第10話 それから(終)

 国境付近に現れた謎の軍団は、隣国の軍隊だった。
 混乱する王都。この国の王様は体調不良で表に出て来られず、王様の後継者である王子は乱心、そして貴族たちの離反。王国にとっては最悪の事態の連続であり、他国にとっては攻め入る絶好のチャンスだった。
 数多くの貴族たちが王都から逃げ出していく中で、立ち向かうための準備を始めた貴族たちも居た。ロートリンゲン家もその内の一つであり、ロートリンゲン家の次期当主である俺も王国を守るために準備するのだった。

 王都を守る準備が着々と進んでいる途中、更に最悪な事が起こった。なんと、王子が逃げたのである。本当の事情は分からないが、状況的に見て逃げ出したと判断された。
 王子はある貴族の手引きによりアデーレ嬢と一緒に王都から居なくなったのだ。

 ここに来て全ての貴族たちからの忠誠を失った王様と王子は、貴族たちによって廃位させることに決定した。ここに、王族のための王国は失われた。しかし、まだ王都に住む国民たちが居るために、王族の代わりに彼らを守るために貴族たちが動くことになった。
 王都を防衛して国民を逃がす者達と、近づいてくる軍団に打って出て足止めする者達の二手に別れることに。ロートリンゲン家は王都へと差し迫ってくる軍隊に打って出ることになって、私設軍団を率いて王都を出発した。
 私設軍団の全体の指揮は、現当主である我が父が。俺は、その中から精鋭部隊を任されることになった。そして、その精鋭部隊を率いて兵站部隊を撃破する任務を受けることになった。

 俺は今まで鍛えてきた力を思う存分発揮しながら敵軍を撃破していった。すると思いの外に敵は弱く、兵站部隊の強襲は大成功。とんでもない戦果が上がった。
 どうやら敵は余程の自信があり驕り高ぶっていたのか、兵站部隊を撃破しただけで動揺し、慌てふためいていた。敵の兵たちの中には敵前逃亡を行う者も居たために、最初に攻めてきた頃から比べて敵の兵隊の数を大分減らすことが出来た。

 兵站部隊撃破の作戦を成功させた俺たち精鋭部隊は、士気が十分に高まったままに敵に野戦を仕掛けていった。王都へ向かう敵の足止めを目的としていた戦いは、攻めてきた敵を撃退する戦いへと移行していった。
 王都近くの平原に敵の死体が増えていき、とうとう敵が誰一人として王都へと向かわなくなり、王都とは反対方向へ逃げ出していくのを見て、俺達は予想をしていなかった大勝利を収めることになった。

 我が父は少しの怪我を負ったが命に別状はなく、私設軍団の兵たちの多くは生き残って王都へと帰ることが出来た。随伴した貴族の多くもいきて帰ることが出来て、まさに大勝利。
 俺達が王都へと凱旋すると、国民の多くに賞賛される声が響いた。どうやら、戦に参加した兵士たちが、俺の戦いぶりを吹聴して回っているらしい。
 そして俺は後に、救国の英雄と呼ばれる存在となった。

 戦が終わった後、ゆっくりと話ができるようになると、王族を退けた後の王国の代表は誰が務めるかという話し合いになった。1週間の時間を掛けて話し合いが行われたが、何故か俺が務めることになった。
 理由は救国の英雄となり偶像化された俺が相応しいとのこと。

 俺が国王を請け負った次の日、隣国から停戦交渉の使者がやって来て停戦を受け入れることになった。隣国からの停戦の受け入れが俺の最初の仕事であった。

 王都の治安を維持したり、漁夫の利を狙った他国の侵略に備える準備をしながら地方へ散った貴族たちを王都へ戻ってくるように命令。
 戻ってきた貴族達の中には、逃げ出した王子も居たために直ぐに拘束。何故戻ってきたのか分からないが、既に王様の権力は剥奪されて、彼には何の力もなくなった。それから、王子は元王様と一緒に保護という名目で、一生を塔の中に幽閉されるという事になった。

 王子と一緒に戻ってきていたアデーレ嬢は、以前にカロル嬢を糾弾していた時に語っていた不思議な情報の全てを引き出された後に、処分された。

 こうして、王都で起こったクーデタから始まり、王子の乱心、他国の進攻そして戦、幾つもの問題が起こった王国だったが一旦の平穏が訪れることになった。


 ある日突然貴族となった俺だったが、いつの間にか一国を背負う王様になってしまった。国を背負わされた当初は苦労したが、今では何とかやって行けている。
 今でも、なんでこんな事になっているのか? と疑問に思うが、なってしまったものはしょうがない。せいぜい、次の何か別のものになるまでは王様という役割を果たそうと思う。

 

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第09話 見えてきた真実

 王子とその婚約者とのいざこざによってパーティは中止された。元々は生徒会主催の本パーティー、生徒会長の王子が問題の中心に居るために中止はやむを得ない。多くの貴族たち、特に新入生は不満を露わにしながらも会場を後にした。

 そして貴族たちの殆どが帰っていった後、王国お抱えの治安部隊が到着。彼らは王子自身の連絡によって現場へ招集。10名の部隊員が現場に駆けつけた。到着してすぐに彼らは、王子やアデーレ嬢に状況を聞き出していた。その後にはカロル嬢と俺にも事情を聞いてきた。王国所属ということで、王子寄りに調査を進められるかと危惧していたが少なくとも話は聞いてくれるようだ。

 俺とカロル嬢は分担して説明を行った。最初に有った出来事をカロル嬢が説明し、途中で俺が乱入してからのことは俺が説明した。そして、先ほどの王子やアデーレ嬢達は説明の途中でカロル嬢を貶す言葉を何度も繰り返し言っていたので、俺はなるべく客観的に説明するように心がけた。

 説明を聞いた治安部隊員はこの場では全てを判断できないと考えて、王城の側に建てられている治安部隊が詰めている館で引き続きの調査を進めること。そして俺は王子とカロル嬢との問題に直接は関係ないが、パーティーで起こった出来事に割って入った人物として更に詳しく事情聴取を受けることになったために、王城の方へ彼らと一緒に行くことに。

 治安部隊へ連れられて王城へ行ったはいいモノの、早々にカロル嬢の疑いは晴れた。というのもアデーレ嬢の話す内容には物的証拠がひとつも無く、決定的だったのはカロル嬢が存在しないはずの場所で、カロル嬢から被害を受けたという証言をアデーレ嬢が複数出した事。カロル嬢がある事情で学園へ行けなかった時に、物を隠された、悪口を言われた、階段から突き落とされた等など。しかしカロル嬢が学園へ行かなかったという記録が残っているために、アデーレ嬢の偽った証言で間違いないと判断された。

 アデーレ嬢が語るカロル嬢からの被害は偽言だと判明したために、カロル嬢は開放されアデーレ嬢は拘束されることに。そして、アデーレ嬢について治安部隊は嘘をついた目的は何なのか詳しく調べていくことになった。すると、取り調べを進めていく内にとんでもない事が判明していった。

 カロル嬢を陥れるアデーレ嬢の目的を探る聞き出しはきわめて困難だった。なぜならアデーレ嬢が語る事は意味不明で理解できないものばかり。自分は物語のヒロインであり、このような仕打ちを受ける人物ではないと泣き喚く。空想と現実が区別できていないようだった。薬物や魔法による影響かと考えられて調べてみたが、それらが使われた痕跡は見当たらず謎は深まるばかり。

 そして更に謎なのは、彼女の語る“イベント”と言うものには妙に整合性が取れていて聞く者にとっては真実のように感じられる情報について。

 その殆どは調べてみると間違っている情報だった。だが、彼女の語る言葉の中には真実も少しだけ含まれており、彼女が知り得るはずのないような真実が隠されていたらしい。その内容とは王族の内情について、他貴族の公にできないような秘密の事情、そしてアデーレ嬢が生まれる前に起きた大昔の事件について等など。

 そして、おかしなことにそのほとんどの内容には微妙な違いがあった。例えば彼女の語るある事件に登場する人物の名前が微妙に違ったり、語られる人物の性別が違っていたり、中には最終的な事件の結果が違っていたり。聞き取りしている人間の知識だけでは判断できないために、精査が必要な情報ばかり。

 その結果を踏まえて、裏で彼女を操る真犯人が居てその人物は他国の密偵である説というのが現実味を帯びてきた。

 更に調査が進むと、アデーレ嬢と交流のあった貴族5人の話となった。5人のうちの4人は、パーティーでの事件に居た王子の取り巻きである事がわかった。

 そして残りの一人。問題はこの人物について存在が確認できなかったということ。彼女が証言するには没落した貴族であり、最近復興した貴族の家の人間であるとのことだが、その存在について彼女以外に誰も確認したものは居ない。
 詳しく調べてみると、本当にその貴族の名は彼女の言うように没落した貴族でかつて実在していた。しかし、何十年も前に消えた貴族だし、存在自体が忘れ去られていた家名だった。もちろん復興したという事実はないし、かの家の血脈は途絶えているという記録が残っている。

