第09話 佐藤の一日

 俺の朝の目覚めは、ミヨさんと一緒に寝ているベッドの上から始まる。

眠りから覚めた俺は、左隣に人の気配がするのを感じながら目を開ける。それから、身体を起こして横に眠っていると思われるミヨさんの方へ目線を向けると、いつも俺よりも先に目覚めているらしいミヨさんと目が合う。

「おはようございます、ミヨさん」
「ん、おはよう。サトウさん」

 起床した時には必ず、目覚めの挨拶を一日の一番はじめにミヨさんと交わすのが俺の習慣となっていた。

 朝の挨拶を済ませて上体を起こしたミヨさんは、薄い灰色の布一枚で出来た裸体を隠すだけのような寝間着を身に纏っているので、女性特有の身体のラインがハッキリと分かるぐらいだった。そして、俺もミヨさんと同じような寝間着を着ているので、それが見られていると自覚してしまうと、恥ずかしくもあった。

 恋人未満の関係である男女が一緒の布団で寝るという事に、少しだけ抵抗を感じていた俺は、それとなくミヨさんに寝床を別にできないか相談してみたけれど、ミヨさんからは家にベッドが一つしか無いと強く主張されて、他に寝る場所は無いから寝床を一緒にするのは仕方がないと言い切られてしまうという経緯があった。

 そう言われてしまうと、住まわせてもらってお世話になっている俺は、それ以上は突っ込んでモノを言うこともできず、以降は毎日寝床を一緒にしていた。

 同居というよりも、同棲というような意識をしてしまう俺にとって、美人であるミヨさんと一緒に寝れるというのは、非常に嬉しく思っていた。けれど、ミヨさん相手だと美しすぎて、いつも緊張してまうという難点もあったけれど……。


***


 ベッドから起き出してきた後は、すぐに朝食を済ませる。この時に出される食事は、ミヨさんが森に入って狩ってきた動植物を使って料理をしてくれたモノ。それを、俺は毎朝用意してもらい食べている。

 朝から充実した内容の食事を、ミヨさんはわざわざ毎朝用意してくれるので、元の世界に居た時の朝食である、食パン1枚と牛乳だけ、という様な質素な生活を送っていた過去に比べてコチラの方が充実していると断言できるぐらいだった。

 しかも、女性に作ってもらう手料理というだけでもポイントが高いのに、毎食の料理がどれもが非常に美味いという、料理上手なミヨさんだった。

 そんなわけで、朝食の時から充実してた生活を過ごせていた。

 朝食をミヨさんと一緒にして食べ終えると、ココからはミヨさんと俺とで別々の行動になる。俺は、ミヨさんから教えてもらった異世界の知識を頭に覚え込むために以前に習った事の復習をしたり、ミラさんの家の各部屋を掃除して回って、家の中を綺麗にしたりしているのが主な俺の日常だった。

 一方、ミヨさんは食料を確保するために森の中へ狩りに入っていったり、森の奥で魔法の修行をしていると彼女から聞いていた。

 時折、家の中に居る俺の耳にも、森の奥の方から大きな破裂音や、爆発音等と共に、ピカッと光る何かが見えたりしていたので、ミヨさんはかなり大規模な魔法の修行をしているらしい、と俺は考えていた。

 こんな風にして、あっという間に午前中の行動は終わり。

 そして午後からは、元の世界への帰還する方法についてアイデアを考えてみたり、午後からもミヨさんの家の中の掃除を行ったり、異世界について教えてもらった知識の復習をしたりと、午前中の行動と似たような事を繰り返していた。

 そんな中、家の中に引きこもってばかり居るのは駄目だと考えていた俺は、森に居るであろう獣などの存在に注意しながら外に出てみたり、家の周りを歩いてみたりしていた。

 家の周りを回るだけと言っても、辺りは整備されていない凸凹の地面に、鬱蒼と生えた草花、そしてなによりも、注意を続けても何が起こるか分からない危険地帯の森の中、という事で外に出るだけでも大きな緊張感があって、結構なカロリーを消費して運動になっているだろう事は分かった。これで、運動不足も解消できるだろうと俺は確信していた。

 そして、日が落ちてきて夕方になる頃。

 狩りを終えたミヨさんが、狩った獣の肉を肩に担いだり、魔法で浮かせて持って戻ってくる。そんなミヨさんが家に入ると、すぐに夕食の準備を始める。そして直ぐに完成させると、夕食の時間となった。

 夕食を食べ終えると、ミヨさんから直々に異世界の知識を教えてもらっていた。今までに習ったことを考えてみると、やっぱり元の世界と大きく違って知っておいた方が良い知識ばかりだった。

 例えば、この世界では男女出生する比率が大きく偏っていて、女性が生まれる確率が非常に高くて、男性が生まれる確率は非常に少ないという。

 という訳で、この世界で男性である人は非常に希少であると見られていて、性別が男性であるというだけで大事に保護されるのが一般的だという。そして時々、男性を狙った盗賊団も居るらしく、迂闊に一人で外を歩いていては危ない、という事は小さな子供でも知っている常識だという。

 その他にも、魔法という能力の存在が知られていながら、その力は忌み嫌われているモノだということ。

 魔法を使えると分かった人は、人里から強制的に追い出されるか、殺されるか。かなりシビアな状況に追い込まれるという。その大本の原因は、過去に存在したとされる魔王が世界を滅ぼしかけたという歴史に有るらしい。

「詳しくは分からないけれど、大魔法を使える魔王が世界中に対して呪いを掛けたから、この世から男性の数が大幅に減っていったと言われている」

 魔法を使える人であるミヨさん本人から、魔法が使えると言う原因で迫害されているという事実を語ってもらった。

 このようにして、俺は夕食後に少しずつ異世界の知識を学んでいった。

 そして就寝の時間になれば、またミヨさんと一緒の布団で寝るというのが俺の生活の基本的な一日の流れだっだ。

 

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第08話 異世界での生活

 家主であるミヨさんからの了承を得て、しばらく彼女の家にご厄介になる事となった。

 まさか、異世界にやって来て初体験となる女性との同棲生活をする事になるとは、予想なんて出来るはずのない展開になっていた。

 女性との同棲生活というだけでも気になって仕方のない事なのに、ミヨさんという美しい女性と一緒の家に寝泊まりするなんて、考えただけでドキドキと心臓の鳴る音が聞こえるほど緊張する出来事だった。

 人生を振り返った時に必ず思い出すであろう、人生史の大きな一項目として確実に記されるであろう程の大事件だった。それは、異世界転移という未知の現象に巻き込まれた事と同程度、いや、それ以上の衝撃を俺は受けていた。

 しかし、ミヨさんの方はそれほど大きな出来事だとは捉えていないようで、平然とした様子で俺との同棲を受け入れているようだった。

 できれば、ミヨさんにも同棲することを少し恥ずかしがってくれたりして、気持ちが同じだと嬉しく思えるのだけれど、平然とされてしまうと男として何とも思っていない、と示されているように感じて、自分で考えて自分で少しショック受けたりしていた。

 とにかく、異世界という慣れているはずもない新しい場所での生活は始まった。

 ミヨさんの家は、森の中にひっそりと建てられた自然の恵みがいっぱいの家。そんな家にある窓から見える景色は、葉っぱの緑色と、空の青と白色という自然以外に特に見える色は無い。

 今までの現代生活では当たり前にあった電化製品やら、ガスに水や電気などインフラ設備が非常に整った環境を活用してきた俺にとって、火を起こすことから原始的な方法が必要で、水を使う為には近くの川から汲んできた貯水を使う必要がある。そして、食べる物も森に居る動物を狩るか、山菜を取ってくるか、果物のなる木からもぎ取ってくるか、一食を準備するだけでも非常に時間が掛かる事であった。

