第26話 中学校入学式

 入寮してから中学校の入学式が行われるまで、約二週間の期間が空いていた。その間に俺は、寮に住んでいる先輩達と知り合いとなって一緒になって食事をしたり遊んだりする友達になっていた。

 まだ入学の手続きを終えただけで入学式を済ませていない学生の俺だったが、堀出学園の運動場に立ち入って、春休み中で部活動の練習をしていた体育会系の学生達の横で場所を借りてサッカーをしたり野球をしたり。そして、一緒に遊んで過ごす事で仲を深めていった。

 寮生活という同じ建物で生活をしていて、芸能活動をしているという同じ環境で育ってきた俺たちは共感しやすく共通の話題も多くて受け入れやすいからなのか、友だちになりやすい傾向にあると思う。

 そうした生活を毎日過ごした事によって入学式の時には既に、俺は何十人もの上級生と知り合いとなっている状況だった。

「賢人、こっちや」

 入学式の当日。寮から出て堀出学園へと向かう道を歩いていると、背中から声を掛けられた。その声にはよく聞き覚えがあったので、俺は立ち止まって声の聞こえた方へと振り向いて応える。

「おはよう剛輝。君もやっと来たんだね」
「おう。昨日来たんや」

 青地剛輝も堀出学園に入学することになっていた。寮にも住む予定だと聞いていたけれど、この2週間で見ることはなかった。というのも、入学式の前日である昨日の夜まで家族と一緒に生活をしていたという。

 母子家庭であり兄弟も多い彼は家族の面倒は自分が見なければいけないという使命感を持って、堀出学園に入学するかどうか迷っていたらしい。堀出学園は基本的に全寮制で、そうなると家を出ないといけなくなるから。

 ただ、芸能活動を続けるのに堀出学園以外で普通の中学校に通いながらだと困難な可能性が大きい。どうするか天秤にかけた結果、堀出学園に入学することを決めたという。

 と言う訳で、寮に引っ越しするもののギリギリの日まで家族の面倒を見たり世話をしていたというから、入学前に寮内で見かけることが出来なかったのだ。

「お前はもう知り合い出来たんか?」
「うん。寮に住んでいる上級生の先輩と結構仲良くなったよ」

 剛輝と並んで歩きながら、堀出学園に到着するまでの世間話を始める。学園に向かう途中の道で、先に走っていく先輩。その何人かに俺が声を掛けられて居たので、疑問に思ったのだろう剛輝が尋ねてくる。

「はー、そうなんか。お前はそんなんメッチャ得意やもんな。羨ましいわ」
「普通の人と比べたら得意かもしれないね」

 まぁ、精神的には長く生きている俺は誰に対しても緊張しないで話しかける事が出来るから、という経験の差だろうと自分の事を分析していた。

 入学式が行われる体育館に並べられたパイプ椅子。その中で、自分が指定された席に座る。席順が名前のあいうえお順だったみたいで、青地と赤井で横に並んで座ることに。

 それから順々に入学生の座るべき席が埋まっていく。俺の周りに座っている人たちは、芸能界やスポーツ界で有名になっている人や有名になろうとしている人達だ。見てくれでハッキリとタラントコースだと分かってしまうぐらいに美男美女が集まっている。自分がこの中で戦えるかどうかを考えると、少し挫けそうだ……。容姿については、無理に張り合う必要もないかも知れないが。

 それから、大砲のように口径が大きい肩に担ぐカメラが何台か。いわゆる業務用ビデオカメラが、体育館の中で入学生に向けて構えられている。どうやら堀出学園の入学式には毎年のように決まって取材が入っているらしい、とのこと。将来活躍するであろうスターの記録をしておく為にだそうだ。

 それから、堀で学園の入学式の模様はニュースとしてテレビで放映されるらしくて業界関係者等の人達にとっては、春の風物詩として知られているぐらいだそうだ。

 ただ、堀出学園は一般人も在籍している普通の学校なので入学式のプログラムも粛々と行われた。奇抜な内容もなく普通に進行していく。

 新入生はあらかじめ体育館に入場して席についていたので、入学式の開式宣言、国歌斉唱が行われる。それから校長、学園長、PTA会長のお偉いさんのスピーチが行われて。祝電などが披露される。

 それから次に行われたのが、在校生の歓迎の言葉の挨拶だった。というか、寮に入って知り合った三年生の先輩だった。

 新入生の入学挨拶は、メガネを掛けた頭の良さそうな雰囲気を持つ学生が1人壇上に上がって行った。あの感じから察するに、学問において優秀な成績の生徒だけが入学できるという育英コースの特待生だろうと思う。

 それが終われば、担任の紹介が行われた。俺のクラスの担任は、家まで堀出学園についての説明をしに来てくれた北垣先生だった。

「あの先生に説得されて学園に来たんだよ」
「俺もや」

 横に座っている剛輝も、今日から担任となるらしい北垣先生が学園についての詳しい説明をしに来てくれて学園への入学が決まったと言う。もしかしたら、タラントコースの学生は全員あの北垣先生に学園に入学するようにと勧められて説き落とされたのかもしれない。

 それから無事に入学式は終了して、新入生の俺たちは一番最初に体育館から退場していく。式は半日で終わって、本日は授業もなく翌日以降の予定を簡単に説明されて解散となった。

 

 

 

第25話 入寮一日目の夜

 出会ってすぐ仲良くなった俺と緑間さん。一つ年が上なのに気さくに対応してくれて、初対面の俺に対して学生寮の中を案内までしてくれた。その後、一旦別れたが夕食を一緒に食べる約束をしていたので夕方になって再合流した。

「寮の食事は不味い、ってイメージがあったんですけど間違ってましたね。ココのはすごく美味しかったです」

 学校の給食に出るような薄味で美味しくない、冷めていて不味いというようなモノが出てくるかもしれないと覚悟していたが、全然そんな事はなかった。飲食店で出されても問題ないレベルで美味しくて、コレなら毎日食堂に通って食べに来るのが苦にはならないし、むしろ楽しみになる程だと思えた。

「そりゃ良かった。昔は食堂の食事はけっこう不味かったらしいけれど、クレームを言った先輩が居てすぐさま改善されたんだって。それから、味には細心の注意を払うようになったらしいよ」

 クレームを言ったという先輩の名前を聞いてみたら、俺も知っている昔から活躍する大物芸能人だった。この学生寮には過去にそんな有名人が住んでいたんだという驚きと、普通の人ならばクレームを入れてもすぐに対応してもらえるかどうか、やっぱり芸能人だからこそなのかと感じる。芸能人御用達の学園らしいエピソードだ。

 この学生寮は一般人じゃない芸能人が通っているからこそ、他にも色々と伝説的な面白そうな話が残っていそうだな。

 そんな風に他愛もない食後の語らいをして、俺と緑間さんは楽しんで過ごしていた。しばらく話していると、緑間さんがあるお願いをしてきた。

「その堅苦しい話し方は辞めていいよ。名前も下の拓海ってので呼んでくれる?」
「いいんですか?」

 緑間さんを先輩として気遣っての口調だったけれど、彼はお気に召さなかったらしい。普通な話し方をしてほしいという理由に、先輩後輩の関係よりも友人としての関係を求められているようだった。