 男の存在を聞いて、ますます他国が王国へ侵略するための計略のように思えてきた。存在を確認できない男の指示によって、アデーレ嬢はカロル嬢と王子との仲を引き裂く。その内に、アデーレ嬢は王子に取り入る。将来は王妃という存在になった彼女は、王族という中枢部から王国の情報を奪い取り、他国へ流す。こんな状況が容易に想像できた。

 治安部隊は、この人物が他国の密偵であると予測し捜索と情報収集が行われることになった。

 治安部隊が捜査を進めている間に、王子の方にも問題が発生していた。というのも、王様の様態が悪化して、いつ国王の位の継承が行われるか分からない状況で、彼が気にしていて口に出す言葉は「アデーレはいつ開放されるか?」という女の事だけ。

 この王子の状況は、多くの貴族たちに伝わり王国への忠誠を無くさせる結果となった。そして、数多の領を持つ貴族たちは王都から離れて自領へ引きこもるようになった。

 そんな風に王国の状況が悪くなっていく中、国境付近で謎の軍団が王都へ向かってくるのが発見された。

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第08話 パーティーでの出来事

 夜の月パーティー、夏の夜に行われる晩餐会の名前だ。

 この催し物は入学してしばらく経過した下級生のために、在学中の上級生貴族との間の交流を趣旨とした食事をする会で、学園の行事の一つである。そして企画運営は例年より生徒会が行うことになっていて生徒会の腕の見どころでもあり、このパーティーの運営状況を見て毎年の生徒会の能力を学生が見られる場でもある。
 そして、今年の生徒会については今の時点で既にあまり良くないように思われる。

 なぜなら会場準備を行うべき生徒会の人間が誰一人としてパーティーが開催される予定の時間になっても会場に来ていないとのこと。そして、パーティーの準備の全ては学園へと派遣されて来た王家に仕える使用人が全て取り仕切っているらしい。準備に直接参加しないとしても、監督するための生徒会の人間が最低一人ぐらい居てもいいのに、全員が来ていない。指示しているのは王家から派遣された使用人。その指示の元で動いているのは学園で働いている使用人達。全てが、生徒会の人間以外の者によって進められたらしい。

 この状況を受付で聞いた俺は、この国の行く末について不安に感じていた。もちろん会場の規模を考えると、生徒会の人間だけでは絶対に無理なので、使用人達にある程度の仕事を任せる事についてはまったく文句なんてないのだが、一から十まで全てを任せるなんて。
 王族という上に立つ人間が先導して動いていることを示さないと人は付いてこないだろうに。

 そんなモヤモヤとした気持ちを感じつつ、会場入りした俺。先に来ていた、友人たち3人と会場の中で出会い、少し話してからすぐに別れて新入生たちとの会話に向かう。
 俺は開始時間よりもわずかに遅く到着したために、新入生と思われる学生たちの多くは既に待機している。ギラギラとした目を見て、爵位の低い貴族たちが上位者と交流を持てる貴重な機会だから無駄にはしないように命を掛けるぐらいの気迫を感じる。今回の主役は新入生のために、上位者である俺の方から彼らに近づいて会話を行っていく。

 色々な貴族たちとの会話で、人となりを見極めながら会場を回っていると、館の出入口の方向にある入場広間がざわざわと騒がしくなって行った。俺はどうなっているのか気になったので、談笑をしていた新入生との会話を中断して見に行く事に。

 出入口の広間にはかなりの人数の貴族達が集まっていて、彼ら彼女らが口々に内緒話のような小さな声で何かを囁き合っている。そして、広場に溢れる一つ一つは小さな会話の声が合わさって、かなり大きな騒音となっていた。

 人だかりの中央には、最近仲良くなったクマール伯爵家令嬢。そして、彼女の向かい側には第二王子。王子の回りには男子が4人、女性が1人の計5人が側に立っていた。
 王子の周りに立っている彼らは確か生徒会の人間で、王子と関係の強い取り巻きだったはず。今更になってパーティーにやってきて、更に問題を起こしているなんて頭が痛くなってくる。
 女性については見覚えがない。見覚えはないが、多分彼女が最近王子との中がウワサになっている女性だろうと予測する。
 で、何やら王子や取り巻きの人間達がクマール伯爵家令嬢に向かって一斉に何かを言っている。人混みの騒音で取り巻き達が何を言っているのかわからないが、伯爵令嬢の真っ青な顔色を見るとどうやら良くないことらしい。

 人混みになっている見物人達を見回しても、誰も止めようとしないで興味深そうに伯爵令嬢と王子たちの成り行きを見ているだけ。見物人たちの中には保守派グループと、そのトップである侯爵家の人間も居るのを見つけたが、保守派グループらしく傍観に徹していて、彼らも割って入る気はないようだった。

 正直言って面倒だと思いつつも、公爵令嬢と第二王子との間に介入することに。
 クマール伯爵家令嬢の彼女は知らない仲ではない。それにこんな場所、多数の人間の目がある中で王族の人間が愚かにも取り巻きを連れて女性を囲んでいるなんてみっともない。コレ以上、彼の思うままにしていると何やら大きな事件に発展しそうだ。いや、もう今の状態が大きな事件のようで手遅れかも知れないが…。

「恐れながら殿下」
「何だ貴様は!」
 人混みを割って中へ入り、中央へと足を踏み入れながら王子に呼びかける。冷静さを欠いた王子の目がコチラに向く。上の人間は常に冷静であるべきだろうに、将来の王様がこんな感情的な性格だなんてこの国の未来は暗いなと内心思いながら話を進める。

「失礼いたしました。私はロートリンゲン家のルークと申します」
 俺はカロル嬢を庇うように背にして、王子との間に入り込む。王子たちの取り巻きや、向こうに居る一人の女性の目がコチラに向く。

「恐れながら殿下、女性に対して、その様な口の聞き方はふさわしくありません。更には、回りの状況をよく見てください。王族であるあなたが、この様な恥知らずな行為をしているという事を皆に見られています。後の影響をお考え下さい」
 諭すように優しく言ったつもりだったが、王子は俺の言葉に眉を吊り上げる。

「先に恥知らずな行為を行ったのはそこの女だ! その女がアデーレに対していじめを行った。王様の妻という立場を脅かされたその女は、侯爵家という権力を使ってアデーレに害を与えた!」
 言葉に怒気を込めて、感情的になって言い返してきた。アデーレと言う女性は、彼の横に立っている女性のことだろうか。彼女が、最近ウワサになっている王子がお熱の女性で間違いないようだ。

「アデーレ嬢、殿下のおっしゃっている事は本当でしょうか?」
「えぇ、ルーク様。……私、カロル様に嫌われているようです。仲良くしようと思いお話しようとしましたが無視をされました。それでも仲良くしようと考えて、何度もお話をしてくださるようお願いしたのですが、遂に暴力を振るわれるようになりました……。他にも陰口を叩かれたり、物を隠されたりもしました」
「もういい、十分だアデーレ。わかっただろう! その女のやった陰湿ないじめの数々を」

「カロル嬢、彼女はあのように言っていますが真実ですか?」
「いいえ。いじめなんて卑しい事を行った事実は神に誓って有りません。私は今日までアデーレさんのことを知りませんでしたから」
 顔を青くしては居るが、気丈に振る舞うカロル嬢。彼女の目に嘘は感じられない。俺も彼女のことについては一切疑っては居ない。逆に、アデーレ嬢の振る舞いは演技にしか見えなくて、うそ臭くしか感じられない。

「なるほど、双方の意見が食い違っていますね。そちらのアデーレという名の女性は危害を加える行為を受けたと言い、カロル嬢はそんな事は行っていないと証言しました」
「ふん! そんな女の言うことなど信じられるものか」
 カロル嬢の言葉を一切信用していない王子。

「では、徹底的に調べてもらいましょう」
「えっ?」
 アデーレ嬢が思わずといった風に声を漏らすが気にせず続ける。

「今回の事は、印象や感情だけで片付けて良い問題ではないです。どのような事が行われたのかを全て調べる必要があるでしょう。結果によっては、現在の婚約者であるカロル嬢は王妃にふさわしくないという事になるかもしれません。まずはアデーレ嬢がカロル嬢にされた事を全て話してもらいましょう」
「貴様!? アデーレの言うことを信じられないのか?」
 激怒する王子に対して、俺は冷静になるように意識して返す。
「いいえ、殿下。アデーレ嬢を信じるために話を聞くのです。彼女に証言してもらい真実を明らかにするのです」

「なるほど。その女の行ってきたことを白日の下に晒してやるということか。バリー、今直ぐ王国の治安部隊を呼べ。あそこの人間に今回の事について調べさせろ」 
 王子は俺との会話に夢中になってアデーレ嬢の方には意識が行ってないのか、あわあわと慌てているアデーレ嬢を気にしないで、側に立っていた取り巻きの一人を呼んで、聞き込みの準備をするみたいだ。早速調べ始めるらしい。
 俺はアデーレ嬢の狂言だと確信しているのだが、問題はアデーレ嬢が本当に犯人なのかどうかだ。例えば、アデーレ嬢が他の貴族が書いたシナリオで動かされていたならば。カロル嬢と王子との関係にヒビを入れて、利益を得ようと考えている誰かが居るはずだ。
 最悪は、他国による戦争を仕掛ける前準備として、次の王となる予定の王子に対して計略を仕掛けるために仕組まれたことかもしれない。