 俺一人だったら、絶対に生き延びる事は出来なかっただろう。今の環境に慣れるまでに俺は、かなりの時間を必要としていた。と言うか、完全には慣れることは無いだろうと思えるくらいで、ミヨさんのサポートが無ければ、この先も生き延びることは難しいだろう。

 ミヨさんには世話になりっぱなしで、何か恩返しに出来ることが無いか考えてみたけれど、俺には食料確保のために狩りをする知識も経験も無いし、山菜採りにしても草木の知識が無い。辛うじて思いつくことと言えば、家の中を掃除することで彼女のために常に綺麗な環境を保つぐらいにしか役には立てなかった。

「食料の確保から、生活環境を整えたり、他にも色々と、必要な事は私が魔法の修行をするついでに終わらせますので、サトルさんはあまり気にせず、帰る方法を考えてみて下さい」

 色々と思い悩んでも、ミヨさんからは優しい口調でそう言われて慰められてしまっていた。


***


 元の世界に帰る方法を考えるために、まずは自分の持ち物について再確認してみた。

 前の世界との唯一の繋がりであるモノ。まずはソコから調べようと、着ていた服から調べてみたけれど、特に変わりはなく普通の服だった。
 持っていた財布とスマートフォンも調べてみたけれど、何の変哲もない財布とスマートフォンのままだった。そして、残念な事にスマートフォンの電池は既に消耗され切っていて、スマートフォンは電源を起動できないでいた。

 持ち物をミヨさんに見せてみると、Tシャツの合成繊維に驚いた表情をして食いついたり、財布の中に入っていた札束を観察してみたり、スマートフォンを手に持ちながら、どう使うのか頭を悩ませたりして、色々と興味津々で異世界の住人としての意見も幾つか貰うことが出来た。けれど、帰還に関するような事は気づくことは無かった。

「サトルさんの世界が私と居る世界とは違っていて、色々な発展をしていていると言う事は分かりました。ただ、他に気づくような事はありませんでした。……申し訳ありません」
「ミヨさんが、謝ることはありませんよ! 何か発見があれば良いなと見せただけで、正直言って最初から見つかるとは、あまり期待していませんでしたから」

 他の持ち物について、手に持っていた鞄等は、森の中で目覚めてからミヨさんの家に来るまでの途中に落としてしまい、既に無くした物も多くて、それ以上に調べられる持ち物は手元に無くなった。

 結果的に、帰還するための手がかりは一切見つけることは出来なかった。

 やっぱり、森から出て情報を管理している場所、例えば、図書館のような資料を管理している施設に行って、テニさんから聞いた関係の有りそうな過去の事例を調べるしか、他に方法は無いだろうか……。

 けれど、ミヨさんからは街に行くのは危険だと教えられていて、生きていく知識をミヨさんに習っている途中だった。だから、それらを学び終えるまでは、元の世界へ帰還するための方法を探す行動は、一旦休止ということになるだろう。

 という訳で、暫くの間はミヨさんと一緒に同棲生活を続けながら、異世界の常識を学んだりする勉強の日々を過ごすことになった。

 

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第07話 三人の朝食

「ミヨ、今朝はなんだか随分とご機嫌みたいだし、朝食も豪華だね」
「そんな事は無い。いつも通りの食事だ」

 テニさんは目の前に並べられた料理を見てから、明るい調子でいつもと様子が違うらしい事を述べた。しかし、そんな言葉をバッサリと否定して切り捨てるのはミヨさん。

 だが、俺の目から見てもテニさんの言う通り、目の前の料理の内容は豪華だと思うような印象を受けたので、ミヨさんの言葉は謙遜にしか聞こえなかった。

 こんがり焼きたての良い匂いを漂わせるパン、こちらもじっくり火を通して焼かれた厚さは薄めのステーキ肉。新鮮そうな赤と黄緑の色が立つサラダ、美味しそうなコンソメ色のスープ、付け合せのデザートまでついた高級ホテルで出て来るような朝食を思わせる出来栄えで、随分と手間が掛かっている料理の数々。

「やっぱり、今日は機嫌がいいね。普段なら無視される私の言葉を、今日は無視しないかったし、ちゃんと答えてもくれる」
「うるさい」

 テニさんは、ミヨさんのそっけない態度にも変わらずマイペースに絡んでいく。そして、短く辛辣に応えはするミヨさん。ミヨさんの昨日は見せなかった目新しい態度について、俺は内心では驚いていた。

 昨夜、俺を対応してくれた時とは雰囲気から言葉使いまで全く違う、二重人格なのかな? と思ってしまうほどに違っていた。

 だから俺は余計な騒ぎを起こさないようにとヒヤヒヤしながら、二人の会話には加わらず、若干だが二人から目を逸らそうとして目線を下の方向へ。
 目の前に置かれたミヨさんの手作り料理になんとなく目を落としながら、耳だけ二人の会話を聞いていた。

「私の食べる分は有る? 今朝はさぁ、何も食べずに来ちゃって、お腹ペコペコ」
「はぁ……。いま簡単に用意してくるから、彼の分には手を出すなよ。サトルさん、彼女の分の料理を用意するので、食事はもう少しだけ待ってください」

「えっと、はい。時間なら、待てるので大丈夫です」

 テニさんには注意するように、俺に向けては申し訳なさそうに声を掛けると、ミヨさんは一旦座っていた椅子から立ち上がる。

「ありがと、朝食いただきまーす」

 部屋を出て行くミヨさんの背中に、テニさんは無遠慮な台詞を投げかけた。

 ただ、ミヨさんはマイペースなテニさんを無視する様子は無く、朝食も食べていないというテニさんの分を態々用意するために席を立って部屋を出て行った。多分、キッチンに行って食べれる物を取り分けて来るのだろうと思った。

 傍から見ているだけでは険悪そうな様子の二人だったけれど、これが彼女達の関係性なのだろうと理解する。

 ミヨさんは、すぐに手に料理を載せた皿を持って部屋に戻って来て、テニさんの目の前に少し乱暴な感じで置くと、席に座って朝食の準備が完了した。

 こうして、3人での朝食が始まった。


***


「なるほど、なるほど。サトルさんは迷い人なのか」

 テニさんに色々と質問された俺は、正直に答えていった。出身地や誰のお手つきなのか、なぜ森の中に迷い込んだのか、という様々な質問をされていくので、理解されないかもしれないが隠してもしょうがないと、俺の事情について説明していった。
 そして、記憶も無く森のなかで目を覚ました所から、昨日の出来事についても彼女に話した。

「テニ。何か、サトルさんの役に立ちそうな情報は無いか? 迷い人について、もう少し詳しい事とか、元の世界に帰る方法とか」
「んー、私もあんまり詳しくは知らないなぁ。ほとんどお伽話みたいな事とかしか知らないし、元の世界に帰る方法とかも分からない」

「そうですか」

 ミヨさんは、森のなかで引きこもっている世間知らずな自分よりも、世間の事を色々と知っているというテニさんに一縷の望みを掛けて、何か有益な情報が無いか聞いてみてくれたようだった。
 けれど、やっぱり詳しい事はテニさんにも分からないらしく落胆するという結果になってしまった。

「で、これからどうするの?」
「これ以上、ミヨさんのお世話になる訳にはいきませんから、近くの街に行って仕事と住む場所を探してから自分の世界に帰る方法を探そうと思います」

 今後の予定を話すと、表情を暗くする二人。いや、暗い表情というか、幼い子供を心配した表情? 表情の内容を読み解こうとしていると、テニさんが答えた。

「ソレは、あまりオススメしないなぁ」
「どうしてですか?」

「街の人達は良い人ばかりじゃないから、男の君が何も知らずに街に行って仕事を下さいって言っても碌な事にはならないだろうからなぁ」

 テニさんは、俺の予定には反対しているようだった。それは、心配してくれての忠告だと分かった。そう言われて、たしかにミヨさんと出会ったという幸運があってから、この世界に対して甘く考えるようになっていたかもしれない。

