第55話 アイドルデビュー

 Chroma-Keyは5人のメンバーがようやく揃って、それから約半年ちょっとの月日が経っていた。

 緑間拓海が無事に前事務所からアイオニス事務所に移籍が完了して、三喜田社長が当初から予定していた5人組となってChroma-Keyというグループはデビューにこぎ着けた。

 そして、デビュー発表と共に初のライブイベントを早速開催するという告知も行って、そのために初ライブが目前に迫っているという状況。

 だがしかし、ココに来てアビリティズ事務所の社長である金森が再び邪魔立てをして、俺たちのライブを妨害しようとしていた。彼はメディア各所にお得意の根回しをして、Chroma-Keyのデビューとなる初ライブが開催という情報を一切流さないようにと要請していたのだ。

 これでは、世間の人たちに初ライブを行う事を知らせられないのでライブにはお客さんが来ない、会場を埋められないから初ライブは失敗に終わってしまうかも、と俺たちは危惧していた。

 けれども、結果は何の問題もなくChroma-Keyデビューのライブチケットは即日完売していた。それは何故かと言えば。

 実は、今までの下積み時代で密かにファンを増やしていたらしい、俺と剛輝。そして、俳優としての活躍で元々からファンが居る拓海。そんな人達からチケットを買ってもらって、特に事前の宣伝も必要ないくらいには支障がなかった。

 その他にも、テレビや雑誌などのメディアとは関係の薄いインターネットを駆使して独自に動いて宣伝活動をしてみた、と言ってお客さんを集めてみせた舞黒。

 そして龍二も、財閥の御曹司として持っている独自の関係から広めていった情報によって、それを聞いた彼の家に関係する企業グループや取引先の関係者というような、社会人のお客さんも沢山やって来ていた。

 デビューして初ライブだというのに既に多くの人達が俺たちの事を知ってくれていて、テレビや雑誌などで情報を流さなかったというのに、チケットは完売。

 わざわざ事前に宣伝をする必要がなく、むしろアイドルの初ライブとしては前例がない程にチケットが売れてしまうという結果になっていた。


***


 そして今日がようやく、初ライブ本番の日。ステージ裏で待機中の俺たち5人。既に衣装に着替えて、開始の時間が来ればステージに出ていくという直前である。

 今まではバックダンサーとしてライブを盛り上げる役として頑張っていたけれども、今日はステージの中央に立って主役として活躍する。久々に勇み立つと言うべきか、気持ちが高ぶる場所で働けると俺は気合い充分だった。

 しかし他の4人、剛輝たちは緊張した面持ちで立っているのもやっとだというような感じであり、大丈夫だろうかと心配になってくる。

「大丈夫?」
 思わずそのまま、ストレートにそう剛輝へ問いかけてしまう。それほど心配になるぐらい、彼は顔を青くさせて、焦点の合わない視線に不安げな表情を浮かべている。

「あ、ああ。うん、だ、大丈夫や」
 珍しいことに剛輝が緊張していて、危なっかしかった。今まで一緒に何度もステージには出ているし、経験も有るから大丈夫だと思っていたけれどコレは心配だ。

 何故、剛輝はそんなに緊張しているのかを自分で分析していて、その理由を説明してくれた。

「やっぱ、自分がメインになるって考えると緊張してまうわ。先輩らは、よくこんな中で出来てたなって思うねん。今更やけど」

 そんな弱音まで吐いて、いよいよ危なそうだ。しかし、剛輝以外にも緊張の表情を浮かべているのは優人と龍二の2人。

「賢人くん。今までいっぱい練習したけど、やっぱり駄目かもしれないです」

 この半年間で死ぬほどに練習を繰り替えして能力を高めてきた優人は、しかし直前になって気弱になっている。

「僕も、失敗してしまいそうで怖い」

 龍二も優人に影響されてしまったかのように、失敗したらどうしよう、と強いプレッシャーを感じているみたいだった。

「拓海は、大丈夫?」
「僕も、ちょっと危ないかなぁ。舞台でたくさん経験しているはずなのに、デビューするって考えたら震えてきたよ」

 舞台役者とアイドルは、やはり別物なのだろう。それとも、アイドルとしてのデビューで、初めての事だから彼は緊張しているのか。

 確かに拓海本人の申告どおり、本番前の緊張のせいで身体がわずかに震えている。表情は平気そうにして不安を隠せているが、身体は反応してしまっているということだろう。

 そんな中で、俺だけ1人平気に立てていた。初ライブで緊張している皆が普通で、平気な俺のほうがオカシイんだろうけれど、Chroma-Keyのリーダーとしては好都合だった。

 もうすぐライブが始まる直前になって、Chroma-Keyのリーダーである俺は皆を集めて、やる気を鼓舞する事に。

「ちょっと皆、こっちに来て。肩を組んで」

 5人が集まって、輪をつくり肩組み円陣を行う。これから始まるライブを一緒に頑張ろうと、彼らの緊張を少しでもほぐそうと声出しをする為に。

「両足をしっかり地面につけて、皆で一緒に声を出すよ」

 俺の言葉に彼らはしっかりと頷いて、聞いてくれていることが分かる。肩を組んで間近になった彼らの表情を、じっくりと観察して確認していく。

 肩を組み合って身近にお互いを感じた結果だろうか、ココに来て覚悟を決めたのか剛輝たちの表情から不安が薄れているように見える。そうだ、俺達は5人組だから全員が一丸となって頑張れば大丈夫だ。

「日本中から注目されるようなアイドルとなれるよう、今日のライブに皆で一緒に臨もう。さあいこう!」
「「「「おう!」」」

 ライブが開催される直前、会場のステージ裏に俺たち5人の声が響き渡った。

 こうして、ようやく俺は4人の仲間たちと一緒にChroma-Keyというグループとなって、アイドルデビューを果たしたのだった。

【第一部完】

 

 

第54話 5人揃って

 5人目のメンバーとなる浅黄龍二という人物が財閥の御曹司であると聞いて、怒ってしまった剛輝。金を出してメンバーの座を取ったと考えて怒ったようだったが、しかし実際は龍二くんの能力について確認してみたところ、特に問題は無さそうだった。

 むしろ、色々と彼なりに努力しているようだったのでChroma-Keyのメンバーとして一緒に頑張っていけるだろうと俺は思った。

 その事について剛輝に話そうと思ったけれど、彼は意固地になって俺の呼びかけにも応じず、話を聞いてくれない強固な態度であった。

 このまま暫く時間を置いて剛輝の怒りが静まるのを待とうと考えてもみたけれど、それが何時になるのか解決の目処が立たない。

 そして、最悪の場合には時間を置いたことによって彼の怒りが熟成されて、Chroma-Keyのメンバーを辞めると言ってしまった彼が本当に関係修復が不可能なまでの、手遅れ状態になってしまうかもしれない。