 色々と考えられることはあるが、まずはアデーレ嬢の話を聞くところからだろう。

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第07話 ある女性

 いつもの様に学園の訓練所で剣を振っていると、その訓練場へ向かって見覚えがある貴族の女性がやって来るのが見えた。彼女はふらふらと、目的地に向かっているという様子ではなく、何やら深刻な悩みを抱えているという顔をして向かうままに歩いているような感じだった。

 俺の記憶が確かならば彼女は、クマール侯爵家の長女で第二王子の婚約者だったはず。そんな高貴な人間が学園の敷地内とはいえ一人で歩いているのが奇妙だった。
 彼女の側近くに居ないだけで、隠れて護衛しているのかもしれないと考えて辺りを観察してみたが、彼女の周りの気配を読んでみても本当に彼女一人だけしか居ない。貴族の女性が一人で、しかも訓練所なんて場所に来るなんて珍しいので、そんな彼女が妙に目がついた。

 再び彼女をよく見てみると、顔色は血の気が引いていて肌が青白くなっているように見えた。目線はどこか遠くに向いているようだが定まっておらず、周囲にも気を配らないでボーっとした様子だった。そんな状態で身体が微妙に左右にフラフラと振れて今にも倒れそうな感じで歩いていたために、見ているだけで不安な気分になってくる。
 さすがに見過ごせなかったので、訓練を一旦止めて俺は声をかけることにした。

「お嬢さん、どうしましたか?」
 俺は控えめに声をかけると、ビクッと身体を揺らしてすぐに目線をコチラに向けて警戒するように身構えた。案の定、近くに人が居る事に気づいて無かったのだろう。声をかけたことが思いの外、彼女を怖がらせてしまったようだった。

「すみません、暗い表情をしているのが見えたので、おせっかいだと思ったのですが声をかけさせてもらいました。私は、ロートリンゲン家のルークと申します」
 俺はすぐに地面に片膝をついて頭を垂れて、怖がらせたことを謝罪。加えて、自分の身分を彼女に明かして安心してもらうように説明する。

「いえ、こちらこそすみません。怖がってしまって……。私、クマール家の長女であるカロルと申します。お見知り置きを」
 彼女の声が少し震えている。泣き出しそうな、それとも恐怖によるものなのか判断が付かなかったが、返事と自己紹介をしてくれた。コチラの話は一応聞いてくれているようだ。

「カロル嬢、曇った表情が晴れませんがどうされましたか?」
「すみません、事情は聞かないでもらえますか……」
 表情は依然晴れないのが気になるが、無闇矢鱈と事情を聞くのは失礼になる。拒否されたので、すぐにこの話題を止める事にする。

「あちらへ歩いて行くと、学園の外へと出てしまいます。ただ、見たところ護衛の方がおられない様子。貴族の女性がお一人で外へ出るのは非常に危険です。学園へお戻りになられるようにお願いします」
 指差す先には、普段は使われない学園から外へ出る門がある。カロル嬢の目的は学園の外へ出ることではないかもしれないが、貴族で女性である彼女が護衛も付けずに外に行くなんて危険すぎるだろうという、もっともらしい理由で学園へ送り返すように仕向ける。

「えっと……」
 戸惑った様子で、左右を見ている。どうやら、俺の言葉に今更ながら一人でいた事に気づいたようだった。俺は畳み掛ける。

「学園の学舎までお送りします」
「え? あ、……はい、お願いします」
 俺は彼女を連れて、学校の学舎まで連れ立って歩いた。カロル嬢は終始無言で付いて歩いていて俺からも何も話さないために多少息苦しさを感じたが、婚約者が居る女性として親しく話していて誰かに見られたら誤解される可能性もあるので、コレでいいだろう。
 その後はもちろん何もなく、学舎の見える場所まで案内してからすぐに別れた。

 しかし彼女は翌日も訓練所へと来た。再び暗い表情をしている彼女は、俺にお礼をしたいと言って菓子を持ってきた。
 すぐに頂くことにした俺は、彼女と少しの話をすることになった。他愛ない話をして、多少は安心してくれたのか、彼女は来た時よりも少し明るい笑顔で学舎へと帰って行った。


***


 それから訓練所へと度々通うようになった彼女は、訓練所で菓子やお茶でティータイムを楽しんむようになった。菓子は、訓練の合間に一休みする為に俺やノリッチ侯爵の次男が用意しておいた物を。お茶を入れる道具や茶葉は、もう一人の友人であるバーウェア侯爵の次男の奴が常備しているものがあったために、それを使わせてもらってティータイムを楽しんだ。
 談笑をしているうちに、次第に彼女が笑顔になる事が増えていった。

 暗い顔をして来る彼女は、晴れ晴れした表情になって帰っていく。彼女にとってこの場所は居心地がいいらしく、良い感じでストレス発散ができているらしい。

 更に俺は、訓練所に時々集まる他の3人の友人達とも彼女と引き合わせて、彼女や俺達は訓練所に集まって他愛ない話をするような仲になった。今ハマっているもの、新調した剣、チェスの戦術をまとめた本、お気に入りの寝具、新しく入手した茶葉、外国について、学園で受けている教育について、等など。

 だが彼女がこの場所へ訪れる頻度が増えるにつれて、心配なことがあった。婚約者が居る彼女が男性だけが集まる場所へ何度も何度も通っていると、学園の誰かに見られた場合に外聞が悪いし、変な噂が流される可能性もある。そんな事を危惧した俺は、彼女に対して訓練所へ来る回数を制限するように言うと、彼女は魔法まで使って学園の人間に見つからないようにこっそりと訓練場へと忍びこむようにして来るようになった。

 彼女がそうまでして来るようなので、彼女との時間を内心では楽しみしていた俺達は彼女に自由にしてもいいと許可を出すことにした。許可を出すにあたって、何か起こったのならば俺や友人たちが全力で助けられるようにしようと密かに話し合いをしたりした。


***


 訓練所の仲間が一人増えてから数ヶ月。学園内では、ある噂が流れるようになった。その噂とは、婚約者のカロル嬢が居る第二王子が婚約者とは別に、ある女性にご執心だという事。それだけならば多少の問題で済むが、それに加えて婚約者であるカロル嬢を蔑ろにしているということ。
 第二王子は、先のクーデターにより第一王子を退けて王位継承順位が1位に。そのため、婚約者であったカロル嬢は将来には王妃となる。そんな彼女と仲が悪いという評判を聞けば、いずれ王になる第二王子に対して多くの貴族たちの不信感が生まれるだろう、他国の付け入る隙にもなる。王族の責務として、婚約という契約をしている女性を優先すべきであり、婚約者とは少なくとも表面的には仲良くするべきであるが、女にうつつを抜かすという現状は最悪だった。
 そんな状態なために、学園では静かな緊張が走る日々が続いていた。

 そして、とうとう第二王子とクマール伯爵家令嬢との間に決定的な事件が起こる。それは学園で開催されるイベントの一つ。夏の夜のパーティにて起こった起こった出来事だった。

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第06話 学園

 学園への入学は想定通りに完了した。


 俺以外の新入生を観察してみると、想像していたのと違って年齢が高そうな人間が複数居る事が分かった。
 どうやら、かなり多くの貴族の家で長男が失脚、後継者の入れ替えが行われたみたいだ。その結果、長男の予備とされていた次男や三男であった彼らは、もちろん学園に通っていなかった為に今更学園に入学させるという事が起こっているらしく、新入生の人数は例年の3倍以上の人間が入学することになってしまったらしい。また、在学中の学生の中にも、後継者から引きずり降ろされた長男たちが多数居たために、自主退学の人間も山ほど出たとか。

 授業についてだが、全て選択式で受ける授業は自分で決めて計画を立てることができる。そして、最低でも1日1時間だけ受けさえすれば3年在籍して卒業できる。授業を受けて自分を高めたい人間は積極的に授業を受けることだそうだ。なので、俺は予定していたとおり必須の授業のみ受けるようにして、後は学園にて訓練に没頭することにした。

 学園に入学する目的は、学園に在籍して卒業することで貴族としての格を上げる事。
 もう一つが貴族間の交流を図ること。俺も貴族との交流を持とうと思っていたのだが、想像していた以上に俺に対しての悪評が酷く、何人かの侯爵家の人間に対して面会を持ちかけたのだが、ロートリンゲン家の長男であると名乗ると、それを聞いて直ぐに面会を拒否されることに。
 まぁ、ここで食い下がったり、お伺いを立てたりするのは公爵家の人間としての価値を下げると考えた俺は、とりあえず向こうから来るのを待つことにした。まぁ、これで事態が好転しなければ他の手を考えないとなぁと思ったが。

 で、多くの貴族たちはロートリンゲン家の長男という人間には近づこうとしなかったのだが、中には変わった貴族も居たりして俺に会いに来てくれた人たちも居た。その変わった三人の貴族達とは仲良くすることが出来た。