「あの、全然迷惑じゃないんでこの家で暫くは生活してもらっても大丈夫ですよ。調べごとならテニに任せて大丈夫ですから」

 自分の甘い考えに、どうするべきか再び迷っているとミヨさんが優しい声で提案してくれた。少し打ちのめされていた俺には、その提案を断れるような精神状態には居なかった。

「……そう、ですね。正直言って、知らない世界に来て何も知らないまま不安でした。もう少しだけお世話になります」

「ミヨは優しいから、いくらでもお世話になっても大丈夫だよ」
「……」

 あまりに優しいので、そんな彼女たちに気が引けるがテニさんの言う通り悪い人たちに捕まってしまったら対処の仕様がないのも事実。
 自分がなにも知らない、出来ることも少ないのを自覚して、今はミヨさんのお世話になる事を決めた。

 

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第06話 もう一人の魔者

 翌朝、起きると見慣れない風景が目に飛び込んできた。そういえば、と経緯をすぐに思い出して実情を把握する。

 昨日はミヨさんという女の子と出会って、家に泊めてもらったんだと記憶を振り返りながら、ベッドから上体を起こす。

 視線を横にズラすが、そこには誰も居ない。ベッドの上には、俺だけしか居なかった。昨日の夜に一緒のベッドで横になった彼女が、今は横には居なかった。先に起き出して何処かに行ったのだろうか、と推測する。

 ミヨさんが居ないことで、昨日の出来事は本当に有った事なのか一瞬疑問に思ったけれど、寝る前のやり取りはハッキリと覚えていたし、眠りに落ちる直前も確かに横に居た事を感じていた。そう思い出しつつ、俺はベッドの縁から足を投げ出して、ベッドの縁に座った。

 しかし、よくよく考えれば出会ったばかりの女性に対して、一緒にベッドで寝ようなんて提案した自分の行動と言動が、あまり信じられなかった。

 ベッドが一つしか無いなら一緒に寝ようか、なんて提案がアレほどすんなりと採用されるとは思っていなかった。というか、冗談としての発言だったけれど、結果的にミヨさんに採用されてしまった。そして、冗談だと彼女に伝える前に、あれよあれよと言うままに本当に一緒に寝ることになってしまった。

「誤解、されているだろうなぁ」

 ミヨさんに、俺は出会ったばかりの女性でも簡単に一夜を共にしたがるナンパ野郎、と思われているのかもしれない。ただ、真実あのような事は人生で一度も言ったことも無いセリフだったし、女性と一緒の布団で寝るなんてものも、多分初めての体験だ。

 昨日は色々な出来事に遭遇して、自覚している以上に疲れていたから判断力が鈍っていたのか、それとも自分の根っこの部分は実は好色的だったからなのか判断に迷うところであり、もし後者の考えが正しいのならば自己嫌悪してしまう。

 朝からあまりよろしくない考えだと思いながらも、とりあえずベッドから立ち上がって部屋を出る。昨夜の事はあまり気にしないようにしよう。

 そして、建物の中に居るであろうミヨさんを探し始めた。もしかしたら、外に出ているかもしれないが、交流の浅い人間を一人家に残して留守にする事は流石に無いだろう、と考えていた。

「着替えが無いのは不便だ。風呂も入りたいが、流石に我慢か」
 思わず口に出てしまった愚痴。日本での裕福な生活が、異世界に来たことで改めて身にしみる。
 服装は着の身着のままで、替えの服もないので昨日と同じ。上はスクールシャツに、下のズボンはゴワゴワとした肌触りのスラックスを身に纏っている。今着ている服装のまま寝たのは初めてで、いつもの起床時と比べても体の感覚の違和感が半端無いけれど、眠気は残らないぐらいに深くぐっすりと寝れたみたいで、特に身体に疲れは残っていない。

 考え事をしながら二階を見回ったけれど居ないようだった。すると、彼女を探している時に、階下から人の動く音が聞こえてきた。

 階段を降りて、昨日の夕食を取った部屋に向かう途中で、台所にミヨさんが居るのを発見した。どうやら朝食を作っているようで、立ち姿の背中だけが見えたので、その背中に俺は声を掛けた。

「おはようございます、ミヨさん」
「おはよう、サトルさん」

 挨拶をすると、料理をしている手を止めてこちらにわざわざ振り返ってから、視線を合わせて返事をしてくれた。
 そして、振り返った彼女の顔を今改めて見た。そのミヨさんの綺麗な顔に、今更ながらに圧倒される。

 昨夜は既に辺りが暗くなっていたし、身体の疲れも有ったからか、彼女の容姿についてはあまり意識していなかった。しかし、改めて彼女の顔を見てみると非常に整った顔立ちをしている事に気付いた。
 人生の中でも、見たことも無いような飛び抜けた美人だった。テレビで活躍しているアイドルや女優に比べても、負けず劣らず、むしろ勝っているんじゃ無いかと思うほどに。

 目が鋭く、可愛いというよりも美人という感じで、強い女性なんだろうという印象を受ける。けれど、そんな彼女がキッチンに立って料理をしている、家庭的な雰囲気があって、そのギャップが俺の琴線に触れた。

 しかも、彼女と一緒にベッドで寝たなんて思い出してしまうと、色々と妄想が始まりそうで嬉しさよりも恥ずかしさを強く感じ、自分の顔が赤くなるのを自覚していた。

「もうすぐ、朝の料理が出来上がりますので、食べれそうなら食べてください。完成までもう少し時間がかかるので、部屋で座って待っていてください」
「あっ、ありがとうございます」

 思わずどもりながら返事をして、急いで指示された食事部屋へと向かう。

 しかし、彼女のような美人に手作りの夕食をもらい、一晩泊めてもらって、そして朝食まで用意してくれる。
 何故ミヨさんは、見知らぬ俺に対してこんなにも良くしてくれるのだろうか。昨日は、ミヨさんが、”見返りを求めて、貴方を助けてるんじゃ有りません”と言ってくれたけれど、見返りを求めても十分なくらいに世話になりっぱなしだ。

 けれど自分には、彼女に助けてもらった恩を十全に返せる何かが思い当たらない。持ち物は何もないし、彼女の助けになるような特別な技能・特技は何も思い付かない。

 何も返す事が出来ない、という申し訳無さを感じて、そしてほんのちょっぴりとした言い知れぬ怖さを感じつつ、食事部屋に行って待っていて、と言われた通りに大人しく椅子に座って待つことにした。


***


 ミヨさんが作ってくれている朝食の完成を待っている間に、少しでも彼女に何か恩を返す方法は無いか、そう考えている時だった。

「おっはよー! ミヨ!」
 突然、扉がバンと音を立てて開かれて、誰かが入ってきた。

 なんだか見た目も、服装も、行動力も元気と一目で察してしまうような女性が、片手をヨッと言うような仕草で挙げて、親しげな挨拶をしようとしていた。ミヨさんと同じような、民族衣装と思われる変わった服の色違いを着ている。ミヨさんの友人だろうか。

「あれ、ミヨじゃない。初めて見る顔だ」
 ミヨさんはまだ台所で料理中だろうか。だから、部屋には俺一人だけがポツンと椅子の上に座っている。

 そんな状況だから、早速俺の存在に気づき目をつけた彼女は、視線を俺にロックオンして近づいてきた。ミヨさんの友人だろうと察した俺は、無難に挨拶をしておく。

「どうも、初めまして。悟と申します。昨日からミヨさんにお世話になっています」
「ミヨのお客さんか。私は、テニ! よろしくね」
 快活な自己紹介。テニさんも、ミヨさんに負けず劣らずの美人だった。そう思って顔を見ていたら、騒がしかった彼女の動きがピタッと止まって、俺の顔をジーっと見つめ返された。
 もしかして、不躾に顔を見すぎて不快にさせてしまった!?