 だから俺は、半ば強引に剛輝を連れ出して浅黄龍二という人物について、Chroma-Keyの今後についてを語ることにした。

「ちょっとコッチに来て」
「うぇ!? な、なんや!」

 学校の授業が終わった放課後、剛輝を逃さないように腕を捕まえると教室から連れ出してきて、先ずは2人きりになって話し合いをする場を強制的に設ける。

 掴む手を振り払おうとする剛輝を離さず、俺は強引に彼の手を引いて校庭に出てくる。そして人気のない場所で立ち止まり、剛輝が何か言おうとする前に先んじて俺の方から一気に説明を始める。

「浅黄龍二に関しては、ぜんぜん問題は無かったよ」

 剛輝が怒ったあの日、会議室から出ていった後に場所を移して龍二くんの能力を確認したことにについて、俺は口を挟む余地を持たせない早口で詳細を語った。

 龍二くんは、彼なりにアイドルになるという事を真剣に考えていて、トレーニングも一緒にやってみれば必死についてきて、合流する前にも自主的にトレーニングを行っていたこと。決して、お金絡みだけでメンバーに決まったワケでは無いと言う事を説明する。

 剛輝は、俺の語る浅黄龍二に関する話を聞いていく内に、段々と表情から怒りの色が消えていった。

「そういう訳で、浅黄龍二くんが財閥の御曹司だからといって、彼に問題は無いよ」

 そして俺が話し終えた後には、既に剛輝の顔から怒りは完全に消えていた。むしろ今の彼の表情は、弱気になっているという風に変わっていた。

「どうしたの? 何か気になることでもある?」
「あの時、自分で言ったことを今更になって後悔しとる」

 財閥の御曹司だと聞いて、典型的なイメージにある駄目人間だと先入観だけで浅黄龍二という人物を判断して、批判してしまった。金でメンバーの1人になったと。

 どうせ、碌な人物ではないだろうと断定するように吐き捨てて出ていってしまった。という、最悪な初対面。

 それが実は間違いで、見当違いなことで怒って、しかも勢い余ってChroma-Keyを辞めるとまで言ってしまった事について、剛輝は猛烈に反省していた。

「あまり気にしないで、大丈夫だよ」
「社長に向かって、Chroma-Keyを辞めるって言ってもうた」
「それも問題ないよ。あれは本気じゃなかったって、社長も気にしてないさ」

 すごく気にしている様子の剛輝を慰めて、何とか落ち着かせる。あの時に言ってしまった言葉を、今は気にする必要はないと。龍二くんも気にしていないと言っていから、大丈夫だと。

「それよりもだ、5人のメンバーがようやく揃ったんだ。デビューに向けて準備を進めないと」

 デビューの日に向けて、皆で一致団結していかないと。

「さっそく、皆のところへ行こう」
「……あぁ、行こか」


***


「皆、おまたせ」

 剛輝を連れて、Chroma-Keyメンバー残りの3人、緑間拓海、舞黒優人、そして浅黄龍二と合流する。

 少し居心地の悪そうな顔をしている龍二くんの前に近づいていった剛輝は、そのまま頭を下げて真っ先に謝罪した。

「スマンかった。金持ちなんか悪もんやと思い込んどって、金に物を言わせた、なんて悪いように言うてもうた」
「いえ、大丈夫です。これから一緒に頑張りましょう」

 剛輝が素直に謝ったとこで、龍二くんも快く謝罪を受け入れてくれた。そして一緒に頑張っていこうと、2人は約束する。

 こうして少し強引だったが、遺恨を残すこと無く剛輝をChroma-Keyに連れ戻すことが出来た。そして、Chroma-Keyの5人組となるメンバーが揃う。

「ようやく5人揃ったよ」

 ずいぶん長い間、ここまで来るのに時間が掛かったような気がする俺は、そう口にする。だけどまだ、アイドルとしてデビューすると決まっただけだ。

「僕たちのデビューは、何時になるんでしょうか?」

 浅黄が疑問を口にする。今、一番皆が気になっている事だと思う。正式な事を決めるのは三喜田社長だろうけれど、計画をどういう感じで立てているのだろうか。

「僕の都合で申し訳ないけど、来年の4月までは少し待たないとダメそうだね」

 俳優の引退を宣言したけれど、まだ仕事の整理が済んでいない拓海は来年の4月までは事務所の移籍を実施することは出来ない。とりあえずは、彼の言う通り4月まではデビューは出来なさそうだった。

「それまで皆一緒に、アイドルとしての能力向上を目指しましょう」
「おう、ええね。皆でどれだけ成長できるか、勝負や」

 優人と剛輝の2人は、デビューするまでの期間にトレーニングで能力を高めていく、ということに意欲的なようだった。

 

 

閑話14 貢献する為に

  僕――浅黄龍二(あさぎりゅうじ)は、日本でも屈指と言われている浅黄財閥の御曹司である。

 16世紀末に清酒の製造を始めたことが、今の浅黄財閥の発祥だと言い伝えられている。その後は大阪に進出して、両替商に転じて一時期は江戸最大の財閥に発展していったという。そして現在では、金融商品の企業グループを複数経営している。

 僕の上には2人の兄姉、優秀な兄と姉がいる。その2人は日本一と言われる大学に入学して無事に学業を修めて、今では幾つかの会社を経営して働いている。

 兄たちとは少し年の離れて生まれた僕は、多分甘やかされているのだろう、こんなに凄い家に生まれながら自由に生きさせてもらい、勉強もそこそこにしか頑張らなかった結果、兄たちには絶対に勝てないと思えるような平凡な人間になってしまっていた。

 それを自覚した時は、もう来年になれば中学生になるという年齢だった。それじゃあ駄目だと考え直す。家のために何か自分の力で貢献できる事はないだろうかと考えた。

 兄たちと同じように会社を経営できるような、頭の良さは自分にあるだろうか? 僕は数字の計算など算数が苦手で、予習している数学についても既に自分で才能はないと判断できるぐらいの能力。だから、多分駄目だろう。

 会社のトップとして働けるような人望があるだろうか? 甘やかされて生きてきた自分に人を惹きつけるようなカリスマがあるとは思えない。やっぱり駄目だろう。

 他にも色々と考えてみたけれど、僕に出来るという事が何も思い浮かばない。これじゃあ、世間で知られる横柄でわがまま、しかも世間知らずで役立たずでもあるという御曹司の定番イメージと僕は同じだと思われてしまう。

 そんな最悪なイメージの御曹司だと思われているなんて嫌だ。自分で考えつかないから、誰かに相談するべきだ。

 そう考えて、僕は一番の頼りになる父親に相談することにした。

「どうした、龍二?」
「僕にも何か出来る仕事は無い?」

 仕事の忙しい父親だったが、夕食は時間を確保して家族皆で団らんを過ごしてくれる人だった。最近は忙しくしている兄と姉の2人は食卓に集まることも少なくなってしまったけれど、僕は小学生で暇なので父と母とで一緒に過ごす事が出来ていた。