 一人は、俺が訓練所に入り浸り剣を鍛えていることを知ると勝負を挑んできたノリッチ侯爵。
 一人は、最近ハマっているというチェス盤を持ってきて、勝負を仕掛けてきたバーウェア侯爵。
 最後の一人は、話に来たは良いが眠たそうに自己紹介を済ませると、次の瞬間には俺の目の前で眠り始めたティリマス子爵。

 彼らは、全員が長男失脚のために引っ張りあげられた男たちで、進歩的というか自由なために、普通の貴族とは違って爵位の関係も取っ払った付き合いやすい関係を築きやすい男たちだった。そんな一風変わった彼らを、俺は気に入り交流するように。

 俺達4人は普段、学園の外れた場所にある訓練施設場に集まっていた。本来この訓練施設場は学園が用意した、学生に向けた遊び感覚で身体を動かすためにある施設なのだろう。
 だだっ広いが地面と壁があるだけで他は特に何もなかったその場所。その場所について、教師から使用許可を取って俺達4人で快適空間に仕上げた。
 俺とノリッチ侯爵は、訓練する場所として道具や武器を揃えた。バーウェア侯爵は、本を読んだり、チェスで遊んだりするために、簡易な屋根と椅子と本棚を設置させた。ティリマス子爵は、ベッドを設置していつも快適に眠れるようにしていた。


***


 学園での生活が半年ほど過ぎた頃、学園の中では大きく分けて3つの勢力が出来上がっていた。1つは、今まで在学していた二年と三年が中心の保守派グループ。彼らの多くが、問題行動や新しい事を非常に嫌い、何をするにも昔からの伝統やしきたりを大事にする人たち。

 もう1つは、長男失脚のために今年多く入学した革新派グループ。彼らは、今までなら爵位を継承できない予備扱いの人間で、その予備としての役目に突然就くことになってしまった為に戸惑いながらも権力を上手く制御しようと頑張って上を目指す人達。保守派グループが新入生に対しても、伝統を強制してくるために革新派が拒絶したために対立が起こった。

 そして、最後のグループは生徒会に在籍する王子グループ。第二王子が実権を握る生徒会とその所属員たち。生徒会に所属する貴族たちのグループで、普通ならば王族という絶対権力にお近づきになりたいと考えるかも知れないが、先のクーデター事件により王族もゴタゴタしているということで、今は時期が悪く保守派グループも革新派グループも近寄らず接触を避けて主に観察している。

 そんな3つの勢力にはそれぞれ代表的な人間が居る。保守派グループには、三年生かつ公爵家である1人が。生徒会グループではもちろん王子を勢力代表としている。

 このように各グループで代表的な人物が選ばれている中、何故か革新派グループには俺が代表として祭り上げられていた。
 そんなわけで、3つの勢力に別れた貴族たちだったが学園内で派閥争いが盛んであり、保守派グループと革新派グループの争いは日々絶えない。
 そのような状況の中でもう一つ学園で盛んな争いがある。それは、男女の恋愛だ。
 先のクーデター事件により、多くの家の長男が失脚してしまった。それにより、多くの令嬢が婚約者を失うという事になり、彼女たちは新しい婚約者が必要となった。

 普通ならば、親が必死に婚約相手を探すことになるのだが、貴族社会が混乱している今は、婚約相手を探すよりも大変な問題が複数あり、手を付けられない状態である。だから、貴族令嬢は自分で自分の未来を掴み取るために、自ら動かなければならない状況にある。
 男性側は恋愛を楽しんで、女性側は高い位の貴族様を捕まえられれば後に経済的支援を受ける事ができるかもしれないと互いに目的や利益があるお付き合いなので、今も学園内では男女達が虎視眈々と、獲物を狙う恋愛事情が渦巻いている。

 そんな状況なので、公爵家の人間である俺もアプローチを度々掛けられている。まぁ、あのギラついた得物を狙う目を見てしまうと、尻込みしてしまう為に誰とも恋愛関係にも婚約関係にも発展しては居ないが。いつかは俺もロートリンゲン家の跡継ぎが必要になるために、婚約相手が必要なのだが正直気が重い。


 学園の授業、訓練、そして争いと様々な事が起こりながら、日々は過ぎていった。

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第05話 いくつかの問題

 父親と話し合った俺は、彼の要求を飲むことにした。つまり、再びロートリンゲン家の後継者に就くということを引き受けた。まぁ、引き受けるまでにはしばらく悩んだのだが。
 引き受けた場合、引き受けなかった場合のメリットやデメリットについて考えてみたが、最終的にどうやら引き受けたほうが良さそうだと言う結論に至ったためだ。

 地方に移り住んで、ようやく安定してきた生活が狂わされるのはストレスになるだろうし、王族や貴族との関係に頭を悩ますような面倒事については本当に勘弁して貰いたいのが本音だが、この2年間で一緒に生活してくれた侍女のマレットや母親との関係を捨てて、自分一人だけが逃げて隠れることは気になって耐えられそうにない。
 何より、本来なら父親という立場に加えて現当主という上位者である彼が一言で強制的に任命すれば済む話なのに、状況をしっかりと説明してくれて、更に頭を下げてお願いしてくれる事に、驚きの気持ちとともに好ましいという感情が湧いた。そのためにロートリンゲン家を守ることに決めた。

 だが、こちらからも引き受ける代わりに幾つか要求させてもらった。ひとつは、地方で暮らしていた時にお世話してもらっていた使用人達に、こちらに来てもらい仕事をしてもらえるように手配すること。今、この屋敷に居る使用人達とは2年前やそれ以前の事で確執があるために安心して生活できないことを説明したら、父親は直ぐに了承してくれた。

 もう一つは後継者問題をすみやかに解決するために、ロートリンゲン家の現当主として可能な限りの支援を行うこと。後継者が二転三転していて、我が家について他の貴族達からの印象が悪い事は想像に難くない。俺が後継者に再び就くことで厄介事が引き起こりそうな予感が非常に高いために、少しでも支援は必要だと感じた。支援について、問題がないように念を押して聞いておいたのだが、父親からは思いの外協力的で、良い返事をもらった。
 どうやら、過去に俺を後継者から降ろした事について深く悩んでいたみたいで、今回の件で俺の印象を良くして、過去のことを清算する事。かつロートリンゲン家の名誉を挽回する事を狙っているらしい。

 話し合いをしているうちに、日も暮れてきたのでその日の話し合いは一旦終わりを迎えて、続きの話し合いは翌日以降にということとなった。
 夕食には久しぶりに(俺にとっては二回目の)母親も加えての家族三人全員が集まっての食事会が行われた。
 食事中の両親のやりとりを見て思う。父親と母親の仲は、二年前から変わらず非常に良いらしい。この2年間で手紙のやり取りをしながら、互いに想い合って久しぶりの再開に気分を高ぶらせているようで、食事中は絶え間なく会話を続けていた。もし母親と父親との間に不和が生じていたならば、母親とマレット、他の使用人達を連れて王都から逃げてしまおうとも考えていたが、良かった。

 だが、余りにも両親のイチャイチャが過ぎて気まずくなった俺は、食事を終えて早々に食堂から退散することにして、自室へと戻っていった。

 俺の部屋はマレットが完璧に掃除を行ってくれたようで、先ほど見た時と比べて鈍感な俺が見ても分かるぐらい明らかに綺麗になっていた。ロートリンゲン領へと帰るつもりで居た俺だったが、後継者復帰となったためにこの屋敷に再び住むという事になってしまったが、マレットの仕事が無駄にならずに済んだ事は良かったと感じていた。

「ロートリンゲン家の後継者復帰になっちゃったよ」
「おめでとうございます」

 いつもの様に、いつの間にか自然に側に控えているマレット。その手には就寝のための着替え衣服を持ち、着替えの手伝いをしてくれる。俺は彼女に話しかけながら、服を着替え始めた。

「ありがとう、だから当分はこの屋敷で住むことになりそうだ。向こうからこっちへ急いで来たから、荷物とか向こうの屋敷に置きっぱなしだなぁ」

 なるべく早く王都へ行かなければと思い、持ち物も最小限に急いでこっちへ来たために、普段使いの持ち物は殆ど全てをロートリンゲン領の屋敷に置きっぱなしなのを思い出す。訓練に使う道具も持ってきていなかったので、こちらへ運んでもらう必要がある。

「分かりました、向こうに置いてある物は全て送らせるように手配します」
「あぁ。それなんだけれど、向こうで仕事をしてくれていた使用人達もこっちに呼ぼうと思っている。もちろん、向こうに家族が居る人達や事情が有る人たちのことも考えて希望者を募ってからだけどね。だから、彼らの移動に合わせて荷物の問題も考えよう」
 着替えを終えて、ベッドに向かい歩きながら話を続ける。改めて、部屋が無駄にでかいなぁと感じる。

「了解いたしました。ルーク様の持ち物は全て漏れ無く持ってこられるように準備だけしておきます」
「そうしてくれると助かるよ。じゃぁ眠るから。今日も一日ありがとう」
 ベッドの前で、いつもの日課としている就寝前のマレットへの感謝の言葉。小さいことでも感謝を忘れず言葉で伝える。彼女の忠誠心を失わないようにと考えて始めた日課だったが、2年間ずっと続いている習慣だったりする。

