7.遅すぎた後悔、そして -王子視点-

 ドアを開いてくれたイザベラに挨拶をしてから、久しぶりに見た彼女について観察をした。
 イザベラは平民が着るような質素な白いワンピースを身に着けていた。しかし、ドレスを着ていた頃のイザベラに比べて今の格好は非常に似合っていて落ち着いた様子だった。なによりも、俺とは違って10年経ったのにもかかわらずイザベラは美しい女性のままだった。

 ふと今の自分が長旅でくたびれてしまった格好であることを思い出し、イザベラの格好を俺がとやかく言えるような立場ではないと思い至る。極秘で隣国へやって来た俺の今の格好は、見るものによっては盗賊だと言われるような薄汚れた格好であった。

 イザベラの事を観察を続けていると、耳に飛び込んできた言葉に俺は一瞬虚を突かれた。
「あの、大変申し訳ないのですが、どちら様でしょうか? 貴方は私の名前を知っているようですが、私の知っている方でしょうか?」

 イザベラの口から出た言葉が頭で理解できた時に、やはり10年前に俺がしてしまった事を許してはいないのだろうと瞬時に思った。けれども、イザベラの口調から嫌味は全く感じなくて、本当に誰だろうと疑問に思っているような問い掛けだった。そして、イザベラが俺のことを本当に誰か分からず質問しているのかもしれないと理解した。

 10年の月日が経ってイザベラは俺の事を忘れてしまったのか。いや、10年間で一切接触が無かったのに、突然現れた俺という存在に気付けないでいるだけだろうか。
 良い方にも悪い方にも考えられる今の状況に、速やかに俺が誰であるかをイザベラに説明したほうが良いだろうと判断して、肌身離さず首に下げている俺という存在を一発で証明出来るであろう王族にのみ継承されるペンダントを服の内側から取り出してイザベラに見せる。

「私は、フロギイ国の王。アウレリオだ」
 手のひらに載せたペンダントの先に取り付けられたメダルを覗き込んで確認するイザベラ。メダルの観察を続けてしばらく悩んで、ようやく俺のことを思い出してくれた。

「……あぁ、お久しぶりですね!」
 どうやら、10年という月日が経って俺のことを本当に忘れてしまっていたらしい。確かに俺は彼女に許されざる行為を行ってしまったけれど、イザベラの記憶から消されていたという事実には多少のショックを受けていた。
 ペンダントを服の内側へと戻す。イザベラは、時間は掛かったけれど俺のことについて思い出してくれたし、彼女の印象はこれから挽回していけば良いだろうと思い直して、イザベラとの話を進めることにした。


***


 イザベラの現在住んでいるという家の中へと招き入れられて、短い廊下を通って手狭な部屋へと案内された。そして、部屋の中央にあるテーブルへと座らされる。

 やはり、家の中も質素であり家具なども少ない。かつては貴族の子女だったイザベラが、この様な場所で生活することになろうとは昔の俺には想像もしなかったけれど、短い時間だけれど今のイザベラの姿を見てみると妙に似合っているように思えた。

「あの、ここに来た用件は?」
 席に着くとすぐにイザベラが話を振ってくれたので、俺は話を始めた。

「君は昔と変わらず綺麗なままだね」
「それで、ここに来た目的は?」
 イザベラの強硬な態度に最初の話題振りを間違えてしまったことを感じて、仕切りなおして単刀直入に話してみることにした。

「実は、君にフロギイ国に戻って来てもらいたいと思っているんだ」
「はぁ?」
 疑問顔のイザベラ。彼女に我が国へ戻って来て欲しいなんて確かに今更な話ではあるけれど、俺は心の底から10年前の出来事について謝罪したいという事を告げた。そして、10年前に断ち切ってしまった俺とイザベラとの本来あるべき関係に戻したいという事を語った。しかし……。

「申し訳ないのですが、私はフロギイ国に戻るつもりはありません。そもそも、”私”は10年前に処刑されて死んでしまった人間です。だから、あの国に戻る事はありえませんよ」
「え?」
 イザベラの言葉に、思わず俺は無意識に呆気にとられたような声を出してしまった。何故、どうして。10年前の出来事や彼女の罪は、イザベラが国へ帰ってきてくれれば無かったコトにできるだろうし、彼女さえ国へ戻って来てくれれば本来のあるべき関係に戻れるはず。

 イザベラが断ることは無いだろうと想定していたのに、思いもよらない彼女の返答。俺は次の言葉が出ず、しばらくの時間が過ぎた。
 そして、気付く。俺の謝罪の言葉が彼女には軽すぎたのだろうか。俺は改めて気持ちを込めてイザベラに謝罪の言葉を投げかけるが、イザベラには国に戻るという気持ちは一切無いということを理解させられた。

「どうしても、国に戻ってくるつもりは無いのか?」
「えぇ、私は」
 俺は縋るような気持ちでイザベラに最終確認をした。そして、彼女が答えようとしたその瞬間に誰かが部屋へ入ってきた。