「ん? えぇ? んっー?」
 唸りながら至近距離まで近づいてきて、俺の顔を覗き込んできた。鼻がくっつきそうな距離でジロジロと、俺の眼や鼻や頬や口等を次々に観察し始めたテニさんは、何を考えているのか、そして何と答えるのか予測がつかない。

「貴方、男の人なの?」
「はい、そうですけど?」
 突然、ごくごく当たり前の事を言われて、拍子抜けた返事をする。だが、彼女にとっては当たり前ではない事らしく、目を見開いて驚いていた。

「うっそ!? 初めて男の人を見た、わたし!」
「え? あの、ちょっと。いきなり顔、触らないでください」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」

 彼女が俺の頬にピトッと両手のひらをくっつけてきた。出会ってすぐに、顔を触られるなんて、コレも初めての体験だ、と戸惑いながら彼女の手の触感にドギマギしていた。
 ひんやりしたその手のひらを、スリスリと細かく動かされ頬を撫でられる。

 一体全体何なんだ!? 彼女は何をしている? 混乱して彼女になされるがままにしていた。

 しばらくして満足したのか、手のひらが顔から離されて、俺は一息つく。だが、彼女はまだ止まっていなかった。

「ミヨー! ミヨーッ! 何処!?」
「大声出さなくても聞こえてるって」

 料理を完成させ手に持って運んできたミヨさんが、部屋に入ってきて騒いでいるテニさんと名乗る女性に粗っぽく対応しながら、テーブルの上に出来上がったばかりの料理を並べていく。

「わぁ、美味しそう! ミヨ、今日は朝から豪華ね」
「いつもと変わらないわ」

 ミヨさんとテニさんの言葉のやり取りを横目で見て、どうやら結構親しい友人の様だと感じる。

「で、この男は何処から捕ってきたの?」
「違う。捕ってきてない。森で迷っていたから助けた」
「ふぅーん?」
 質問をしておきながら、ミヨさんの答えに既に興味を失ったような返事をする彼女。

 異世界に来て二人目。魔者と呼ばれているテニさんとの出会いは、こうして慌ただしく行われた。

 

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閑話 初めての接触

 物心がついたときには、既に師匠から魔法を学ぶ毎日だった。

 師匠は、私と同じ魔者と呼ばれる存在であった。以前は一人で森の中に住んでいたけれど、ある時に森のすぐ外に私が捨てられているのを見つけて、拾ってきて育て始めたそう

 捨てられた原因を師匠は、私の魔法使いとしての能力が小さな頃から高くて、赤ん坊の頃には既に魔力を放出できてしまい、その事で赤ん坊の私が魔者であることに気付いた生みの両親が、森の外に持ってきて捨てたのだろうと言っていた。

 魔法の他にも、生きていく上で必要となる言葉や常識を教えてもらい、そして生きていく上で有利になるような算術や歴史の勉強も身につけられるように見て貰っていたため、10歳を過ぎた頃には、一人で生きていくには十分なぐらいの知識と力が身に付いていた。

 師匠からは、常々魔法の有用性と危険性を耳が痛くなるまで繰り返し言われ続けていた。これは、世間から言われている私達の立場である”魔者”という状況がそうさせた。

 私が13歳の時に、師匠は寿命で亡くなった。そして、私は一人ぼっちで生活することになった。
 寂しさは有ったけれど、森の中で出会って仲良くなった友人のジーニや、魔者仲間のアニセが居たから、私は耐えられた。


***


 朝の日課である修行を終えた頃、ジーニが居なくなっている事に気付いた。辺りを軽く見回ったが何処にも居ないので、多分森の何処かで日向ぼっこをしながら昼寝でもしているのだろうと、一足先に家に帰った。

 しばらく、家の中で修行の仕上げをしていると外からジーニの吠える声が聞こえてきたので、家に掛けてある隠遁の魔法を解いて外に出る。

「ジーニ、一体何処に行っていたんだ」
 そう声をかけて近づいていくが、いつもと様子の違うジーニに訝しむ。そして、ジーニの横に誰かが立っているのに、ようやく気付いた。

「キミは……?」
 見慣れない服を身に纏った人。何故、ジーニがこの家に連れて来たのか分からないが、家の場所と私の顔を見られたので、記憶処理をしないとイケナイ。魔法で眠らせてから、この場所に不用意に人を連れて来たジーニに文句を言う。

「ジーニ、何で人をココに連れて来た。面倒が増えるから、いつもの様に森の外に誘導するように言っているのに!」
「グルルルィ」
「何? いつもと違うから連れて来た?」

 確かに、最初の印象で変わった服を着ている奴だと思ったけれど。
「グルル」
「そうじゃない? じゃあどういうことなんだ?」
 ジーニの唸る声に耳を傾けるが、彼女の言っている事は要領を得ない。

「意味がわからない、はっきりと理由を言え」
「グルルッ」
「何だと……!?」
 ジーニがそう吠えて、連れて来た人の股の間に顔を埋めたことでようやく理解した。

「この人は、男なのか!」
 話や絵だけでしか見たことのなかった存在である”男性”。

 家の中に運び込んで、一応念の為に服を脱がせて身体を見てみたら、胸に膨らみが無いまっ平ら、そして股の間に見たことのない器官があった。コレが、男性のみが持つ生殖器だろうか。

「一生縁のないモノだと、思っていたんだけどなぁ……」
 観察を終えて、ベッドで眠っている彼の顔を覗き込む。

 顔を見ていると守ってあげたい、幸せにしてあげたい、というような庇護欲を刺激してくる感覚があった。その感覚は、街に居る金持ち達が、世界に数少ない男性を囲っているという理由を納得させた。

「しかし、不味いなぁ」
 知らずとはいえ男性を魔法で眠らせた。この事実が街の人間に知られたら、私は捕まって罪を着せられるだろう。下手をしたら即処刑もあり得る。

 この男性が、何故この森の中に居たのか分からないけれど、偉い人のお手つきならば言い逃れできないかもしれない。かと言って、魔法を重ねがけして記憶を消し去って森の外に出してしまったら、しばらく逃げられるがバレるかもしれない証拠を増やしてしまう可能性があるし、バレた時に罪がより重くなる。

 一番は、この男性を亡き者にして何もなかったことにする。そうすれば、バレることは殆ど無くなるだろう。けれど、私の胸の奥底から男性を殺すことに強烈な拒否の心が有った。とても、実行する気になれない。

 最後の手段として、やはり目覚めた瞬間に事実を話してから、誠心誠意に謝り許しを請うしか無いだろうか。だが、この男性の性格はどうだろうか。私が魔者だと知って、話し合いに応じてもらえるだろうか。あまり森の外の人間や、
 街の人間との交流がない私。ましてや、男性と話すなんて初めての事で予想がつかない。

 考え事をしている内に、男性の意識が覚醒直前となっていた。そして……。

 

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第05話 夜

 外も暗くなっていて、今から森を抜けて街に出るのは危険だと言われたので、ミヨと名乗る少女の家に一泊させてもらう事になった。

 そして今は、その一泊させてくれるという家の中を案内してもらいながら、各部屋を見せてもらっていた。
 建物は二階建てになっていて、一階には玄関、出入り口から広間、キッチン、小部屋が幾つか、二階に上がると、ソコにも小部屋が幾つかと、俺が寝かされていたベッドの置いてある寝室が有る。普通の住宅街にある一軒家ぐらいの大きさだろうか。

 ところで、寝室が二階に有るということは、俺は気絶してから彼女に担がれて二階の寝室部屋に運び込まれたということだろうか。男として、女性に担がれて寝室まで連れて行かれるなんて、すごく恥ずかしく思ったりもしたが、あまり気にしないようにしておく。