「おやすみなさいませ、ルーク様」
 一礼して、スッと音もさせずに部屋を出て行くマレット。ロートリンゲン領からこちらへの移動で4日ぶりのベッドの上での睡眠。マレットによる相変わらず完璧なベッドメイキング。その日もぐっすりと深い眠りにつけた。


***


 翌朝から、早速父親と今後の予定を詰めることにした。父親は、普段は王城に務めているらしいのだが後継者のトラブルにより仕事は自粛中らしく、今直ぐとりかからなければならない仕事も特に無いために、存外暇らしい。だから昨日約束したとおりに、まずは屋敷内で働く使用人達の問題を解決するべく、今日から屋敷の使用人達の配置換えを順次行っていくつもりらしい。

 この屋敷で使用人に従事していたほとんどすべての人たちは、他の屋敷や地方へと配置換えをされることになった。もちろん、彼ら彼女らの待遇は今に比べて少しだけ良くなるように契約しなおしてから、遺恨を残さないようにしっかりと配慮してもらった。中には、今回の配置換えについて反対する使用人達も複数居たらしい。特に、中心となって反対していたのが“あの“執事長らしく、かなり激しく抗議していたようだが一週間父親と話し合って、最終的には屋敷から追いだされたらしい。その後の彼については、特に興味もなかったので知らない。他の配置換えを反対していた使用人達も大人しくなって、屋敷から気づいたら居なくなっていた。

 その頃になって、ちょうど入れ替わるように地方から来た使用人達が到着した。なんと、向こうに居た使用人達全員がこちらへと来てくれた。彼らは、到着するなり直ぐに仕事に取り掛かってくれたので、あっという間に地方に居た頃と同じように生活できるようになっていた。この使用人の配置転換は、2週間という短い期間で完了した。


***


 次に話し合った問題は、俺がロートリンゲン家の後継者として学園へ行く必要があるという事。本来だったら2年前の成人式を終えてからの入学だったらしいのだが、後継者から降ろされて地方へ送られた俺は、もちろん学園への入学は中止となっていた。
 だが、貴族の当主に任じられる人達は全員が学園卒業生であり、特殊な例外を除いて全員が学園への入学・卒業する必要がある。なので、今回の後継者復帰となった俺は、本来とくらべて2年ズレてはいるが学園へ入学する必要があるとの事。

 学園に通うと言っても、勉学に励む事よりも貴族同士の繋がりを作ること、関係性を深めて貴族同士の結束を固める事が主な目的でもある。なので、授業も必要最低限受ければ後は好きに時間を使っていいと言われているので、気楽に構えて居たりする。

 最後の問題に、将来はロートリンゲン家の当主となる予定である俺の婚約者、加えて世継ぎについて。2年前に婚約発表を予定していた女性との婚約は既に破棄されている。更に、俺の貴族社会での評価は非常に悪いらしい。
 なぜなら、俺の代わりに後継者となった男が、自分を高く見せるため、さらに自分がロートリンゲン家の新しい後継者だということを印象づけるために、貴族同士のパーティーや学園内で有る事無い事を吹聴して回っていたらしい。
 あわせて、貴族社会なんかで生きていくつもりもない俺は、そんなことをちっとも知らず噂を否定する人間が居なかったために、俺に関する噂だけが駆けまわっていて、貴族たちの俺への評価は最低。今更になって子女たちに婚約、結婚を申し込んでも、断られるのが分かりきっている。そんなわけで、まずは広められた悪評を正す必要がある。

 俺は、学園への入学準備を進めた。と言っても、俺は幾つかの入学試験を受けただけで、他の準備については父親やマレットがやってくれたらしく、いつの間にか学園へ通うための準備は完了していた。俺はその間、日課の訓練を積んで地方での暮らしと同じような日々を送っていた。

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第04話 帰還の手紙

 いつものように早朝の訓練を終えた後。朝食をとるために食堂へ向かうと、既に席に着いている母親が居た。彼女は何故か、ソワソワと落ち着きが無い様子だった。俺は視界に彼女を入れながら、すぐには声を掛けずに席に着く。

 俺が席についた途端、側に控えていたメイド達が瞬時に料理を準備してくれる。準備が終わるのを見計らってから、俺は母親に声をかけた。

「どうかしましたか? 母さん」
「マーク、その手紙を読んでください」

 いつの間にか側に侍っていたマレットから、手紙を渡される。渡された手紙を開いて目を通す。差出人の名前に父親であるルイスと書かれているのを見つけた。そういえば、父親とは王都の屋敷を出る際に話しただけで、2年間合っていないなと思い出しながら、手紙を黙読し始めた。

 その手紙には、王都やロートリンゲン家についての近況報告や母親に向けた気遣いの言葉、そして俺と母親の2人に出来るだけ直ぐに王都に戻ってくるように書かれた文だった。

「母さん、これは?」
「向こうで少し困ったことが起こったらしくって、直ぐに王都に戻ってくるようにとの事なのよ」
 確かに近況報告の部分にロートリンゲン家の内部事情について書いてあるが、大雑把な部分のみ書かれていて、詳しいことについては曖昧にされていて、確定的な判断は出来ない。だが、不穏な感じがある。母さんも、ロートリンゲン家の現状について手紙に書いている以外の事柄については知らないらしく、この突然の帰還命令について戸惑っているようだった。

 とにかく王都に行くしか無いと考えた俺は、直ぐに準備をして翌日には
ロートリンゲン領の屋敷を出ることになった。俺は、王都へ向かう準備に合わせて、王都やロートリンゲン家で何が起きているのかを自分の伝手を使って詳しく調べてみた。
 どうやら、事態は想像以上に複雑かつ大事になっていて、王国内で政変が起きているらしいということがわかった。二年前に俺の代わりにロートリンゲン家の後継者となった人物がその政変に深く関わっていたらしい。これにより、代わる代わるしていたロートリンゲン家の後継者問題がより複雑となったらしい。

 俺と母さん、そして侍女のマレットに加えてお世話する使用人が4人。たしか2年前に王都からこちらへ来るときと比べて人数が半分以下だった。更には、今回の旅には護衛もつかないのだがこれには理由がある。旅に同行してくれる4人の使用人は全て母さんの世話の為に付いて来てくれる人たちで、俺の世話は全部マレットがやってくれるため、それほど人数が必要なかった事。加えて、俺がロートリンゲン領に居る兵の中で一番の剣の使い手になったこともあり、護衛を準備しなかった。

 なんといっても、今回の旅は準備するための時間さえ惜しかったために、
護衛を準備している暇がなかった。


***


 2年前の王都からロートリンゲン領に来た時には1週間かかっていた道のりが、今回の移動には少数での行動が幸いして4日間程で完了した。久しぶりの王都という懐かしさ(と言っても、屋敷の中で過ごした1週間のみの記憶だが)を噛みしめる暇もなく、俺達は以前住んでいた屋敷へ直行した。

 王都の屋敷前に到着した俺たちは、出迎えてくれた使用人達に案内されて
久しぶりの王都の屋敷へと入っていった。途中で執事長も合流して、案内が彼に変わった。

 執事長は前の旅でいじめられた時と同じ変わらずの彼だった。こちらへちらりと視線を寄越したが、驚いた表情をした後に、少し歪めるだけで後は淡々と
職務を全うしていた。彼の表情から、俺の事や2年前の旅の仕打ちについては忘れていなかったようだった。

「僕の部屋は、以前使っていたものを使わせてもらって良いかな?」
「えぇ、結構です」

 以前住んでいた部屋の前まで案内されると、俺は執事長に聞いてみた。連れてきた使用人たちの世話もしなければならないと思いだして、執事長についでに聞いてみた。

「申し訳ありませんが、王都に滞在している間の彼女達の部屋も用意してもらえますか?彼女たちの部屋の準備だけしてもらえれば、僕や母の滞在中の世話は彼女たちに任せますから、それだけお願いしますね」
「……分かりました、部屋などの準備致します。少々お待ちください」

 多少不服そうな顔でこちらをちらりと見て、直ぐに視線を外して足早に去っていった。しばらくして、執事長とは別の人間がやって来て、マレットを残して他の使用人達は準備された部屋へ案内されていった。

 2年前に俺が最初に目覚めた部屋。屋敷を出た時からあまり変わらない見た目で、そのままだった。が、マレットは不服そうな感じで、部屋に入るなり部屋を掃除し始めた。

「多分、この部屋はルーク様が屋敷を出て以来、普段は掃除もされずに放置されていて、私達が来る直前に急いで掃除をしたのでしょう。部屋の隅や、家具の裏側など目に付くところがいっぱいです。絨毯もずっと変えられていないようですし!」

 ぶつぶつと文句を言いながらも掃除してくれる。俺は、どうせ直ぐロートリンゲン領に帰るのだから寝られればそれでイイと言ってみたけれど、マレットは良しとせず頑なに部屋の掃除を続けた。

「ルーク様をこんな、薄汚れた部屋で寝させるわけにはいきません!たとえ、
数日間だけ使う部屋だとしても、清潔に保たなければ」

 鬼気迫る感じで反論された俺は、圧倒されながら「ありがとう」とお礼を言うことしか出来なかった。まぁ、汚いよりかは綺麗な方が良いので、清潔にしてくれるのは大変ありがたいが。