 そんな時間を利用して、僕は父さんと話をする。

「仕事? まだ龍二には早いだろう?」
「でも、兄さん達はもう働いているよ」

「光一郎と瑞月はもう大人だが、龍二はまだ子供だろう。心配しなくても大丈夫。大人になったら、ぜひ助けてもらおうかな」
「それじゃあ遅いんだ。僕は、ボンクラな御曹司になんて成りたくないんだよ!」

 気がつくと僕は、大きな声で父さんに向かって主張していた。心の底から湧き出てきた強い気持ちによって。

「……」

 すると父さんは、黙ったままスッと僕を鋭い視線を向けて見つめてきた。僕は何かテストをされていると思い、視線をそらさずに見つめ返した。

「ふぅ、わかった。何か考えておく」
「本当!? お願い」

 父さんは僕のお願いを聞き入れてくれて、何か仕事をさせてくれるようだった。まだ何をするのか分からないけれど、これで浅黄財閥の役に立てるような事ができるんだと思った。


***


 それから数日後、父さんは僕のお願いをしっかりと覚えていてくれて、僕に出来るというシゴトを持ってきてくれた。

「アイドル?」
「そう、龍二はこのアイオニス事務所という芸能事務所に所属してアイドルとなってもらう。そこで浅黄財閥の看板を背負うという、新しいアイドルとして活躍してもらいたい」

 父さんの持って来た話は、僕が想像もしていなかった驚きのアイデアだった。けれど、コレなら僕にも出来るかもしれないと思えた。

「うん、分かった! 頑張ってみるよ」

 こうして僕はアイオニス事務所の社長である三喜田さんという人と会って話をし、そこでChroma-Keyという新しいアイドルグループが立ち上がる話を聞いて、そのメンバーの1人になるようオファーされた。

 三喜田さんの話しによれば、アイオニス事務所で一押しのアイドルグループとして、トップアイドルとなれるような人材を探していたと教えられていた。

 そんなグループのメンバーとして活躍ができれば、浅黄財閥の役にも立てる早道になるだろうと思えて、オファーを受けることにした。

 しかし、心配だったのは僕はアイドルというモノになる為のトレーニングを一切していない。

 Chroma-Keyのメンバーは5人組であり、僕自身を抜いたら4人のメンバーを集めるんだと三喜田さんは語っていた。そして既にメンバーとして決まっているらしい赤井さんと青地さん、という2人はずっと昔から活躍している凄腕らしい。

 そんな人達と一緒にやれるのか。いや、シゴトとして受けたからには全力で頑張らないといけない。

 まずは、アイドルとして少しでも早く活躍できるように、Chroma-Keyのメンバーとなる人達にも負けないように能力を高めるトレーニングを受けないといけない!

 そう考えた僕は少しだけChroma-Keyのメンバー達とは合流するのを待ってもらって、個別に特別メニューのトレーニングを用意してもらって鍛えることにした。

 

 

 

第53話 浅黄龍二の実力

 俺と緑間拓海、舞黒優人そして浅黄龍二の4人で貸しスタジオにやって来た。新たなメンバーとなる龍二くんの能力を見極めるためにだ。

 三喜田社長の話を聞いてみれば、どうやらスポンサーに配慮したような感じで龍二くんを5人目のメンバーとして採用したように思える。そして、それが剛輝を怒らせた。

 けれど、龍二くんにはアイドルとしての素質も十分にあると三喜田社長は語っていた。俺も、三喜田社長に見いだされた身なので、三喜田社長の審美眼が正しいと信じたかった。

 そんな訳で、龍二くんの能力については自分の目で見て確かめてから判断すれば良いと考えて、スタジオへやって来たのだった。

 4人全員が動きやすいジャージの格好に着替えた後、すぐさま龍二くんの能力がどの程度なのか確認する

「それじゃあ早速、どれぐらい出来るのか見せてもらえるかな」
「はい、分かりました」

 音楽を流して、簡単なステップから始める。龍二くんは軽快な動作で動きにブレはなく、しっかりと動けている。そして何よりも、笑顔を浮かべて踊れていることが良い。

「じゃあ、次はこんな感じで」

 次は俺も入って音楽に合わせて踊りながら動きを見せて、龍二くんに新たなステップを教えてすぐさま実践してもらう。

 見よう見まねで覚える、ぎこちない動きではあるものの試行錯誤を繰り返す龍二くん。そして彼はすぐに自分なりに動いてみせた。そしてある程度がモノに出来たら、笑顔で報告してくる。

「こうですか?」
「うん、そう! 後は、手の動きをもっと軽やかに、こんな感じで」

 短い時間だけで判断すると、今のところ龍二くんには踊りのセンスが十分にあると思う。すぐに新しい事も学習して自分なりに吸収し、踊って見せてくれた。

 その次には、優人と拓海も一緒になって4人でトレーニングに励む。

「はい、お疲れ様」
「はぁ、はぁっ、ふう……。ありがとうございます」

 結局、1時間ぐらいのレッスンを続けて行ってみたけれど、龍二くんは途中に休憩を挟むこと無くレッスンに付いてきた。彼は、体力も十分に有ることが確認出来た。

 水分補給の為に俺が飲み物を手渡すと、息を切らしながらもしっかりお礼を言ってから受け取る。まだお礼を言える程度には、体力に少し余裕があるようだった。

「疲れたなぁ。龍二くんは、初めてなのに賢人のレッスンによく付いてこれたね」

 一緒になって急遽のレッスンを受けていた拓海は、リノリウム床に寝転がりながら龍二くんの頑張りを称えた。

「僕も最近ようやく1時間はもつようになったけれど、龍二くんは最初から出来ましたね」
 
 優人は継続して鍛えたことによって今ではかなり体力がついて、長時間でも動けるようになっていた。それでも最初はやはり、優人は体力も少なく1時間もたなかった。その体力の少なかった頃を思い出して、龍二を称賛する。

「ありがとうございます」

 2人から褒められて、龍二くんはニコニコと笑顔を浮かべながらも恥ずかしさを感じているのか顔を赤らめつつ、お礼を言った。

「ところで、龍二くんはいつから三喜田社長に声を掛けられてたの?」

 俺は、少し気になっていた事を解明するために龍二くんに質問する。

 以前に三喜田社長が語っていた、メンバーとなる1人が既に確定していて、すぐに合流すると言っていた人物というのが、浅黄龍二くんの事で間違いないだろう。

 そうすると、あの時、優人がメンバーとなるのが決まってChroma-Keyというグループ名が明らかになった時には既に、龍二くんはメンバーとして決まっていたと言うことだから、いつから声を掛けられていたのかが気になっていた。

「実は、もう半年以上も前にはグループのお話は聞いていて、メンバーになるのは決まっていました。それに、赤井さんや青地さんの事についても教えてもらってました」
「そんなに前から?」

「えぇ、そうです。ウチの親が三喜田社長と以前から交友関係にあって、新しい事務所を立ち上げると言っていたスポンサーを申し出て、その話し合いの時にアイドルデビューについての話があって決まっていました」