「どの部屋も、とても綺麗にされてるんですね」
「一人暮らしで物があまり有りませんから。それに、師匠の言い付けで毎日簡単にですが掃除しているんで」

 ミヨさんの言うとおり、どの部屋も家具などがあまり無く広々としている。そして家具が少ないことに寄って、部屋の掃除は楽そうではある。
 どの部屋も、塵埃が無くかなり清潔にしているようで、本当に毎日掃除をしているようだった。
 建物を見て回っている時に感じたのは、田舎に有るおじいちゃんの木造の家を思い出すような古臭い感じがあったけれど、清潔感はミヨの家の方が有りそうだった。
 彼女の言うとおり一人で暮らしているようで、建物は広くて数人が住めるぐらいの部屋は有るようだけれど、実際にはミヨさん以外に誰も住んでいる様子は見当たらなかった。
 一点、気になったのは……。

「師匠、というのは?」
「私に魔法とか、色々と教えてくれた人です。もう死んじゃったから、居ないけど」
「あ……。ごめんなさい、知らなくて……。えっと」
「大丈夫です。貴方が気にしなくても、私も気にしてませんから」
 あまりにも平静で、淡々と話す彼女。本当に気にしていないようで、寂しそうといった感情も無く落ち着いたものだった。だが、自分の興味を優先して考えなしに不躾な質問をしてしまった俺は暫く反省していた。
 そうしている内に、部屋の案内も終わった。


***


 部屋を一通り見回った後は、夕食も頂く事に。
 寝床をお世話になって、更に食事まで面倒を見てもらうなんて、無一文な俺には恩を返せるモノも予定も無いので、と食事について一度遠慮したけれど、ミヨさんはこう答えてくれた。

「良いです。私も見返りを求めて、貴方を助けてるんじゃ有りませんから」
「ありがとうございます」

 本当に良い人に助けてもらった、自分の幸運を喜びながら彼女に感謝をした。一度遠慮はしたものの、実際は腹がかなり減っていたから飯を出して貰わなかったら、実は大分困った事になっていたので、本当に助かった。

 少しでも何か自分にできることは無いか、そう思って料理の手伝いを申し出たら、遠回しに邪魔になるからと断られてしまったので、邪魔にならないように静かに一人で完成するまで待つことに。

 ミヨさんが料理を作る様子を後ろから見ていると、魔法を駆使して野菜を洗ったり、食材を切ったり、火を起こしたりと器用に魔法を使って料理を行っていたので、その時点で断られた理由をハッキリと理解した。確かにアレが出来るのであれば、少しの手伝いも必要ないだろう。
 しかし、魔法を使って料理が出来るなんて、他にも色々と応用できそうで便利なものなんだなと、羨ましくも思った。


「出来上がりました、どうぞ召し上がってください」
「ありがとうございます。頂きます」
 ツルツルな手触りの良い木で出来たボウルに、料理が盛り付けられている物がテーブルの上に並べられていく。
 サラダに、骨付き鶏肉の丸焼き、琥珀色のスープに、焼き魚に、焼きたてのようなパンと色とりどりだ。見た目から美味しそうで、長時間何も食べられていなかった腹が視覚と嗅覚で刺激される。

 まずサラダから手につけて、スープを飲み、肉と魚を食べながらパンを頂く。現代食の濃い味に慣れていた俺の舌にとって、ミラさんの料理は少し薄味に感じたけれど、あっさりとした味わいの中に素材の味や香りがしっかりと立っていて、物足りなさが一切無い。簡潔に言うと、かなり美味かった。

「これ、すごく美味しいですよ!」
「それは、良かったです。ドンドン食べてください」

 食べるのに夢中になっていて、食事中は会話もなく静かに進んでいった。料理は美味く、ほぼ一日食事が出来ていなかったこともあり、気付けば過去最高と言って良いくらいの量をあっさりと平らげてしまっていた。

 食べ終わった頃になって、ミラさんにドンドン食べるようにと許可されはしたが、本当に満腹まで遠慮なく食べてしまったことに、またもや反省してしまう。

「食べ過ぎてしまいました。すみません」
「人に料理を食べてもらうのは久しぶりでしたし、美味しそうに食べて下さったので嬉しかったです」

 ミラさんの優しい人柄にふれて、自分の遠慮の無さを反省する一方だった。そして、改めて彼女のような人に助けてもらった自分は、幸いだったと感じる。


 夕食も終えて、後は寝るだけ。俺は、先ほど目を覚ました部屋に案内されて、ソコで休むように言われた。

「この部屋を、自由に使ってください」
 そう言ってから、ミラさんはベッドに向かって指差し、何かを唱えた。すると、ベッドが白い光に包まれて、そして直ぐに光が消える。
 見たところ、魔法を使って何かしたようだったけれど、ベッドの見た目には何も変わりはない。

「魔法で、一応綺麗にしておきました。私が使っている物で申し訳ないのですが、このベッドでお休みになってください」
「そうですか、わざわざありがとございます。ところで、ミラさんは何処でお休みになるんですか?」
「私の事は気になさらず」

 俺の言葉に、表情を一切変化させずに言い切るミラさん。先ほど建物を見て回った時には、他の部屋にベッドが置いてあるようには見えなかった。それに彼女は、いつも使っているベッド、と言っていた。つまり、彼女はベッドを使わず床か椅子で休むつもりだろうか。
 
「いやいや、色々と助けてもらってベッドまで奪ってしまうなんて心苦しいです。俺は床で十分なんで、ミラさんがベッドで」
「いえ、男性の方を床に眠らせるなんてあり得ません。ベッドは貴方が使ってください」
「それこそ、女性が床で寝るなんて考えられません。本来の持ち主であるミラさんが、ベッドを使ってください」
「サトルさんが」「ミラさんが」

 ベッドの譲り合いは十分ほど続いたが、どちらがどちらにもベッドを使うべきだと主張していて意見を変えようとしない。


「じゃぁ、一緒に寝ますか?」
「それでお願いします」
「え?」

 譲り合いで疲れた俺の、ちょっとした冗談だった一言が、一瞬の内に採用された。そして、気付いたらベッドに寝かされ、その横にミラさんが潜り込んでいた。本当に気付いたらそうなっていたので、コレも魔法なのか……。だが、しかし。

「オヤスミなさい」
「え?」

 その一言で部屋の明かりが消されて、一瞬で辺りが暗くなる。冗談だと言う前に既に、全てのことが済んでしまっていた。

 顔をミラさんが横になっている方向へ向けて、今の言葉は冗談だったと言おうとしたけれど、もう彼女は目をつぶって既に寝る体制。いまのさっきで、まだ起きているだろうけれど、声をかけるのに躊躇してしまう様な雰囲気があった。

「良いのかなぁ……」
 まさか採用されるとは思っていなかった冗談だったのに、ベッドの上には二人が横になって一緒。肩と肩が触れ合う具合な程に接近している状況だった。

 しかし、どっちがベッドで寝るかの譲り合いに、あの後も結論は出なさそうだったし、ミラさんの様な美少女と一緒のベッドで寝ることは、役得と言う奴だと自分を納得させる。

 しばらくは、隣に女性が寝ているという未知の状況に緊張していたけれど、思った以上に消耗していたのか、眠りがあっさりやって来て簡単に睡眠に入ることが出来た。

 

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第04話 現状認識

 これまでの経緯を彼女に話してみた。何も分からないままに、気がついた時には森の中に一人で居た事。居場所も分からず、森の中で彷徨っていた事を説明すると、今居る場所辺りの事を改めて詳しく教えてもらう事になった。

「ココは、ヴォルトゥトゥスと呼ばれる国のアルパン地方と呼ばれる場所です。今は、
アリーヌ様がこの地を治めていると聞いています。どれか、聞き覚えは無いですか?」
「ごめんなさい、どれも聞いた事の無い名前ですね」

 場所の説明を受けても、やはり覚えがないのでその通り正直に伝える。彼女はなんと言えばいいのか分からない、という表情をして困っていた。
 今度は反対に、俺の住んでいた日本について、住んでいた県や町の名前、家が有る場所の住所等を説明してみたけれど、当然彼女は知らないと答えて更に困ったという表情をしてしまった。

