも無くなった。そして家事手伝いを積極的に、家電の使い方も覚えはじめていた。

「きりかた、こう?」
「そう。包丁を使う時は、指をこうして切らないように注意して」

 食材を切るために手を怪我しないよう、猫の手を作って左手を添えるやり方を教えながら包丁の使い方について指導する大地。楽しそうに手を動かす香穂里に、しっかり危ないことを注意しながら。

「コンロのつけ方は、こう?」
「そうそう上手だ。火をつけたら、手や服を火に近づけないよう注意して」

 台所にあるガスコンロのつけ方から、火をつけた後はその場を離れないようにする事、コンロの上や周辺に可燃物を置いたりして使わない事など、いろいろな注意点を香穂里に教えていく。

 大地が香穂里に料理のコーチをしながら刃物の扱いを教えて、ガスコンロで火を使う特訓を日々行っていた。徐々に香穂里の手付きは上達していって、彼女が1人で料理を作っても大丈夫だと許可を出せる日も近そうだった。

 こんな風に、小太刀兄妹は大人が面倒を見なくても無事に何事もなく、普通に生活を続ける事が出来ていた。


***


 妹の面倒を見ている他にも大地は、アルバイト先での仕事で大活躍していた。

「お待たせしました、アメリカン珈琲とミックスサンドウィッチです」
「お、早かったね。ありがとう」
「ごゆっくり、どうぞ」

 習った通りに緊張もなくスムーズに、大地は接客をそつなく行いアルバイトとして立ち回っていた。やって来る常連客とも、コミュニケーションが抜群によく出来ている。小太刀大地は、いつも平然としていて表情豊かという訳ではなかったが態度が悪い訳ではなく、話をしてみると人当たりがいい性格をしていたから、接客を受けたお客から気に入られていた。

 しかも、不憫な境遇にあるにも関わらず仕事中の表情には一切出さず、普通に接客をしている。その後で、本人とは別の人から伝え聞いた交通事故に遭って両親を亡くしている、という話を知ると、小太刀大地についてを知った常連客は誰もが驚いた。

 本人が一切、その素振りを見せないから。そして、同情して気の毒に思って大地の味方になってくれようとする常連客が増えていく、という状況だった。

 大地本人は既に死んだつもりで、次の人生について神様から告げられ確定している事が判明しているので、今の自分が生きている理由は妹の香穂里を幸せに生活させる為、という明確な生きる目的を持って過ごしていた。

 だからこそ、何事にも迷いなく突き進んでいけた。その精神が、アルバイト中の仕事をしている最中にも現れて、淡々と仕事を処理していく姿が潔くプロフェッショナルとして、お客様には好意的に見られていた。


***


 アルバイト先でも順調でありながら、先日入部したバスケットボール部の活動でも実は大活躍していた小太刀大地。

 部活動に入部した、その日から早速練習に入ってバスケットボールについてを学んだ大地。初心者の彼にバスケットボールについてを教えてくれる先生として、江西直人(えにしなおと)という人物が付いてくれた。

 その人物は、栗間先輩が”上手い選手”と言っていた、その人であった。子供の頃から、ストリートバスケで鍛えられた能力によって、高校生としては驚異的だと言えるような技術を持っているバスケが上手い男子高校生だった。

 そんな人物に教わった大地は、驚くべきスピードでバスケットボールについてを吸収していった。数日習った結果、始めたばかりだと言っても誰もが信じないだろうと思うぐらいの成長速度。

「そろそろ俺も、先生に追いつけるかな」
「ばーか、まだまだ全然未熟だわ」

 高校一年生でバスケを始めたばかりの大地が生意気そうな口調でふざけながらの挑発をすると、バスケについて教えてくれている先生をしてくれた、1個上の先輩である高校二年生の直人がまだ早いと、華麗な動きを交えて答える。

 ワン・オン・ワン、一対一で対決練習をしている大地と直人の2人。直人がオフェンスとしてボールを持ちながら攻めている。そして、相手にシュートを決めさせないようにディフェンスをしている大地。

 ディフェンスの大地は俊敏に動いて、ドリブルしている直人のボールに手を伸ばして奪おうとする。だが、動きを直前に察知した直人はドリブルのスピードを変化させて、伸びてきた手をタイミングをズラして避ける。そして、ボールは奪えず直人に突破を許すとショートを打たれていた。直後、ゴールネットを揺らす気持ちの良くなる音が聞こえてきた。

「今ちょっとボールに触ったから、次は奪えるよ」
「指がちょっと触れたぐらいで勝ち誇るとは、未熟だね」

 まだまだバスケの技術では勝てないが、迫っていっている実感を持つ大地。そして、見た目には余裕綽々という感じの姿を見せている直人は、内心では少し大地を脅威に感じていた。もっと練習せねばと、自分を警めている。

「ほい、シュート」
「そのオフェンスからの奪い方、まだ習ってないんだけど」
「たまには自分で考えて動くんだな。これから、どんどん知らない動きを混ぜていくからよろしく」

 続けて対決すると、やはりボールを奪えないでいる大地。小学生の頃から鍛え続けてきた意地を見せるために負ける訳にはいかないと、直人も大人気なく大地には勝たせなかった。そしてボールを器用に指の先に載せてくるくる回し、余裕綽々で答える直人。

 バスケットボールを習い始めてまだ数週間も経っていないのに、もう既にそのバスケットボール部でエースを務めている直人に少し迫りつつある程に上達していた大地。

 他の部員からは、江西は元から凄い技術があるのを知られていて、そんな彼に数週間前に入ってきたばかりの大地が迫っていくなんて信じられないような出来事、次元が違うような能力を見せつけられて、部員たちは驚いていた。

 こうして、バスケットボールの能力が急成長した小太刀大地は、未経験で入部してからわずかも経たないうちにレギュラーの1人となっていた。

 レギュラーとなった大地は次に行われる試合に出れることになった。しかも、次の試合というのが、冬のインターハイに出場できるかどうか、という地方大会での試合だった。

 