 扉を開けて部屋に入ってきたのは、30代ぐらいの見知らぬ男性だった。イザベラは1人でこの家に住んでいると思っていた俺は、ビックリしていた。彼は一体誰だろうか。

「イザベラ、ご飯は出来たか? って、あれ? 誰か来ているのかい?」
 男は脳天気な声を出しながら、俺に目線を向けてきた。イザベラと親しそうな男、嫌な予感がした。

「その男は誰だい、イザベラ?」
 俺は男から目線を逸らせずまっすぐ見つめたままで、男の正体についてをイザベラに聞いて確認した。

「僕はイザベラの夫、名前はフィリップだ。よろしく頼む」
 だが、イザベラに聞いた質問は目の前に立っていた男が代わりに答えていた。ソレは一番聞きたくなかった事実だった。まさか、イザベラが既に結婚していたなんて……。
 そして、フィリップと名乗った男の言葉に付け加えるようにしてイザベラが詳細を話してくれた。その話を聞いて、俺は絶望した。


***


 イザベラと一緒に住んでいるというフィリップという男は、イザベラを部屋から出した後に俺の正面の席に腰を下ろした。どうやらフィリップが俺に話があるらしい。おもむろに彼が話し出した。

「君の事は聞いているよ。たしか、イザベラの元婚約者だったアウレリオさんだね」
 フィリップの声は俺を何かとイラつかせたが、それを表に出さないように、向かいに座る相手に悟られないように自分を抑えて話を聞いていた。

「結婚しているといっていたが、本当なのか?」
 そんな事を聞きたいのではなかったけれど、俺は何を話すべきか迷ってしまい気がつけば質問していた。俺の質問内容に答えるため、フィリップは長々と喋りだしたために俺は静かにフィリップの話に聞き入るフリをしてイザベラをどうにかして自分の国へ連れ戻せないかと考えていた。

「それで、アウレリオさんは今更なぜイザベラを尋ねてきたんです?」
 フィリップの話は終わったのか、今度は俺について聞いてきた。

「それは、イザベラに故郷へ帰ってきてもらいたいと思ったからだ」
「……そうですか。ですが、彼女は帰る意思は無いと思いますよ。それに、彼女は今絶対に帰国の旅に出るつもりは無いだろうし、僕も彼女を国へ帰す気持ちはありませんよ。だから、残念ですがアウレリオさんの願いは適いません」
 イザベラが絶対に我が国へ戻ってくることは無いと断言するフィリップ。そして、何故そんな断言ができるのかと理由を聞いて俺は絶句するしかなかった。

「彼女は今妊娠している身ですから。彼女の身には赤ん坊が居るんです」
「……そんな」
 本当にイザベラを連れ戻す正当な理由も手段も無くなってしまった。俺はイザベラが妊娠しているという話を聞いて本当にイザベラを諦めるしかなかった。過去を取り戻す唯一の方法が無くなってしまった。

 それから、イザベラの現状を知ってしまった俺は虚脱してしまい、フィリップとの話も適当に切り上げてイザベラと別れの挨拶もせず、そのまま部下を引き連れ一目散で国へ帰ることに。

 何もかもが本当に遅かった。俺の心にその一言だけが残った。


***


 その後、イザベラを連れ戻すことを諦めて国へ戻ったアウレリオは内戦を起こしている反乱者達に総力戦を仕掛けたが直ぐに敗北してしまった。フロギイ国は反逆者達に滅ぼされることになり、王室の直系血族は全員が処刑されてアウレリオはフロギイ国の最後の王となってしまった。

 

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6.王子の10年 -王子視点-

 かつて婚約者であったイザベラを処刑した日から、暫くの間は穏やかで幸せな日々を過ごすことが出来た。しかし、その幸せはイザベラを処刑したという事実から目を逸らして受け止めないように考えないようにしながらであり、幸せだと感じたのは新しい婚約者となったマリアと暮らしたからだった。

 精神的に疲れてしまっていた俺の側にマリアはただ寄り添い、支えてくれていた。そんな幸せだと感じてた日々も長くは続かなかった。

 マリアもまた俺を裏切った。
 結婚してから2年後、マリアがある男と浮気をしている現場にバッタリと居合わせてしまったのだ。あろうことか、マリアは自室に男を連れ込んでいた。

 彼女の言い訳では、2年間で俺との間に子供が出来なくて周りから跡継ぎ問題に関してプレッシャーを感じていたから間男から子種を貰うために仕方なくと言っていた。だが、詳しく調べてみるとマリアと間男の関係は結婚前から続いているモノらしくて、知らないのは俺だけだったようだ。

 間男の素性は現在も城で働いている大臣の一人息子であり、間男も将来は国を支えてくれる人材になるはずだったが、この様な事件を起こされてしまい大臣は辞職させて息子共々国外追放を言い渡すしか方法はなかった。

 そしてマリアの方は、病気を理由に幽閉させることになった。

「あの女の時みたいに私を処刑するんでしょ?」
「そんな事はしない」
 マリアを幽閉する前の最後の面会。2年前に行ったマリアとの結婚時に王位継承が行われて、現在の国王は俺となっていた。それなのに、王妃であるマリアを今処刑なんてしてしまうと国王としての器を疑問視されかねない。ただでさえ今は国内が不安定になっているのに、不用意に刺激するような事はしたくはなかった。

「あっ、そう。……それにしても折角手に入れた王妃の地位が勿体無いわ」
「何?」
「あの女は黙っていてくれて助かったけれど、まさか処刑するなんて思わなかった。あれだけの罪を彼女が起こせるはず無いじゃない」
「……連れて行け」
 
 今更彼女の事を考えても仕方のないことだ。俺は自ら命令し処刑したのだ。
 俺はマリアの語る最後の言葉を聞かないふりをして、兵士にマリアを連れて行くように命令をした。