「普通で良いよ。そっちの方が楽だし君に合ってると思う」
「うん、わかった。そうするよ」

 向こうからの要求を受けて、いつもの口調に戻して答える。正直言って今の話し方のほうが楽だし許可してくれるのなら、コッチで話すほうが気楽だ。

 俺が拓海との話し方をより親密な感じに変えると、彼の気さくさも上がって昔から仲の良かった友達のような感じになっていた。

「賢人の背の高さ、羨ましいなぁ。僕も身長がもっと欲しいよ」

 拓海は自身の背が低い原因は、子役時代にいつも夜遅くまで仕事をさせられたからだと愚痴る。拓海は中学2年生の今で、140センチしか身長が無いという。確かにそれは低い。中学1年生で既に170センチを超える背になった俺を見て、更に悔しさを感じさせてしまったようだった。

 それから仕事の休みが少ないだとか、働いた分の給料をしっかりと貰えていないとか愚痴りまくる。よほどストレスが溜まっているのか、出会ったばかりの俺に対しても仕事に関する気に入らないことを口に出して言っていた。むしろ、聞いている俺のほうが話して大丈夫なのか? と心配になるぐらい。

 拓海の様子を見た俺は、ブラック企業に務めるサラリーマンが酒を飲んで管を巻いているみたいだという感想を頭に思い浮かべた。だが、その印象は痛々しいので彼には伝えず黙っておく。

「賢人は仕事楽しい? しんどくない?」
「うーん、疲れるって思うことは少ないかな。毎日、楽しんでるよ」

 嘘偽り無く、俺はそう思っていた。あんまり自分のやりたい事について、歌いたいとか踊りたいとかの執着がないからか、どの現場でも楽しいと思ってやれているからありがたい。

「いいな。僕も役者の仕事は辞めて、賢人の居るアビリティズ事務所のオーディションを受けてアイドルを目指そうかな」
「拓海なら、ウチの事務所ならすぐ採用って言われるかも。社長がやってきて来て是非ウチに所属を! って言いそう」

 冗談ぽい口調で言う拓海の言葉の調子に乗って、事務所移籍に同意する。まあ本当に移籍しようとするのなら大変だろうけれど。

「賢人の両親は? いい人?」
「え? うん、父さんも母さんも良くしてくれてるよ」

 今度は家族についての話。拓海の口ぶりからすると、彼の両親はあまりいい人では無いのだろうかと思ったら、案の定。

「僕のところは、子役時代に大きく稼いじゃったから。それでちょっと父親と母親が喧嘩するようになって今は別居中かな」
「えーっと、それは……」

 中々に重たい内容をサラッと告げられる。子役タレントの両親が揉めてトラブルを起こす、っていう話は結構聞いたりするけれど本当なんだ。それにしても仕事の話といい、家族の話といいあけすけ過ぎる拓海に、なんと言って返すべきか言葉に詰まる。

「あー、ごめんごめん。そんなに気にしなくていいよ。今は楽しい寮生活を満喫中だし。賢人の方は両親の仲が良いのはグッドだね」
「仲が良すぎて疎外感を感じることもあるけどね。今度、両親は海外に二人きりで引越しして行っちゃうからね」

 母さんが俺と父さんを好き過ぎるのを、よく感じる。まぁ、俺と父さんの二人で母さんの好感度を分散できて都合がいい感じだったから、疎外感もたまには良いんだけれど。ただ、俺が寮生活を始めて家庭から離れることになったら、母さんの大好きという感情が父さんに集中してしまって大変そうだと思う。

「なにか楽器はやってる?」
「あー。何も、やってないかな」

 またまた話は変わって、今度は楽器についてのお話。
 
 ボイストレーニングの指導を受けた時に、音程を覚える過程でピアノコードの基本は覚えて弾き方も少しだけ学んだけれど、曲を演奏するまでには至っていない。ギターも触ったことがある程度でコードの押さえ方は知らない。音楽に関係する現場に携わる者として、楽器の演奏を一つくらいは弾けるようになっていた方が良いかもと思い至る。

「僕も楽器が弾けないんだよね。覚えたいって考えてるんだけど、よかったら一緒に練習しない?」

 そんな話の流れで結局、いい機会だからと一緒になって楽器を覚える練習することを約束する。

 

 

第24話 学生寮案内

「まずはココ。食堂だ」

 先程出会った緑間さんに案内された先、学生寮の一階へと降りて来たらある食堂に到着していた。食堂の中に入っていくと、かなりな広さの部屋の中に長テーブルがずらっと並んでいるのが見える。

「朝は7時から9時まで、昼は11時から13時。そして夜は17時から20時までの時間に来ればご飯が用意されてるよ。メニューは決まっていて、ココに献立表があるから事前に知りたいなら見て確認してくれ」
「これですね」

 食堂に入った直ぐ側の壁に貼られたカレンダーと、その横には一か月分の朝昼晩出される献立メニューが載っている。ちなみに今日の夕御飯は餃子と麻婆豆腐、それから煮物に野菜サラダと書かれている。

 配膳カウンターの向こう側に厨房があるみたいだけれど、そこで仕込みをしているらしい。何かを焼いているような音と、辛味のある美味しそうな匂いが漂ってきている。夕飯がとても楽しみだ。

「規定の時間に間に合わなかったり都合がつかなかったら、食堂は一応朝5時から夜の12時まではずっと開放されているから、自分で弁当を買ってきて食べることも許可されてるし覚えておくと良いよ。水とお茶はあっちにいつでも用意してあるんで、自室で食べるんじゃなくてココで食べるようにすること」
「はい、わかりました」

 食堂はいつでも空いているから食事の時間以外にも利用して大丈夫、と。
 
 ここでも芸能活動をしている学生に配慮した仕組みになっているようだ。でも、なるべくなら時間に合わせて食いそびれることはないようにしたい。食費は家賃と同時に一か月分が前払いになっていて、既に支払い済みだから食べないとなるともったいないと思ってしまう。

「そうだ、あともう一つ。学生寮は基本的に男は女子寮に立入禁止で、女は男子禁止になってるけど食堂は共同だから。もし寮生の女子と会いたいとか、お話したいとか言う時は食堂に集まるのが良いよ」
「へーそうなんですか」

 もちろんのように男女の立ち入り禁止場所は厳しく決まっているらしく、男の俺は女子寮に入ることは出来ないらしい。もし寮母さん等に見つかったら、退寮処分になる可能性もあるので気をつけるようにと言われた。

「じゃあ、食堂は終わり。次はコッチね」

 食堂から出て、1階の廊下をしばらく歩いて行くと次の場所に案内される。

「ここがお風呂。ここも食堂と同じ様に5時から夜の12時まで開きっぱなしで、好きな時に入れるよ。ただ、時々掃除とかお湯の入れ替えとかで閉まっている時があるから注意して」
「なるほど」

 中を覗いてみると、かなり立派な大浴場のようだった。脱衣所はスーパー銭湯に有るような木目のロッカーが並んでいるが、鍵は付いていないようだ。共同だから知り合い程度の人の前でも裸にならないといけないのは恥ずかしいけれど、浴槽は広くて足を伸ばせるのが良いよね。