 そう言えば、三喜田社長は新しい芸能事務所であるアイオニス事務所を立ち上げる時に、妙に自信満々に大丈夫だと語っていたが、浅黄財閥という大きなスポンサーが居たからだったのかと納得する。

「それじゃあ、何故いままで龍二くんの事を知らせてくれなかったんだろう? 三喜田社長は」
「三喜田社長が赤井さん達に僕の存在を知らせなかったのは、僕が口止めしていたからです」
「ん? どういう事?」

 合流することは確定していて、なのに存在を知らせてもらえなかったのは龍二くんが存在を隠すように三喜田社長を口止めしていたから。でも、それは何故? 理由が思いつかずに、本人に問いかける。すると、こんな答えが返ってきた。

「赤井さんと青地さんの二人のことは、話を聞いて以前から知ってました。それで、踊りが上手なのも知ってました。そんな2人に少しでも追いついてからグループに加えてもらおうと、失望されないように別の所でレッスンを受けていました」
「なるほど、そういう事か」

 龍二くんも多分、コネでメンバーに選ばれたという事を承知しながら、あらかじめ努力を重ねて能力をしっかり高めてから俺たちのグループに合流してくれたようだった。

 龍二くんは親が資金を援助してくれたからメンバーに選ばれたのではなく、能力で選んでもらったと言えるようにしっかりと精進している、というのが分かった。

 ということは剛輝の言った、金で選ばれメンバーになった、という考えは正しくはない。どうにか彼にその事を認識させて、龍二くんと和解してもらわないと。

 

 

第52話 青地剛輝の拒否反応

「なぁ、社長。なんで、このボンボンをメンバーに選んだんや? 他の奴じゃ駄目なんか?」

 5人目として選ばれた財閥の御曹司であるという浅黄龍二に対して、青地剛輝は頑なに5人目のメンバーとして加わる事に声を上げて反対していた。そして三喜田社長がなぜ彼を選んだのか、その理由を聞き出そうとしている。

 剛輝にメンバーとして選んだ理由を問いかけられた三喜田社長は、少し答えにくそうにしながらも浅黄龍二という人物を選んだ事情についてを語った。

「……実は、彼が新しいアイドルグループに加入することを条件にしてアイオニス事務所のスポンサーになってもらい資金を援助してもらう、という取引があった」
「それってつまりは、金でコイツをメンバーに入れるって事を決めたってワケかいな」

 三喜田社長が語った理由を聞いてみれば、財閥の御曹司としての力を存分に使った結果浅黄龍二を5人目のメンバーに選んだという風にしか聞こえなかった。金を出してメンバーにするという、ストレートだが分かりやすい言い方で剛輝は批判するように言い捨てる。

「それも確かにメンバーとして選んだ理由の1つだが、私は浅黄龍二くんにも確かにアイドルとしての才能があると見いだした。だから、Chroma-Keyのメンバーとして選んだんだ」

 三喜田社長は後から付け足したかのようにそう語ったので、あまり素質を見いだして選んだという理由に真実味を感じない。

 浅黄龍二が財閥の御曹司という人物であるからなのだろう、アイドルとしての才能があると言われてもスポンサーに媚びているようにしか聞こえなかった。

「そんなん、信じられへんわ」

 浅黄龍二がグループ内に入ってくる事に対して、剛輝は更に強く拒否反応を示しているようだった。だがしかし、剛輝の発した反論の声は段々と小さくなって気力を失っているようにも聞こえる。

 そして剛輝は一転して、何かを決意したかのような鋭い目つきで三喜田社長を睨みつける表情でじっと見つめると、宣言した。

「そのボンボンがChroma-Keyのメンバーに入るって言うんやったら、俺はChroma-Keyを辞めさせてもらいますわ」

 社長に対しての物の言い方に流石に失礼だと俺は剛輝を止めようとしたが、彼は三喜田社長にそう言い放った後は、もう話は終わったと示すように座っていた椅子から勢いよく立ち上がっていた。

「ちょっと、おい、待てって剛輝!」

 剛輝は怒りを体中から吹き出しているかのように憤って、俺の呼び止める声も無視して会議室を出ていってしまった。

 剛輝と三喜田社長の2人が話し合っていた会議室、剛輝が部屋から出ていって居なくなったことで一瞬にして静かになる。

 白熱していた剛輝の様子に口を挟めず、途中黙ったまま状況を見守っていた俺は、もっと早くに止めるべきだったと後悔する。

 俺と同じように様子を見ていたのだろう、拓海と優人の2人も微妙な表情でどうしたらいいのか困っているようだった。

「すまない、まさかあれ程に剛輝くんが怒ってしまうとは想定していなかった」
「いや、想定していなかったって」

 三喜田社長の情けない言い方に、少し幻滅してしまう。剛輝の境遇を考えれば意識が及ぶ事だと思うんだけれど。

 片や財閥の御曹司、ということは金持ちの子供として楽な人生を歩んできたのではないかと思う浅黄龍二という人物に対して、片や貧乏で生活するのも苦しい人生を送ってきた青地剛輝。

 今まで色々と剛輝は頑張ってきて、ようやくアイドルデビューという日を迎えようとしていた目前。まさか、お金の力を見せつけられて財閥というコネでグループの5人目のメンバーが決まった事。

 楽をしているだけにしか見えない人物が、自分達のグループに加わることが剛輝には許せなかったのだろう。

 そう言えば、当事者でもある浅黄龍二くんはどう思っているのかと視線を向けてみると、彼は苦笑に近い困ったような笑顔を浮かべていた。

「申し訳ありません、僕のせいで」

 笑顔を浮かべているものの、そう言って素直に謝ってきた浅黄龍二くん。財閥の御曹司ということは、態度が偉そうで傲慢さがあるかもと思っていたけれど、彼はそういう性格ではないらしいと分かる。

「こちらこそ、すまない。剛輝も少し言い過ぎたかもしれないが」
「いえ、僕がお金とコネを駆使して、あなた達のアイドルグループのメンバーとして選ばれたのも事実ですから」

 浅黄龍二くんは自分も関係ある事なのだと、事実をしっかりと受け止めて反省している様子だった。

 しかし、せっかく5人組として揃った俺たちだったが対面してすぐ、メンバー同士で大きな衝突が起こってしまった。

 問題を早々に解決しなければ、デビューも危うい。グループのリーダーとして、どう解決するべきかを悩む。

 剛輝の後を今からでも追うべきなのかもしれないけれど、今は怒って誰の話も聞いてくれなさそうな感じでもあった。

 彼の怒りの感情が落ち着くまで、しばらく時間を置いてから剛輝との話し合いに向かうべきだろうと俺は判断する。

 ならばとりあえず、三喜田社長が浅黄龍二くんから見いだしたというアイドルとしての素質を自分の目でしっかりと確認してみるべきだと考えて、俺たちは龍二くんを連れてレッスン場に向かうことにした。

 彼の実力について、この目で確認するために。

 

 