 王妃との幸せな日々を失った後、俺は国を良くしようと更に尽力した。
 それから8年の月日が経った。国内は混乱を極め、結局は内乱が勃発してしまった。内乱を起こした者達の主張では、王族による国の舵取りが上手く行っておらず国民が貧窮している。今の王に国を任せておけないとのこと。

 内乱を起こした者達には賛同者が多く一大勢力と化していた。中には、イザベラの一族も居た。

 そんな頃になって、イザベラが生きているという情報を偶然手に入れた。
 何故生きているのか、あの処刑からどうやって生き残ったのか、別人ではないのか、色々と考えたがイザベラが生きているのならば、俺は彼女に国へ戻って来て欲しかった。
 
 思えば、イザベラを処刑してしまったあの時から少しずつ狂い始めていたんだ。彼女を取り戻しさえすれば、元の婚約者という位置に戻して、その後に本来の通りイザベラに王妃になってもらえれば国の混乱も元に戻るのではないか。

 絶望していた内乱についての問題を解決するための僅かな望み。速やかにイザベラを取り戻すために、俺は今では少なくなった信頼できる部下だけを引き連れてイザベラが処刑の後に逃げこんだと言われている隣国へやって来た。

 イザベラの居場所はすぐに突き止められた。なぜなら、彼女はイザベラという名前を変えずそのまま使って今も過ごしているらしく、しかも色々な場所で活躍しているとのことで、イザベラの住んでいる国では有名人らしい。そんな彼女のことについては、聞きこみをしたらすぐに現在住んでいる場所を聞き出すことが出来た。

 時間は夕方。本当なら翌日を待って訪問するべきだろうけれど、一刻も早くイザベラを我が国に連れ戻すために、俺はイザベラの現在住んでいるという家のドアをノックしていた。

「どちら様でしょうか?」
 10年ぶりに聞いたイザベラの声。彼女は10年の月日が経ったというのに何も変わらず、むしろ美しさを磨いたような

「久し振りだねイザベラ」
 ドアが開かれて出てきたイザベラはあの頃から変わることなく、美しいままだった。

 

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5.愚かな選択 -王子視点-

 イザベラの所業を知って学園へと向かった俺は、そこで彼女の犯行をこの目で見てしまい、引き連れていた兵士に指示をして城の一室に一時的にイザベラを拘禁することになった。

 学園で一体何が起こっていたのか、イザベラが何をしていたのか改めて詳細に調べてから俺はこの先イザベラをどう裁くべきか考える必要があった。

 イザベラを拘禁してから3ヶ月。依然彼女は一切の犯行を否定していた。しかし、彼女の無実であるという言葉とは逆に調査によってイザベラが犯行を行ったという証拠が揃い、被害者が揃い、目撃者が揃っていった。

 俺の知っているイザベラは小さい頃から妙に落ち着いていて、何事に対しても平然としているマイペースな女性だった。しかし今ではそれがまやかしであったという事、俺以外の人物に対しては嫌がらせによって苦しめるなんて事を平然とやってのける酷い女性だったらしい。
 その他にも、貴族という権力を笠に着ては平民を虐げるような行動も取っていたという報告があった。

 俺はイザベラの事を何も知らずに今まで過ごしてきたことを後悔していた。もしも、イザベラと一緒に過ごす時間を取っていれば、イザベラについての事をもっとを知っていれば、今のような状況になる前に事態を回避できていたかもしれない。過去のことを今更に悔やんでも仕方ないとは承知の上だが、それでも過去について思案せずには居られなかった。

 彼女の罪を全て調べ終わった時には、そのあまりの非道さに頭を抱えるしか無かった。それでも、イザベラは俺の婚約者である女性だ。彼女を助けたいと考えて三ヶ月もの期間を罪を償うように説得したが彼女は一切自分の行ったことを認めなかった。

 そして、イザベラの振る舞いを知った王国内ではイザベラが俺の婚約者で相応しくないという意見が上がり、俺とイザベラは婚約を破棄せざるを得ない状況となっていた。

 結局は俺とイザベラとの婚約は破棄される事になったが、現王様の体調が悪いことや王国内の情勢も悪く、早急に代わりの王妃を決める必要があった。
 イザベラとの婚約破棄が確定したという王族の内情を知った貴族たちは、こぞって身内の令嬢をイザベラの代わりにと差し出して権力闘争が巻き起こり事態は更に深刻となっていった。

 現王が病に伏せており、王国の運営も滞りがちになり、貴族間の関係も悪化している状況。三重苦が積み重なり、俺はどの問題から手を付けるべきか優先順位が付けられなかった。

 現王の代わりとして王国の運営を担っていた俺は、連日連夜様々な話し合いが行われ疲労困憊していた。そんな時に支えてくれたのが、イザベラに虐められていたマリアだった。
 マリアはイザベラ問題の重要参考人として城に滞在してもらっていて、俺はマリアと城の中で顔を交わす機会を多く持っていた。最初は顔を合わせた時に軽く挨拶をする程度だったけれど、俺が疲れているのを見つけては休むように助言をしてくれたり、食事を用意してくれたり、文句も言わずに愚痴を聞いてくれたり、ただ寄り添って一緒に休んでくれたりした。