「見たら分かると思うけれど、鍵は無いから高めのアクセサリーとか財布とかの貴重品は持ち込まないように。じゃ次」

 そして風呂の次に案内されて連れられてきたのは、洗濯場。

「自分のことは自分でするように、もちろん毎日の着替えの洗濯も必要だ。面倒だけどね」

 ズラッと並ぶ洗濯機と乾燥機、何台か既に稼働中であるようだった。洗濯槽が回転する音や脱水をしている音が何台分も重なって、結構な騒音を出している。

「洗濯機と乾燥機は誰も使用していない開いてる台を見つけて、早い者勝ちだから。朝早くとか夜遅くに来れば大体開いてるから、その時間がおすすめかな。じゃ、次」

 次にやって来た大部屋には、テレビが何台か置かれてソファーや本棚なども置かれている。一見して何の部屋かは分からないところへ来ていた。

「ここは?」
「んー、レクリエーションルームって言うのかな? 正式な名前は知らないけれど、テレビとか有ってゲーム機も持ち込んで遊んでオッケーって部屋だよ」

 なるほど。レクリエーションルームには既に人が居た。寮生と思われる彼らは集まってテレビを見ながら楽しそうに会話しているのが見える。

 そう言えば自室にはテレビが置かれていなかったから、見たくなったらこの部屋に来ないといけないか。それとも一台買っておこうか。でも、買っても見ないかもしれないしな。

「ここも一応時間が決まっていて、夜遅くまで居て見回りの寮母さんに見つかったらめちゃくちゃ怒られるから注意して」
「はい、わかりました。肝に銘じます」

 どうやら、遅くまで残って怒られてしまった経験があるらしい緑間さんからの迫真の注意を聞き入れる。

「まぁ、知っておかないといけないのはこんなところかな。何か質問は有る?」
「んー、いえ。今は聞きたいことは無いです。ありがとうございました」

 緑間さんによる学生寮案内が終わって、食堂に戻ってきた俺たち。案内してもらった上に、途中で立ち寄った自販機で先輩らしく奢ってもらったコーヒーを手にして、今は二人で食堂のテーブルに向かい合い座って話をしていた。話題はお互いの仕事についてだ。

「緑間さんは、子役をしてたんですね」
「今はテレビの仕事は少なくて、舞台とかばっかりだね」

 シアタプレイアカデミーという俳優事務所に所属しているという緑間さん。他の芸能事務所に所属する人とガッツリとお話するのは初めてかもしれないと思いつつ、会話をしていた。子役時代に出演したという映画のタイトルを聞くと、知っているものも多くあった。緑間という名前には聞き覚えがなかったけれど、緑間さんの出演シーンを見たことがあるかもしれない。

「僕よりも、赤井くんが超大手のアビリティズ事務所に所属するアイドルって事に驚いたよ」
「デビューはまだですけどね」

 なんだか最近は事務所内部では面倒な揉め事が起こっているらしいから、デビューは当分先のことかもしれないけれど。アビリティズ事務所の外には出せない情報については、口をつぐむ。

「じゃあ、一つ聞きたいんだけど」
「なんですか?」

 緑間さんからの質問。興味津々という感じの目を向けられて、何を聞かれるのかドキッとする。

「あそこの社長さんて、オーディションの時に清掃員の格好で居るのって本当?」
「んー、どうでしょう。俺がオーディションを受けた時はラフでしたけど普通の格好をしてましたよ。でも何人かアイドル訓練生の友だちに聞いたら、あったって言ってたんで本当かもしれないです」

 都市伝説のように噂されているお話。実際に遭遇したという子に聞いてみれば、その辺にいるような清掃員という格好をしていたから、おじさんがいきなり質問してきてビックリしたと言っていた。真実かどうかわからないけれど。

 でも、本当かもしれないと信じさせられるようなユニークな三喜田社長だった。今度本人に聞いてみよう。

 そんな風に業界で噂になっている都市伝説のようなモノについて話し合い、気がつけばすっかり仲良くなっていた俺たちだった。

 

 

第23話 入寮

 荷物を肩に担いで学生寮へと歩いて向かう。駐車場や駐輪場がある道を通って、建物の中へと入っていく。

「こんにちは」
「おや、こんにちは。新入生かい?」

 学生寮の出入り口を入ってすぐのところにあった、受付らしき場所に居たおばさんに声を掛ける。どうやら彼女は学生寮の管理を任されている寮母さんの一人らしいが、残念ながら綺麗なお姉さんじゃなくて友達のお母さんという感じの人だった。

「入寮の手続きをお願いできますか」
「もちろん、コッチにおいで」

 小さな部屋へと案内されて、肩の荷物を下ろしてから椅子に座らされた。

「じゃあ、ちょっとココを読んでから名前を書いて」

 幾つか書類にサインをするよう指示されるので、言うとおりに書き込んでいく。名前を書くだけの、今日から入寮します、という事を示す内容の書類なので直ぐに書き終わった。

「それにしても、えらく早く来たねぇ」
「そうなんですか? 他の皆はもっと遅く来るんでしょうか?」

 今日から入寮できると事前に確認していたので早速来てみたけれど、どうやら俺は来るのが早かったらしくて他の新入生はまだ寮には来ていないと言う寮母さん。

「そうだねぇ。新入生の皆は、結構ギリギリの入学式直前ぐらいに来ることが多いかしら。それまで家族と一緒に過ごしたりしてるからね。中学生の子は、ほとんどそうだと思うわ」
「へー」

 どうせなら、家族の負担を早く減らそうと思って来た俺は薄情なのか。それに学生寮の家賃支払いは始まっているので、なるべく早く来たほうが得だと思っていた俺はケチなのかもしれない。どっちかと言うと、ケチの部分が多いかも。

 そのような世間話を交わした後、寮生活を始めるためのルールについてを軽く説明される。

 門限は決まっていないが、午後20時以降に仕事やら何やらで外出する用事があるなら事前に届け出が必要なこと。堀出学園の学生や家族以外の訪問者は、寮室への立ち入りを禁止する事。ペットを飼うことは出来ないこと等など。

 その他にも色々な学生寮ルールを聞かされたが、基本的には共同生活を気持ちよく過ごすための決まりごとなので守るように注意しなければ。

「はい、部屋の鍵。予備はあるけれど、無くしたら罰金だから注意してね」
「ありがとうございます」

 部屋の場所を聞いて、鍵を受け取る。405室が俺の今日から住む部屋の番号らしい。4階まで階段で登らないと。残念ながら、学生寮にはエレベーターがないので上り下りは自分の足で。

 寮母さんにお礼を言ってから部屋を出る。そのままの足で、自分の部屋へと一直線に向かう。

 最上階が5階の学生寮で、俺の部屋は4階部屋なのでまだ良い方かもしれない。

 新入生から中学2年生までは4階5階の部屋がランダムに割り振られて、中学3年生になったら3階に移動となる。そして、高校生になったら更に下の1階2階が割り振られるという、年が上がれば寮部屋は下の階が割り振られるようになり階段の上り下りが楽になる。まぁ、それまでの辛抱か。

 階段を登っている間に聞こえてくる、所々で話し声や楽器を鳴らす音。歌声などが聞こえてきたので新入生以外の寮生は既に寮に居るようだった。階段から見える窓の外には、男子学生の姿も見える。

 405室の部屋の前に階段を登ってきて到着する。鍵を回して扉を開けると、清涼感のあるクールな香りが漂ってきた。そして部屋の中を見て思ったのは、狭めのビジネスホテルの一室という感じだった。

「おっ、結構綺麗だなぁ」

 狭い室内にはベッドと勉強机、クローゼットに光を取り込む大きめの窓も有って生活するのに十分な環境だった。

 堀出学園の学生寮は、一人部屋だ。この学生寮は芸能活動を行う人のために学生寮らしく、個人のプライバシーにも十分配慮して一人部屋にしてくれているらしい。それから、それぞれで既に仕事がある人も居るから就寝する時ぐらいは1人の空間を用意してあげようという心遣いらしい。

