08話 女装通学

 翌朝。女物のブレザーにスカートを履いて、学校へと行く支度をした。そうしてから女ばかりの世界に出ていくという決意を新たにして、俺は玄関の扉からゆっくりと出た。

「おはよう、アキラ」
「うん、おはようネネ」

 自宅を出てすぐの道路に立っていたのは、幼馴染の七瀬寧々だった。わざわざ俺の通学が無事にできるようにと、様子を見に来てくれたらしい。誰も居なくなる自宅の鍵を締めたのを確認してから、待ってくれていた寧々に近づいてお礼を言う。

「朝弱いのに、わざわざ来てくれてありがとう」
「うん、大丈夫。心配だったからね」

 いつもは学校が始まるギリギリまで寝ていて、朝ごはんも通学しながら食べるという寝坊ぶりのある寧々が来てくれた事に俺は驚いていた。しかもいつものように起き抜けのボサボサヘアーではなく、きっちりと整えられた髪型に服装。ほんのりと柑橘系の爽やかな香りまで漂っている。

「レモンのような酸っぱさのある香りだ。目が覚めて頭がスッキリするよ」
「わかるかい?」
「それって香水?」
「えっと、……うん。変かな?」

 寧々が香水をふりかけている事なんて今まで記憶になかったけれど、どうやら突然オシャレに目覚めたみたいだった。その突然の理由は自惚れでなければ、俺が原因だろうか。

「ネネに似合っているよ。いい匂いだね」
「それは良かった」

 野暮なことは言わないように気をつけながら、褒めるだけに留める。すると彼女はホッとした様子で笑った。やはり普段から香水をつけ慣れていないのか、もしかしたら初めての事だったのかも。

 朝の挨拶を終えた俺たち二人は並んで、学校を目指して通学路を歩き出した。しばらく行くと最寄りの駅があり、普通電車を5駅乗った先で下りて、そこから少しだけ歩くと在学している高校に到着する。だいたい1時間掛かるぐらいの通学路だった。

「本当に大丈夫かな? 気づかれないかな」
「大丈夫だって。ほら、誰も気にしていない」

 駅に向かう道中には、会社に向かうのだろうかスーツを着た社会人や、学校に向かうと思われる学生達が同じように駅を目指して歩いていた。

 そして当たり前のように、歩く人達は全員が女性だった。何処に目を向けても男性は見当たらない。駅に近づいていくにつれて、その女性達の数も増えていく。

 もし男だとバレたらどうしようかと心配事で頭がいっぱいになっている俺は、その場にいる人たち全員が自分に視線を向けてきているように感じていた。

 まるで、海外に行って周りが全て外国人だった、あの時の疎外感のような感情を思い出させる風景だった。

「今日はいつもより人が多いかな」
「事故があったってアナウンスで言ってるね」

 駅に到着して改札を定期で通り、乗車口へと並ぶ。スピーカーから聞こえてくる放送によると、人身事故による運行ダイヤの乱れが生じていると告げられている。

 周りを見ていると、スーツを身に着けた女性ばかり。朝の通勤ラッシュでサラリーマンが列に並ぶのは見慣れた景色だが、そこに男性が居ないだけで強い違和感を感じてしまう。むしろ普段は男性ばかりで、女性は女性専用車両があるから別の列に並んでいるので通勤ラッシュ中に見ることが少ないだろうか。

「今朝は本当に人が多いな。はぐれないように、手でもつなぐかい?」
「子供じゃないんだから、大丈夫だよ」

 ニヤリと声を出さない笑いで提案してくるネネ。キョロキョロと視線をあちこちに向けているのが、落ち着きが無いと思われたのだろうか。心配もされているかもしれない。

 そうこうしているうちに、まもなく電車が到着します、という放送がスピーカーから流れてきた。いよいよ電車に乗ることになる。

 列を作って待機中の乗客のザワザワした声と、電車の近づいてくる走行音が混ざり合い、耳に入ってくる音が非常にうるさくなった。

「うわっ」

 電車が止まって乗車ドアが開くと同時に、並んでいた乗客が一斉に動き出して乗り込んでいく。その瞬間に俺の後ろに並んでいた客が予想以上に身体を密着させてきて、身長の低い俺の頭に後ろの客の胸と思われる柔らかな物体が当たってきていた。その出来事に、思わず声を上げてしまった。

 グイグイと後頭部が女性の胸で押されているが、前も詰まっていてなかなかに乗り込めない。と言うか、前のスーツを着た女性のお尻と背中が俺のお腹と顔に密着している。予期せぬ女性のサンドイッチに息が止まった。

 普段なら男として喜べるシチュエーションかもしれないが、今の俺は女装しているという特殊な状況。男だとバレていないだろうかという心配のほうが強く、女性に密着されてもヒヤヒヤして全く喜べない。

 そうしてギュウギュウと後ろに前にと押されながらも、なんとか電車に乗れた時になってようやく気がつく。

「マジではぐれちゃった」

 ネネが近くに見当たらない。ホームに並んで立っていたから、同じ車両に乗り込めた筈だが周りを見てもネネの姿が見当たらない。

 そもそも身長が低い俺は、周りに立っている数人の女性の身長に視界を阻まれて車内を見通すことが出来ていない。

「困った」

 手を引くと言われて断ったが、もしかしたら本当に子供のように手をつないで居てもらったほうが良かったのでは、と後悔先に立たずだった。

「あっ、すいません」

 ネネとはぐれて困惑している時に電車が揺れて、近くに立っていたキャリアウーマン的な黒のスーツを着た女性に寄りかかってしまった。手すりも吊革も手が届かないので、不安定な状態で立っているから倒れてしまいそうになる。