 騒動発覚のキッカケとなったイザベラに虐められていたマリアは新たな王妃候補として適任だと俺が判断し、マリアとも相談すると快く引き受けてくれたので少々強引に事を進めて俺とマリアは婚約関係となった。
 マリアは、イザベラという加害者に毅然と立ち向かった勇敢な女性として貴族や市民に喧伝しやすかったし、子爵という比較的低い爵位だったので他の対立している大貴族たちにも話をつけやすかった。

 政略的な結婚だったけれど、イザベラの凶行を知って落ち込んでいた時に慰めてくれたり、現王の代わりとして仕事をした時の疲れをマリアは癒やしてくれて自然と惹かれていった。
 俺はイザベラの起こした騒動の中でマリアと出会えた事は唯一良かったと思える点だった。

***

 遂にイザベラが処刑される日となった。

 広場に集められた民の前でイザベラは手首を固定されて、その上に刃が設置されていた。そんな状況であっても、イザベラはいつもの様に何事にも関心を寄せないという顔で、民からの視線を受けていた。

 イザベラは何故、あんなに落ち着いていられるのだろうか。俺が一言指示を出せば、イザベラは首を切り落とされて生涯を終えるという状況なのに。もしかして、彼女は俺が本気で実行する気はないと踏んでいるのだろうか。だから、慌てず騒がす平常心でいられるのだろうか。

 確かに俺は最期まで、彼女に助かって欲しいと願って説得を続けていた。だけど、それにも限界があった。限界はとうに過ぎていて、俺は躊躇なく処刑を実行することが出来るだろう。
 しかし、俺は自分の意志と反して少しの未練を持って彼女に近づいて最後の言葉を聞いていた。

「何か申し開きはあるか?」
 イザベラは俺の言葉を聞くと、今までは何も感情がないような無表情をしていたのに、一転してニッコリと俺に向かって笑いかけてきた。その笑顔は、見るものをゾッとさせるような、しかし俺が今までイザベラと一緒に過ごしてきた中で一番美しいと思わせるような表情をした顔だった。

「執行人の方が読み上げたモノは、全て私のやった事ではありませんが?」
 こんな状況になっても、彼女は罪を認めず償う気持ちは一切無かった。
 
 イザベラの言葉、聞かなければよかったと後悔した。そして今まで見たことのないようなイザベラの笑顔が、彼女を助けようという俺の思いが最期まで否定されて腹立たしくなった。
 処刑人に、怒りのままにギロチンを作動させるよう指示をして俺はイザベラから離れた。

「さようなら、イザベラ……」
 俺の口からは、別れの挨拶が自然と漏れていた。

 

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4.最初の間違い -王子視点-

 一体どこで間違えてしまったのだろうか。俺は、何故あの時に彼女を信じることが出来なかったのか。何故、彼女を手放してしまったのだろうか。
 今更、どんなに悔やんでもあの頃には戻れない。失ったものは、取り戻せない。

***

 部下から信じられない報告が上がってきた。まさか彼女がそんな事をしているとは、と信じられない思いだった。

「大変申し上げにくいのですが、今報告させて頂いたイザベラ様の学園での行いは事実のようです」
 報告された内容は、俺の婚約者であるイザベラが学園である女子下級生を虐めているらしいという噂。部下の報告の内容が本当ならば、イザベラは学園内での調和を乱していることになるし、将来の王妃としての振る舞いには相応しくない。

「彼女が何故、そんな事を?」
 いつもは周囲にあまり関心を持たない彼女が、なぜ他人を虐めるなんて事をしているのか。事実よりも理由が知りたかった。

「動機などはまだ掴めていません。いま判明しているのは、イザベラ様がそのような行いをしていて、学園内でイザベラ様に関する悪い噂が流れているらしいという事だけです。不明瞭な段階で報告してしまい、申し訳ありません」
「いや、いい。早い段階で現状を知れただけでありがたい。イザベラについては引き続き、調査を進めてくれ」
 突然もたらされた部下の報告を聞き終えて、俺は動揺しながらも報告してくれた部下を労い下がらせる。強い疲労感を覚えた。

 イザベラが他人を虐めているなんて……。いや、もしかしたら何か理由があっての行いなのかもしれない。今の情報だけで判断するのは愚行だ。引き続き調べさせることで明らかになることがあるはず。そう考えるようにするが、疑念が晴れることはなかった。

 最近は俺の父親である王様が体調を崩し気味で、王国内部の動きが鈍くなっていた。そのために継承権第一位である俺が先導し、王様に代わって王国に所属する部下達を動かしてなんとか国が保っている状態だった。
 王様の代わりとなって行わなければならない仕事は多く、忙しい日々を過ごしていた。もちろん在籍している学園に通うことは叶わず、さらに婚約者であるイザベラと顔合わせをする機会も月に1度あれば良い方となっていた。だから、最近の彼女が何を考えて、何を思って、そして何をしているのかを知る機会は全く無かった。


***


 2度目となるイザベラに関する報告は、先日聞かされた内容よりも衝撃的だった。
「ここに書かれている事は、本当に彼女が行った事なのか?」
「えぇ、イザベラ様について調べていくと辿り着いてしまった真実です」
 ずらずらと書かれた罪状の数々、悪行が行われたという状況説明や証拠を見て、思わず呻いてしまう。大小の罪の数を合わせれば、百を超える程の数。普通の貴族であれば、すぐに爵位を取り上げて処刑する必要があるほどの内容だった。