 まあでも食事は食堂でないと食べれないし、風呂も大浴場が用意してあるだけで個人の部屋にはシャワーも備え付けられていない。寝るか勉強するか、部屋で出来ることは少ない。

 ベッドは事前に支払いを済ませていて、新品のマットレスと布団が用意されている。シンプルなデザインでいい感じのベッドだ。

 一人の空間というものは良い、寮生活とは言え親元から離れて生活するのは初めて。本当に自由になったと感じる瞬間だった。

 早速、荷物を取り出して部屋の中に配置したり、クローゼットには服を片付けていく。そんな作業も30分で終わって手持ち無沙汰になってしまった。

 ちょっと学生寮の中を見て回ろうかな、と思って部屋を出る。すると俺が部屋を出ると同時に、隣の部屋である404室の扉もガチャリと開かれる音が聞こえた。

「あれ? その部屋は空いてたはず。ってことは、新しい子?」
「初めまして、今日から入寮することになった赤井賢人といいます」

 ジャージを着て寝癖がついた、少しだらしない格好の少年。身長が低めで童顔、パッと見て小学生だとも思えるような少年が隣の部屋から出てきた。元から部屋に居て寮生活にも慣れた感じから、どうやら先輩のようなので慌てて挨拶をする。

「あー、よろしく。僕は緑間拓海(みどりまたくみ)って言うんだ。中学2年生ね。それで君は、えーっと中学生?」

 上から下まで俺の身体はジロジロと確認されて、そう質問される。ちょっと背が大きめだけれど、老け顔にも見えるのだろうか高校生に間違えられている?

「ハイ、そうです。今年堀出学園に入学する中学1年生です」
「よかった、大きいから年上かと思ったよ!」

 俺の答えに緑間さんと名乗った彼は無邪気な笑顔を浮かべて、俺が年下であったことを喜んでいる感じだった。

 背の高い俺が後輩で、背の低めな彼が先輩か。多分、傍から見たら逆に思われるだろうなと感じながら苦笑する俺。

「今日から入寮ってことは、まだ学生寮の中は見て回ってない?」
「そうなんです。寮にはさっき来たばかりで分からないから、今から見て回ろうかと思ってました」

「お! じゃあ、せっかくだから僕が案内してあげるよ」
「いいんですか?」
「全然オッケーだよ。どうせ暇だからね」

 緑間さんは面倒見の良い、とても人が良さそうな先輩だった。こうして、緑間さんと出会った俺は学生寮の中を案内してもらうことになった。

 

 

 

閑話05 クラスメートの女の子

 私がまだ小さい頃の、とても大切な思い出。

 今では誰もが知っている赤井賢人というトップアイドルは、私が小学生の頃のクラスメートだった。そしてそんな小さな頃から、賢人くんは今と変わらず皆から好かれるアイドルと言えるような存在だった。

 頭がとっても良くて、なんでも知っている。足がとっても早くて、運動なら何でもできた。そして、誰に対しても優しく接していた。クラスメートも関係なく上級生でも下級生でも変わらず学校の皆をまとめて、楽しい遊びを教えてくれた。

 男子は彼を中心にして皆で集まって喧嘩もしないで楽しそうに遊んでいるから、嫌われることなく男子からは人気者だった。

 かっこいい姿しか見せない、他の男子のように馬鹿だな嫌だなって思うような事を女子達にはしてこなかった。それで、女子の皆にも人気だった。

 けれど私はその頃、賢人くんが少し苦手だった。小さな頃の私には、完璧過ぎる賢人くんは遠い存在。私なんかがおしゃべりしようとすれば嫌われるかもしれないし、容姿にも自信が無かったから顔も合わせられないと思い込んでいた。

 だから、近寄り難く遠くから眺めるだけの別世界の人だと思っていたから。

 今考えれば、私が賢人くんを好き過ぎていたから。近付きたいのに無理だと思ってしまう状況が賢人くんへの苦手意識を生んだんだろうと思う。

 けれと、そんなある日。私は賢人くんと二人っきりになって、お話をする機会があったのだ。

 平日の授業も終わった放課後。どういう経緯かはもう忘れてしまったけれど、小さい頃に私は犬に追いかけられていた。街中を逃げて逃げて、気がつけば自分の居場所がわからなくなっていた。

 迷子になってしまって、何処に行けばいいのか、どうすれば良いのか。空も夕暮れで、だんだんと暗くなっていく。私は知らない場所で一人っきりになって家に帰れない恐怖に、その場で泣いて立ちすくんでいた。

「あれ、真帆ちゃん?」
「け、賢人くんッ」

 そんな時に突然現れた賢人くんを見て、私は助かったという気持ちで心はいっぱいになっていた。けれど、すぐに恐怖の気持ちに変わってしまう。一人きりで泣いている姿を恥ずかしいと思って、こんな姿を見られたら賢人くんに絶対に嫌われる、と考えてしまったから。

 賢人くんから顔を見られないように明後日の方向へと向けて、けれどどうすればいいのか頭は混乱していた。

「ほら、大丈夫。落ち着いて?」
「あっ!」

 賢人くんの手は気がつけば私の手を握ってくれていた。それだけで恐怖で固まっていた私の身体は、握られた手の先から温かな気持ちが広がって落ち着いていったのを覚えている。

「あの、あのね。わたし」
「うん」

 慌てた私の言葉を賢人くんは落ち着いて聞いてくれた。怒ったり呆れて放って行ったりしないで、ゆっくりと私に合わせてくれていた。

「ま、迷子になっちゃった」

 迷子という言葉を口にする時は、本当に緊張していた。とても恥ずかしいという気持ちで打ち明けた。けれど、その言葉を聞いた賢人くんは馬鹿にしたりせず優しい笑顔を浮かべて助けてくれた。

「じゃあ、一回学校に戻って。そこからお家への道は分かるかな」
「うん、学校からなら家に帰れる」

 そして、手を繋いだまま優しく導いて学校まで連れて戻ってきてくれた。大分遠くまで犬から逃げたと思っていたのに意外と近くに小学校はあったのか、すぐに到着していた。もしかしたら、賢人くんと手をもっと繋いでいたかったという気持ちの錯覚かもしれないけれど。

 とにかく、学校へ戻ってこれた私は賢人くんにお礼を言った。もうこの頃には賢人くんに対して感じていた苦手意識は薄れて、好きだという気持ちを自覚していたんだと思う。

「ありがとう、賢人くん」
「どういたしまして」

 笑って答えてくれる賢人くんの表情。真正面から向けられた笑顔は王子様のようだ、と私は思った。

「ここからお家には1人で帰れる? 一緒に行こうか?」
「ううん、だいじょうぶ帰れるよ」

 子供だとは思えない優しい気遣いをしてくれて、家まで送ってくれようとしていた賢人くんを私は断った。それ以上は、一緒に居るのが恥ずかしい。迷惑を掛けたくないという気持ちで。

「それじゃあ、また明日。バイバイ、真帆ちゃん」
「うん。ハイバイ、賢人くん」

 その前にも何度か私の名前を呼んでくれていた賢人くん。ようやくその時になって、私の名前を覚えていてくれていた、という事が分かった。

 私のことを知ってくれていて名前を覚えてくれていたなんて、別れる最後まで嬉しい気持ちをドンドンと大きくしてくれた賢人くん。私は、賢人くんの姿が見えなくなるまで手を降って見送った。その日に感じた幸せを、私は忘れない。