 

 

第06話 生活安定を目指して

 自分の身を、そして妹の身を守るためにどうすれは良いのか大地は考えて、出した結論は有名人になればいい、というアイデアだった。世間の目が自分たちの方に注目して向いていれば、少しは自分たちの境遇を知ってもらえるのではないか、と考えて出した結論であった。

 両親が亡くなってすぐに家から追い出された境遇、親戚から引き取ってもらったのに面倒も見ずに放って置かれている境遇、その他にも色々と今の雑な扱いを知ってもらえれば、自分たちの状況がどうなのか判断してもらえる。それが香穂里の幸せな生活に繋がると、大地は信じて疑わなかった。

 次に考えるのは、どうやれば学生の身で有名人になれるのか。考えた結果、学校での部活動で全国大会に出場して活躍すれば、メディアからも注目されるのではないかと思い至った。学生の身で一番身近にあるイベントであり、能力を競い合える場所にたどり着ければ。

 大地は他の人には無い、神様から授けられたという特殊な能力を持っていた。ステータスという自分の能力を数値化して確認できるという、他人にはない特別の能力。最近では、どうやら他人のステータスも確認できることが発覚して、更に更に他の人に比べると成長が早い事に気が付いていた大地。他の人に比べて、ステータスに表示される数値の上昇スピードが何倍も早く、つまり小太刀大地は成長速度が人よりも早いということが発覚していた。

 その能力を駆使することが出来れば、他人と比べて効率よく必要な能力を確認しながら高めていくことで、頭一つ抜きん出た選手として部活動の大会でも活躍出来るだろうと考えていた。

 それじゃあ次に、どの部活動に入って活躍すればいいかを大地は考える。

 最初に思い浮かんだ部活動は、やはり野球部だった。春と夏にテレビで中継されている甲子園大会に出場できれば、メディアにも取り上げられるような状況になるのではないかと考える大地。だがしかし、その案はすぐに却下した。

 というのも野球は子供の頃から大人気のスポーツで、将来の夢が野球選手だと語る小さな子が沢山いる。だから競う相手となるのは、小学校からクラブチームに入って、とんでもない量の練習を重ねてきた、というような選手が沢山居るだろうから選手としてのレベルも高い。

 高校生になった今から入部して、勝てるかどうか。最終的にはレギュラーを奪い取る自信は有ったけれど、考えれば時間が掛かりそうだし、その後で一選手としてメディアに注目されるほどの抜きん出た選手になれるかどうかについては、自信が無かったから。

 次に思い浮かべたのは、サッカー部だった。けれど、それも却下せざるを得なかった。野球に比べると人気は少し落ちるかもしれないが、それでも日本での王道二大スポーツと言われるぐらいに人気があり、子供の頃からプロ選手を目指して練習している子たちが沢山居るだろうから。

 そして色々と考えてみた結果、良さそうだと思えたのがバスケットボール部だった。世間にも知られているスポーツだったけれど、高校生大会については野球やサッカー程に今のところ注目はされていない。

 けれども、競技人口で言えば実は世界一でもあるスポーツがバスケットボールだった。だからメディアからの注目を浴びる事が出来れば、一気に人気が出て世間に知られるような人物になれるのではないかと考えた。

 有名人になるという大地の目的に合致しているのが、バスケットボール部であると言えた。

 考えた上でたどり着いた結論。次は行動に移すために早速、大地は高校にあるバスケットボール部を訪ねて、入部したいと告げに行ってみた。

「え? 君って、あの小太刀君、だよね」
「はい、そうです」

 入部を申し込みに来た大地を対応したのは、バスケットボール部で部長を務めている冨上(とかみ)先輩という人だった。彼も大地が交通事故に遭って両親を亡くしたことを、学校で流れている噂を聞いて知っていたので、急にやって来た噂の当事者である大地に対して、どう対応すればいいのか困ると言った表情を浮かべていた。

「今日から、バスケットボール部に入部したいと思ってやって来ました。よろしくおねがいします」

 困惑している冨上先輩には、特に配慮することも無く大地は自分の目的をハッキリと伝えて、頭を下げてお願いする。バスケットボール部に入部する、という意志を示すだけだった。

「この時期に入部したい、って言うの?」
「はい、よろしくおねがいします」

 大地は高校一年生だったが、今はもう夏休みも過ぎて冬休みに近いぐらいの時期だった。本来ならば高校へ入学した春から入部して、遅くてもゴールデンウィーク前までに入部する部活を決めて、入部届を出して参加するのが普通だと思っていた冨上先輩。それが突然やって来て、入部したいですと急に言ってきた大地に驚き戸惑っている。

「本気か?」
「はい、もちろん冗談じゃないです。本気です」

 入部する意志は本気なのかどうか、冨上が本人に直接問いただしてみれば、キラキラとした目で肯定される。そんな態度をする大地を見て本当に部活動への入部希望者であるらしい、という事を認識した冨上だった。

 バスケットボール部への入部を許可した冨上は、大地という人物について知ろうと質問を始めた。

「大地くんは、バスケ経験の歴はどれくらい?」
「体育の時間に、ちょっとやったぐらいです」
「え?」

 冨上にとっては、まさかとも思える答え。中途半端な時期にやって来て真っ向から入部を申し込みに来た大地を、てっきり経験者なのだと思っいたが、実のところバスケットボールについてほぼ未経験者だと正直に申告してきたのだった。

「ま、まぁ、入部するって言うんだったら歓迎するよ。これから練習して技術を学び、磨いていけばいいから」

 未経験であってもやる気は見せている大地の姿を見て、フォローを入れる冨上だった。これから一緒に成長していこうと、積極的に仲間に迎え入れる。というのもバスケットボール部にも、大地を快く受け入れる状況があった。

「今、ウチは部員の人数が全然揃ってないからね。大会に出場できる選手数ギリギリ足りてないんだよ」
「そうなんですか」

 小太刀大地が入部したことによって、ようやく部員数が10名に達したバスケットボール部。バスケットボールのインターハイでは、登録できる選手人数が12名なので少し足りない。