 何故こんなことを行ったのか、ただひたすらに理由を知りたかった。イザベラは俺の婚約者である女性だ。何故こんなことをしたのか理由を知れば、許すべき余地があるかもしれない。

 俺は彼女に真実を問いただすために仕事を中断して学園へと向かった。学園へ到着した時刻は昼過ぎ、イザベラは昼食をとっていると学園に居た人に聞いて、彼女が居ると思われる中庭へと一直線へと向かって行った。そこに到着するなり目に飛び込んできた衝撃の光景。

「イザベラっ!」
 俺はその状況を見て叫ばずには居られなかった。俺は叫び、中庭で歩いていたイザベラの側へと走り近寄る。
「あら、アウレリオ様。お仕事は宜しいのですか?」
 イザベラは俺の声により気づいて、振り向くと何事もないような様子で俺に目を向けて声をかけてくる。彼女の顔は、いつもの様にボーッと何事にも関心を寄せないような心ここにあらずと言った表情だった。

「そんな事など、どうでもいい! それよりも、その芝生に倒れている女性について説明してもらおう」
「……はぁ?」
 イザベラの何を言っているのか分からないという顔。イザベラの傍らには、俺が報告を聞いて、そして学園で噂になっていると言われていると思われる女子下級生が中庭の地面に手をついて倒れていた。
 イザベラは俺の言葉によって、地面に手をついて尻もちをついて倒れている女性に目を向けるが、表情も変えずボーッといつもの興味もないという目で見つめるだけで、何をしようともしない。

 俺はイザベラの何もしない様子にイライラと怒りを募らせながら見ていられなくなって、地面に倒れている女性が立ち上がれるように手助けする。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
「い、いえ、あの、大丈夫です」
 震えた声で返事をする倒れていた少女を立ち上がらせて、イザベラの方に目線を向けるが未だに関心のないという、いつもの様子だった。

「彼女に何をした?」
「は? 私は何もしていませんが?」
 イザベラが歩いていた近くに、彼女が地面に手を付いて倒れていた。イザベラと地面に倒れていた少女以外に誰もいない中庭。明らかに、イザベラが彼女を地面へと押し倒して現場を離れようとしていたとしか思えない状況だった。しかも、俺が手を取り立ち上がった少女は恐怖で震えている。
 俺が問いただしても彼女は答える気がないのか、何もしていないと犯行を否定していた。

「イザベラを捕まえろ。数々の罪で彼女を裁く必要がある」
 先ほどのイザベラが犯した罪の報告、そして今も犯行を行う現場に居合わせてしまった。イザベラは将来の王妃として、そして貴族としての振る舞いに相応しくない行動をしていたのは確定的であるのに、犯行をしたことすらを否定している。
 俺は引き連れて来ていた部下に、婚約者であるイザベラを捕まえるように指示を出す以外にとり得る行動が思いつかなかった。

「なんで、こんな事に……」
 部下によって引き連れられていくイザベラを見つめながら、俺は何故こんな事になってしまったのかを考えるが、答えは出なかった。

 

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3.10年ぶりの会話

 彼を家へと招き入れてダイニングにあるテーブルに座らせた。普段なら突然の来客だとしてもお茶を出して歓迎するけれど、彼に対しては必要ないだろうと考えて早速話に入るように私は彼の向かいの席に座った。

 だけど、彼を家に招き座らせて私も向かいに座って来訪の目的を聞く体制になったのに、彼は一向に話を始めない。しかも彼はしばらく話もしないで、部屋の内装を見回して観察するフリをして私の方をチラチラと見ていた。
 本当なら追い返してやりたいけれど、目的も聞かず玄関払いにしたら後から絶対に厄介事に巻き込まれる予感がして、事前に対策を講じるために仕方なく話だけでも聞こうと思って家に招き入れただけなのに。
 
 いい加減、話が始まらないので私の方から声を掛ける。

「あの、ここに来た用件は?」
「……君は昔と変わらず綺麗なままだね」
 話が通じず、頭が痛くなった。

「それで、ここに来た目的は?」
 先程よりも語勢を強めて、同じ言葉で質問する。

「……実は、君にフロギイ国に戻って来てもらいたいと思っているんだ」
「はぁ?」
 私をフロギイ国へ連れ戻すだなんて。内心ではあるかもしれないと思っていた事だったけれど、まさか本気で連れ戻せると思っているのだろうか。彼の目的を聞いてビックリしてしまった私は、さらに彼の続く言葉を聞いて絶句してしまった。

「10年前の事は、私が間違っていた。本当に済まなかったと思っている。あの日のことを、君を私が信じなかった事を、そして今まで待たせてしまったことを、全て謝罪したい」
「……」
 テーブルに両手を付いて頭を下げている彼。私は彼が頭を下げる様を無言で見つめるしか出来なかった。
 今更になって何故謝罪? 私はあんな昔の事なんて忘れていて気にしていなかったし、今になって謝ってもらっても困るだけだ。しかも、”今まで待たせてしまった”と言うのはどのような意味なのだろうか。
 困惑していた私だったが、とりあえず彼の目的は知ることが出来た。それならば、次の行動は決まっている。

「申し訳ないのですが、私はフロギイ国に戻るつもりはありません。そもそも、”私”は10年前に処刑されて死んでしまった人間です。だから、あの国に戻る事はありえませんよ」
「え?」
 私の言葉に、何故か呆気にとられる彼。彼は10秒ほど硬直した後に気を取り直して、言葉を重ねる。