 それから結局、小学校を卒業するとアイドルになるための芸能活動を専念するために堀出学園という中学校へと進学していき、その後は無事デビューを果たして今に至る赤井賢人くん。

 賢人くんにとっては、もう覚えてもいない。なんてことのない出来事かもしれないけれど、私にとっては大切な思い出の一つだった。

 

 

   

第22話 新生活準備

 小学校の卒業式を終えて数日後。新しい住処となる堀出学園の寮へと引っ越しをする日となった今日。

 母さんに自宅の前で、俺は背中に手を回されて抱きしめられている状態にあった。まるで、何処にも行かせないぞ! という風に。

「本当に行っちゃうの? 寮に行くのは辞めにしない?」
「今更何言っているんだよ母さん、俺は行かないと」

 ギュッと力強く抱きしめられながらの言葉、苦笑しながら俺は答えるが見上げてる母さんの目は少し本気であるように見える。

 成長期である俺は最近になって更に身長が伸びてきていて、中学に入る前なのに既に170センチを超える背の高さになっていた。だから、母さんの背丈も超えていて抱きつかれながら少し見下ろすような形になっている。

「母さん、そろそろ賢人を離してやれ。もう行かないと」
「でも、お父さん。今日別れたら次いつ会えるのか分からないわ!」

 既に車に乗って出かける準備を終えていた父さんが、早く出発したいという気持ちが有るのか、やんわりと母さんに指摘する。

 そう、次に会えるのは何時か分からなくなるという母さんの言葉は本当だった。というのも、俺が寮生活を始めるという事を決めると、両親も仕事の都合で4月から海外に行くことを決めたという。海を渡った外国に引っ越して生活するらしい。

 以前から海外赴任の要請が有ったそうだけれど、俺が芸能活動を始めてしまったので仕事よりも優先して俺の世話をしようと日本に留まってくれていたそうだ。そして、今回俺が寮生活を始めるタイミングで両親も海外に引っ越していくようだった。

 母さんは俺が近くに住んでいると思ったら会いに行ってしまうから、できるだけ離れた場所で物理的に容易には会いに行けないようにしないと、と自重するための方法を考えて。

 父さんは、せっかく俺が親元から離れて寮生活を始めるのだから簡単には両親を頼れないような環境を作って、俺から甘えを無くそうと考えて、という事らしい。

 両親が色々と配慮してくれていて、仕事の都合よりも俺自身のことを優先させてしまっていた事に迷惑をかけていたんだと申し訳無さを感じるが、大事にされていたんだとも感じて素直に嬉しく思った。俺は色々な人に助けられながら生きているんだと実感する出来事だった。

 そして、早めに親の面倒を少しでも軽減できるようにと寮生活を始めると決めたことは、正解の選択だったと思っている。

「母さん、離ればなれになるけれど夏休みとか冬休みの時に会おうと思えばまた会えるから」

 そう言って、一度俺の方からもギュッと母さんの身体を抱き返した後。背中に回されていた母さんの腕をゆっくりと外して離れる。

「じゃあ、もう行くね」

 別れを告げて、すぐさま父さんの運転する車の助手席に乗り込む。これ以上長引くと、母さんに俺の気持ちが引き止められて寮生活を辞めにしたくなりそうだったから。

「よし、出発するぞ」
「うん、お願い」

 車に乗り込んだ俺に声を掛けて確認をすると、キーを回してエンジンを始動させる。そして、車は堀出学園の寮へと向かって出発した。


***


 街中を1時間ぐらい車を走らせると、これから新生活を始める寮の近くに到着する。自宅からは電車に乗っても同じぐらいの時間で来られる、以外と近めの場所だった。

 学生寮は5階建て白色の建物で、男子寮棟と女子寮棟が2棟に別れて並んで立っているのがそうたった。そして、学生寮からも見える近さにある学校校舎と運動場がある場所が堀出学園だ。この近さにあるなら、毎日の通学も楽そうだと思う。

 ここから後は荷物を持って寮の中までは歩いて行ける距離なので、車を降りれば父さんとはココでお別れだ。

 新しい住まいに持っていく俺の荷物は非常に少なかった。二泊三日の旅行かばんに着替えと中学校の新しい制服、それから日用品を詰めて足りるぐらいに少ない。必要なものがあればコッチで買えばいいかと考えて余計な荷物を減らしていったら、こんなに荷物が少なくなっていた。

 自分の荷物のあまりの少なさに、今後は少しぐらい思い出の品とか大切なモノを作って残して置くって事をしないといけないかもしれない、と思うけれど自分は執着が少ないほうだから。今後も増えないかもしれないし、手荷物が少なくなって良いかという結論に達する。うん。

 それから着替えが少ないのは身体がデカくなっていっているから。ドンドンと身体が大きくなっているので、身長に合わせて服を買い替えていかないとすぐに着れなくなってしまう。
 新調した堀出学園の制服も、かなり大きめに作ってあったのに入学式もまだという今の状況で、既に良さげなサイズになろうとしていた。読みが甘くて、当てが外れてしまった。でも、身長が高いのは嬉しいのでドンドンと成長していってほしいと思っていたり。

「忘れ物は無いか?」
「大丈夫。全部持ったよ」

 車を降りて荷物を背負う。父さんの注意に、持ち物を確認して間違いなく忘れ物は無いことを確かめる。

「じゃあ、病気と怪我には気をつけて。勉強も頑張れ」
「うん、父さんも健康に気をつけてね」

 必要な時以外には結構無口な父さんは、別れの挨拶もあっさりとしたもの。俺を車から下ろすと、二言三言の会話を交わしてすぐ車を走らせて行ってしまった。

 去っていく車を見つめていると、本当に両親から離れての生活が始まるのだと強く感じた。そんな気持ちを切り替える。

 さぁ、コレまで続けてきた生活とは違う中学生となる時代が始まる。まずは、今後の何年間かを過ごすことになるだろう学生寮へと向かおう。

 

 

第21話 小学生時代の終わり

 前後左右を女子に囲まれている状況、そして全員から黙ったままジッと見つめられている圧迫感に、思わず退いてしまいそうになる。

 女子相手なら身長でも体力でも腕力でも勝っているから包囲から突破するのは簡単だけれど、そうすると怪我をする子が出るかもしれないから無理はできない。

 とりあえず話し合いで解決しよう、と考える。それにはまず、目的が何なのかを知る必要があった。

「なに? どうしたの、皆?」

 周りを囲んで俺を見てくる女生徒達に首を回して目線をあちこちに向け目を合わせながら、笑顔の表情を意識して浮かべて問いかける。本当に何事なのかと。

「あの」
「ん?」

 クラスメートの女子、茉生(まい)ちゃんと言う名前の普段は活発で性格の明るい子が、集団の中から前に出てきた。いつもと全然違う緊張した態度で手を前で組んだり離したり忙しなく動かしながら、なんとか俺の疑問に対しての答えを教えてくれるようだった。

「ココに居る皆は、賢人くんがアイドルを目指して頑張っていることを知ってるんだ」
「あ、うん、そうなんだ。俺の事について知っていたんだね」

 まかさ、知られているとは。まだまだレッスンを受けてトレーニングを積み重ねる日々で、アイドル訓練生である周りの人達と比べたら仕事をそこそこ受けて活動をしてはいるけれど、アイドルとしてデビューしたわけじゃないから知る人は少ないだろうと考えていた。