 誤ってから姿勢を正して再びネネを探そうと車内に目を向けようとして、また側に立っている女性に接触してしまった。しかし今度は電車の揺れでも倒れそうになったのでもなく、女性の方から近づいてきた。

 あんまりくっつかれると女装している胸がズレたり、股間の不自然な膨らみが大きくなって気づかれるかもしれない。離れようとするけれど、満員電車の中で左右も後ろも下がれなくて身動きが取れない。

 更に女性との密着度が高まって、彼女の手が肩を掴んでいた。ヤバい。胸を触られたら偽物だってバレるかもしれない。身を捩って逃げようとするが、思うように動けない。

「おい、そこのセクハラ女! 一体何をしている」

 男だとバレてしまうかもしれないという危機一髪な時に、ネネの上げた声が車内に響き渡った。

 

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07話 提案

 先生が提案した方法とは、ズバリ女装をして今までの生活を続けるという方法だった。俺が今置かれている状況を知っているのは、この部屋にいる七瀬寧々と門馬先生の二人だけだ。そして二人は他人に絶対に俺の状況を知らせないと約束してくれた。

 今後は知らせるとしても、あらかじめ俺に許可を取るか事前に相談するようにと言ってくれた。今回の寧々が、先生をうちに連れてきてくれたように。

「見た目は胸以外に特に変わったところは見られないから、女装しておけば違和感なく過ごせるはず。と言うか、誰も男になったって話なんか信じないだろうから」

 騒動や混乱を少なくするのならば、何事もなかったように事実を隠して過ごす事が一番だと門馬先生は語った。万が一にも元の女性の状態に戻った時には、混乱なくすぐ戻れるはずだからと。

 ある朝に目覚めたら男の姿になった、そのキッカケが分からないので一体いつ元に戻るかも分からない。本当に戻れるのか、どれだけ男の姿のままで居るのか。そして、俺は元の世界に戻れるのかどうか。わからない事だらけ。

「……わかりました。とりあえず、しばらくは事実を知られないように変装して過ごすことにします」

 女装して隠れて生活するのは最初に考えついた方法だったけれど、隠し通せるかどうか自信がない手段だった。けれど、今は二人の協力してくれる人が付いており、他にいい方法も思いつかないから暫くの間は女装して過ごすという門馬先生の提案を了承した。

「うん。じゃあ早速、着替えの方を見てみよう」
「へ?」

 そう言った門馬先生は、いつの間にか手に女子制服を持って俺に向けて掲げていた。これを着ろということだろうか。今?

「2日も仮病で休んだんた。明日はしっかりと学校に来れるように女装する準備だけしておこう」
「い、いきなりですね先生。って、自分で着替えられますから!?」

 掲げられた制服を受け取ろうと門馬先生に近づいた瞬間、腕を取られて着ているジャージを強引に脱がされそうになる。というか、それはセクハラになるんじゃなかろうか。昨日のジャージのファスナーを下ろしただけなのに、寧々の慌てた様子を思い出していた。

 ジャージのファスナーを降ろされないように腕で防御しつつ、なんとか逃れようとした俺の様子を見て、慌てて寧々が先生を止めに入ってくれた。

「ちょ、先生駄目ですって。男の人にそんな、強引ですよ!」
「止めるな七瀬、こんな機会今後は二度と無いかもしれないんだ」
「き、着替えてきますっ!」

 寧々のほうが先生よりも身長が高い分、力でねじ伏せて動きを止めることが出来ていた。そのスキを突いて俺は制服を手に取り、急いで部屋から出ていく。

 

***

 

 それから5分後。制服を来て部屋に戻ってきた俺に、先程の正気を失った門馬先生は落ち着きを取り戻して、それから土下座で謝罪してきた。

「さっきは本当にごめんなさい。あんな強引に、訴えられたら犯罪になる事をしてしまって」
「そ、そこまで謝らなくても。とにかく俺は大丈夫です」

 服を脱がされようとはしたけれど上に着ているジャージだけだし、それほど謝るようにな事でもないのに土下座されたほうが罪悪感がある。更に頭を下げて謝ろうとする先生を強引に腕を引いて座らせる。

 しょんぼりと座り直した先生の側には、俺が許したことを納得していないという感じで先生を睨みつけている七瀬寧々が立っている。

「と、ところで制服、着てみましたけどどうですか?」

 事態が更に悪くなりそうな雰囲気に、俺は慌てて別の話題を振る。というか、今回のメインは残念ながら俺が女装を正しく出来ているのか判断すること。元の話題に戻したと言える。

「それなら見た感じ、大丈夫でしょう」
「私も大丈夫だと思うよ」

 二人は俺の今の姿を上から下までじっくりと観察してから、納得したというように腕を前に組み、首を縦に振って頷いていた。合格ということだろうか。

 靴下を丸めたものをいくつか作って、それを胸の部分に詰めてブラジャーを上から装着してガッチリ固定し、胸もあるように見せている。その部分が彼女二人の、俺が男であるか女であるかの判断基準になっているようだし。

 制服の着方もブレザーだから特には迷うこともなく着こなすことが出来た。というよりも、そもそも女性として生活していた記憶はあるので着るのに問題は無かった。少し女物の服を着るのに抵抗が有っただけだ。