「10年前のことを、私は本当に悔い改めている。もう二度と私は過ちを犯さないように君に謝罪し、反省している。もちろん、私が君に謝るだけでは君の気持ちは晴れないだろう。だから国へ帰れば、貴方の失った時間と幸せを取り戻すための準備が出来ている。君を傷つけてしまった贖罪として、君が幸せになる手助けをさせてくれないだろうか?」

 あれだけの仕打ちをしたくせに、謝るから帰ってきてくれ、とだけ言われて私があっさり帰ってくると思っていたのだろうか。と言うか、私を幸せにすると言うのなら私に構わないで二度と目の前に現れないで欲しい。それが貴方が出来る私にとって一番の幸せに繋がる行動だ! と、内心で思いつつも、事を問題化させないように穏便に済ませられるよう心がけて私は対応する。

「申し訳ないのですが私はあの日に死んで生まれ変わることが出来て、新しい幸せを見つけました。私の幸せのためにわざわざ準備までして頂いて、それが無駄になってしまう事は大変申し訳ないのですが、私のことは気にせずに、今後はアウレリオ様ご自身の幸せ、そして国王としての役割を果たすために国民の幸せを考えて下さい」
「……君は優しい女性だったんだな」
 遠回しに、もう私に関わらないでさっさと国に帰ってくださいと伝えたつもりだが、どうやら彼には少しも伝わっていないみたいだ。それに、見当違いな感想をつぶやいている。
 本当に、今すぐ、早々と帰ってくれないだろうか。

「どうしても、国に戻ってくるつもりは無いのか?」
「えぇ、私は」
 しつこい質問に、私は絶対に戻るつもりは無いとハッキリと答えようとした時だった。突然、部屋の扉が開かれて若い男性がダイニングへと入ってきた。

「イザベラ、ご飯は出来たか? って、あれ? 誰か来ているのかい?」
「えぇ、ごめんなさいフィリップ。お客様が来ていて夕飯はまだ出来ていないの」
 私は椅子から立ち上がると、部屋に入ってきたフィリップの側へと近づいて、今まで話し合いをしていたアウレリオの方へと向き直る。すると、憎々しげな視線をフィリップに向けるアウレリオ。急いで私がフィリップについて説明しようと声を出す前に、元婚約者のアウレリオが鋭く問いかけてきた。

「その男は誰だい、イザベラ?」
 アウレリオの言葉を聞いて、困惑したような顔を浮かべるフィリップ。そして、説明を求めて私の方へ顔を向ける。

(以前、話したことのある元婚約者だった人よ)
 私が魔力による念話でフィリップに来訪者について説明すると、フィリップは納得してアウレリオの方へ視線を戻し言い放つ。

「僕はイザベラの夫、名前はフィリップだ。よろしく頼む」
「君は結婚していたのか……?」
 アウレリオの驚く顔。私の事を調べて知っていただろうに、私に夫が居る事を何故知らなかったのだろうか。

 しかし、思っていた以上にアウレリオ様がしつこくて、居座られてかなりの時間が過ぎてしまっていたようだ。夫には全然関係のない私関連の問題だったので、彼を巻き込まないようにと思っていたけれど、夫のフィリップが部屋から出てきてしまった。本当は、話し合いは速やかに終わらせて、なるべく早く帰ってもらい夕食の準備の続きをするつもりだったのに間に合わなかった。

「えぇ、アウレリオ様。私とフィリップは8年前に夫婦になる誓いを立てました」


***


 私がアウレリオ様に夫を紹介した後、残りは夫がアウレリオ様の対応をすると言ってくれて、私は夕食の準備に戻ることになった。

 ダイニングのテーブルに向い合って座り話し合いをしている夫と元婚約者だった人。最初は彼らの話を気にしつつ料理をしていたけれど、途中から夕食の準備に集中していった為に、気がづけばダイニングには夫のフィリップだけが残ってテーブルに座って夕食の完成を待っていた。

「あれ、アウレリオ様は帰ったの?」
「彼はもう帰ったよ。それよりも夕食はできたのかい?」

 どうやら、フィリップが話をつけてくれて元婚約者を帰してくれたようだ。夕食が出来上がっても居座り続けるかも知れないと心配していたが、帰ってくれたようでホッと安心した。

 元々は私の問題だったのに、彼に解決を任せてしまいちょっとだけ心苦しいと思いつつ、素早く問題を解決してくれてやっぱり頼りになる夫だなと惚れ直す。
 その後、夫との楽しい夕食時間を過ごした私。夕食前に起こった少し厄介な出来事は私の記憶から何時の間にか消えていた。

 

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2.あれから10年後

 夕食の準備をしていた私は、玄関から戸を叩く音が聞こえたので料理をする手を止めた。

「こんな時間に一体誰かしら?」
 時刻は夕方を過ぎて、オレンジ色の夕日から夕日が沈んで真っ暗になっている途中。しかも私の住んでいる家は、村から少し離れた場所にあって、しかも人が寄り付かないような森の中に立っている。だから、夜に私の家に訪ねようとするとよほど慣れていないと、来る途中で森の中で道に迷ってしまう。だから、夜になったら家を訪ねてくる者は居ない。

 しかし今は夜。訪ねてくる人物に心あたりがなかったし、訪問の予定も無かったはず。私は不審に思いつつ玄関へと向かった。

 私が玄関へ向かっている途中にも何度か扉を打つ音が聞こえてきていた。だが、来訪者は声を出して住人に呼びかける事をしないために、私は来訪者の正体をつかめないでいた。ただ、訪ねてきた誰かはかなり急いでいるようだ。