「まぁ、実はウチにも上手い選手が居るから皆で頑張れば、全国大会に行けるかも知れないんだ。一緒に頑張っていこう」
「よろしくおねがいします」

 冨上部長は、純粋に大会に出場して優勝することを目標にして頑張ろうと大地を誘う。そして、入部した大地は別の目的を持って、メディアに取り上げられる注目される選手となる事を目標にして、有名人になろうと思って頑張りながら部活動に参加することになった。

 

 

第05話 アルバイト

 お金は、アパートに放り込まれる時に銀行通帳を渡されて、それに振り込まれている分を使えと叔母から指示されていた。

 後で確認してみたところ,どうやら月に2万円というお金が口座に振り込まれているらしい事が分かった。子供が2人で食べていくだけなら工夫をして何とか問題無いぐらいの金額だけれど、他に緊急でお金が必要になった時には困ってしまうようなぐらいの振込金額だった。

 それに、このお金がいつまで振り込まれ続けるのかが分からない。叔母に問い合わせようにも連絡先が分からず、もしかしたら次の月には突然になって振込が止まって、お金を受け取ることが出来ない状況となるかも知れない。

 将来の見通しが立たない、不安定で少し恐怖を感じるような状況だった。何が起こるかが分からないので、いつも備えておかないといけない。月に振り込まれる2万円というお金は節約しつつ貯金をして、更に大地はアルバイトをして自分の力でお金を稼ぐ手段を確立しておこうと仕事を探し始めた。

 高校に通いながら、妹の面倒も見つつ、空いた時間を使って仕事をするつもりの大地。なので、限られた時間でしか働けないので探し出すアルバイトも限られた物の中から条件に合う物を選んで面接を受けに行く。

 だがしかし両親が居ない、引き取った親戚とも関係が薄いという状況を説明するとアルバイトの面接では悪いようにしか受け取られず色々と危惧されて、結果的に2件の面接を受けたが採用を断られてしまった。

 面接を受けに行けば、よっぽどの事が無ければ採用されると言われていた簡単なアルバイトの面接ですら、2件続けて断られるとは思っていなかった大地。

「なるほど、ご両親が交通事故で亡くなっているのか。……申し訳ないけれど、うちでは普通の高校生のアルバイトを雇いたいから、今回は申し訳ないけれど」
「そうですか、分かりました」

 そう言って、2件ともアルバイトの面接を落とされてしまっていた。普通の高校生じゃないらしい自分は面接に受からないと、ネガティブになり始めた大地だったがアルバイトの仕事を取ることは諦めずに、次の面接を受けに向かった。

 すると、今度の面接官は先の2件の面接とは違ってすごく親身になって、大地に応対してくれていた。そして、大地の置かれている状況を理解して受け入れつつ、アルバイトとしても採用してくれるようだった。

「力になるから! 迷惑だなんて思わなくていいから、何でも本当に遠慮しないで言いなよ! 俺も相談を受けたら、力になるから諦めずに頑張るんだよ!」
「え、ええ。ありがとうございます」

 アルバイトの面接を担当したのは、その店で店長をしているという栗間(くりま)さんという方だった。

 大地が自分の置かれている状況を履歴書を交えて説明してみると、説明をした大地の方が困惑するほどに慰められて、熱い気持ちをぶつけられたのだった。表面だけの心配ではなく、心の底から想っている感じで栗間さんの態度から、見て分かるぐらいの心配をしてくれていると大地は感じていた。

 既に両親の死について、大地は心の整理がついていたので、誰かを頼りにするという気持ちは既に無かった。だがしかし、大人が協力してくれるという言葉を聞くと心強く思えて安心することが出来ていた。

 交通事故以来、小太刀大地にとっては初めての頼れる大人だと思えるような人が現れた。そんな心が温かい人のもとで、アルバイトが出来ているという状況は、大地にとって非常にありがたくて、雇ってくれた店長に少しでも報いるために、貢献しようと仕事を頑張る決意を新たにしていた。

 大地が採用されて、アルバイトとして入るようになったのは個人で経営している飲食店。コーヒーを飲んだり、軽食をとるような喫茶店という感じのお店だった。

 お客はじゃんじゃん入って大流行している、という訳ではないけれど地元民に贔屓にされているお蔭で、経営が安定しているようなお店だった。そこでウェイターとして接客をしたり、厨房でコックとして料理を作ったりしてスキルを磨いていった。

 大地の境遇を一番に理解してくれている、という大人である店長からは仕事の合間に、生活は大丈夫かと心配して気遣ってくれる優しさを感じていた。そして、そんな店長に報いるためにも、アルバイトは一度も遅刻せず仕事も時間いっぱいまで、出来る限り頑張って作業をしていた。

 大地の他に、もう一人男子高校生のスタッフが居て、その他に2人の大学生がアルバイトとして働いていた。それから、店長の奥さんである人も時折シストに入って働いたりしていて、スタッフを全員合わせると5人、それから店長が1人加わって仕事をまわしていた。

 アルバイトをしている時に顔を合わせる、アルバイト仲間とのコミュニケーションも上手く行っていて、学校で過ごしているよりもアルバイト先で仕事をしている時の方が居心地が良い、と思えるような場所になってしまった。

 アルバイトの給料について、店長からだいぶ良い感じで給料と言ってお金を頂けていたので、兄妹で生活を続けていく為の不足を補う準備として、どんどんと万全になっていた。 
 妹の面倒を見るためにシフト時間も交渉によって配慮もしてくれるので、大地にとっては非常に助かると言えるアルバイト先だった。

 こうして、小太刀大地はアルバイトによって生活の安定を手に入れたので、次に行おうと決めていたある計画を始める事にした。

 

 

第04話 学校生活

 親戚から引き取ってもらって面倒を見てもらえると思っていた小太刀大地は、叔母から案内された先にあったボロアパートの部屋に放り込まれて以後は、兄妹2人きりでの生活となっていた。