「こんな感じで有るものでなんとか対応してみましたが、意外とうまく行きました」
「これなら怪しまれることも少ないでしょう」

 うーん、言われたとおり女装はしてみたものの、自己評価としてはどう見ても女物の服を着た自分にしか見えないけれど、これで本当にダイジョブなのだろうか。

「大丈夫、大丈夫。先生も言ってたように誰も、そこに男が居るなんて考えないよ」
「ほんとうに?」
「ホントホント。だから、明日はちゃんと学校に来なさいよ」

 二人の励ましに、不安は抱きつつも納得する。後は、明日の学校に行ってみての周りの反応から判断するしか方法は無かったから。

 

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06話 先生

 夕食にカレーを作り七瀬寧々と一緒に食べた後、その日のうちに彼女は実家へと帰っていった。時々は泊まって過ごす事もあった七瀬寧々だったが、岬アキラという存在が男性の身体となった今、さすがに年頃の女性を家に泊めて男女二人で一夜を過ごすのはよくない事だろうからと考えた俺は、彼女を家に帰るように勧めたからだった。

 男性である俺を一人で家に残すことを危険に思ったのか、寧々は家に泊まっていこうとしていたようだったけれど。

 七瀬寧々を家に帰らせた後、すぐに就寝することに。

 想定もしていない驚きの出来事と、調べごとを一日中して過ごし頭を使って疲れていたので、布団に入ればすぐさま眠りにつけるだろう。それに、もしかしたら一回寝て次に目を覚ました時には今のおかしな状況が元に戻っているかもしれない、等という自分でもなかなか信じられない淡い期待を思い浮かべながら眠ってみた。

 けれど、翌朝何事もなく状況も変わらないまま俺は普通に起床していた。相変わらず、記憶のおかしくなったまま、姿は男性のものだし意識も自覚も男性のままであった。

”先生に話をつけたから、今日の放課後連れて行くよ”

 今日も学校を仮病で休んで家で情報収集に勤しんでいた昼頃、寧々からチャットアプリによる連絡が来ていたのを俺は確認した。

「この先生……って、どの先生だろうか?」

 俺と七瀬寧々はクラスが別である。だから、先生というのが担任だとしたらどちらを指して言っているのか、それとも別の違う誰かの事を指しているのか。

 送られてきた一文からは分からなかった。それに話をつけたとは、一体どこまで話したのだろうか。いきなり家に連れてくるなんて、いろいろな疑問や困惑する事が頭に思い浮かんでいたけれど、質問しだしたらキリがないと思ってとりあえず早々に返信だけしておく。

”わかった、今日の放課後も家で待ってる”

 何か気になることがアレば、放課後の話し合いで聞いて確認すれば良いやと半ば投げやりな気持ちで、七瀬寧々と連れてこられるという先生を待つことにした。

 

***

 

「アキラー! 来たよ」

 昨日と同じぐらいの時間帯である夕方、玄関を開いていつものように家に来たことを大声で伝え聞かせてくれる七瀬寧々。

「勝手に入っていっては駄目よ、七瀬さん」

 そして今日は昨日と違って別のもう一人の声、子供のように甲高いけれど口調は丁寧な女性の声が聞こえてきた。その女性こそが寧々が昼に連絡をよこした、連れてくると言っていた人なのだろう。そして特徴的な声から察するに、岬アキラのクラスを担任する女性教師だと分かった。

「いつもこんな感じで勝手に入っていきますから大丈夫ですよ。家に入るときは、泥棒に間違えられないように、あらかじめ声を掛けるようにはしてますけど」
「なるほど、そうなの。でも岬さんは今病気で倒れてるんでしょう、負担をかけないように静かにいかないと」
「あ、それなんですけど……。まぁ、見てもらったほうが分かりやすいか」

 階段を登って会話をしながら近づいてくる二人の声が聞こえてきていた。どうやら寧々は今の俺の状況については詳しく説明しないまま、先生を家へと連れてきているらしい。そんな二人を迎えるために、俺も立ち上がって自室の扉を開いた。

「おかえり、ネネ。それといらっしゃい、先生」
「えっと、ただいま? アキラ」
「岬さん! 病気なんでしょう、安静にしてないと、……って、え」

 担任の先生である門馬なお。声と同じように見た目も女子としては珍しいとされる子供のように小さい。と言っても俺と少ししか違わない150センチメートルぐらいだ。

 けれど、大きく違っているのは胸にある大きな膨らみ。ロリ巨乳と言える大きな胸が特徴的な彼女。そんな彼女の視線が俺の胸へと集中しているのが分かった、そして傍から見て分かるぐらいに混乱している様子だった。

 やっぱり男だと判断される基準は胸の大きさなのだろうか。寧々も先生も手にあふれるぐらいの巨乳だったので、それがこの世界での女らしさなのだと俺は認識する。

「か、風邪で休んでいたんじゃないのだすか!? というか、その姿は一体……」

 一分以上フリーズしていた門馬先生は、ようやく事実を少しだけ受け止めたのか動き出して、俺に向けて色々と質問攻めを始めた。

「この姿は昨日の朝、目が覚めたらいつの間にかこうなっていました。それで、今の姿のまま学校に行くわけにもいかず、とりあえず昨日と今日は仮病で学校を休んでしまいました」
「……」