 父親が城から帰ってきたということを聞いて、俺は直ぐに父親の待つ部屋へと向かった。ドアにノックして返事を待つ。中から男の声が帰ってきたが、何やら大変疲れた様子で声も弱々しい。どうしたのだろうかと心配になりながら、部屋に入った。

 椅子から立ち上がった状態で、出迎えてくれる父親。目の下の隈や、頬の痩け具合のやつれた感じを見て取れるために、一目見てだいぶ苦労していることが伺えた。部屋には彼一人だけで、母親も使用人すら居なかった。

「しばらく見ないうちに大きくなったな。お前は出会うたびに、変化しているな」
 近づいて肩を叩きながらしみじみ言われて、俺は2年前の事を思い出していた。たしか一緒に食事をした時に、精神的に変わったと言われて(確かに中身が変わっていた)、今回は見た目的に変わったと言われた。この2年で確実に身体が大きく成長して、2年前の俺と今の俺を比較したとしたら、聞いた人間が全員別人だと答えるだろうと予想できる程に変わっているだろう。

 証拠に2年前は、お互いが立ち上がった時に父親の胸ほどの位置に俺の頭が有ったため、俺は父親を見上げる形になっていが、今は俺のほうが父親を少し見下げるぐらいの背の高さになっている。

 父親に促されるままに、ソファーへと腰を下ろすと俺は早速話を始めた。
「それで、私を王都へと呼んだ理由は何でしょうか?」

 正直言って、王都には帰ってくる気も全く無くて、今も直ぐに地方へと帰りたいと思っている俺は、厄介事はゴメンだと考えているために、話が済めば今日中にも帰ろうと密かに計画を立てたりしているために、少し慌てた感じで話を切り出した。

 父親は俺の言葉に深刻そうに顎を手に当てたままで、なかなか話し始めない。何から話すべきかと考えているのだろうか。

 しばらく待った後に、ようやく父親がゆっくりと話し始めた。

「ルークは最近の王都の状況は知っているか?」
 こちらへ来る前に、懇意にしている商人たちを屋敷に呼んで、彼らから情報を集めていたので、王都の現状について大凡の事については、王都へ来る前に知っていた。
 王都へ来る途中も情報収集をしていたために、“最近の王都の状況“という
言葉で父親の話について大体の見当が付いた。

 どうやら現在の王国は非常に不安定らしい。王族内での権力争い、揉め事があるらしく、最近では第一王子が病気療養のために王都から離されたという。
 だが、第一王子の状況については、それ以上の事柄について緘口令が敷かれているらしく、何の病気なのか、どこへ移されたのか詳しくは分かっていない。流れている噂では、第一王子が現王様の暗殺を失敗したとか言われているらしいが、第一王子はいずれ王様となれるのに、何故に今の時期に動いたのか、理由やメリットが分からなかった。

 第一王子といえば、2年前に参加する予定だった王子誕生日パーティーの主役が第一王子の彼だったとのこと。俺がパーティーに参加していたならば、この時に出会っていたとも考えられる。顔見知りにでもなっていたかもしれないが、パーティーに参加することもなかったので名前を知っている程度の人間だ。そもそも、この頃はルークの中身が俺ではなかったので出会っていても知り得ない人間だったが。

 収集していた情報をかいつまんで、知っていること、噂について等について
ある程度を父親に話してみた。

「そうだ、その第一王子についてだがお前の知る通り、ある事件を起こして
生涯幽閉されることになった。それから継承権が正式に第二王子に移ることになった」
 事態は結構深刻らしい。父親によると、第一王子によるクーデターが行われようとしたらしいが、失敗。クーデターに参加していた貴族も沢山居たらしく、彼らを拘束し調べたりして大変だったらしい。

「それで、その事件で公爵から男爵までの多くの貴族が第一王子との関係があったと考えられていて、お前の後に任じたロートリンゲン家の次期後継者としていたアッシュも、かなり深くまで第一王子との関係があったみたいなのだ」

 俺の後に後継者となった者の名前がアッシュと言うのは初めて知ったが、それよりも聞いて置かなければならないことが有った。

「貴方も関わっていたのですか?」
「……俺は関係していなかったよ。どうやら、次期後継者が独自に動いて関係を持って支援をしていたようで、アッシュが捕まったと聞いて非常に驚いた。俺も取り調べを受けたりして、こちらも大変だった」

 父親と第一王子の関係については嘘か本当か分からないが、次期後継者様についてはどうやらかなり深く関係していたようだ。もしかしたら、父親が生き残るための犠牲にされたのかもしれないが、深読みし過ぎだろうか。
 とにかく、そんな状況ならばロートリンゲン家と王族との関係は非常に不味い状態なのだろう。

「それで、僕を王都に呼んだ理由は?」
 父親の話を聞いて王都での出来事については、あらかた理解した。だが、僕を呼んだ理由がまだわからない。

「お前をこちらへ呼んだ理由は、お前をロートリンゲン家の次期後継者に任命するためだ」
「僕は、2年前にその権利を剥奪されて居ますが?」
「現在、俺の直系の息子たちの殆ど全員が第一王子との関係を疑われている。ただ一人お前だけは王都を離れて生活していたために、今回の事件には殆ど無関係だと王家側は考えられているようだ。今のロートリンゲン家が生き残る道として、第一王子との関係が疑われている者を後継者に据えると、王族からの不信感を持たれる可能性がある。その不信感はなるべく払拭せねばならん。どうか、お願いだ。ロートリンゲン家が生き残るために、引き受けてくれないか」

 そう言うと、父親は頭をテーブルの上スレスレの位置まで深く下げて懇願される。正直言えば、面倒だと思った。地方での生活を楽しんで、王都との関係は無くなり一生を過ごすつもりで居たのに、急に王都に戻されて再び貴族の暮らしに戻ることになるのか……。

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第03話 地方での生活

 父親との会食から一週間後。特に大きな出来事もなく、凪な一週間を過ごしながら王都の屋敷からロートリンゲン領へ住み替えのための準備は完了した。と言っても、俺自身の荷物は何を持って行っていいかを判断できないため、侍女のマレットに全てを準備してもらったのだが。

 生まれてから今まで住んでいた屋敷(俺の意識としては、3週間ほどの期間だけだが)を出発する日。旅には俺とマレットの2人、加えて旅の間の世話や護衛のために屋敷の使用人達が12名付いて来る事になった。母親はまだ、屋敷を離れられない事情があるらしく、俺が出発した後に別の機会でロートリンゲン領の屋敷に向かうらしい。

 王都からロートリンゲン領への旅は一週間の行程だった。この旅の間は、結構面倒な事になった。
 どうやら俺がルークになった後、屋敷で過ごしている間に、俺が公爵家の後継者という立場から転がり落ちた事によって弱気になったため、以前のような傲慢で高圧的な態度を取らなくなったと使用人達の間で噂になったらしい。
 旅の間に俺を観察していた使用人達が噂は本当だと確信すると、日を追うごとに俺に対する態度が粗悪になっていった。更には、言葉で攻撃されるようになり、ついには俺に対して乱暴に振る舞うようになった。

 どうも俺が王都を離れている間、父親の庇護下を離れて、ただの貴族の子供(しかも利用価値が限りなくゼロに近い)に対して気が大きくなっているようだった。 反抗すれば彼らを喜ばせて更にひどい仕打ちがされて最悪の場合もありうるし、旅の間に彼らの手助けがなければ、歩くのもやっとな俺はロートリンゲン領に向かうなんて大変なのも理解していたので、使用人達の態度を受け流していたが、現場を目撃した侍女のマレットが烈火のごとく怒り、他の使用人達を俺に近づけさせないようにした。
 しかしマレットの監視の隙をついては、俺にちょっかいをかけてくために、乱雑な扱いが止むことはなかった。挙句の果てには “都落ちした価値の無いガキの癖に“等の罵声を何度も浴びせられて唖然としてしまった。
 声を上げた人間は王都にある屋敷の執事長だったが、使用人のまとめ役である彼が率先して仕えている貴族の親族に対してあんな口を聞いて大丈夫なのだろうかと、むしろ心配になってしまった。
 まぁ、ロートリンゲン領に行けば、今回の旅に同行してくれた使用人達は王都の屋敷へ帰っていくために、向こうへ行けば再び出会うことも無いだろうと思うと、我慢できるぐらいだったので、関わり合いにならないように静かに過ごしていた。

 今までの行いを復讐してやろうと過熱する使用人達に反応を示さない俺、そんな風に旅の間は王都への帰還組と俺の間に決定的な溝を作ってしまう結果となった。

 ロートリンゲン領に到着すると、そのまま直ぐに帰還組は王都の屋敷へと帰っていった。本当は、新しい住居の準備も行ってから帰る予定だったらしいのだが、最後の嫌がらせとして、仕事を放棄して俺やマレットの呼び止める声も無視して帰って行ってしまったのだ。