 しかし、親戚から放り出されて勝手に出来ることが良かった部分もある。他人に遠慮せずに生活することが出来る、という事。ただ、それ以外は家事に料理に洗濯という生活に関する仕事を全て自分達でしないといけないので、普通に過ごすだけでも兄妹には大変な事だった。

 家事は、一緒に暮らしている大地と香穂里の2人で分担して行っていた。だが、配分については大半を年上である大地が行うようにしていた。

 妹の香穂里はまだ小学生3年生であり、刃物を扱うのは危険だという判断で料理は任せられず。洗濯機や掃除機の使い方は、いま学んでいる途中だった。なので残った仕事である、部屋の掃き掃除や、洗濯物を取り込み畳む仕事などを香穂里が担当するようになっていた。小さくても出来る事から、任せていこうというのが大地が決めた香穂里を育てる方針だった。

 そして2人はまだ高校生と小学生という学生だったので当然、平日の日は学校に通う必要があった。幸いと言うべきか、引っ越してきたアパートがある場所は、以前住んでいた家から近くにあってので、学区は変わらず別の学校に転校する必要はなかった。なので、学校に通えば友達にも会える。

 けれども、大地と香穂里が交通事故に遭ったという出来事について既に知れ渡っていて、両親が亡くなった事に関しても知られていた為に、大地はクラスメートから必要以上に気遣われる光景があった。

「おはよう」
「えっと、……小太刀君。おはよう」

 大地が挨拶すると、気まずい空気を醸し出して返事をする男子学生。事故後に退院して初めて通学した時には、そんな風に挨拶をすると明らかに気遣っているという表情を浮かべて返事をしてくるクラスメート達。

 大地に対して、どう接していいか分からない、という感じだった。接し方が分からないので、遠目で伺うように見てくるだけで、その後は声を掛けられる事はなかった。

 今まで通り普通に接してくれたら楽なのにと大地は思っていたが、コチラから言ってしまうと更に気遣われるような気がして、何も言わないことにした。時間が解決するだろうと考えて。

 こんな風に、学校での居場所に関して少し居心地が悪い感じを受けるようになったが、大地は登校を止めていなかった。

 事件後の初登校では、普通に授業を受けて、普通に昼食を食べて、普通に放課後を迎えたので家に帰った。

 妹の香穂里はどうだったのか、放課後に帰ってきた後で聞いてみれば彼女の方は友達がいつものように普通に接してくれたらしい。

「友達とは、どうだった?」
「あそんできたよ」
「そうか、それは良かったな」
「うん!」

 香穂里の方は大地と違って、交通事故や入院中の事について聞かれたらしいけれど、友達としての態度には特に変化はなく普通に接してくれたらしい。そして、いつものように遊んできたという彼女の言葉を聞いて一安心する大地だった。今は、自分の事情よりも妹の方が幸せに生活できていれば良い、と考えていたから。

 香穂里が学校での生活を普通に過ごせている事に一安心していたけれど、まだ全ての心配事が取り除かられたと言う訳では無かった。

 時々、交通事故の影響だろう突然夜中に覚まして、声を上げて赤ん坊のように泣きじゃくる香穂里が居た。不安がって泣いている妹を落ち着かせるために、大地が抱きついてくる彼女の背中を優しくトントンとしリズムを取ってやると、落ちついて再び眠る。そんな日々が続いていた。

 この子を1人置いて、転生しないで良かったと大地は心の底からホッとしていた。もしも自分が居なければ、今頃どうしていただろうか。親戚は今とは違うような形でしっかりと引き取って保護してくれただろうか。それとも、1人きりであってもアパートに放り込んで適当に対処しただろうか。

 香穂里は女の子で、まだ幼い小学生だから今とは違って引き取り手が居たかも知れない。引き取る時に付いてくる高校生である大地の存在が無ければ、今と違う結果が待っていたかも。

 仮定の話だが、ありえたかもしれないと考える。すると自分の存在が邪魔だったかも知れない、と大地はネガティブに考えてしまう。

 けれども、今の状況と同じ様に香穂里が1人にされ放置されたかも知れないと考えると、一緒に居てよかったとも思える。引き取った相手が良い人とも限らない、今のように関係を断ち切った様な感じで放置されるのも悪いことではないかも。

 ぐるぐると、考えても詮無いことだけれど、考えずにはいられない。あの神様にお願いした時の選択が果たして正解なのか間違いなのか、今でも分からない大地だった。

 

 

 

第03話 退院と親戚の引き取り話

 それから1週間が経ち、無事に退院を果たして小太刀大地は事故以来の何十日かぶりに家に戻ってくることが出来た。出発する頃は、家族旅行に出かけるために4人全員で。けれども、戻ってきた今は両親が既に亡くなっていて病院には迎えに来るような人も居らず、たった1人での帰宅だった。

 なぜこんな事になったのだろうかと自分の運命を嘆き、トラックの運転手に対する憤りを感じずには居られなかった大地。

 そんな感情を抱きながら家へと戻って来れば、そこに待ち受けていたのは大家さんだった。彼はまだ年齢の若い、親から譲り受けた不動産の管理をして家賃収入で生活をしているような男性だった。そんな大家が、家に帰ってきた大地に向かって口を開いた。

「なるべく早く荷物を整理して、家からは出ていって下さい」

 小太刀大地が無事に退院して家に帰ってくるなり、念を押す様にして家から出ていくようにと言いつけられる。大家は家族を亡くした大地に、冷たい言葉を投げかけてきたのだった。しかも交通事故で入院していた頃にも一度、病室に勧告しにやって来る程に大家は徹底して小太刀兄妹を家から追い出そうとしていた。

「はい、分かりました」

 交通事故に遭った人に対して、しかもまだ高校生という子供である大地に対して優しさの欠片も無い対応。酷い言葉を言い渡された大地は、何も言い返さずに粛々と大家の言葉に従った。