閑話13 舞黒優人の見た夢

 小さな頃から今までの人生で、僕は親の言う通りにしか生きてこなかった。自分から目指したいと思えるような夢も無いから人生の目標なんてものは無くて、特に親しい友人も居らず。

 ただ親の言う事をキッチリと守って毎日しっかりと勉強をして、いい大学を目指すこと、安定した職業に就職することだけ、人から設定された事を目標にして生きてきた。

 そして、それが一番正しい生き方だと信じて疑わなかった。なぜなら、僕には心の内から湧き出るような欲求が何もなかったから。そうじゃないんだと、両親を疑う考えさえ無い。

 まるで操り人形のように、親が糸を操って僕は動くだけのような、そんな人生を送っていた。

 そんな生き方を幼稚園から始まって、小学生、そして堀出学園という中学校まで続いていく。相変わらず、親から指示されて勉強漬けの毎日に、友達なんて親しい関係の人も特には居ない。

 堀出学園の入学試験を一番の成績で受かった時も、堀出学園に入学してから一番初めの試験で学年一位の成績を取ったとしても何の感動もない。ただ、指示された通りに動いているだけだから感情に変化がなにもない。僕自身の心は無気力で、何もない男だった。


 そんな無為な日々が続いていた、ある日の事。


 僕は、学校終わってからも親の言いつけを守って勉強をする為に、放課後も塾に通っていた。その塾へと向かう道中、不良に絡まれた。

 どうやら、僕が堀出学園の制服を着ていたから標的とされたらしい。それ以外には会話も通じず何も情報を得られずに、ただ連れ去られただけ。

 そのまま僕は、見知らぬ廃工場に連れて来られた。こんな時になっても、僕の心に感じるモノは何もなかった。ただこの後は、不良達に暴力を振るわれるのか。それとも最近は物騒だから彼らに殺されてしまうかもしれない。そんな予想をして、結局は何も感じない自分を観察するしか出来なかった。

 こんな状況に追い込まれた今の自分は、運が悪く仕方がなかったと。ただただ諦めが付いていた。

 そんな事を考えている時に現れたのが、僕と同じ堀出学園の学生服を着た青年だった。現れた彼は、ずいぶんと背が大きくて堂々とした姿から、僕よりも年上だろうかと予測する。

 そして僕はその人物を見た時に、なぜか強烈に感情が動いている自分に気が付いた。

 なんだろう、自然と視線が吸い寄せられるような、絶対に見逃してはならない! と心の底から訴えてくるような僕の知らなかった感覚。ずっと、あの人を見ていたいという思い。

 本当に、生まれてきて初めてと思えるような僕自らが求めるという感覚だった。一体何なんだろうと思いながらも、堀出学園の学生服を着た青年の姿から目を一秒も離さずに凝視し続ける。

 不良の一人が、あの青年に用事があって呼び出す為に僕を人質として連れてきたらしい事が分かった。彼らの会話を聞きながら、状況をようやく理解していく。ただ、僕にとっては、そんな事はどうでもよかった。

 青年がアイドルをしている人だということを知り、過去に何かしらの因縁がある事を知り、青年が脅迫されている状況を眺めていた。

 それなのに青年は堂々とした姿で立ち向かい、不良達と対峙している。そして何故か、不良達が揉めて新道と呼ばれている男だけが、青年とタイマンを張るという事になっていた。

 不思議なことに、僕は青年が負ける姿が全く想像できず、新道という不良に対して必ず勝つであろう未来を容易に想像できた。

 その青年がどの程度強いのかも知らず、何か格闘技をやっているのか、スポーツは得意か、それとも不得意なのかも知らず、何の事前情報も無いのに。

 青年が不良に勝つだろうという僕の予想は、間違いなく当たっていた。しかも、圧倒的な差を見せつけて。新道という名の不良に一切何もさせること無く、最後は武器を取り出してきた新道に対して一切の怯みも見せずに青年は立ち向かって勝ってしまった。

 その時、僕は興奮していた。そう、自分でも信じられないくらい熱心に2人のケンカに注目していた。

 2人のケンカが終わった後、僕はアッサリと不良達の手から開放された。何一つ怪我をすることもなく五体満足で。

「舞黒くん、だよね」
「はい、そうです」

 堀越学園の寮へと向かっている途中、青年から声を掛けてくれた。彼は僕のことを何故か知っているようだったが、僕は返事をするので精一杯。

「俺は赤井賢人。それで、怪我とかはしてない?」
「大丈夫です」

 赤井賢人、それが青年の名前だと知った。今までに聞いたことが有るような、無いような。でも、今まで彼を目にした覚えはない。姿を見たのは今日が初めてなのだろう。

「ごめんなさい、俺のせいで巻き込まれたみたいなんだ。どう、お詫びしていいか」
「いえ、僕は問題ないです」

 赤井さんが申し訳なさそうに謝るが、巻き込まれたことを迷惑だなんて思っていないかった。むしろ出会えたキッカケとなったことに、僕は感謝している。そうだ、感謝だ。

 僕は赤井さんの事を知ることが出来て、感謝するほどに嬉しく思っている。何故、彼を知ることが出来たのが嬉しい? 自問自答する。

 赤井さんを知ることで、今までに感じたことのない程に感情が揺れ動いたから。何故感情が揺れ動いた?

 今まで感じたことのない、夢を手に入れられたから。僕は赤井さんのようになりたいと思った。今まで、持ったことの無かった将来の展望。

 堀越学園の寮へと到着した時、僕は到着するまでの道中で何を話したのか一切記憶になく、そのまま赤井さんと別れた。

 そして、自室に戻ってきて考えた。夢に見ることになった赤井さんのようになるためには、どうしたら良いのかと。考えて考えて考えて、ある人の事を思い出した。

 アイオニス事務所という芸能事務所で、社長をしているという三喜田さん。彼は何故か、アイドルとも芸能とも何の関係もない僕にデビューしないかと、オファーをしてきた人物だった。

 以前は一切の興味を持っていなかった筈なのに、今は何ものにも代えがたい情報の1つだった。

 僕は三喜田さんと連絡を取って、赤井賢人という人物について尋ねてみた。先程の出来事で赤井さんがアイドルをしているらしい、という情報を得ていたから。三喜田さんが何か知っているのではないかと考えて。

 すると三喜田さんは、赤井賢人という人物がアイオニス事務所に所属するアイドル訓練生であるという事を教えてくれた。

 そして、再び三喜田さんは僕にアイドルのデビューをしないかとオファー。僕は二つ返事で引き受けることにしたのだった。

 夢に見ることになった、赤井賢人という人物に少しでも近づくために。

 

 

第51話 5人目のメンバー

 緑間拓海に聞いた話について、三喜田社長にも確認をしに行く。拓海の口から既にアイオニス事務所へ移籍してくるという事は聞いていたので、その他の事について色々と確認するためにも、三喜田社長のもとへと話し合いに行く必要性を感じていたから。