 お互いに出す情報に全く引っかかりが無くて、弱ってしまう。そこで、思い切って俺の感じた予想について話してみることにした。この世界が、自分の知っているモノとは全然違う、異世界なのではないか? という予想について。

 やはりと言うべきなのか、まさかと言うべきなのか、彼女からの返答は思い当たるフシがあるという物だった。

「過去に、迷い人と呼ばれる存在が居たと言い伝えられています。その迷い人とは、記憶を失って自分の住んでいた場所に帰れなくなってしまった、という人の事を指していて、今の貴方と同じように誰も知らない国の名前や町の名前、歴史の流れや偉人の名前を挙げていったそうです。そして迷う人の性別は、やはり貴方と同じ男性だった。だから最終的には、時の権力者に保護され一生を幸せに暮らしたと言われています」
「確かに、今の俺と似たような感じだ」

 記憶を失ってと言うのは、先ほど俺が体験した知らない間に森の中に居た状況に重なっているし、国や町の名前を言い合っても噛み合わないという状況は、今の会話のソレと酷似しているように思える。後半部分の、保護された、や一生幸せに暮らしたというのは、分からないけれど。

 こうして彼女と会話をしていく内に、この世界の常識を教えてもらうことになった。その話の中で特に驚いたのが、魔法に関する話について。この世界には、ファンタジーな世界よろしく魔法が存在しているらしい。

「この世界には、魔法が有るんですか?」
「はい、有ります。……私も、簡単に使うことが出来きます」

 そう言って、彼女は右手を自分の顔の横に持って行って掌を天井に向けた。そうすると、彼女の掌から5センチほど浮いた空間に、一瞬で右掌からソフトボール程の大きさの火の玉をブワッと何かが燃えた音を立てて、発現させた。

 様子をじっくり見ていたけれど、ライターみたいな道具は何も使わず、マジックのように種が有るようにも見えず、本当にあっさりと火の玉を空中に発現させるのを見せられて、魔法が存在している事実を信じるしか無かった。

 そして、火の魔法を直ぐに消すと、彼女は苦々しい顔をして話を続けた。
「こういう力を持つ人を、魔者と呼んでいます」
「まもの?」
「はい、そうです。普通の人間は持たない力、魔の力を持つ者という意味で、魔者と呼ばれています」

 その時の俺は、彼女が何故そのように顔を歪めたのかを正しくは理解していなかった。ただ、単純に魔法が存在している事実に驚き、自分にも使えないだろうかと考えていただけだった。

「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでした。俺は、悟と言います」
「あの、名前を教えてもらっても良かったのですか?」
「え? 大丈夫ですよ。色々とあなたに教えてもらって、だいぶ助かりましたから。だから、名前ぐらいは」
「いえ、説明不足でした。この世界で貴方は自分の名前を無闇矢鱈と教えるべきでは無いです。……ただ、教えてもらったことは嬉しく思います。私の名前は、ミヨといいます」

 彼女のミヨという名前を忘れないようにと、頭の中で何度か繰り返す。
 それと、お礼だけは改めて言っておかないと。

「ミヨさん、助けてくれてありがとうございました」
「え?」
 困惑している彼女に、説明を加える。

「ジーニと呼んでいる、あの子に助けて貰って居なかったら、今頃俺はまだ森の中で彷徨っていました。もしかしたら、そのまま遭難して死んでいたかもしれません。ソレに、その後も色々と教えてもらって。だから、ありがとうございました」
「あの子が、そして私も、貴方の助けになって良かったです」

 心の底から、ありがとう、とそう思う。あそこで出会わなければ、本当に森の中を何時間、何十時間も歩くことになっていただろう。山を歩き慣れていない俺は、場合によっては身体に怪我をして歩けなくなったかも知れない。更に、装備道具は何もなく食べ物も獣を狩ったり生えている物を選別したり出来ないから、餓死して死んでいただろう。

 ネガティブな想像は既に無意味だけれど、そう考えずには居られないような最悪な状況だった。

「助けてもらってついでに、悪いのですが森の外へ行く道を案内していただけませんか?」
 どうやら彼女だけの一人暮らしをしているらしいので、家からはなるべく早く出て行ったほうが良いだろうと判断。
 もうコレ以上、彼女にお世話になる事は心苦しいのだけれど、土地勘の無い、ましてや森の中という道が一段と分かりにくい場所なので、案内無しでは絶対に遭難してしまう。だから、恥を忍んで案内をお願いをしてみた。

「……森の外へ、出るつもりですか?」
「なるべく早く出ようと思っています。可能なら今すぐにでも」
「今日は、もう遅いです。今から外に出るのは危険ですから、一晩この家でおやすみになってください」

 結局、ミヨの好意を受け取り一晩だけ過ごさせてもらう事にしたのだけれど、最終的には一晩どころか、しばらく一緒に暮らすことになった。

 

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第03話 ベッドの上で

 目が覚めたら、今度は硬い土の上ではなく、柔らかいベッドの上で横になっていた。自宅にある自分の部屋の天井のクロスではない、見覚えのない木造の天井だった。コンクリートで造られたような、病院の病室でも無さそうだ。

 今度は、一体全体どうなったんだと記憶を探ってみたら、森の中で目覚めた時とは違ってしっかりと記憶が残っていたので、経緯についてはある程度の予測ができるぐらいの状態だった。

 たしか、白い獣の背に乗せてもらって、カモフラージュされた建物の前に連れて来られた。その建物の中から出てきた女の子を見て、急激な眠気に襲われたんだったか。最後には、気を失うように倒れて眠ってしまった。
 眠ってしまった俺を、あの建物の中に運び込んでくれたのだろうか。

 あんなに不意に来る眠気を今まで感じた事はなかったし、立った状態から倒れるように眠ってしまった事も、初めての経験だった。
 見知らぬ森の中で目を覚ました事、記憶も曖昧なまま不安を感じながら森をさまよった事、そして白い獣との遭遇。それらの出来事によって、自分は思っていた以上に疲れてが溜まっていたのか、それとも見知らぬ場所に不安や危機感で精神が張り詰めていたから、人と出会って緊張が一気に緩んでしまったからなのか。


 そして、何故か俺は全裸になっていた事に気付いた。ベッドに手をついて上半身を起こしたら、掛かっていたシーツがずれた為に、上に学ランもシャツも何も着ていないことに気付いた。下半身にも違和感を感じたので、急いでシーツをめくって見てみるとズボンもパンツも履いていなかった。

 一体、誰に脱がされたのか。気になりつつ辺りを見回すと、ベッドのすぐ側に置いてあるサイドテーブル、その上に綺麗に折りたたまれた俺の服が有ったので手に取る。

 ベッドから全裸のまま降りて、手に取ったパンツをグイとゴムを広げて、足を通そうとした所で気がついた。

 俺の視線の先には、地べたに正座をしてこちらを凝視している女の子。気絶するように眠ってしまう前、カモフラージュされた建物から出てきた女の子だ。
 気づいていないまま着替えを始めようとして、その女の子に全裸をバッチリ見られてしまった。

 慌てず騒がず冷静を装いながら、手に持っていたパンツだけ素早く履く。彼女にはまだ声を掛けずに無言のまま。他の衣類は身につけず、すぐにベッドに戻った。そうしてから、シーツに包まって首から下の身体を隠して、俺を凝視している女の子にようやく問いかける。

「何で居るんですか?」
 助けてくれた人なのかもしれず、いきなり失礼かもしれないと思ったけれど、そう言わずにはいられなかった。

「申し訳ございませんでしたッ!」

 問いかけの答えとは違う、謝罪が返ってきた。しかも、地面に頭をこすりつけ背を低くして、土下座の形だった。何に対してなのか、意味もわからないままに女の子を土下座させるなんて、罪悪感が凄い。

「ちょ、ちょっと、頭を上げて! 訳が分からないから、説明してください。何に対して謝ってるんですか?」
 彼女は、恐る恐ると言った感じで頭を上げた。そして、話し始めた。