 屋敷はまだ準備も程々に、屋敷の管理に2人の老人が居るだけで掃除も必要最低限しか行われていなくて、人が住むには侘しい状態だった。使用人もまだ到着していなかった。マレットはそれでも、直ぐに動き出して屋敷を片し始めた。
 俺も手伝おうと動こうとすると、マレットが手伝いは不要だと庭先に椅子とテーブル、ティーセットをすぐに準備すると、屋敷を整える作業に戻っていった。慣れていない作業を無理やり手伝っても邪魔になるだけかと、隅のほうでゆっくりしてその日は過ごした。

***

 さて、新しい場所で心機一転して生活するぞ!と決意しても、実は俺がやらなければならない仕事は全くない。俺という人物は、公爵家の後継者という価値が無くなれば、貴族としての能力も秀でたものは無く、容姿も醜く、背が低くて太っていた。以前の乱雑な振る舞いや言動も最低なものばかりで人間性も最悪と、評判はどん底。
 ルークという人間の価値は貴族社会の中で限りなくゼロになったため、親しくなるメリットもなく、貴族間の中では忘れ去られていく人間だった。

 だが俺にとっては逆に嬉しい事で、あまり外からの貴族的な干渉が無いのはありがたかった。その間に、自分の好きなことに時間を充てることができる。

 そこで遂に、身体改造計画を始動。初めは、屋敷の庭で歩くことから始めた。なにしろ、肥って重い身体を動かすことすらキツく、ままならない状態で歩くだけでも重労働。その苦しみを気合で乗り越えながら、俺は無理を押し切って歩くという行為で身体を動かすことに。

 1ヶ月もすれば、かなりの贅肉が落ちて、見た目でも痩せたことが一目瞭然に。更には、駆け足が出来るぐらいに身体の動かし方に慣れてきた。といっても、以前の“ルーク”に比べればという事なので、平均男性の一般人に比べたらまだまだ肥満の人間であることに変わりがないが。

 次に行ったのは、持久力と筋力を付けること。半年ほど掛けて、朝から晩まで鎧をまとったまま走り回ったり、剣を振り回したり、馬で屋敷から離れた場所まで遠出してみたり等など。
 すると、肥満だった身体が徐々に筋肉質な体型に。横に広がった身体は、縦にぐっと伸びるようにして成長していった。

 この頃に分かったことなのだが、意外にも“ルーク”の身体の能力は非常に高かった。今にして思えば、贅肉も筋肉に変わるのも早くて筋力がつきやすく、体力も鍛えただけ直ぐに付いて際限なく上がっていく。反射神経も悪くない。背の低かった身体も、今ではかなりの高さになっていた。

 鍛えれば鍛えただけ、結果が返ってくる。初めは、“ルーク”の元の身体が非常にだらし無かったために、成長が認識しやすくて、日々の訓練の結果を大きく感じることが出来たのかと思ったが、他人と比較しても能力が高いことが分かり、どうやらこの身体の能力が普通の人間に比べて非常に高いことがわかった。

 なぜ、以前の“ルーク”はあんなにだらしの無い身体で生活していたのだろうかと疑問に思うが、そんな考えも直ぐに消え去り、訓練に明け暮れる。
 それからは、鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて、気づけば2年の月日が経っていた。

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第02話 状況理解

 目を覚ましてから数日間は、豪華な造りのベッドの上で寝たきりの生活を過ごした。少しでもベッドを抜けだそうとすると、侍女のマレットが直ぐに止めに来るからだ。

 安静にしているようにと四六時中監視されていて、記憶喪失者としての振る舞いをしている俺は、そのフリがバレはしないか少し緊張しながら日々を生きていた。まぁ、このベッドの上で生活をしている間に部屋を訪れた人間は侍女のマレットと母親のアメリアの2人ぐらいしか居なかったので、俺という中身について感付かれる様子は無かった。

 部屋を訪れてくれるアメリアから、記憶を取り戻すキッカケを作るためにという理由で“ルーク”という人物について聞き出してみると、様々な事がわかった。

 ルークはロートリンゲン公爵家の長男で、ロートリンゲン公爵家の後継者と言われていた人間らしい。
 ロートリンゲン公爵と言えば、かなり王族に近しい貴族だったはずだと
学のない俺でも知っていた程に高名な貴族だ。

 そしてルークが記憶喪失になる直前の行動について。あの日は、お城で催される王子の生誕パーティに参加する予定だった。更にはルークも今年で15歳の成人となるために、現王により婚約者を引き合わしてもらう予定だったらしい。
 だが、ルークはお城へ向かっていた馬車の進路を変更させて城下町をぐるぐると動き回ると、そのまま城下町を抜けだして行ったらしい。城下町郊外の草原にて発見されたが、十名もの護衛がついていたのに彼らは全員死亡しており、護衛の死体が転がる中で何故かルークだけが少々の傷程度で助かった。

 なぜルークはお城へ向かわずにアチラコチラを徘徊したのか、そのまま城下町の外へと向かっていったのか。唯一の手がかりであるルークも記憶喪失と、現在わからないことだらけ。

 ただ、市民からのルークの行動についての目撃情報が続々と集まってきていて、一番大きな情報として市場で男性一人を襲撃して、気絶した男性を馬車に乗せると何処かへ連れ去って行ったという事件を起こしている事がわかったらしい。
 現在、この襲撃された男性に事情を聞くために探ってみているが、ルークが倒れていた場所には姿は見当たらず、城下町を探しているが見つかっていないらしい。

 この話を聞いて、多分この襲われた人間が過去の俺だという事はわかった。ただ、姿が見つかっていないということは、自分の意志で動き回っている可能性があると思われる、もしかしたら俺が“ルーク”になったと言うことから考えてみると、ルークも“俺”になったという事かもしれない。何故逃げているかは分からないが。


***


 ある朝、いつもの様にベッドの上でマレットが持ってくる朝食を待っていると、そのマレットが急いだ様子で、手ぶらのまま部屋に戻ってきた。

「マーク様、大変急では御座いますが御当主様が本日の朝食に参加せよと仰せです。直ぐに準備をお願いします」

 どうやら、やっと父親であり当主の人物が登場らしい。
 相変わらず贅肉たっぷりで重い身体をドシドシと動かしながら、さらにマレットに手伝ってもらいながらも、着替えを済ませて食堂へと向かった。

 部屋にはいると、中央の席にヒゲをたくわえた壮年の男性が座っていて、直ぐ右横の席に神妙な顔をしている母親が座っていた。どうやらヒゲの男性が、ロートリンゲン公爵でありルークの父親らしい。

「座りなさい」
 低く威厳のある声で、俺に向かって言葉を掛ける。男性の言葉通り、俺は席について目の前の男性を見る。俺が座ったのを見計らって、男性は話し始めた。

「話はアメリアから聞いているが、記憶が無いという報告に嘘偽りは無いな?」
 男の全てを探るように見てくる鋭い目に一瞬ドキリとしたが、“俺”という存在を疑っているわけではなく、記憶喪失が虚言ではないかと疑っているらしい。

「えぇ、あの日より以前についての記憶がありません。それと、大変失礼ですが貴方はどなたでしょうか?」
 失礼になるかもしれないが、念の為に聞いてみた。

「むぅ、すまん。少し先走ってしまったようだ。ワシは、ルイス。お前の父親だ」
 父親の名乗りには、ギスギスしたものは感じず少し安心。

 食事をしながら話を進める。俺がルークになった日の事について、王国でわかっている事。現状についてとこれから。父親の話では、今回の件で俺は健康状態に問題ありという烙印が押されて、後継者の話や婚約話も無かったことになった。
 父親が何とか無難に終わらせようと手を回したが、ロートリンゲン公爵の次男や三男等を支持する貴族たちが、今回の事件や俺の記憶喪失についての情報を手に入れると、絶好の機会だと考えて問題を公に晒してしまったらしい。

 そのため、王族からの指名であったロートリンゲン公爵の後継者としてのルークは、一気にその資格を失ったそうだ。
 といっても、もともと俺とルークは別の人間なので、今更貴族の権利は我にありと主張するつもりもないので、俺はすぐに了承。

 俺の返事に父親はホッと一息。加えて、俺は直ぐにでも療養を理由に王都から離れて、ロートリンゲン領へと戻るように言い渡された。これは、後継者としての地位を失ったルークが迫害を受ける可能性がある事、次男や三男、その他の候補者の権力争いに巻き込まれないために、また今回の事件には不審な点が多くあり、も問題が解決するまでの身の危険度を下げるためである。

「そうだな、アメリアにも息子について行ってもらう方が安全かもしれない」
 その一言で、王都からロートリンゲン領への帰還が決まった。

「しかし、何というか……雰囲気が変わったな」
 話が一段落し、話題を変えるためなのか父親がしみじみと言う。

「そうでしょうか?(雰囲気と言うか中身が変わったからな)」
 内心を顔に出さないように、返事をする。
「以前は、手が付けられないというか、我が強い性格だったからな」

 屋敷で数日を過ごしている間、屋敷にはかなりの人間が居たはずなのに、俺の部屋にはマレットと母親以外の人間は訪れなかった。どうやら、以前のルーク坊ちゃまはかなりのわがままお坊ちゃんだったようで、使用人達をかなり困らせていたようだった。父親の言い方はかなりオブラートに包んでいるが、やはり本当のことだったらしい。