 その前に、Chroma-Keyの他のメンバーである剛輝と優人にも話をしておく必要があると、三喜田社長と会う前に事情を説明しておくことを忘れなかった。

「え? 本当ですか? 拓海くんもメンバーに」
「お! それは、ええやんか。大歓迎や」

 優人は驚き、剛輝は即座に歓迎するムード。拓海と2人は文化祭の劇を行う際に既に出会っていて、文化祭期間中も色々と協力しあって仲良くなっていた。だから、今回の4人目のメンバーとなったという事を驚きながらも、喜んでくれていた。

「うん、事務所を来年の春に移籍してアイオニス事務所へ行くことになった。よろしくね」

 正式には来年の4月になるまでは、まだ前の事務所に所属ということでアイドルグループとしての活動がスタートするのは先のことになるだろう。

 けれども事前に知り合っておいて、仲良くなっておけばグループとしての連携も取れるようになって、順調な幕開きが準備できて良いと思う。

 そして、この4人で揃って三喜田社長のもとに行くことになった。移籍前の拓海がアイオニス事務所に足を踏み入れるのは大丈夫なのかと心配したけれど、契約に関する色々な話し合いをしないといけなくて、その話もついでにするからと俺たちと一緒に向かう事になった。

 緑間拓海について話をしたいと三喜田社長を訪ねると、ちょうど良かったと言って三喜田社長からも話があるからと会議室へと通された。

 すると、会議室の中には見知らぬ少年が先客として待っていた。一瞬誰だろうかと少年の正体を考えて、ある事を思い出す。

 それは三喜田社長に会議室の中で、優人が新しいメンバーだと紹介された時と似たようなシチュエーションであることを。まさか彼がそうなのかと俺は思った。

 少年はニコニコと笑顔を浮かべて、俺たちを見ている。身長は背の低い拓海に比べると少し大きいぐらいで、まだ幼い見た目から小学生の高学年ぐらいかと予想する。

 三喜田社長と話し合いをするために、会議室の中にある椅子へと腰を下ろす。そして、見知らぬ少年も当然のように座った。彼は一体誰だと聞こうとする前に、三喜田社長は話し始めた。

「緑間拓海くんの報道については知っていると思うが、アイオニス事務所へ移籍してくることも聞いたのかい?」
「はい。本人の口からお話を聞いて、教えてもらいました」

 三喜田社長との話し合いが始まると、まず拓海に関して確認をする為の質問を投げかけてきたので、俺が答えた。

「それじゃあ、Chroma-Keyの4人目のメンバーとして迎える事も聞いているのかい?」
「それも聞きました」
「なるほど」

 拓海の口からグループの新メンバーとしてオファーを受けていると聞いて、三喜田社長の確認の質問から本当だったのかと改めて驚いている。まさか、既に他事務所に所属している彼をオファーしているとは思っていなかった。

「そういえば、拓海くんと賢人くんの2人は知り合いだったのか」
「えぇ、学園の寮で隣同士になって住んでるんで、入寮してきてすぐの頃に知り合いました」
「僕たちも、この前の学園祭で知り合いになりましたよ」
「おう、俺たちは一緒に劇をした」

 拓海との関係について俺が説明して、付け加えるようにして優人と剛輝も拓海との関係を説明する。グループの新メンバーとなる事を知らされる前から知り合いであった、という事を。

「なるほど、そうか。それじゃあ残り1人のメンバーを加えて5人組として、拓海くんの移籍が完了するのを待ってから、Chroma-Keyは来年の4月をスタート目標として活動していきたいと考えている」
 
 ここに来てようやく、アイドルとしてのデビューが見えてきた。そして、残り1人のメンバーというのは、やはり……。

「君たちの想像している通り、残り1人のメンバーとして加える予定なのは彼だ」
「はじめまして皆さん、僕の名は浅黄龍二(あさぎりゅうじ)です。よろしくおねがいします」

 社長の隣りに座って、会話している最中は大人しくしていた彼こそが、Chroma-Keyの5人目のメンバーだと三喜田社長は言う。それにしても、俺は彼の名前に少し聞き覚えがあった。というか、俺でなくても知っている人は知っている名前。

「龍二くんは、浅黄財閥の御曹司だ。その彼を、5人目のメンバーとして迎える。赤井賢人くん、青地剛輝くん、舞黒優人くん、緑間拓海くん、そして浅黄龍二くんの5人組でChroma-Keyという新しいアイドルグループを立ち上げたいと考えている」

 まさか浅黄財閥なんて由緒正しい家柄の人が、俺たちのグループに加わるメンバーの中の一人となるなんて。俺が驚いていると、彼は手を伸ばして握手を求めてきた。

「あなたが赤井さんですね、リーダーだって聞いてます。よろしくおねがいします」
「あ、ああ。うん、よろしく」

 笑顔を浮かべて差し出された手を、俺は戸惑いながらも応えて握手をする。とりあえず、これで5人が揃ったわけだ。そう思った時、異を唱える者が1人居た。

「ちょっと待ってよ、社長。こんなボンボンを俺たちのグループに入れるんか? 俺は反対やで」

 5人目のメンバーとして紹介された浅黄龍二。彼がグループに仲間入りする事について反対する声を上げたのは、剛輝だった。

 

 

第50話 辞める考えに至る経緯

 緑間拓海による衝撃の記者会見が終わってすぐ、彼と話が出来ないか連絡を取ってみた。けれど記者会見をしてすぐ、というタイミングだったので当然今すぐに会って話をするのは難しそうだった。

 結局、拓海と顔を合わせた話し合いで確認することが出来たのは、その日の夜に拓海が寮へ帰って来てからだった。

 彼の寮の部屋の前には俺と同じように、今日の発表について事実かどうかを確認しようと押しかけて来ていた生徒たちが数人ほど扉の前に集まっていた。

「すまないが、僕は今日疲れていて話し合いできる状態じゃない。詳しいことは明日以降に説明をするから、今日は帰ってくれないか」

 拓海にそう言われてしまえば、追及はできない。他の皆も渋々とだけれど、自分の部屋へと戻って行った。拓海が俳優を辞めると決意するのに至った経緯が気になっていたけれど仕方がないと話を聞くのは諦めて、彼の言う通り明日以降になってから事情を聞こうと思い自室に帰る、その直前。

「賢人、実は君には話しておきたいんだ。部屋に入っくれ」

 拓海は疲れているはずなのに話し合いをしようと言って、帰した生徒たちの中で俺だけを指名して自分の部屋に招き入れてくれた。

「ごめん、拓海。今日は疲れているだろうから、しっかり休んで。明日また改めて話を聞くよ」

 部屋に招き入れてくれた拓海だったが、やっぱり疲れているだろうからと思って話し合いを遠慮しようと俺は言う。しかし、拓海は問題ないと言う。

「大丈夫だよ、今日の内に話しておきたいんだ。それに賢人とも関係のある話だからね」

 その言葉にピンときた。どうやら、やはり。事務所を移籍すると語っていた拓海の言葉、移籍先は詳しく語っては居なかったが予想はつく。

「そうか、それじゃあ聞くけれど……。どうして急に今の事務所を辞めて移籍することに決めたんだ?」

 記者会見でもう質問されていた内容だろうけれど、改めて拓海に直接確認しておきたかったこと。

「賢人には、この前相談した事だけれど、やっぱり俳優という仕事があまり好きになれなくって、これから先ずっと続けていくのは無理だなと思ったから今の事務所を辞める決心をしたんだ」