 事情を説明をしたら、今度は絶句して黙ってしまった先生。家へと連れてきた七瀬寧々にどうするのかと問うような視線を向けるが、彼女も困った表情を浮かべて戸惑っている。

 

「あー、えっと……。これからどうすればいいでしょうか? 先生」
「え!? どうすればって……。どうしましょう?」

 異常な事態である今、頼れる人を増やすためにと事情を説明したのは失敗だっただろうか。そう判断しそうになった俺だったが、門馬先生は今の状況を打開するためのある提案を俺にしてきた。

 

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05話 お夕飯

「夕飯どうしよう?」

 対応策は思いつかなかったものの話が一段落していたところ、そう問いかけてきたのは向かいでぐーたらと横たわり始めた七瀬だった。スカートなのも気にせずに足や腕をぐっと伸ばして、カーペットの上に身体を放り出している、美少女の無防備な姿に視線が囚われそうになるのを必死に抗い窓の外に目を向ける。

 視線の先にある窓から見える景色は既に暗くなっていて、話しているうちに時刻が夜の七時をいつの間にか過ぎていた事に気がつく。そう言えば朝は慌てて適当にパンを食って済まして、昼は食べずに居たのでお腹も減っている。今日はろくなものを食っていないから、今すぐに何かしっかりした物を食べたい気分であることを自覚した。

「お腹は空いてるけど……」
「その姿じゃ、外には買いに行けないか」

 横向きに寝転がりながら、改めて俺の全身を見回すように観察する視線を向けてくる七瀬。彼女の言う通りだった。
 顔の見た目があまり変わっていないから、少しぐらい大丈夫という七瀬の言葉を聞いたものの、やっぱり今の姿で外に出ていくのには少し勇気と心の準備が必要そうだった。

「じゃあ代わりに私がコンビニ行って買ってくるよ。弁当何が良い?」
「コンビニ弁当かぁ……」

 家族というか姉妹での関係がうまくいっていないらしい七瀬は、学校が終わり放課後の時間を岬家に入り浸って過ごすことが多かった。我が家も母親が仕事ばかりで、いつも家に一人で過ごしていたので誰か他の人が居るのがありがたかったのもあり、ありふれた風景になっていた。そして夕飯まで済ませていく事も日常的になっている事だった。

 そんな彼女と一緒に夕食を済ます岬アキラは、手軽だからという理由で一週間ぐらい続けて夕飯にコンビニ弁当を食べている、なんて記憶がある。

 確かに買ってチンするだけで準備できるコンビニ弁当は手軽で便利だろうけれど、そんなものばかり食べてたら栄養が偏ってしまうだろうに。若くて可愛い女性なのに、食生活を気にしないなんて美容的に危険だし健康を害したらもったいないと思い、俺はある提案した。

「カレーなら作れるけど、食べる?」
 別に料理が特別に得意というわけではないけれど、長年の一人暮らしを経験している俺は、ある程度ならば料理を作ることは出来るようになっていた。それを折角だから振る舞おうと考えての提案を七瀬に向ける。

「ホントに!? も、もちろん作ってくれるなら食べる、食べるよ!」
「お、おう……。じゃあお米は有るみたいだから、食材だけ買ってきて」

 手料理の提案に予想外に食いついてきた七瀬にたじろぎながら、手書きの食材メモを渡して買い出しをお願いする。

「それじゃあ悪いけど、そのメモ通りに買い出しだけお願い。こっちは料理の準備しておくから」
「うん、それじゃあ、えっと……、行ってきます」

 夜になって若い女の子、しかも見た目が美少女であると言える彼女を外に送り出す事を少し心配に思ったけれど、よくよく考えると女性を襲おうと夜道を歩く男なんて居ないみたいだから、それほど心配せずとも安全なのだろうかと思い直す。

 なんせ1対9という男女人口数の差で考えれば、逆に男の方が貴重で無防備に歩いていたら襲われるらしい世の中だから。
 だが常識が異なる世界でもどんな危険があるのか分からないので、注意だけ促して七瀬を玄関から送り出す。

「気をつけて、いってらっしゃい」
「う、うん」

 何故か緊張している風に見える七瀬を送り出した後、俺はキッチンへと向かい炊飯器を取り出してお米を先に炊いておこうと動き出した。

 

***

 

 それから1時間、お願いした通りに買い出しに行って帰ってきた七瀬から、買ってきた食材を受け取ってすぐさま調理を行い、カレーを作った。カレーのルーを使って豚肉に野菜をたっぷりと入れたトマトカレーが出来上がったので、二人でキッチンで向かい合って食べる。

「うまっ、これすごく美味しいよ」
「それは良かった。おかわりもあるから足りなかったら言って」
「う、うん!」

 そのままガツガツと豪快にスプーンを口に運んで食べる七瀬の姿は、高身長で大人っぽいビジュアルなのに食欲旺盛の子供らしく見えるというギャップがあって、眺めていると少し面白かった。

 

「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」

 手を止めること無くカレーを食べ続けて、なんと三杯もおかわりをして作り置きも残さず食べてしまった七瀬。多めに作っていたハズのカレーが、全て食べ尽くされるとは思わなかった。

「本当に美味しかったよ、アキラ」
「それは良かった、七瀬さん」

 予定通りに料理を準備できたことに安心したのと満足する気持ちを感じていたが、少し表情を曇られた七瀬の変化が気になり、どうしたのかと尋ねた。

「ちょっと気になってたんだけど、さっきから私のことを”七瀬さん”って名字で呼んでるけれど、名前で呼んでくれたほうが良い。と言うかいつもの呼ばれ慣れている方じゃないと落ち着かないというか……、だから名前で呼んで」
「あーうん、わかったよ。これから寧々って呼ばせてもらう」
「う、うん。ソレでお願い」