 ましてや、学校に通っている間はクラスメートの人たちから芸能活動について聞かれることは無かったし誰も口にはしなかったので、知られていないだろうと思っていた。けれど、それは違っていたようだ。

「でも賢人くん、もうテレビに出たこともあるじゃない。テレビに出れるなんて、有名人だよ」
「ライブにも出てるんでしょう?」
「私は、雑誌に名前が載っていたのを知っているよ!」

 先程まで黙って周りを囲んでいた女子達が、俺のアイドルに関する活動について何を見て聞いて読んで知ったのかを口々に答えていく。

 テレビには出演していたけれど、画面の端だったり暗がりで顔もよく見えなかったりピントが合ってなかったり、映像をよく目を凝らして見ないと出演しているなんて分からないと思うけれど。自分でも放送を確認してみた時には、全然写れてないなぁと思ったぐらいだし。

 ライブにしても、メインはアイドル達でありパックダンサーをしている自分は注目されていなだろうと思っていた。

 雑誌は、何だろう? これは身に覚えがないし、取材を受けたなんて仕事は無かったけれど。自分ですら把握していない活動まで知られている。

 とにかく、俺の活動について思っている以上に周りから認識されていたらしい。そう思うと今更になって非常に恥ずかしい。俺は誰にも知られず芸能活動が出来ている、と思い込んでいる自分が……。

「知っているなら、知っているって言ってくれたらよかったのに」

 そうすれば、今感じている恥ずかしさを知らずに居られたかもしれないのに。いや、もしかしたら話題にされていたらされていたで、もっと恥ずかしいと思っていたかも。

「私達、賢人くんの迷惑にならないよう嫌われないようにって思って知っていることを秘密にしていたの」

 確かに友達が有名人になっていったら、どう接していいか分からないかもしれない。彼女たちと同じ様に、そのまま知らないふりして普通の友達として普通に接して日常を続けるのが一番かも。

 そう考えて俺にそうやって配慮してくれて、小学校生活を楽しく過ごせるように気遣ってくれた彼女たちの行動はありがたいと感じる。

「でも、今日は卒業式で会えるのは最後になるかもしれない。賢人くんは遠くの中学校に行くんでしょう?」
「あぁ、うん。それも知っているの?」

 周りの彼女たちが頷き、知っていたと肯定を表す。どうやら、女子達は皆で情報を共有しているのか、俺が想像している以上に噂されて俺自身のことを色々と知られているのかもしれない。

「だから最後になるかもしれないから、私達は少しでも賢人くんとお話をしたいって思って我慢できなくなっちゃった。ごめんなさい」
「そういう事か。全然いいよ気にしないで」

 俺の言葉に、周りの女子達が安堵の表情を浮かべている。連れ出された理由が分かって、俺も安堵する。

 それから皆で会話をした。というか、俺が一方的な質問攻めにあっていた。それも今更にながら、好きな食べ物や嫌いな食べ物は何か、好きな色は、見てるTV番組や漫画等など聞かれる。

 そう言えば、今まで一緒に休み時間などに遊んだことは有っても好き嫌いの話や個人的な事については、あまり話したことがない事を思い出す。それも彼女たちの配慮のなのか。
 そして、その時になっても芸能関係についての話題には触れず。あくまで普通の友達としての話題しか話そうとしない彼女たちを好ましく思った。

 けれど卒業式を行った後の今、そんなに時間があるわけでもなく別れの時は近づいていた。もうそろそろ、皆戻らないといけないかと思っていると。

「あ、あの。これ……」
「あっ! 駄目だよ、真帆ちゃん」

 俺に向けて何かを差し出す、真帆ちゃん。それを止めようとする友達。けれど必死な様子の真帆ちゃんに何だろうと手元を見てみれば、彼女は色紙を取り出していた。

「サイン、書いてもらえない、かな?」
「もちろん、おやすいご用だよ。皆も、折角の機会だから遠慮せずに」

 色々と俺に対して配慮をしてくれたようだったから、サインぐらいなら幾らでも書こうと了承する。俺がみんなに対しても必要かどうか聞いてみると、皆が遠慮がちに色紙を取り出して列を作り始めた。というか、皆やっぱり用意をしていたのね。

 それにしてもサインを事前に考えておいて、練習していてよかった。母さんや事務所の人からサインは必要になるから早めに考えていたほうが良いとアドバイスされて、作っておいたのが功を奏した。

 こうして、俺の小学校卒業式はサイン会を行って幕を閉じた。

 

 

第20話 卒業式

 仕事をしてレッスンを受けて勉学に励んでいると、子供の身でも月日が流れるのが非常に早いと感じる。もしかしたら、転生という特殊な体験をしている俺だけの感覚かもしれないけれど。

 それはともかく、気がつけばアッという間に卒業式を迎える日となっていた。

 在校生、卒業生の両親など多くの人々に大きな拍手で迎えられながら、卒業生である俺たちは式の行われる体育館へと入場していく。

 卒業生全員が、席に座ると連日練習をしたプログラム通りに卒業式は進行していく。全員で校歌を歌い、在校生から卒業生への言葉が読み上げられて、卒業証書が一人ずつ順番に校長先生から授与されていく。

 その後は定番の、校長先生、教頭先生、PTA会長ら偉い人たちのお祝いや激励の言葉が続く。やはり、ちょっと長めで退屈しそうになるが何とか耐える。

 それらを終えると卒業生全員での別れの言葉。代表が一人決められるのではなく、一人一回以上のセリフを割り振られていて順番に言葉を述べていく。もちろん俺にもセリフがあった。

「六年間いろいろなことがあったけど、いつもぼくたちを励まし教えてくださった先生方。ありがとうございました」

 終盤の結構重要な部分のセリフを任されていて、心をこめて噛まないように注意しながら大声で言い切る。何故か、何千人ものお客さんが居るライブやテレビで流れる番組の撮影で踊る時よりも緊張していた。そう感じたのは卒業式なんて一生に何度も有るわけじゃないから、って事だからだろうか。

 とにかく、何とか卒業生の別れの言葉も失敗せずに終わった。卒業式の最後には、一年生の手作り首飾りを掛けてもらって退場していく。順調にプログラムされた通りに卒業式は進行した。

 卒業生が退場するため列になって進んでいく体育館の出入り口付近で、校長先生が一人ひとりに固い握手をして送り出してくれていた。

「中学生になっても元気で、君は人とは少し違った険しい道を行くそうだが、頑張って」
「はい、ありがとうございます」

 俺も体育館を出る直前に校長先生との握手をしながら、そう声を掛けられた。白髪の高齢な見た目なのに、意外と力強い握手。

 そしてどうやら、俺の今後の進学先についても把握してくれていたのだろう。そして、応援してくれてもいる。気にかけてくれたことにお礼を言って俺は体育館を出た。

「フーッ、終わった」

 緊張して固く縮こまっていた身体を、グイッと両手を空に向けて伸ばして解きほぐす。そして、ぐるりと校庭を見渡してみた。6年間もの長い間を過ごした小学校とは今日で終わりか、という感慨深い気持ちが沸き起こる。

 体育館を出てきた卒業生の生徒たちは皆、後から出てくる両親のもとに駆け寄って行く。俺も卒業式を見に来てくれていた両親と早く合流して、もう帰ろうか。

 校庭や校舎を目にして、しみじみとする心を切り替えようと帰る支度を始める。数日後には中学校の寮へ引っ越しが有るので、家の片付けも必要だから。さっさと行動しよう。

 両親を見つけようと周りを見渡していた、その時だった。

「賢人くん」
「あれ? 真帆ちゃん。どうしたの?」

 今日同じく卒業するクラスメートの真帆ちゃんから、聞き逃してしまいそうな小さな声で呼ばれる。彼女は顔を赤く染めながら、俺から少し距離を開けて遠慮しているような感じで立っていた。

「ちょっと一緒に来てほしいの」
「え? どういう事?」

 離れて立っていた距離から、スッと近づいてきたと思ったら腕を掴まれ引っ張られた。女子の力なので振りほどくことは簡単だけれど、彼女は俺に何か用事があるらしいから引かれるまま、何処かへと連れて行かれる。

 これは、もしや! とある考えが思い浮かぶ。そう、まさかの告白!?