「ジーニ、あの真っ白毛のトウラが連れてきた貴方を、ただの人間だと思って。私は顔を見られたと思ったから、眠らせて記憶を消してから森の外に出そうと考えていました。けれど、あなたが男性なのに気付いて、それで……」
「は、はぁ?」
 女の子の言葉が途切れる。説明してくれている事を聞いても、意味が分からなかった。

 ジーニとは、あの白い獣の名前だろう。しかし、眠らせて? 記憶を消して? 俺が男だったから? とりあえず、こちらから質問をして状況把握を務める事に。

「教えて下さい。ココは何処なんですか?」
「……アルパンの近くにある森、その森の中にある私の家です」
「アルパン? 都道府県で言ったら何処になるんですか?」
「とどうふけん? 私の知らない土地の表し方で、どう説明したら良いのかわからないです。申し訳ありません」
「あ! 良いんです、大丈夫です! だから、頭は下げないで大丈夫ですから!」

 目の前の女の子は、見た目は外国人のような容姿をしているが、綺麗な声で流暢な日本語を話している。なのに、都道府県が通じないというチグハグな状態だ。もしかして、今居る場所は、日本ではないのか。更に突っ込んで、質問を繰り返す。

「ココって、日本じゃないんですか?」
「にほん?」
「国の名前です。聞き覚えは無いですか?」
「私達が今居る国は、ヴォルトゥトゥスと呼ばれています。”にほん”という国の名は、聞いたことが無いです」
「ヴ、ヴォルトゥトゥス、ですか?」
「はい、そうです」

 お互いがお互いの国の名前を認識していなかった。ヴォルトゥトゥスなんて国の名に、一切の聞き覚えはなかった。俺は世界の国の名を全て完璧に覚えていない訳ではないから、知らないだけなのかもしれないけれど、割と特徴的だと思う名前なのに全く聞き覚えの無い、僅かでも感じる事が無いなんてあり得るだろうか。


 そして、俺の頭の中に唐突に荒唐無稽な考えが浮かんで、ゾッとするような、背筋が凍るような寒気を感じた。

 見た目は死を覚悟させるような獰猛な動物に見えるのに、人懐こくて人の言葉を理解しているような様子を見せる獣。
 聞き覚えのない国の名前や、土地の名前。
 目を覚ましたら見知らぬ土地に居た、という現実離れした展開の数々。
 
 俺の頭の中に、異世界という言葉が浮かんでいた。

 

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第02話 森の中の少女

 森の中をさまよった結果、突然に遭遇してしまった白いトラのように見える獣。

 その獣に対して俺は、打つ手もなく目をつぶって現実逃避するしか無かった。現代日本に、あんな大きなトラが自由に闊歩しているなんておかしい。そもそも、装備も道具もなく山の中に居る自分もオカシイ。つまり、今は現実じゃない。

 閉じた目を、再び開いた時には夢から覚めて、いつも通りに自宅のベッドの上で目が覚める。そして、いつもの日常が始まる。そう期待して。

 だがしかし、目をつぶった所で現状が変わる様子は無かった。

 むしろ、目を閉じたことで巨大な獣の圧迫されるような存在感を肌で感じてしまい、ドシリドシリと獣が歩くたびに大きな音が耳に入ってくることで、徐々に獣が近づいてきている事を強制的に理解させられ、恐怖が最大限に高まった。

 徐々に近づいてくる獣の様子を肌で感じて、閉じた目の暗闇に耐え切れずに、すぐに目を開けてしまう。
 けれど状況は、さらに最悪へと向かっていた。

 もう手を伸ばしたら届いてしまうという距離まで、その白い獣がズイと近づいて来ていたから。更に、獣が口を大きく開けているのが視界に入った。

 閉じていた目を、開いた次の瞬間に悲鳴を上げそうになったが、俺の口からは空気の漏れる音しか出なかった。と言うか、肝を潰して声も出なかったという方が正しいか。

 獣の口の上あごに生えている2本の歯、その鋭く尖った牙が妙に目についた。あの牙が、俺の頭にガブリと突き立てられるのだろうか。そうしたら、俺は獣に食われて生涯を終える。そういう未来を、予想してしまった。


 だが、俺が想像したような最悪な未来は予想に反して訪れなかった。何故か、その獣はザラザラとした舌を伸ばして、俺の顔を舐めだした。

「え?」
 獣の予想外の行動によって俺の口から、まさに呆気にとられたという声が無意識に出ていた。
 そして不思議なことに、獣の舌で舐められるという行動によって目の前に居る獣は俺を食べるつもりは無い事を何とは無しに理解して、先程まで感じていた恐怖や不安がスーッと一気に消えた。

「俺を食わないのか?」
 感じていた獣への抵抗も無くなって、ごくごく自然に犬猫を撫でる様な感覚と同じように、巨大な獣の頭頂部に手を当て撫でながら問いかける。
 すると、獣がグルルゥと喉を鳴らして、その後に問いかけを肯定するかのように頷いて見えた。

「危害を加えないのか?」
 再度問いかけると、獣の舌がペロリと俺の顔を再び舐めた。その通りだ、と主張するかのような仕草。問いかけの反応を見ると、どうやら俺の発する言葉の意味を理解しているようだった。


***

 その後に白い獣は、俺に向かって背に乗れと言わんばかりに身体を前傾姿勢にしたので、そのまま背に乗せてもらった。すると、白い獣は歩き出したので、目的も分からないまま何処かへと連れて行ってもらう事になった。

 白い獣の背に乗って、少しゴワゴワとした固めの毛をの感触を足や腕、顔にも感じつつ、身体全体で白い獣の背中からずり落ちないように捕まっていた。その様子を傍から見るような想像をすると、昔見たアニメ映画の1シーンを思い出したりしながら、白い獣にしがみついて到着するのを待った。


 しばらく歩いて元の道も分からなくなるぐらいの頃、まだ抜けない森の中で突然立ち止まった白い獣。

「ココで到着か?」
「グルルルルルゥ」
 どうやら、肯定という意味を示すと思う唸り声を返される。そして、白い獣は再び前傾姿勢になって、ココで背から下りろと指示される。すぐ俺が背から降りると、白い獣は犬のような遠吠えを行った。

 一体何があるのだろうか。辺りは樹に囲まれた何の変哲もない森にしか見えない。と観察を続けていると、目の前にカモフラージュされている小さな建物がある事に気付いた。

 深緑色に塗られた屋根や、茶色で作られている外壁、その壁には蔦が絡まったりしていて、遠くからなら一瞬見ただけでは見逃してしまいそうな外観をしている。
 
 だが近寄っていけば、その建物の存在なら節穴でない限りは気付けるぐらいの見た目をしていると思う。 
 白い獣の背に乗って到着した瞬間には、その存在に気付けずに居た。単純に見逃していた? そういえば、横に座った白の獣が遠吠えをした後から見えるようになったような……。

 考え事をしていると、目の前にある建物の扉がバンと音を立てて開かれた。

「ジーニ、一体何処に行っていたんだ」

 扉を開いて中から出てきたのは、女の子だった。年は、見た目は10代の学生だろうと思う。流暢な日本語を話している様子だが、顔や髪の色を見た限りでは日本人では無いように見える。
 彼女の顔は彫りの深く、目鼻立ちがクッキリとした美人だった。髪の毛の色も、太陽光に照らされキラキラと輝く白金。遠くから見た限りでは、髪に傷みはなく染めたりしていない天然の物だと思う。

 森の中に、ひっそりとしている建物の中から出てくる人物の先入観から、屈強な山男のような人が出てくるのでは、と思っていた。けれど、蓋を開けてみれば俺と同い年位の女の子。少し意外で、驚いていた。

 彼女の身に着けている衣装も見慣れた洋服ではなく、民族衣装と呼ばれるような物なのか、特徴的な装飾を首元や袖に色々と施された、一般的にワンピースに分類されるような上下が一体となった服を身にまとっている。