「記憶はありませんが、申し訳なく思います」
 俺が申し訳ない表情で、頭を下げて謝る。

「いや、謝る必要はない。ただしかし……、残念だ。今のお前になら、後継者を任せられるのだが……」
 小声でつぶやく父親。俺はその言葉を聞こえないふりをした。

「さて、私はもう行くよ。我が領への出発の準備などは、屋敷の人間達に任せてお前は安静にしていなさい」
 食事を終えたルイスは、素早く席を立つと話は終わったと言って部屋を出て行った。

 一先ず状況は理解できたが、まだ分からないことだらけで何から手を付けていいかわからない。だが、まずはロートリンゲン領へ向けて出発する必要がありそうだ。

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第01話 目覚めて

 目を開けると、知らない場所に横たわって居た。いつの間にベッドの上で寝ていたのかと寝ぼけた頭で現状がどうなっているか把握しようとする。そして、だんだんと意識がしっかりとし、思考がクリアになっていく。

 思考が鮮明になった途端、急いで身体に力を入れて起き上がろうとする。だが、身体が思うように動かない。異常な状態だった。まるで病気を患った時のように肌の感覚が鈍り、身の丈ほどの荷物を背負わされた時のように身体が重くて動かない。

 ベッドの上で、目だけを動かして周りを観察する。ふと腕に目をやると豚のように太った醜い腕が見えた。目線をその芋虫のように太った5本の指がある醜い腕に向ける。グッと握ったりパーと広げたりを繰り返す。そこで俺はやっと気付いた。


 これは俺の手なのか、と。


 ベッドから腕だけを上げたり下げたりして、その様を呆然と見ていた。ハッと気づいて一気に警戒心を最大まで引き上げて再度部屋を見渡す。そして、意識を失う直前を必死に思い出そうとする。

 ……そうだ、俺は城下町の商店を回っている途中、露天商人の男と値引き交渉している時に、突然後ろから何かの衝撃を受けて気を失ったようだ。

 本当に突然だったので、誰からの攻撃か分からない。考えられる可能性として、どこかの敵対している組織に捕まったのかと思ったが、部屋を見渡して見るとベッドが置かれた部屋の内装や調度品を見ると、とても牢屋の中には見えないし、服も着せられたまま身体も自由にされている。それどころか俺の身体は丁重に扱われているようだった。

 部屋の隅に全身を映せるような大きな鏡を見つけた俺は、今の自分の身体の状態をしっかり見て確認するために、ベッドから降りることにした。丸太のようにずんぐりと太った足を苦労してベッドから下ろす。自分の身体なのに、少しの動作をするだけで疲労によって声が漏れる。
 丸太を括りつけられたように重い腰を持ち上げて立ち上がったと同時に、扉が開かれた。俺は少しビックリしながら開かれた扉の先に目線をやると、そこには見覚えのないメイド服を着た女性。しかし彼女は俺を見るなり、驚愕の顔をすると言葉を投げかけてきた。

「ルーク様! 目を覚まされましたのですね、今医者を呼んできますので、安静にしていてください! すぐに戻ってきますから!」
 俺が事情を聞こうと呼び止める前に、開いたドアもそのままで何処かへと走って行ってしまった。

 ルークとは俺のことか? それに、俺に対して恭しく対応した彼女はメイド服を身に纏っていた。ということは、ココは貴族の屋敷なのだろうか?
 いろいろな疑問が頭に浮かんだが、まずは鏡で身体を確認する事にした。

 少しの距離を歩くだけで、肺が悲鳴を上げて、肩が自然に上下して息が切れる。やっとの思いでたどり着くと、疲れで下がっていた目線を、鏡を見るために無理やり上げる。そして、俺は呆然としてしまった。


 鏡には、見たことのない肥太った醜い男が写っていた。


 頬に手を当てたり、つねったりしたが鈍い痛覚があり、間違いなく俺だった。いつの間に、こんな身体になってしまったのか。

 鏡を見た後、更に混乱しながらも部屋の中を簡単に探索して、武器に出来そうな小さなナイフのようなモノを見つけて懐に忍ばせると、俺は目を覚ましたベッドへと戻り、先ほど部屋を尋ねたメイド服の女性の帰りを待つことにした。

 部屋の内装をじっくりと観察していると、部屋の外から何人かの足音が聞こえてきた。何やら話し合っているが、耳の感覚もオカシクなっていて上手く聞き取ることが出来ない。扉が開かれた。

 真っ白なドレスを身にまとった細身で長身の女性が、先ほど部屋に来たメイド服の女性と医師と思われる格好をした老人男の二人を連れ立って部屋に入ってきた。
 長身の女性は部屋に入るなり、大声で「ルーク」という男の名を呼んだ。ドレスの女性の目線は確実に俺へと向けられていたので、どうやら俺に向かって呼びかけたので間違いないようだ。
 しかし、俺の名前はルークなどではないし、返事をするべきか迷っていると、彼女は素早く俺に歩み寄り、とうとう肩を掴んできた。

「ルーク、どうしたの? 何故返事をしてくれないのですか?」
 女性は、おそらく高貴な生まれの人間なのだろう。短い時間から、気品漂う美しい顔、見た目から威圧さえ感じさせる風格、短いながらも彼女の発した言葉使いから俺はそう判断した。ならば、彼女の機嫌をできるだけ損ねないように謙った言い方で彼女に対応することにした。

「恐れながらお聞きしたいのですが、ルークとは私のことでしょうか?」
 俺がそういった瞬間、ドレスの女性の表情が凍った。

 俺は、表情を固まらせたドレスの女性に目を向けながら今の状況を抜け出すための対処方法を考えていた。しばらく無言の時間が過ぎ、ドレスの彼女は絞りだすように、かすれた声で聞いてきた。

「私の事は覚えていないのですか……?」
 改めてドレスの女性の顔をくまなく見るが、記憶に無い女性だった。完全に見覚えがない。

「すみません、大変失礼なのですが見覚えが無いのです。良ければお名前をお聞かせ願えるでしょうか?」
 彼女に掴まれていた肩にキリキリと力が加わり、俺の肩が悲鳴を上げる。痛みに耐えて答えを待っていると、ドレス姿の彼女はサッと肩から手を離してくれた。

「ごめんなさい、少し混乱していて。……私の名前はアメリア、あなたの母親よ。……覚えはない?」
 縋るような目をして聞かれたが、やはり覚えがない。……と言うか母?
 俺は天涯孤独で家族なんて存在は居ないし、物心ついた頃から母親と父親の記憶なんてなかった。

「申し訳ありません」
 俺が頭を下げて言ったその言葉に、アメリアと名乗った女性は呻きを漏らす。

「あぁ、そんな! 神様……!」
 母親を名乗る女性の後ろで、メイド服の女性が嘆き神に祈りを捧げていた。

 アメリアがくるりと後ろに振り向くと、医師の格好をした老人に指示を出して俺はその老人の診察を受けることになった。
 診察は質問から始まり、次に魔法を全身に掛けられ状態を観察された。老人が手を止める。老人は側で不安そうに見ていたアメリアに診断結果を伝えた。

「奥様、申し訳ありません。今のところ記憶喪失という状態以外の異常を見出すことができません。魔法による何らかの影響だと考えますが、原因は特定できません。
 更に詳しく診察を行ったり、治療を施すにしても、とにかく一度は旦那様に相談する必要があります」

 半刻程の時間、俺を診察していた医師はそう締めくくった。

 老人の診察を受けながら、俺は少しずつ状況を理解していった。どうやら、俺は“ルーク”と言う貴族の息子の身体に何故か憑依している状態らしい。
 元の身体の持ち主の精神はどうなったのか、なぜ俺が“ルーク”に乗り移る事になったのかは謎だが、今のブヨブヨに肥太った身体の状態では戦闘もままならず、屋敷から逃げ出すための体力も持ちそうにないために大人しく彼らの“記憶喪失状態である”という考えに乗ることにした。

「くっ、私のルークをなんて酷い目に……。アルバート家の者か、それともリオンヌ家の者か……しかし、何故今の時期に……」
 診断結果を聞いたアメリアは、小声でぶつぶつと何やら言いながら考えを巡らせている。

 俺の状態解明にこれ以上は進展を望めないからと、アメリアと老人医師は俺に安静にしているようにと言ってから部屋を出て行った。どうやら、父親の帰宅を待つようだった。

 部屋に残ったメイド服の女性はマレットと言うらしく、甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれた。頻繁に喉は乾いていないか、お腹は空いていないかを何度も尋ねてきて、更には下の世話を行おうとしてきた。
 なんとか、彼女の行動を抑えながら俺はこの先どうするべきかについて考えを巡らせていた。

 一番の問題は、今の太った身体の状態だろう。少し動くのも贅肉が邪魔で体力もなく息が切れる。筋力もないこの身体では、今いる場所から逃げ出すことも出来ない。
 考えに考え抜いて、先ずはこの身体の贅肉を落として動けるようにしなければと今後の予定を立てる事にした。

 

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