 お願いした彼女も、お願いされた俺も両方が恥ずかしそうな反応を見せていた。

 

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04話 事情説明

 驚き顔のまま固まった七瀬寧々を自室へと招き強引に座らせると、待っててと言って飲み物を用意するために一人で階下のキッチンへと向かう。

「冷静に考えると男が女子高生を自宅に招くなんて、倫理的にアウトだなぁ……」

 直前まで事情を話すのに緊張していたはずだが、七瀬の驚いた様子を見て逆に冷静になれた自分がいた。そしてお茶とお菓子を用意している間、今の状況を改めて考えてみると別の心配事が頭に浮かび上がってきていた。

 七瀬寧々は学校帰りに直接家へとやって来たのか、学生服姿だった。5月という時期だったので、まだ夏服の薄着では無かったけれど右胸にエンブレムの付いたグレーのブレザーを上に着て、下はネイビーのスカートを履いていた。しかも七瀬は巨乳と言える女性だったので、前のボタンを開けてシャツが盛り上がっているのが見えていた。

 顔も美人と言えるぐらいに整っている。セミロングのきれいな黒髪に、シュッとした輪郭で小顔。けれどパッチリとした特徴的な大きな目。

 そんな女子高生が家族の誰もいない自宅に来ているんだと、独り言を呟きながら応接用の茶菓子を用意して持って自室へと戻ってくる。

「ぶっ!?」
「……」

 扉を開いて七瀬の姿を見た俺は、おもわず吹き出してしまった。自室の中央に敷いてあるカーペットの上であぐらを組んで座っている彼女。スカートから見えそうで見えない下着のチラリズム。そして高身長である彼女の、すらっと細長い組まれた足は魅力的だった。

 予想していなかった彼女の油断している格好に急いで視線を外す。その間、七瀬は無言のまま俺の姿を先ほどと同じように凝視していた。

「今から説明するから、とりあえずお茶をどうぞ。お菓子も」
「……ありがとう」

 背の低い折りたたみテーブルを取り出してきて部屋の中央に置くと、その上に用意したお茶とお菓子を並べていく。そして二人は向かい合って座り、ようやく事情の説明を始めた。

 目が覚めたら今の姿になっていた事。男として送った人生の記憶があり、女として過ごした記憶もあり二人の記憶が混在してる事。男の記憶では、今居るこの世界の常識とは大きく異なった所であった事。

 事情を詳しく語っていく俺の言葉を真剣に聞いて、説明の途中にも口を挟まずに黙っていてくれた七瀬寧々。そして彼女を自宅へと呼んだ理由まで全てを話していく。

「という訳で、こんなこと誰に相談していいのか……。とりあえず一番信頼できる七瀬さんに話そうって思って連絡して家に来てもらったんだけど。どうしたら良いと思う?」
「どうしたら、って言われても……」

 こんな空想的で非現実的な話を打ち明けられて解決方法を求められても、すぐさま思い付く訳はないだろう事は明らかだ。そもそも話を聞いて、落ち着き理解するまで今しばらく時間が必要だろう。しかし頼れる人は多くない、とにかく協力してもらえるようにしないと。

 何を考えているのか呆れた表情を浮かべて見返してくる七瀬さんの視線に気まずくなり、知らず知らずのうちに正座になる。

「と言うか本当に男、なのか? 騙しているわけではなく?」

 七瀬さんの見た感想では、今の男姿と女姿とに変化は無いらしい。けれど胸の部分だけは明らかに違っている。そんな訳で性転換手術という可能性を考えているらしい彼女の疑念を晴らすために、話が本当だと証明してみせようとジャージのチャックに手をかける。

「ほら、手術の傷跡なんて無いよ」
「え!? な、何をして、って服を脱ぐな!」

 手術なんてしていない事を証明しようと、ジャージを脱いで上半身裸となって見せつけようとしたが、七瀬がテーブルの向かいから身を乗り出して慌ててチャックを下ろすのを阻止してきた。

「分かった! わかったから、信じるから、服を脱ぐな!」
「え? あーそうか。うん、服は脱がない」

 男の上半身裸でそんなに慌てるなんてと一瞬思ったけれど、男はむやみに肌を見せないのが当たり前の世界なんだと思い返してジャージを脱ごうとした手を止める。

 そしてやっぱり別世界で生活していた頃の記憶や意識が強いようで、分かってはいるけれどコチラでは常識外であるらしい行動を起こしてしまう。今後注意しないと大変そうだと感じていた。

「ふぅ、っと、とにかく、アキラが男の身体になったという事は百歩譲って信じよう。だけど別世界の記憶? については信じられないなぁ。男女の比率が半々の世界なんて……」

 七瀬の知っている現実世界とは大きく異なる想像もつかないような世界の話。本当に有るという証拠もないし、実際に生きてきた記憶が無いと信じられないだろうなと、七瀬の意見に反論する言葉はなかった。

「まぁ別世界についての話はともかく、これからどうしよう」
「人類管理局に連絡してみるのは?」

 七瀬の挙げた人類管理局とは、名称の通り人類という枠組みに関連する行政事務を担当する国の機関であり、主に男性に関する問題を取り扱っているらしい。本来なら、ココに相談しに行くのが真っ先に思い浮かぶであろう解決策。