 戦おうと考えても子供である自分では圧倒的に不利であり、立場的には上に居る大家には勝てない事を大地は理解していたから。それに何か問題を起こして妹の香穂里にも影響を及ぼす可能性が有ることを考えれば、ある程度の不遇な対処をされたとしても我慢して大人しく過ごすという事を大地は選択せざるを得なかった。

「じゃあ、家を出る準備が出来たら知らせて下さい。なるべく早く、お願いしますね」

 丁寧な口調だったが、その内容は厳しい。何度も繰り返すように、早く貸していた家からは出ていくように、と大地が忘れないよう念を押す感じで言っていく大家。それ以外には、大地が怪我が治って無事に退院できた事に関してお祝いの言葉すら無い。

 他には何も話すことは無いと態度で示す感じで、大家は用事を終えると、さっさと背中を見せて目の前から去っていった。

 腹が立つ大家の態度に、大地は内心でとても苛ついていたが何も言わずに黙ったまま拳を固く握った。いつか絶対に見返してやろうと、大地は去っていく彼の背中を見つめながら誓うのだった。


***


 更に、小太刀大地に対して不幸と言えるような状況は続く。

 両親が亡くなったことで、小太刀兄妹には代わりになってくれる保護者が必要だった。親戚の誰かが引き取る必要があるのではないかと集まって、話し合いが行われている場に当事者である小太刀大地も連れられて来ている。

 妹の香穂里は、まだ退院までに時間が掛かっていたから両親を亡くしてた小太刀兄妹を誰が引き取るのか、という話し合いの場となっている、この場所には居なかった。だが、心底この場には連れて来なくて良かったと大地は思っていた。

 こんな酷い話し合いになるとは思っていなかったから。もしも妹を連れて来ていて、コレを聞かされていたと思うとゾッとしていた。何か言われるだろうと身構えていた大地でさえも、言葉を聞くごとに精神的にショックを受けてしまう程だったから。

「家には、世話をしないといけない老人の母親がいるから無理よ」
「あんまり知らない家の子を、中には入れたくないわね」
「大地とか言う坊主をさっき見かけたが無表情だし、怖くて近寄りたくないな」

 隣の部屋で行われている話し合いの声が、ハッキリと大地の耳に届いて聞こえてきていた。部屋と部屋の間は、設置されたふすまで見えないように仕切られていたので、話し合いをしている連中と小太刀大地は別々と言える部屋に居たのだけれども、外から聞こえてくる声は丸聞こえで、話し合いの内容は大地の耳にも捉えるのが容易なぐらい筒抜けだった。

 もしかしたら、大地が聞こえるのを分かっていてわざと、親戚同士の話し合いを嫌がらせとして大地自身に聞かせているのではないか、とも思えるような声のボリュームと言葉のチョイスだった。

 確かに両親の死は突然の出来事だったので、残された子供になってしまった自分たちを引き取ると言うのも簡単ではない事で、迷惑を掛けていると大地は理解しているつもりだった。

 だが、それでも誰一人として引き取りたいと望まずに厄介事だと面倒だと言って、互いに押し付け合うようにして怒鳴って嫌がる声を聞いて、大地は心が傷んだ。

「あの子達の両親が残した遺産は、結構な額らしいわ」
「聞いた話では、コレぐらい有るらしいぞ」
「それなら、遺産だけ欲しいわね。貰えないかしら」

 その後の話し合いは、更に酷くなっていく。彼ら彼女らの目的は大地達のために両親が残してくれたらしい遺産と、交通事故によって支払われる可能性がある賠償金という、大金に関してだった。

 終始、お金は欲しいが兄妹を引き取るのは面倒。面倒だけどお金は欲しいから何とか出来ないかと、遺産を奪い取る為の計画についてとしか思えない話し合いが続いていた。話し合いが行われている間、ずっと隣の部屋で黙って待たされたまま話を聞かされ続ける大地。何の喜びも、得もない苦痛の時間だった。


***


 そして結局、小太刀兄妹は父親方の親戚である叔母さんに預けられることになった。

 ……預けられることになったのだが、親戚家族と一緒に住むことは無く別の住まいとして、小太刀兄妹には六畳一間のアパートが用意されていた。

 病院から治療が無事に終わって退院してきた、小太刀香穂里を迎えに行った大地。その後に彼女を引き連れて、親戚のもとにやって来てみれば案内されたのは叔母さんの住む家ではなく、別の場所にあるボロいアパート。

「今日からあなた達は、ここで好きなように生活しなさい。生活費は、1ヶ月に1回これに振り込むから。後は自由に。私達の家には来ないようにしてね」

 親戚のおばさんが案内した先にあったアパートに押し込められると、厄介事をようやく片付けられたと言う風な面倒臭そうな表情で吐き捨てると、銀行通帳と印鑑だけ置いていって、そのまま何処かへと行ってしまった。

 そのアパートで兄妹2人だけを放り出して後は勝手に生活しろと、干渉してくるなという事らしい。どうやら、引き取ってはくれたけれど必要な手続きだけを済ませた後は、それ以外にもう面倒も見てくれないらしい。

 家に来ないようにと言われたが、そもそも叔母が住んでいる家の住所も知らないし、連絡先も分からず、家族構成も知らないぐらいに薄い関係。大地が叔母に尋ねようとするスキも与えずに、アパートから去っていったのだから知る由もなかった。

「おにいちゃん」
「お腹が空いたか? この家には何も無いから、買い物に行こうか」

 不安そうな表情を浮かべている妹の香穂里が安心できるようにと、大地は意識的に平静を装った。そして、お腹が空いているのだと気遣って、妹を連れて近くにあるスーパーに子供2人で買い出しに行くのだった。

 両親は交通事故という不幸に見舞われ、親戚に預けられたはずなのに不遇な状況で放り出され、家族2人っきりとなって新たな家で生活をスタートさせる小太刀兄妹。

 

 