 玄関までたどり着くと、私は念の為に玄関脇に立てかけてあった魔法杖を右手にとって警戒しつつ扉を開けた。

「どちら様でしょうか?」
 声を掛けながら扉を開けたそこには、村では見たことのない40代ぐらいの草臥れた中年男性が1人で立っていた。彼が戸を叩いていたようだけれど、見覚えがない。彼は一体誰だろうと考えていると来訪者が口を開いた。

「久し振りだねイザベラ」
 疲れた様な笑顔を見せられながら、私の名前を口にする中年男性。来訪者は私の”イザベラ”という名前をしっかりと知っていて呼びかけてきたが、私は彼が誰なのか分からなかった。
 顔をもう一度しっかりと見てみたが、村の人間でないことは確かだけれど、それ以外はわからない。私の記憶に無い男の顔。
 服装を見てみると、貴族の着るような立派な服装だった。だが、生地や作りは立派だけれど染料が劣化して薄汚れた色になっていて、粗末な印象を抱かせる。
 私は、疲れた顔と薄汚れた格好から長旅にでも出ていたのだろうかと想像しながら、彼が誰なのかを聞いてみた。

「あの、大変申し訳ないのですが、どちら様でしょうか? 貴方は私の名前を知っているようですが、私の知っている方でしょうか?」
 もしかしたら私が思い出せないのは、彼が一方的に知っているだけの関係だったり、一度だけ出会った事のある人なのかもしれない。
 だから、訪ねてきた本人に直接聞いてみた。私の反応を見た彼は、大きく目を見開いた後、今度は目をつぶって落ち着いてから溜息を一度ついた。どうやら、残念がっているみたいだった。

「コレを見てくれ」
 私に向かって何かを差し向ける来訪者。その手のひらには、フロギイ国と呼ばれる王国、私のかつての故郷だった国の国章が刻まれたペンダントが置かれていた。
「私は、フロギイ国の王。アウレリオだ」

「……あぁ、お久しぶりですね!」
 私が10年前に破棄させられた元婚約者の名前を名乗られて、顔をもう一度見たが記憶にある人物と全然一致しなかった。
 私の目の前に居る男性は、40代ぐらいの年齢だろうと思わせるぐらいに老けて見えた。しかし、私の元婚約者は私の2歳年上だったはず。つまり、記憶通りなら27歳のはずだろう。だから、30代の年齢を超えて40代に見えるぐらいに老けた彼が、アウレリオ本人だとは思えなかった。

 ただ、彼の手のひらの上に置かれて差し出された国章が刻まれたペンダントは、王族しか持つことを許されていない物だった筈の物なので、彼がフロギイ国の王族であることは間違いないだろうと思う。王様という大きな権力を持つ彼、面倒事にならないように一応は話を合わせて訪ねて来た用件を聞くことを優先する。

「お久しぶりですが、一体何故この場所に? 私は10年前に処刑されて死んだ事になっている人間です。そんな死人に対して、どのような用件で来たのですか?」
 彼が家を訪ねて来て、私が扉を開けて出てきた事に驚くこともなく第一声で私の名前を声に出した。ということは、私が10年前の処刑された日には死んでいなくて、今も生きて続けて生活していることは調べがついて知っていたのだろう。そして、彼は私が生きているという事を知った上で、今日は私の住処に訪ねて来た。

 彼の話を聞いたらかなり厄介な事になりそうだと予感しつつも、追い返すわけにはいかないので事情を知るために話を促す。

「ここに来た用件を伝えるには話が長くなりそうだから、座って話し合いをさせてくれないか?」
 私は目的を早く話せと促す。しかし、話し合いをするから家に入れれという彼の言葉。

 元婚約者だけれど家に入れるなんて、かなり嫌な気分だった。すごく拒否したいと私は考えたが、彼は家に招いて座らせるまで用件を話さないつもりなのか、私が家に招き入れる言葉を黙って玄関前で立って待っているようだった。
 しかも、王様の立つ後ろに何人かの人間が隠れていることに、私は気づいていた。流石に一国の王を1人で勝手に出歩かせる訳にはいかないのだろうし、隠れている連中は王様を影から守護する存在なんだろうと考える。

 私は隠れて監視と守護をしている連中に気づいてしまったので、このまま玄関前で話を続けることは気まずいだろうと思ってしまった。だから、王子を家に招き入れて素早く話を終わらせられるように頑張ろうと決意しながら、元婚約者を家に招き入れた。

 

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1.私が処刑された日

 私は、城下町の広場に集まっている民に混じり、ある貴族のご令嬢の死刑が行われるのを眺めていた。その令嬢は私と姿形がそっくりで、名前も一緒だった。……まぁ、私が作った身代わりの人形なんですけどね。

 広場の中央では、”私”という罪人が断頭台に手首を固定されて膝をつき民に見世物にされていた。その横で死刑執行人が、”私”の犯した罪をスラスラと読み上げている。
 その罪の多くは、民衆を不用意に虐げられるようなものだったり、民が犠牲になるような罪ばかり。死刑執行人が罪を読み上げる度に広場に集まった民から怨嗟の声が上がる。
 しかし断頭台に居る”私”は、怒り回るわけでもなく、泣いて懇願するわけでもなく、ひたすら無表情で民を見返していた。民の憎悪を一身に受け止めながら。