「連絡してどうなるかを想像すると、ちょっと怖いんだよ。荒唐無稽な話だし信じてもらえるかどうか。男の姿で居る今の自分が岬アキラであるって証明もできそうにないし」
「まぁ、そうか」

 可能な限り問題にならないよう平穏無事に暮らしたいと考えている俺は、知らない誰かに助けを求めて自分が男であることを明かすのは、よくないだろうと感じていた。

「ならやっぱり、信頼できる人だけに片っ端から話をして協力者を増やし助けてもらうしかしょうがないと思う。家の人とか学校の先生、とか?」

 結局は事実を打ち明けて相談できる人を増やしていくしか方法は思い浮かばない、という結論に達するのだった。

 

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03話 七瀬来る

 異常な事態に仮病を使って学校を休むことになったのて、その間の時間が自由になった。という訳で、空いた時間に出来る限り情報収集をしようと考えた。

 まずは家探しを行う。女性として過ごしていた岬アキラとしての記憶が正しいのかどうか、ソレを確かめるために行う。

 一階にある書斎に行って、小さな頃からの姿を撮った写真が収められたアルバムを引っ張り出してくる。アルバムがある場所は正しく記憶されていたのか、すぐに見つかってパラパラとめくり眺める。そして記憶にある男としての自分の姿と写真とを見比べる。

「見た目は似ているような、似ていないような……。それと背は俺と同じ小さいままか」

 よく童顔で弱々しい見た目をイジられていた俺は、顔や身体に若干のコンプレックスを抱いていた。そして身長も男性としては低めだった。それは女性である岬アキラである自分も苦々しく思っていた気持ちを記憶している。
 だから、あまり印象に残っていない自分の顔だけれど写真を見てみたところ似ているような気もする。

 ただ見た目は似ていると感じたが、決定的に違う部分もあった。どの写真でも女物の服装を身にまとい、胸の部分には男性にはない大きな膨らみがある事。

「うわっ、っと!?」
 アルバムをめくっていると突然、上半身を裸で過ごしている写真が目に入り慌ててアルバムを閉じた。女性らしい貞操観念が薄いのか、胸を隠すことなく思い切りさらけ出している自分。

 写っているのは自分だと分かっているけれど、今は男としての意識が強いのか女性の裸を見て慌てたり少し興奮してしまったという、恥じらいがあった。

「うん、もうココは大丈夫かな。次を調べよう!」
 自分に言い聞かせるように、今の出来事を気にせず次の行動に移る。取り出したアルバムを元の場所に戻して、急いで書斎から出てくる。そして一階にある部屋のキッチンからリビング、トイレに玄関にお風呂と次々に家の中を確認していく。

「どの部屋も記憶通りにちゃんと有った。という事は記憶していることは妄想だったなんて事は無いか」

 疑り深く自分の女性としての記憶を信じ切ることは出来なかったが、やっぱり実際に今まで生きてきた我が家であり、記憶しているように人生を送ってきたらしい。

 俺は家探しを終えて自室へと戻り、パソコンを起動した。インターネットを開いて疑問に思うことを次々に検索して調べていく。男性という貴重とされているらしい存在についての扱い、自分と同じように目覚めたら男になっていたという話や噂が無いか、男として記憶している出来事と女として生活していたこの世界での出来事の異なる点が無いかについて。

 キーボードを次々に叩いて、手当たり次第に調べながら考えて今後どうするべきか予定を立てるための情報を集めていく。そうしている内にお昼の時間もいつの間にか過ぎて夕方になっていた。昼食を取るのも忘れるぐらいに集中して調べていたらしい。

「あー、疲れた」
 約半日中パソコンに向かい合って調べごとをしていた俺は、椅子に座り続けて背中やお尻の痛みを感じていた。休憩を入れようとグーッと椅子の上で背伸びをしたりストレッチをして筋肉を伸ばす。

 色々と調べてみたけれど好ましい結果を得ることは出来なかった。そしてやっぱり自分ひとりで考えるのには限界があり、良いアイデアも思い浮かばない。

 ピンポーンと階下からインターフォンの鳴る音が聞こえてきた。窓の外は夕日でオレンジ色に染まり、時間は午後五時を過ぎた頃だった。約束していた七瀬寧々が家へとやって来たのだろう。

「アキラー! 来たよ」

 玄関の扉が開かれる音が聞こえてきて、女性のハスキーな呼ぶ声も聞こえてきた。聞き覚えのある女性の声だった。

 俺は呼ばれる声を聞いて途端に緊張してくるのを自覚していた。家に来てくれるように頼んで来てもらったのに、今の変わり果てた姿で現れて事情を話したとして果たして現状を信じてもらえるのたどうか。

 しかし七瀬寧々は勝手知ったる他人の家という感じで、階段を登ってきている音が自室に聞こえてきていた。母親が出張でよく家に居ない事を知っている彼女は、気軽に我が家に入り浸っていたからだ。もう扉を開いた近くまで来ているようだから、もはや会わないという選択肢は無いだろう。