 記者会見で拓海が語っていた”限界を感じた”という言葉。それが本心だったのだろう、事務所を辞める理由は理解した。しかし……。

「俺は、文化祭の劇で拓海が楽しく演じられていると、俳優としての役割を楽しんでいると思ってたんだけれど違ったのかな」

 拓海は文化祭の劇を楽しんでいた、という事が俺の勘違いならば無理矢理に文化祭の劇に出るようにと煽って苦しめていたのではないか、余計なお節介だったかもしれないと心配になる。

「いや、違うんだ。僕も文化祭の劇は凄く楽しかった、演じられてよかった、出演できてよかったって思っている」

 俺を気遣ってくれているのではなく、本心から文化祭の劇は楽しかったと言ってくれている拓海に一安心する。ならば、なぜ俳優を辞めるという結論に至ったのか。

「文化祭は本当に楽しかった。けれど僕一人だけだったなら、いつものように苦しいだけの役者の仕事になっていた。賢人達が一緒に居たから楽しめたんだ」

 皆でワイワイと楽しく騒ぎ協力しあって、劇本番を迎えると一致団結して演じられていた事が楽しかったと語る拓海。

「なるほど、そういう事か」

 文化祭の劇を楽しめたという理由を聞いて、納得する俺。そして、次の質問を拓海に投げかける。

「それで、移籍するって言っていた予定している事務所は? まだ言えない?」
「その話は賢人と関係有るんだ」

 一応まだ交渉中だという事だったので、契約前には秘密を保護する必要があるかもしれないと気遣い詳しく聞くのに躊躇ったけれど、拓海はアッサリと明らかにした。

「僕の移籍する予定先は、アイオニス事務所。賢人が所属している所と同じだよ。三喜田社長から、新しいアイドルグループのメンバーとして前からオファーされていたんだよ」
「やっぱり!」

 三喜田社長が言っていた、少し厄介で時間が掛るかもしれないと語っていた人物とは彼のことだったのだろう。まさか、他事務所から引っ張ってきてアイドルグループのメンバーに加えるなんて。

「大丈夫なの? 今もテレビや映画で大活躍しているのに移籍するなんて事をして」
「うん、話はしっかり付けてあるから」

 そう言って、拓海は今の事務所からアイオニス事務所へと移籍しても大丈夫な理由を教えてくれた。

「僕の所属している劇団パステルっていう芸能事務所は、子役専門の事務所なんだ。それで、そろそろ年齢も重ねて大きくなってきた僕は別の俳優事務所に移籍する必要が出てきた」

 なるほど、所属しているというパステル事務所は子役専門だから拓海はいつかは別の事務所に移籍する予定が前々からあったのか。

「でも、僕は俳優の仕事を続けるつもりは無いと劇団パステルの社長に話してみたら色々と相談に乗ってくれて、自分のしたいようにするのが一番だってアドバイスをくれたんだ」
「それで、オファーされていたアイオニス事務所に移ることに決めたと」

 俺の言葉に拓海が頷いて、事実だと肯定する。

 文化祭が終わったと落ち着いた所で、飛び込んできた緑間拓海の引退というニュース。詳しい話を聞いてみると、どうやら移籍先は俺と同じアイオニス事務所だと判明し、更にはChroma-Keyの4人目のメンバーとなるらしい事実を聞かされて驚く。

 まだ色々と拓海とは確認しておきたいこと、話し合っておきたいことも多々あったけれど時間がだいぶ過ぎていて寝ないと翌日に響く。という訳で一旦今日は中断して、また次の日以降に持ち越しとして今日は解散することにした。

 

 

閑話12 新社長金森インタビュー

「本日はアビリティズ事務所に新しい社長として就任する金森大輔さんに来ていただきました」
「よろしくおねがいします」

 男性キャスターに紹介された金森は、テレビ映りを強く意識しながらの笑みを浮かべて頭を下げてから、丁寧に挨拶をする。視聴者の印象を良くするための振る舞いだった。

 金森が出演しているニュース番組。その時間は普段なら経済評論家などの識者を呼んで、社会問題などを議論するコーナーなのだが、今日は特別にアビリティズ事務所の社長に就任することになったという金森社長のインタビューが特別に行われることになっていた。

 新しくなるアビリティズ事務所のイメージ戦略として、出演料を支払い、つまり番組への出番を買って出演をしているのである。更には社長自らがメディアに出演をして、大企業であるアビリティズ事務所が変化するという事を大々的に視聴者に向けて伝えようとしていた。

 実はこれは、アビリティズ事務所というアイドル事務所の新しい社長は、この金森だぞ! という強い自己顕示欲の現れであった。しかし、そんな内心を隠して番組に出演をしている金森。彼に向けて、早速キャスターが番組を進行させようと質問を始める。

「今回の社長交代人事ですけれど、前任の三喜田氏はまだ55歳とお若い。にもかかわらず、何故今の時期に後任となる金森社長へのバトンタッチをすることになったのでしょうか?」
「そうですね、実は以前から事務所内では2つの主張がありました。1つは前任の三喜田氏が支持していた人材をじっくりと育てる長期論と、私達が支持していた即戦力論の2つ。その名の通りアイドル訓練生の扱いをどうするべきか。長期的に見るべきか、それともすぐさまファンの皆様の前にデビューさせるべきなのかについて。その2つの主張が対立しあい、事務所内でも大きな問題になっておりました」

 じっくりと話す金森の話を、事前の打ち合わせ通りにしっかりと聞き入っているという姿勢を見せるキャスター。

「対立を解消しようと議論をした結果、私の唱える即戦力論を支持してくれる役員や社員達が過半数となりました。その結果を三喜田氏に訴えたところ、彼は一向に改善をする様子を見せずに結果、事務所内の対立が激化してしまいました。そこで役員一同は、改善を見込めない独断専行を良しとしていた三喜田氏の解任を要求するに至りました」

 一部事実に反する事も語っていく金森社長だったが、あまりにも堂々と話す姿と誰も否定する意見を言わない状況を見た番組視聴者は事実なのだろうと信じて、三喜田に対する評価を悪くさせていた。

 金森の話を途中で遮らないようタイミングを見計らって、予定されていた通りにキャスターが次の話へとつなげる質問をする。

「なるほど、つまり2つの主張を議論した結果により三喜田氏の退陣が決まったというわけですか。ところで、今後のアビリティズ事務所はどのような方針で経営していこうとお考えでしょうか?」
「私が先程述べました、即戦力論。我がアビリティズ事務所には、数多くのアイドル訓練生が所属しています。しかし、その多くがまだテレビ出演を果たしていない、ライブ出演を果たしていない、という者たちが多いのです。けれど、そんな彼らも現在活躍しているアイドルに遜色のないほど、誇れる能力や特技を身に着けている者が多くいるのも事実です」