第02話 入院風景

 ほとんど死ぬ一歩手前まで行っていた小太刀大地は、生きているのが奇跡的と言える状態から意識を取り戻していた。

 交通事故によって運び込まれてきた当初、大地の緊急治療担当をしていた医者や看護婦は回復が絶望的だろう、と考えるぐらいには希望は持たず必要な処置を施していた。それから目を覚まして持ち直すと、意識を徐々に回復していき言葉を交わせるぐらいにまで意識を取り戻して、担当していた医者は驚きながらも治療を終わらせた。

 そして大地は、交通事故から運び込まれて数時間を過ごした集中治療室から病室へと移されていった。

 治療を受けている間、そして治療が終わって体を移動させられている間、痛みを感じる体を少しだけ気にしつつ大地は、夢のように思える先ほどの出来事についてを思い出していた。

 よくテレビで見るような、瀕死の状態の時に起きるという不思議な体験。意識を失ったりして体から魂という、不確かな存在の物が抜け出すと、あの世という世界を見るというオカルトな経験。三途の川とも呼ばれているような、それについて。

 小太刀大地はまず、自分の体験したものが臨死体験と呼ばれるような類の話ではないかと少し思った。けれども、すぐにその考えを否定していた。自分の体験したものは、そんな不確かな物ではなかった、と。

 そして自分が経験した、あの不思議な体験についてを証明できるような超常的と言える新たな力が自分に備わっている事を理解していた。現世へと戻ってくる直前に、神様と名乗る存在から授けられた力。その力の使い方は、能力を授かった時に頭に刻み込まれたのか、不思議と誰にも教えられる事も無く理解していた。

「(ステータス)」

 大地は頭の中で念じるように、”ステータス”という言葉を唱える。すると、目の前にまるでゲームで見るような画面が現れていた。

 空中に浮かぶ、透明で空間に投影されているように見える四角い画面。そこに小太刀大地という人物の能力が、それぞれ数値化された力として表示されている。腕はまだ事故のダメージで痛み、動かせそうにない。なので今は画面には触らずに、目だけを動かしてステータスボードと呼べるような画面を確認していく。

「(HPという部分が減っているのは、事故でケガをしているからだろう。その他の能力も記載されているが、比較対象が無いので数値が高いのか低いのか分からない)」

 今確認できる数値で明らかに合っている分かるのは年齢、16歳という部分だけだった。それ以外については、判断に迷ってしまうような情報ばかり。

 HPと書かれている部分は、最大値から四分の一ぐらいにまで減っているのが見ると分かる。その他には、魔力に攻撃力、生命力や器用さ。それに知力や素早さ外見などにジャンルが分けられ数値化された能力が、理解しやすいような形式で情報画面に記載されている。

 更に画面を確認してみれば、スキルと書かれている欄が有った。けれども、そこはいくら確認して見ても今は空欄になっている。スキルは年齢や他の数値が成長すれば覚えるのだろうか、それとも訓練をして自分で技を編み出すかのように覚えるのだろうか。ステータスの画面を眺めながら、大地は考える。

「(神様は、転生への準備を怠るな、と言っていた。この能力を使いこなせるように、調べなければいけない)」

 目を覚ます直前、あの真っ白な世界から戻される瞬間に神様からアドバイスされた言葉を思い出している大地。

 交通事故、両親の死、そして神様との対面。考えもしなかった出来事が立て続けに起こって、今も分からないことだらけ。けれども考えるのを止めずに状況を整理することに必死になって、大地が落ち着くまでに今しばらく時間が必要となりそうだった。


***


 それから数日後。交通事故に遭い大怪我を負った小太刀大地、全身が酷く傷ついており特に脊椎を痛めるという大怪我で完全な回復は望めず、医者の判断では最悪の場合は今後一生を自分の足で歩くことも不可能になるかもしれない、と言われるほどの後遺症が残るだろうと診断されていた。

 しかし大地は、それから驚くようなスピードで体を回復させていった。今では、医者の予想に反して歩くことさえ可能な程に。

 そして、大地は回復した体を松葉杖をつきながらだが自分の足でしっかり歩いて、妹の香穂里の病室へと足を運んでいた。

「大丈夫か? 香穂里」
「おにいちゃん!」

 大地が姿を見せたことで、表情を明るくさせて喜ぶ妹の香穂里。まだ小学三年生の9歳という幼い子供だった。

 両親を亡くして、本当ならば兄である大地も亡くなる予定だったが、事情が変わって兄妹2人となって生きることが出来ていた。そして、大地は神様に語った望み通りに妹の幸せの為、毎日のように香穂里の病室を訪れて顔を合わせていた。

「怪我の具合はどうだ、痛むところは無いか?」
「もう、だいじょうぶ」

 幸いなことに、香穂里の怪我は大地の負った怪我に比べると軽症で済んでいた。というのも、大型トラックが突っ込んで車とぶつかろうとした瞬間に大地が香穂里の頭を抱きかかえて、衝撃に対するクッションとなったおかげで大怪我を負わずに済んでいた。女の子なので、顔や体に大きな傷を負うことも無く済んだのには大地も胸をなでおろして安心していた。

「いつお家に帰れるの?」
「もうすぐだよ。怪我がしっかり治ってからね」
「そうなんだ! はやく帰りたいなぁ」
「……」

 もうすぐ帰れると聞いて、喜ぶ香穂里。彼女が退院できるのは、後2,3週間後の予定だった。そして、大地の退院予定日は驚異の回復力によって大幅に短縮して1週間後となっていた。1ヶ月も経たない内に、無事2人ともが退院出来る予定である。

 だがしかし、住んでいる家に帰れるかどうかハッキリとはしていなかった。何故かと言えば、入院している小太刀大地のもとに住んでいる家の大家がやって来て、家からは出ていくように通告されたから。

 契約者であった父親が交通事故で亡くなり、母親も一緒に亡くなって保護者が居なくなった兄妹だけでは契約が変更になったから、部屋を貸し出すことは出来ない、という理屈らしい。高校生と小学生の未成年者である2人には部屋を貸せないと、遠回しに出ていくようにと言う知らせ。香穂里が家に帰る前に、荷物を運び出さないといけなくなるような状況であった。