 ゆっくりと歩いて近づいて来る少女は、ジーニと呼んだ白い獣にしか視線を向けず、俺に気付いている様子は無かった。
 すると、白い獣がグルルァと小さく女の子に向けて吠えてから、次に俺の方に視線を向けた。視線をたどる先に立っている俺を見て、ようやく彼女は俺の存在に気付いたようだった。

「キミは……?」
「あっ、俺は」

 立ち止まり怪訝な顔をした女の子に対して、怪しいものではないと主張するため、自己紹介と自分でわかっている範囲での経緯を答えようとした瞬間、いきなり何故か眠気が襲ってきた。

「あ、あれ?」
 頭がフラフラ。まぶたが自分の意志とは関係なく、閉じようとする。そして、膝がガクッと力が抜けて身体が倒れてしまう。白い獣の横っ腹が、視界いっぱいに。そのままぶつかりそうになる瞬間、俺の意識はプツンと切れてしまった。

 

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第01話 不思議な森の中

 気がついた時には、何故か見知らぬ森の中に倒れていた。

 森の中で倒れていた経緯が分からない俺は、すぐにその状況を理解できないままにゴロンと横になったまま。
 目線は上に、木の葉の間から見える青い空を見上げて暫く考えて見たけれど、やっぱり分からないまま。

 とりあえず横になっていた身体を起こして、その場にあぐらをかいて座ってみた。そうして、首を動かし辺りをキョロキョロと見回してみるが、樹に草に土の地面だけしか見当たらない。座ったままで目線が低くて草も生い茂っていて先が見通せないが、遠くの方まで森が続いているのは見える。

 家の近所には、こんなにも緑豊かな公園やら森林は無かった筈で、周りを見ただけでは自分の居場所が特定できなかった。もしかしたら、想像しているよりもかなり遠くまで来ているのだろうか。しかし、何時の間に? 何故?

 辺りはしんと静まり返っていて、季節は夏なのに顔に当たる空気は冷たく感じていた。スッと爽やかになる森特有の匂いを感じて、耳を澄ませば、時折チャッチャッチャッという鳥の鳴く声なのか何か分からない音が遠くの方から聞こえてきたり、ザワザワザワと風で木の葉が揺られて鳴っている音が聞こえてきた。非常に気分が落ち着くような、神聖な気持ちになるれるような空間が広がっていた。

 辺りを見回した限りでは、近くに自分以外に人が見当たらないし気配すらしない。

 左右に降っていた視線を、今度は上に。空を見上げたら、寝転んで見たのと同じように、木々に生える葉っぱの間から青空が見えた。正確な時間は分からないけれど、夕方や夜で無いことだけは分かった。

 夢の中に居るのでは無いかと疑った時のお決まりとして、自分の頬をグイッとつまんでひねってみたけれど、つねった部分が痛くなっただけで状況に変化はない。どうやら、夢では無いらしい。

「ん~?」

 地面に座ったまま、腕を組んでうねる。何故、俺は森のなかに居たのか、しかも倒れて横になっていたのか、そして見たことの無いココは何処なのか。

 思い出せる限りに思い出してみる。

 いつもの様に学校に行って、いつもの様に授業を受けて勉強して、いつもの様に部活に参加して、部活仲間と帰る途中だった。

 帰宅の途中までで友人たちと別れて、もうすぐ家に到着するという頃。一人になって無言のままに、色々と考え事をしながら歩いていた。部活が無い日に入っている、バイトの給料日が近くて、陸上部だった俺は新しいスポーツシューズが欲しいな、と自分の足元を見て新しい物を買おうか検討していた。
 という所までの記憶は有る。

 だが、それからの記憶を辿ってみるが答えは出てこない。多分この後に何か起こって、この場所に連れてこられたと考えてみるけれど……。
 それとも、今思い出した記憶は見当違いな経緯でこの場所にいるのか?

 改めて今の自分の姿を見てみると、黒色のの学ランに、少し汚れた青のランニングシューズという格好。学校、部活帰りの途中で記憶通りの何時もの服装。明らかに森の中に居るには似つかわしくない、というような身なりだった。

 俺は誘拐されたのだろうか、と思い至った。けれど、今座っている場所の周りには誘拐犯と思われる人は居ない。身体を拘束されてもいない、自由に動ける状態だった。
 そもそも、ウチは一般家庭で取れる身代金もたかが知れていると思う。俺を、誘拐の目的とするようなメリットが思い付かない。

 近くに誰か人さえ居たら、いの一番に質問して解説を要求しているのに、人が見当たらないからソレも出来ない。

 格好から考えるとハイキングに来て、道中で足を踏み外してから、坂を転げ落ちて地面か石かに頭を打って記憶喪失した、という訳でも無さそうだ。

 そして、ようやく気付いた。肩に背負っていたハズの荷物は見当たらない。学ランのポケットに仕舞っていた財布やスマートフォンも失くしてしまったようだ。無一文で着の身着のまま、俺は森の中に居る。

「一体、どうしろっていうんだ?」
 声に出して自分自身に聞いてみたけれど、何も納得の行くような答えは浮かばなかった。


 こんな場所で考えていても仕方ないか、と思って組んでいた腕を解き立ち上がる。色々と謎は解けないままだったけれど、とにかく自分が今いる場所は何処かという事を知るために、足を動かし人を探して情報を集めよう。

 情報が何一つ無いので、勘に頼って町が有りそうだなと思う方向を適当に決めてから、俺は歩き出した。


***


 不用意に歩き出してしまった事を、10分後には後悔していた。

 俺の目の前には今、グルルと低く唸るトラのように見える巨大な白い獣が居た。大きさは目測で4メートルを超えるように見える大型で、猫のような三角の耳が頭の上にあり、鼻と口の周りには立派なヒゲがピンと広がっている。そして、肉食動物特有のシャープな瞳が俺を射抜いていた。

 その瞳から放たれる鋭い眼光によって、俺はその獣から一瞬でも目を離し、背を向けて逃げ出すという事は出来そうに無かった。コンマ一秒でも目を離した次の瞬間には、飛びかかってくるのではないか、警戒し心臓がドクドクと緊張を感じていたからだ。

 そしてもう一つ、緊張と恐怖によって足が地面に根を張ったように動かなくなっていた。つまり、後ずさりする事すら出来ずに直立不動となって逃げ出せず、という状態。

 こうなった経緯について。行き先を決めず勘を頼りに足場の悪い道を無理やり進んで行って、視界も悪いままにもなんとか進んでいると、突然広場となっている場所に出てきた。小休憩できると気を抜いた瞬間に、視界の端に何か白い大きなものが見えた。

 何かな? と気になって目を向け近づこうとしたら、横たわっていた巨大な獣が立ち上がろう、という瞬間だった。

 一瞬で俺の頭は混乱して、見た状況を一体何なのかすぐには理解できなかった。けれど、獣が四足で立ち上がり瞳が完全に俺の方を向いた事で、動物であり肉食のようだという認識が働いた。そして、警戒心が遅れてやってきた。

 巨大な獣に今にも食い殺されるのではないか? こんな状況になって、なんとか生き残る術が無いか頭を働かせるが、案の定何も思いつかなかった。そして、何でこんな事になったのかという疑問と後悔だけが、思考を占めていった。不用意に歩いまわらずに、救助を待ってあの場所に留まっている方が安全だった。

 こんな訳のわからない場所で、訳のわからない白い獣に襲われるという状況。現代の日本では動物園以外では普通お目にかかれない、かかりたくない巨大な獣が目の前に。そして、このあり得ない状況について、現実では無いのだという結論に俺は至った。

 つまり、見たことの無い森も、頬を抓った痛みも、目の前に居る巨大な獣も現実ではない。
 改めてコレは夢だと思いながらゆっくりと目を閉じた。再び目を開いた時にどうか、自分の部屋で目を覚ましていることを期待して。

 

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