 金森は、実働できていないレッスンだけを受けているアイドル訓練生は、もっとテレビ出演やライブへの出演を果たして実践を経験するべきだと主張している。

「ファンの多種多様なニーズに応えるべく、多くのアイドルを次々にデビューさせる事が今の時勢に大事だと、私は確信しているのです」
「なるほど、今までに日の目を見ることがなかった隠れていたアイドルを次々に発掘していく、というのが大事だと金森氏はおっしゃるのですね」

 金森の語った言葉を、簡潔に視聴者にも分かりやすく、そして良いように聞こえる風に変えてまとめるキャスター。そして番組の出演時間の終わりをもうすぐ迎えそうになっていたので、キャスターは番組のまとめに入る。

「では最後に視聴者への一言、よろしくおねがいします」
「えー、そうですね。アビリティズ事務所は社長交代という大きな変化を迎えましたが、基本的な方針としてアイドルをいかにして大事にするのか、どうやって輝かせるのかを常に考えています。ソレはファンの皆様の応援があってこそ成り立つ世界なので、今後ともぜひ応援したいと思えるアイドルを見つけてもらい、続けて応援していただけると幸いです。ありがとうこさいました」

 こうして、アビリティズ事務所の新社長となる金森大輔のインタビューは終わる。番組を視聴していたおおよその人たちは、アビリティズ事務所というアイドル事務所が変わったことを理解して、新しい社長となる金森という人はいい人そうだと、事実を知らない視聴者の多くは彼に対して好印象を抱く結果となった。

 

 

第49話 文化祭翌日

 文化祭が終わって翌日。出し物などの片付けをしないと駄目なので、学校の授業は休みとなっていた。そして休みになった時間で俺たちは、クラスの出し物で展示していた作品と劇の片付けをしないといけない。

 クラスで展示していた手ずから制作した作品の数々は、持ち帰ることを希望した人のモノ以外は学園の中にある美術室に保管されることになる。
 どうやら、タラントコースの学生の作った作品ということで、後に大きな価値が出てくせしれないという理由で大切に保管されるそうだ。

 俺も拓海も持ち帰るのは面倒だったので、自分では持ち帰らずに学校で保管していてもらうことに。文化祭に向けて作ったものだったけれど、こんな風に残されて利用されるとは思っておらず少し驚く。そして後に評価されるように、芸能活動を頑張ろうと思えるような出来事だった。

 そして、今日のメインとなるのは文化祭実行委員が主催した劇の後片付け。体育館の舞台上に置かれた様々な大道具を解体してから、片付けていく必要がある。裏方のスタッフとしては劇本番だけでなぐ、前後にある準備と終わりも大変なぐらいに重要だった。

 劇本番が終了して翌日になっても、息を合わせて仕事をしていく大道具方である俺たち。ここ一ヶ月を一緒に作業していたおかげか、団結力のあるチームワークによってすぐに片付けを終わらせていく。この期間内の経験で、大工道具の使い方もだいぶ上達していたから楽勝ムード。

 そして、結果的には午前中の時間だけで大道具の片付けは終了した。朝から夕方まで一日掛かるかもしれないと予想していたが、その想定は大きく外れて半分以下の時間で終わり、という事になった。

 片付けも終わってお昼となったので、皆で昼食を食べに寮の食堂へ向かう。そういえば出演者である拓海とは、昨日の文化祭が終わった後に別れてから会っていないと感じていたけれど、劇をした翌日ということで疲れて自室で休んでいるんだろうと俺は思っていた。

「うわっ、えっ!?」
「これ、本当?」
「ちょっとテレビの音量上げて!」

 食堂に置いてあるテレビの前で誰かの驚く声が上がると、次に何かを疑うような声。そして、テレビの前に集まってきた学生が音を聞こえるように大きくするよう指示を出す。

 俺も何事かと視線を向けてみると、テレビに映る拓海の姿を発見した。テレビに流れている番組では、拓海に関する何かのニュースを流している映像が見えた。

 よく見てみるお、緑間拓海が引退、というタイトルが目に留まる。拓海が引退だって!? と内心で驚いた俺はしばらく、食い入るようにテレビに流れているニュースを凝視していた。

「僕、緑間拓海は現在オファーを受けているお仕事を全て終わらせて、半年後である来年の3月31日をもって俳優として活動を休止すると共に俳優事務所を退所して、別の事務所に移籍することを決定しました」

 拓海の言葉にカメラのフラッシュが焚かれている。彼の言葉を聞いても理解するのに、しばらく時間がかかった。俳優を休業!? しかも俳優事務所を退所して?

「緑間さんは、なぜ今俳優を辞めるのですか?」

 記者の1人が質問をする。俺も同じような疑問を頭に浮かべていた、突然でいきなり過ぎると。一体何故……。

「俳優活動に限界を感じていた為、別のキャリアに大きくシフトチェンジする必要があると感じた為です」

 想定していた質問なのか、拓海はスラスラと記者の質問に対しての答えを言う。すると続けて別の記者が質問する。

「現在、大人気な俳優として引っ張りだこである緑間さんが何故いま、この時期に俳優を辞めようと思ったのですか?」
「俳優を辞めようと考え始めたのはずいぶん前だったのですが、ようやく決心がついたので今の発表となりました」

「別の事務所に移籍するという事ですが、一体どこの事務所に移籍するのか、お教えてただけますか?」
「次の事務所とは現在、契約に関する話し合いをしている最中です。確定したら改めてお知らせするので、今後の発表をお待ち下さい」

「貴方のファンに向けて何か一言、お願いします」
「誠に勝手ではありますが、僕は俳優としての仕事を辞めて新たな世界へチャレンジしてみたいと考えて、今回の記者会見を行いました。応援してくださっている皆様への感謝は忘れず、今後の新たな人生を歩んでいきたいと決意しました。まだまだ未熟者ではありますが、俳優とは違う新たな挑戦をして大きく成長したいと考えています。よろしければ、引き続き応援をよろしくおねがいします」

 記者たちの質問に、次々と答えていくテレビの向こうの緑間拓海。そして彼の発表を見ている俺は、唖然としていた。

 そして、昨日は文化祭の劇では主役を務めていた活躍を知っている大道具方の仲間も俺と同じように唖然とした顔でテレビに流れるニュースを眺めている。

 本当に、思いもかけない急過ぎる発表だった。でも、テレビで流れている以上はドッキリでも何でも無く、本当に事実であるのだろう。

 しかし、別の事務所に移籍するという拓海の言葉に俺は、ある予感を抱いていた。まさか、そんな……。

 事実を確認するため、俺は急いで拓海と会って話が出来ないか、どういう事かを聞くために彼と連絡を取ることにした。