 住む家が無くなる事になって、小太刀兄妹は親戚に引き取られるという話し合いも行われていたものの、そちらの話し合いも芳しくない状況だった。親戚関係が薄かった為に引き取りたいと願い出る人は居らず、急な交通事故で両親共に亡くなるという出来事に誰も対応が出来そうになかったから。

 更に、大地の処理しなければいけない問題は多い。

 事故を起こした相手のトラックは大手運送会社の物だったので、今回の事故は取り上げられて世間でも知られるニュースとなっていた。警察が聞き取り調査に来たり、マスコミがインタビューをしに病室へ突撃してきたりと、色々な出来事が起こっていた。

 大地は色々と対処に追われて大変な思いをしていたものの、自分の所で処理をして香穂里には影響が出ないようにと頑張った。そして、今は少しずつ沈静化していってニュースでも別の大事件が取り上げられると、世間からは忘れられつつある状況にあった。

「もう行っちゃうの、おにいちゃん?」
「いいや、もうちょっとココに居るよ」

 家の問題、保護者の問題、それから賠償金の問題に警察やマスコミに関する問題など、沢山の問題を抱えていた大地だったが、一番に優先するべき事は香穂里の幸せだった。

 交通事故の後、香穂里は精神的に不安定になっていて唯一の家族となってしまった大地と離れることを極端に嫌がるようになっていた。そして今も香穂里は、問題を少しでも処理しておこうと病室から出ていこうかと考えていた大地の様子を察して、泣き出しそうな表情を浮かべて引き止めた。

 そんな表情を浮かべた香穂里を放っておく事なんて出来ず、部屋を出ていくのを止めて寝るまで一緒にいることを決めた大地。今の彼が人生の目的としているのは、妹の幸せを見守る事だったから。極力、彼女の嫌がることは止めて香穂里のために生きようと大地は必死だった。


 そして香穂里が安心して眠った事を確認した後に、ひっそりと病室から出ていく大地。1人になってからようやく、今後の生活をどうするのか考え始めるのだった。

 

 

第01話 転生前の神前話

 青年は目が覚めると、見知らぬ部屋の中に居た。いや、部屋と言うには広すぎる空間だった。見渡す限り果てが見えない。けれども、一面は自然にはありえないような真っ白な空間で、上を見上げてみれば見える風景は真っ白。

 とても、外に居るとは思えないような場所だった。

「ここは?」

 目が覚める前の記憶があやふやで、青年は思い出そうとしても思い出せないでいた。ここは一体何処なのか、という疑問が頭に思い浮かぶが答えは出ない。

 なぜ自分はこんな場所に倒れ込んでいたのかと記憶を探ろうにも前後の記憶が思い出せず、状況を理解できずに困惑していた。

 青年はとりあえずという動きで倒れ込んでいた地面から体を起こすと、改めて辺りを見渡してみた。だがしかし見える風景は全て見覚えの無い、知らない場所だった。

 手をついている地面もツルツルとしていて自然物とは思えない物、だけど材質が何なのか判断はできない。大理石のように思えるけれど、真っ白でどこまで観察しても継ぎ目が見えない。

 写真でもテレビでも見たことがないような不思議な場所で、自分が今どこに居るのか予測もつかなかった。

「小太刀大地(こだちたいち)目が覚めたか?」

 青年が困惑しながらも状況を理解しようと周辺の観察を続けていると、そこに男の声が聞こえてきた。

 その声は、老人のようなしゃがれた声のように聞こえた。そしてやはり青年には、今の見えている景色と同じように聞き覚えの無い声だった。けれども、相手は自分を知っているようで名前を呼ばれている。その状況に、青年は背筋が凍るような思いをしていた。

「声が聞こえる……? 一体どこから」

 聞こえてくる声の出処を探ろうと、青年は首を振って辺りを見回す。だがしかし、耳で捉えたはずの声は一体どこから聞こえてきたのか方向がよく分からず、左右前後にキョロキョロと視線を向けてみたけれど声の主は見当たらない。

 声のボリュームから近くに立っていると予想を立てて声の主を探し出そうとした青年だったが、見渡す限り周りには誰も立っている様子が見当たらず、白い景色が見えるだけだった。

「貴方は、誰ですか?」

 青年の見える範囲では、声の主と思われる人物の影すら掴めなかった。なのに、耳にはハッキリと聞こえていた声。しかも、自分の名前を知って呼ぶソレに青年は困惑しながら、聞こえてくる老人の声に対して誰だと問いかける。

 問いかけたけれど返事はないだろうと思っていたら、予想していなかった言葉が返ってきた。

「おまえは先程、死んでしまった。思い出せ」
「なんだって?」

 青年が問いかけた誰なのか、という質問の答えを聞く前に告げられた見知らぬ人物からの言葉。それを聞いた瞬間に、青年は思い出していた。


 家族旅行の帰り道、青年を乗せた車。運転席に座る父親に、助手席に座っている母親。青年は後ろの席に座って、その隣に妹が一緒に乗っていた。4人家族を乗せた車が高速道路を走っている。

 そこに突っ込んできた大型トラック。正面から衝突した乗用車と大型トラック。運転手と助手席に座っていた両親が何かを叫ぶ声が、鼓膜を震わせていた。青年は思わず隣に座っていた妹を守るように覆いかぶさり、その時に見えた顔が青年の記憶に残っていた。


「そんな、馬鹿な……」

 信じたくない悲惨な出来事を思い出して、目の前が真っ暗になるような感覚で青年は絶望していた。

 信じられない、信じたくないと自分の体を触って確認してみると、交通事故に遭ったようなケガは何もない。体も問題なく動いている。けれども、思い出している記憶は鮮明で体が震える程の恐怖を感じていた。