 新たな人生の一歩を踏み出すことになる卒業式では、意中の人に告白する人が多いって聞いている。彼女もそうなのだろうか。

 いやしかし、クラスメートではあるけれど特別に彼女と親しいわけでは無かったと思う。一人の友だちとしての関係しか無かったはず。好かれるような事をした覚えもない。

 なら告白は俺の早とちりか。いやでも、じゃあ今連れて行かれようとしている体育館の裏、人気のない場所に引っ張られているのは何の為だろう。告白以外の目的が思いつかない。

 じゃあ、やっぱり告白だろうか。

 手を引かれて連れて行かれている間、ぐるぐると思考が駆け巡る。転生してからは、初めての恋愛に関する出来事。まだ小学生の幼い自分に発生するとは思っていなかったし、突然のことにとても動揺していた。それは、何度経験しても恋愛に関するいざこざに俺は慣れそうもないから。

 いや、けれど俺は数日後には寮生活をするために、少し離れた街に引っ越しすることになる。仕事にレッスンに今以上に忙しくなるかもしれないから、恋愛する時間がないかも。そもそも、アイドルとして恋愛することは禁止されているのかも。

 だから、せめて誠意のある断り方をして、彼女を悲しませないようにしないと。

 腕を引っ張られて連れられている間に、そう決心した俺だったが呼び出された理由は予想とは違っていた。

「ん? え? あれ、どうしたの皆?」

 連れられた先には、クラスメートの女子達全員が待ち構えていた。そして、クラスメートだけではなく他の学年の女生徒も見える。いやこれは、今から告白しますという雰囲気ではない、と思う。

 何事かと身構えているうちに、総勢数十人の女性にぐるりと周りを取り囲まれて逃げ道を塞がれてしまった。

 

 

閑話04 事務所のゴタゴタ

「くそっ、アイツらふざけやがって」

 イライラを発散させるように社長室のデスクを殴って、潜めた声ではあるものの怒りの言葉を外に放ったのは、アビリティズ事務所の社長である三喜田だった。

 普段の彼は温厚で怒ることは滅多に無かったが、そんな彼が語気を荒げていて、そうまでしても怒りが収まっていなかった。

 彼が何故怒っているのか、その原因は副社長の独断専行にあった。三喜田の知らない内に事務所の方針とは異なる仕事を受けてきたからだった。

 事務所社長の三喜田は、アイドルをじっくりコツコツと気長に育成してから実力に見合った出番を用意してあげることが大事だと考えていた。

 しかし、副社長は三喜田の考えを否定していた。とにかく事務所に所属するアイドル全員のメディア露出を増やして、知名度を上げることが大事だと考えていた。そして、万が一にも失敗したら早々に切り捨てて次の人材を探す事でサイクルをどんどん回すことが肝心要だとも言っている。

 確かに、副社長の考えとして早めにアイドルとして成功するかどうか見極め判断してあげて、もし駄目そうだったならば早々に諦めさせて別の道を探してあげる、ということも大事だろうと。

 アイドルの為にそうやって考えて行動しているのなら、三喜田も副社長と議論の余地が有るだろうと感じることが出来たかもしれない。

 だが、三喜田は副社長の本質をよく理解していた。彼が金稼ぎにしか興味を持っておらず、アイドルという人材を駆使してどれだけ早く資金を回収するのかに熱中している、という事を。

 三喜田はそんな副社長の考えを危惧して、事務所の方針を明確に打ち出した。アイドルという人材を大事にしよう、事務所が手厚くサポートしてという事を。

 アイドルという人材を大切にしないと、芸能事務所として長く続けていくことは不可能だと三喜田は先行きを考えていた。

 けれど困ったことに、アビリティズ事務所の中には副社長の意見に賛成する社員が一定数以上も存在していた。会社としては、お金を稼ぐことが一番に大事だと考える社員が。

 アビリティズ事務所を、大手と言われるまでに発展と成長をさせてくれたアイドルを見出したのが三喜田だった。だがしかし、ここ数年に関して言えば過去のように偉大なアイドルとなる人材を三喜田は見いだせずにいる。

 かつてのような、鮮烈な仕事が出来ないでいるから社長としての影響力がドンドンと弱まっている、ということだった。

 そんな状況をつけ入る隙だと思ったのか、副社長は社長の業務を妨害し邪魔することで更に力を弱めようと画策していた。

 アビリティズ事務所は外から見れば大手と言えるような芸能事務所として大変に有名であったが、内部はこんな風に危うい情勢だった。


***


 その事に三喜田が気がついたのは、一ヶ月も経った時だった。日常的な社長としての仕事に加えて、色々な所から発生する嫌がらせによって肥大した業務量を処理するのに時間がかかっていた。

 いつもなら、すぐにチェックするはずだった先日実施したアイドルオーディションの合格者の確認と、その後のレッスンの成果などを確かめようとした時だった。


「ない、ない? ないっ!?」

 そこに三喜田が一番に注目していた筈の、赤井賢人という人物の名前や動向が載っていない。何度も書類をチェックし直してみたが、彼が望む名前は合格者リストには載っていなかった。

「め、恵美さん。ちょっと確認したいんだが……」
「はい、なんでしょう。社長」

 とても焦る気持ちで社長秘書の中宮恵美(なかみやめぐみ)という女性に向かって、事実確認を行うようにお願いする、祈るような気持ちで状況を知ろうとする三喜田。

「先月行ったアイドルオーディションの合格者は、このリストに載っている者たちで間違いはないか? 漏れは無いか?」
「ちょっと待ってください、ただいま確認します」

 三喜田から書類を受け取った恵美は、自らの目で内容を読んで確認した後に担当者に確認を取りに行った。

 あの書類に間違いがあってくれと、祈りの気持ちで顔の前に手指を組んで握った。そして、しばらくして戻ってきた恵美の言葉は。

「担当者に確認したところ、書類に漏れは無いそうです。このリストに載っている人物のみに、合格通知を送付したようです」

 恵美の事務能力は非常に優れていて、仕事に間違いもなく普段から非常に助けられている。だが、今回ほど間違ってくれと思った事は無いと三喜田は考えていたが、その願いも虚しく。赤井賢人の名が合格者リストの中に無い、ということは事実だった。

「オーディションの最終審査の議事録の中には、赤井賢人という少年の名も合格者の中に加えられていた筈ですが、どのタイミングでかは不明ですが、いつの間にか合格者リストから外されていたようです」
「そうか」

 コレも副社長の妨害行為だとろうと三喜田は思った。まさか、こんな風にして嫌がらせをしてくるとは。しかも三喜田にとっては今回の出来事は、非常に致命的とも言える妨害行為。