 傍らで死刑の進行を眺めている私の元婚約者だった王子。彼の表情は青白く、酷く追いつめられたような表情をしながら断頭台に固定されている”私”を見つめていた。
 そして、その右腕に寄り添うように立っている見知らぬ令嬢。どうやら、彼女が新しい王子の婚約者にして未来の王妃になる女性なのだろう。

 罪を犯したということで拘束されている間に私は婚約を破棄させられて、その後すぐに代わりの婚約者を発表したらしいという話は聞いていた。その代わりの婚約者が彼女なのだろう。王子は新たな婚約者を手に入れて、私は元婚約者という立場よりも罪人として印象付けられ処刑されようとしている。

 王子のそばにいる令嬢は心配そうに王子を見つめながら何かをつぶやいてる。多分、王子が落ち着くような言葉を囁いているのだろうと予想する。

 しかし、彼があんなに追い詰められた様な顔をしている所を見ると、私を罪人に追いやったのは彼の想定するところではなかったのだろうか。婚約者だった頃の王子は優しかった事を思い出して、彼なら罪人だとしても殺すことには反対しそうだと思った。けれど、今の私は死刑を執行されようとしている。
 そんなに追いつめられたような顔をするならば、王子としての権力を使って死刑を止めてくれればいいのにと内心では不満に思う私。

 連々と多くの罪が読み上げられて、そのたびに民の熱気が上がっていく。どうやら、私という悪役にできうる限りの罪を着せて巨大な悪にしていき、そんな悪を処刑することで民の鬱憤を晴らすという考えなのだろう。今まで清廉潔白をモットーに生きてきた私が、あんな数の罪を犯すなんて未来とは予測の出来無い物だとつくづく思う。

「何か申し開きはあるか?」
 処刑執行人の罪状読み上げが終わり、遂に死刑が執行される時が来た頃。その時になって、王子が”私”に近づいて問いかけてきた。王子の声で、民衆はピタリと声を止めた。

「執行人の方が読み上げたモノは、全て私のやった事ではありませんが?」
 その問いかけに、私は魔法を使って遠くから”私”を操作して思ったことを王子に目線を向けて答える。無表情から、ニコリと笑顔を付けて。
 興奮状態だった民が声を止める中だったので”私”の放った声は小さいながら広場の遠くまで響いて聞こえるようだった。

 ”私”は手や首を押さえつけられて、しかも首のすぐ上にはむき出しの刃が構えているのに、身体を震えさせることもなく、泣きわめくこともなく、すぐ側にある死に対しても鈍感になって笑っている。そんな”私”は傍から見れば非常に不気味に見えただろう。操作していた私も、他者目線として内心では”私”の笑顔を怖ッと思ったり。

「嘘を申すな。コチラにはお前がやったという証拠が有るし、目撃者も居る。貴様が、何かそうせざるを得ない理由があって、素直に話してくれれば情状酌量の余地が有っただろうに。しかし、お前は罪を否定をしている。やっていない何て言い訳をするお前に、失望した。……死刑を執行しろ」
 王子は青白い表情のままに、私に語りかけて最後に死刑執行人に指示を出して断頭台から離れて行った。指示を受けた死刑執行人は即座に断頭台の仕掛けを作動させた。その結果、上に固定されていた刃が落下し”私”の首を切り落とした。
 切り落とされた”私”の首はクルリと一回転すると、頭の下に置かれた籠にガサリと音を立てて見えなくなった。その瞬間、民が一斉に声を張り上げて喜ぶ。

 ”私”の死刑を見届けた私は、処刑が行われた広場から足早になって離れた。
 
 転生してから15年。この世界について、前世で人気だったとあるゲームのシナリオに似ていると確信した私は、私の名前が登場人物と一致することを思い出し、その登場人物としての立場を思い出して絶望した。
 私の知っているゲームの通りなら、私は主人公の人生を、そしてシナリオを盛り上げるための悪役として登場する事になる。
 私が生き残るためには、ヒロインが私の婚約者である王子と結ばれないようにするか、もしくは主人公の逆ハーレムルートを阻止する必要がある。

 私は生き残りたい一心で15年間、色々と生き残る方法を考えて計画を立てて進めていた。が、結局はヒロイン役だと思われる女性に王子を奪われて、処刑されるルートに一直線で突き進んでしまった。

 まぁ、処刑されるかもしれないと想定していた私は身代わりとして作った人形を用意してあったので、その人形を身代わりい使って生き残ることが出来た。
 処刑も執行されて、15年間の時間を掛けた私の人生の多くは無駄になってしまった。だけど、生きているだけで儲けものだと思い直し、今日からの私は三度目の新しい人生に突入したのだろうと考えて、国を出ることにした。

 少しだけ両親の事を想ったけれど、私は死んでしまったし今戻ると彼らに迷惑を掛けるだけだろう。それに、公爵家は弟がしっかりと跡継ぎとして居るので安心だった。私は冤罪を着せられて処刑されたが、優秀な父や弟ならば事実確認を行って私が無実だったという真実にたどり着いてくれるだろう。そして1人の公爵令嬢を無実の罪で殺したという事実を王族に対しての武器として活用してくれるだろう。

 私は、もうこの国には戻ってくることもないだろうと思いながら国を出て行った。

 それから10年後。

 

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