 俺は覚悟を決めて、七瀬寧々と出会い事情を説明するという覚悟を決めて自室の扉を開いて彼女を招き入れた。

「や、やぁ。七瀬……さん。わざわざ来てくれて、えっと、ありがとう」
「へ? あ、あきらだよね。 え? あれ!?」

 ノブを握って扉を開いて落ち着いている風を装おうとしたが、ぎこちない言葉で挨拶と来てくれたお礼を言う。しかし対面した七瀬寧々はというと、俺の顔を凝視するなり混乱したのか言葉が乱れていた。そして、頭から胸へと視線を動かし下半身を見ると、再び俺の顔を凝視してきた。

 身長が155センチの高さしか無い小さな俺は、身長が175センチもある彼女を見上げる形となっていた。女性として七瀬寧々の身長が高いという印象を抱いたが、この世界の女性では平均的な身長である。そして身長が小さいほうが男っぽいと指摘される世界である。

「一体どうしたの、その胸!? 見た目だけでなく、胸も? ってか男になったって、性転換手術!?」

 そして七瀬寧々は俺の胸部を指差して、そう叫んだ。

 

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閑話01 助けを求める声

「あれ? 珍しい」

 スマートフォンの通知に現れた送信者の名前を目にした七瀬寧々は、そう呟いていた。なぜなら、この送信者は余程の事情が無い時以外には向こうから連絡を送ってくる事が稀であり、今までで指で数えられる程度の回数しか記憶に無かったからだ。

 つまり、アキラから送られてきた文の内容も余程のことなのだろうと考えて、授業中ではありながらもスマートフォンを片手で操作し送られてきた文を確認してみる七瀬。

”ちょっと相談したいことがあります。暇な時間に連絡をください”
「相談? 一体なんだろう……、ますます珍しい」

 そう書かれた文字を読んで七瀬は、よっぽどの事情があるらしいが大丈夫だろうかと、幼馴染である少女の岬アキラの事を心配していた。

”どしたん?”
 すぐさま返信を打ち込んで事情を聞き出そうと、スマートフォンを操作して彼女の返事を待つ。

「ん? 一体どういう事……?」

 岬アキラからの返事を読んで、不可解だと疑問を浮かべる七瀬。なぜなら、返事には次のような文が書かれていたからだ。

”朝起きたら男になっていました。どうするべきか迷っています”

「(起きたら男になってた? どういう意味だ?)」
 岬アキラは事実を簡潔に伝えようと考えた結果の文だったが、七瀬寧々は何かしらの意図があっての文だと考えて深読みした。男になったなんて文字通りの意味では無いと。相談事があると言っていたから、何か悩みがあっての事だろうか。

 155センチしかない低身長に弱々しさのある童顔という見た目に、男っぽさのある彼女だった。そんな男っぽさのあるアキラは男のように見られたり、可愛いと言われる事を嫌がっていて、日頃からストレスを感じてる事を七瀬はよく知っていた。

 そんなアキラが自分のことを”目が覚めたら男になっていた”なんて言うだろうかと疑問に思ったのだっだ。

”どしたん?”
 だからなるべく岬アキラが深刻なトーンにならないように、努めて気軽な感じを装って返信する。そうすると、彼女は更にこう返信してきた。

”今日学校が終わったら家に来てくれない? そこで詳しく話すから”
”とりあえずわかった 放課後家に行くよ”

 放課後に会う約束を取り付けて、チャットアプリでの会話は終わった。しかし、珍しいことがあるものだと改めて思う七瀬寧々だった。アキラの家にはしょっちゅう行くし、わざわざ約束を取り付けることなんて今までに無かったから。

 よっぽど悩んでいることが有るのだと、事態を深刻に捉える七瀬。そして今日の放課後は間違いなく、岬アキラの家へと直行しようと決めた七瀬であった。

 

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02話 仲間を呼ぶ

 これからどうしょうか。解決するべき問題を頭に思い浮かべながら、引き続きベッドの上であぐらと腕を組んで座りながら考える。

 男だとバレるのはマズイ。ならば、女として振る舞い生活を続けるのか。でも隠し通せるかどうかが不安だし、隠し事をして日常生活を送るなんてストレスが半端なく溜まりそう。

 じゃあ、誰とも会わないように家に引きこもって過ごすのはどうか。都合のいい事なのかどうか、今家に居るのは俺一人だけであった。一緒に暮らしているのは母親だけで、父親はもちろん家には居ないし別の所で暮らしている。

 どうやら弟が一人居るようだが、男の子だったので生まれてすぐ赤ん坊の頃に然るべき所に引き取られて以後、顔を合わせたことも無い存在だった。生きているらしい事は伝え聞かされていたが、どんな風に育っていて、現在は何処に住み、どんな生活をしているのかさえ分からない。

 という訳で四人家族だという我が家、けれど今は母との二人暮らしだった。そして、仕事人間であるらしい母親は働くことに没頭し、繰り返しの出張で家に居ることが殆ど無い。そして記憶が正しければ今も出張に行っていて、しばらくは帰ってこないハズ。だから家に引きこもっていれば、誰とも会うことなく男だとバレる心配もない!