 目をかけていた少年に合格通知を送付することが出来ていない。もしかしたら、不合格だと思ってウチの事務所に所属するのを諦めているかも、もしくは他の芸能事務所のオーディションに既に応募しているかも……。

 芸能事務所のオーディションでは合格した人だけに知らせて、不合格者に通知する事はあまり無い。アビリティズ事務所でも不合格に通知はしていない。これは、応募者をキープするという目的もあって連絡しない、というのが業界での通例となっていた。

 だから、オーディション受験者も事務所から通知がなければ不合格だと判断して、次のオーディションを受けに行く。

「いや、しかし。もしかしたら、まだ……」

 赤井賢人が合格者リストから漏れていたという事を確認できた時には、既に18時過ぎの業務終了時間。

 明日に回すべきか、こんな遅い時間に自宅を尋ねるのは無作法だろう。そう考える三喜田だったが、居ても立ってもいられない。本日中に自ら赴いて、合格の知らせをするべきだろうと考える。もしも、他の事務所に行こうとしているのなら説得してなんとしてでもウチに来てもらう。

 普段のラフな格好から、スーツに着替える。説得の為に、せめて誠意ある格好をして向かわないと。

 あれ程の人材を手放すことになるのは、事務所にとっても大きなダメージだと言うのに内部抗争なんてしている場合じゃないだろうにと、三喜田は怒っていた。

 そして事実が発覚したその日の夜に赤井宅を訪問して、結果的には赤井賢人のアビリティズ事務所への所属は予定よりも遅れたものの無事に契約することが出来た。一安心する三喜田。

 ただ、今回の妨害工作は非常に重く受け止めないと。今後も更に過激になっていけば、事務所として致命的な失敗につながるだろう、何とかしなければならないと対策が必要だと三喜田に考えさせる出来事となった。

 

 

第19話 進学先

 小学6年生に進級した俺は、中学校への進学を考える必要がある時期にきていた。というのも、芸能事務所に所属している俺が普通の公立もしくは私立の中学校に進学しても大丈夫なのかどうか。

 そういう事を事務所の人に相談してみたら、どうやら芸能人向けの学校が有るらしいということを教えてもらった。

 その名は堀出学園という。中高一貫校でタラントコースと言う、才能を認められた俳優や歌手、あるいはプロスポーツ選手にアイドルなどをして現在活躍している、もしくは将来活躍する予定のある人のために設置された進学コースが有るらしい。

 ちなみに、タラント(talant)とは重量の単位を意味する古代ギリシャ語で、タレント(talent)の語源と言われている言葉らしい。

 その学園では芸能活動をするのにサポートが充実しているらしくて、仕事の都合に合わせて授業時間を調整してくれたり、長期に渡って平日の通学が困難となった場合も週末や夏休み冬休みの長期休暇を利用した補習をしてくれるなど、芸能活動を行いながらでも学業を疎かにせず兼業する事が可能な環境らしい。

 さて、その中学校に進学するべきか。悩んでいると、事務所の人が気を利かせてくれて更に詳しい説明を両親と交えて行ってくれるという。

 わざわざ両親に訪問予定日を確認、調整して自宅へと説明しにやって来てくれた堀出学園の先生。

「息子の為にわざわざお越し頂き、ありがとうございます」
「いえ、我が堀出学園も賢人くんの優秀さは確認していますので、ぜひとも堀出学園に入学して頂きたいと考えています」

 父さんと40代ぐらいの男の先生、北垣春夫(きたがきはるお)という名前の学園では社会科を教えている先生らしい、が握手を交わして仕事の打ち合わせをするような硬さで会話を始める。

「では早速ですが、堀出学園のシステムについて改めてご両親にも説明させて頂きます」

 そう言って、テーブルの上に広げた入学案内パンフレットを駆使して堀出学園について説明をしてくれる。

 芸能活動をしている人のサポートがとても充実しているということ。それから学園は芸能事務所とも直接やり取りするシステムが構築されていて、仕事の実情について学園の人が知れるように、そして学園での生徒としての学生生活の状況を事務所の人が知れるなど、情報共有を密にしやすくしているらしい。

 だから、芸能活動も普通の中学校へ通う時に比べて自由に出来るという。

 それから、学園の建物も芸能人など注目を集める人だと考慮して建てられているらしい。例えば、学園の周りを囲む塀を高くして内部を外から見えにくくしたり、学園内には多数の監視カメラを設置していて、登下校中も教員が監視を強化するなどセキュリティーを万全に整えているとのこと。

 マスコミや報道関係者から守ってくれる、有名人が勉強するのには良い環境が整えられているという。

「それから、堀出学園ではタラントコースの他にも育英コースという、いわゆる学業での特待生を迎えるコース。進学・進路選択コースという通常の公立高校と同じような扱いで設置されているコースもあります」

 芸能人以外の普通の一般人が学園に通っているらしい。その人達に混ざって、学園では芸能活動だけでなく学業でも力を入れて取り組むことを奨励しているという。

「中高一貫校という事で、大学入試について不安視されるかもしれませんが安心して下さい。堀出学園は、かつてタラントコースから東大に合格した学生も居るくらいですから」

 それだけサポートしてもらって一般の人とも混じって勉強が出来るのなら、芸能人という違いは関係なく学業にも専念できるのだろう。

「一つ注意して頂きたいのが、堀出学園は全寮制なのです」

 芸能界を生き抜くため「自立」と「社会性」を早めに学ぶ事を目的に、タラントコースに入学する人は寮生活を義務付けられているという。

 学園に入学したら、親元から離れて規則正しい寮生活をすること。それにより子供でも自らのことを自らで行い、自らの発言から行動まで責任を持つよう、心身たくましく鍛えようという考えらしい。

 俺としては、早めに親元を離れる経験が出来るのはありがたい。別に両親が嫌いな訳ではなく、今の生活が苦しいというわけでもない。けれど、自分の持つ秘密によって一緒に生活している時、ふと申し訳無さを感じる時もあった。

 ただ、母さんの表情からは反対! という感情が読み取れる。口には出していないけれど。父さんは、……どうだろう。

「賢人くんは、既にダンサーとして活躍していらっしゃいます。また、所属するアビリティズ事務所における評価も高いようですので、いずれアイドルとしてデビューをなさる可能性もあるかと思われます」

 だからこそ、ぜひ堀出学園への入学をオススメしますと北垣先生は俺達に力強く言って話を締めくくった。

 堀出学園についての説明が終わると、帰っていった北垣先生を見送り今度は俺と父さん、母さんが集まって家族会議が始まる。

「父さんは、この堀出学園に入学するのはとても良い事だと思うぞ。寮生活で離れ離れになるのは寂しいが、自分のやりたい事をするのにはとても良い環境だと思う」

 そう言う父さんは、堀出学園への入学を賛成するというスタンス。

「お母さんは、……反対したい。まだ中学生なのに、こんなに早くに離れて生活するだなんて」

 やはり母さんは、寮生活になるからと反対する意見のようだ。

「最後にどうするか、決めるのは賢人。おまえだ」
「もちろん、賢人が決めた事なら全力で支援するから。あなたのしたいように」

 父さん母さんから、どうするか最終判断を問われる。どちらの意見も尊重したいけれど、俺の心は既にどうしたいか決まっていた。

「俺、堀出学園のタラントコースに入学するよ」