「交通事故で、死んだ……? じゃあ、今の俺は一体」

 記憶は確か。でも体は無事。これは一体どういう事かと、今いる自分の場所もわからないのに加えて、交通事故に遭ったはずなのに体には問題が何一つ無い。

 理解できない状況に、一体どうなっているのかと青年は混乱していた。もしかしてコレは夢を見ているのか、とも思えた。

 そんな今の自分の身に起こっている状況をどう説明するべきか。青年には考えても分からなかった。その答えについてを、姿を見せぬ老人の声は親切にも教えてくれた。

「ここは、お前たちの概念で説明するならば『天国』と呼ばれる場所のようなもの。そして、私は『神』と呼ばれている存在」

 普段ならば神を自称するなんて胡散臭い存在など、青年は信じるわけもないと考えていた。

 けれども、その時にはなるほど、そうかと疑う余地もなく自然と青年はすんなりと状況を受け入れて、神様を名乗った老人の声の言葉を信じていた。

 つまり自分は亡くなった、死んでしまったのだと確信してしまったのだった。

「他の皆はどうなった? 父さん、母さん。それに妹は?」
「おまえの両親は即死、妹は一命を取り留めた」

 神様に対して敬う余裕もなく、口調荒く起こった交通事故について質問した青年。そして知った事実。

 妹1人だけが生き残ったなんて、そんな……。言葉が口に出なくなるぐらいに、青年の心境は複雑だった。

 妹が事故から生き残ってくれたという事に関しては喜びを感じていたけれども、1人だけを残して家族全員が逝ってしまったという状況に申し訳無いという気持ちが、青年の心の中に湧き上がっていた。

「俺は、これから、どうなるんだ?」

 死んだ後の世界、一体どんな事になるのか想像もつかない。けれども、神様が教えてくれたのは青年が予想していなかった選択だった。

「おまえには、今とは異なる世界で新たな人生を送ってもらう。いわゆる、記憶を持ったままの転生、というものだ」
「なぜ、俺なんだ?」
「おまえが、もっともも適正に合っていたからだ」

 異世界に転生するという事を疑問に思うのではなく、なぜ自分が選ばれたか、ということに対して青年は不思議に思い問いかけた。

 そして神様の答えは、適正に合っているという青年にとっては不明瞭な回答だった。

 何の適正に合ったのか、どんな審査によって決められたのか分からない。けれども、間違いなく自分が、神様が設定した何らかの基準によって選ばれた、という事は理解できた。

「拒否することは?」
「出来ない」

 青年は拒否してみようとするけれど、それは出来ないと神様からは一方的な言葉を投げかけられる。

 自分が選ばれた理由もよく分からないが、拒否する事は出来ないらしい。拒否できないということは、もしかしたら自分以外の人間には務まらないというような役目なのだろうか、とも考えてしまう青年。

 なら、これからどうすればいいのか、転生というのに何か必要な手順は有るのか、という事を聞こうとした青年を制して、神様が話を続けた。

「別世界への転生を願う対価として、一つだけおまえの願いを聞き入れよう。おまえは、何を望む?」

 転生することは拒否できない。そのお詫びと言えるような方法、望みを1つ叶えてくれると言われて青年は少し考えてから、こう答えた。

「それなら、俺に能力は何もいらない。ただ、妹が幸せな人生を全うするまで傍に両親を居させてくれ」
「それは不可能だ。おまえの両親は、既に亡くなっている。そしてその生命は輪廻の輪に戻された」
「ならばせめて、俺が代わりに妹の近くに居られるようにして最期を見届けさせてくれ」
「……」

 青年の望みは、自分の妹が幸せな人生を送れるようにすることだけ。最初に両親を生き返らせて、妹の側に居られるようにと望んだが、それは神様にも許可されなかった。

 ならばこれはどうかと、別の意見として意識のはっきりしている俺が妹の最期まで、生きて死ぬまで寿命の尽きる最期までを、近くで見守りたいという願いを望んだ。

 青年の妹を死ぬまで見守りたいという望みを聞いて神様は、しばらく黙っていたが答えを出して青年に告げた。

「わかった、その望み叶えてやろう。おまえの妹が寿命が尽きるその時に、再びこの世界へと呼び出そう」

 青年の願いは、神様に聞き入れられた。

「そうと決まれば、すぐに現世へと戻してやろう。特別に、転生前だが能力も幾つかつけておいてやる。せいぜい、転生への準備を怠らぬことだ」
「は」

 何かを言う前には、既に現世へと戻されていった青年。

 そして、その真っ白な空間からは青年と老人の声の主が消え去り、誰も居なくなった。


***


「先生、患者が目を覚ましました!」
「わかりますか? 体は動きますか? 名前は言えますか?」

 小太刀大地(こだちだいち)は意識を取り戻してゆっくりと目を開くと、それに気がついた女性が呼びかけてきた。

 大地は徐々に意識がハッキリと戻っていくと同時に、女性から指示される声に従って、首を動かして頷いたり、痛む口を何とか動かして自分の名前を発音した。

 そんな風に安否確認が行われていた大地は、一番に気になっている事柄について看護婦に問いかける。

「うぅぅ、かおりは、……。い、いもうとは……?」
「大丈夫ですよ。妹の小太刀香穂里(こだちかおり)さんも先程、意識を取り戻して今は別の所で治療中です。安心して下さい、小太刀大地さん」

 体中に痛みを感じならが、大地は一番に気になっていた事柄である妹について、香穂里の無事を確認してみた。すると無事であると答えてくれた看護師の言葉を聞いて、大地はひとまず安心していた。

 けれども、まだ情報は人伝に聞いただけで完全な安心は出来ていなかった。自分の目で見て確認するまでは、妹の香穂里が本当に無事かどうかを目で見て確認するまで安心は出来なかった。

 早く体を治して、妹の安否を確認しに行かなければという意識を持っていると、大地の感じていた体の痛みは不思議なことに徐々に引いていき、傷が治っていると感じるような感覚が湧き上がっていた。