「うーん、でもなー」

 良さそうだと思い付きのアイデアだったが、すぐにソレを否定する。引きこもるのにも限界があるだろう、という理由で。

 いつかは出張から帰ってくるだろう母親とは顔を合わせざるを得ないし、食料の問題もある。しばらくの間は買い置きがあるけれど、食べればそのうちに尽きるだろうから買い物に外へと出て行かなければならない。

 結局、家に引きこもるという作戦は問題の先送りにしかならない。その間に凄まじい想像力を発揮し考えて、起死回生の何かを思いつくかもしれない。元の姿に戻る何らかの方法が考え浮かぶかもしれない、でもそんなアイデアが都合よく浮かぶとは到底思えない。

「あれこれ一人で考えても良い方法は思い浮かばない。ここは、誰か信頼できる人に頼る他に無さそうかも……」

 人は一人で生きて行けない。そして今の問題も一人では解決できそうにない。ならば信頼できる誰かを探そう。そして、今の状況を打ち明けてしまおうと決意する。俺が男であると知られても問題の無い誰かに。

 真っ先に思い浮かんだ頼れるべき人は、親である母親だった。だがしかし、今は出張で遠くに行っているらしい事を思い出す。今言って仕事を投げ出し戻ってきてもらうのは負担になってしまうだろう。いつかは事情を話して協力してもらえるかどうか問うけれど、タイミングは今では無い。

 だから、別の人間で誰か居ないか更に考える。そうして、母親の次に思い浮かんだのが幼馴染である七瀬寧々の事だった。

「あぁ!?」

 幼馴染のことを思い出して、目覚まし時計を見た瞬間に声を上げる。自分は学生で、今日は平日。あれこれ考えこんでいるうちに、既に授業が始まる時間を大幅に過ぎていた。思い切り遅刻だった。

 慌ててベッドから腰を上げて、学校に行く準備をしなければと反射的に動き出そうとした俺だったが、思い直して動きを止めた。

「仕方ない、今日は仮病で休ませてもおう。そもそも、学校に行ける状態でもないし」

 今から行っても遅刻は逃れないだろう。しかも今の時間に行けば注目を浴びるだけ。ただでさえバレたくないと注目を避けたいと考えているのに。それになりより、今はむやみに外に出て行っては危なそうだと考えての仮病だった。

 机の上に置いてあった充電中のスマートフォンを手にとって、クラスメートの友人に風邪をひいたので休みますとチャットアプリで連絡を入れる。

”かぜをひきました 今日は学校に行けそうにないから先生に伝えておいて”

 片手でスマートフォンを操作し、友人宛に文字を入力して送る。時間を確認すると今は二時限目の授業時間中だろうから返信が来るまでしばらく待とうと考えていたら、すぐさま返信があった。

”大丈夫みまい行こうか?”
 こんなに早く返信があったことに驚いた。それにすごく心配してくれているようで、見舞いにも来てくれようとしていて、仮病だという嘘に少し罪悪感を感じる。

”うつすと悪いから来ないで。もっと酷くなったら頼るかも”
”おっけーわかった 先生に伝えとく。お大事に”

「よし、これで家に来られる心配もない。しばらくは学校に行かなくても時間を稼げるか」
 やはりだいぶ心配してくれている様子の友人を騙してしまったことに再び罪悪感が……。けれど切り替えて、次に協力を得るために七瀬寧々に向けて連絡を入れる。

”ちょっと相談したいことがあります。暇な時間に連絡をください”
 そう送ると、どう真実を話そうか内容を考えて待とうと思っていたら、友人と同じようにすぐさま返信があった。

”どしたん?”
 彼女には嘘はつかず真実を話そう。文面をじっくりと考えて伝わるように気をつけながら、でも簡潔に”

”朝起きたら男になっていました。どうするべきか迷っています”
”どしたん?”

 速攻で直前と同じ文字が送られてきた。その返事を見て、どうやっても文字だけで伝えきれそうにないと理解した。

 電話で話せば声の変化に気がついくれるだろうか。いや、やっぱり実際に見てもらうのが一番早いだろうか。とにかく、一度会って話をしよう。

”今日学校が終わったら家に来てくれない? そこで詳しく話すから”
”とりあえずわかった 放課後家に行くよ”
”ありがとう、待ってる”

 七瀬寧々と放課後に会う約束だけ取り付けて、とりあえずスマートフォンでの通信を終えた。後は目の前に来てもらって、どう事情を説明しようか考える。そして助けてもらえるかどうか、それが心配だった。

 

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01話 状況判断

「んー? あー? えー?」

 目が覚めて身体を起こして感じた違和感。茶色の学習机に、真っ白な本棚。身体が沈んでふかふか、座り心地のいい高級そうなシングルサイズベッド。

 昨夜寝る前に居た場所とは明らかに違う部屋の内装に混乱して、意味のない言葉が無意識に俺の口から漏れていた。

 酒の飲み過ぎで記憶が飛んだのか。しかし二日酔いの症状である頭痛は一切無いし、むしろ調子が良いぐらいな感じで健康そのものだ。

 しかし、今見えている視界の中にある家具には見覚えがないし見知らぬ部屋だった。どう見ても俺が住んでいるワンルームのアパートには見えない。そもそも敷布団ではなくベッドの上で寝ていたところから、いつもの状況が違っていたし。

 なぜこんな場所で眠りについていたのか。こうなった経緯である寝る前の記憶を辿ろうと、頭に右手を当てて思い出そうとして再び違和感。

「あれ? 知らないかと思ったけど、もしかして知ってる部屋?」

 記憶を呼び起こそうとして、じんわりと蘇ってきた遠い日の思い出。いや? それほど遠くない記憶のはずなのに、薄ぼんやりとした途切れ途切れの色あせているイメージに感じる思い出。年を取ったせいで記憶力が衰えているせいだろうか。

「と言うか実家だ!」

 徐々に蘇る記憶がハッキリとした時、ようやく今居る場所に思い至って愕然とする。そんな場所だと気づかなかったのかと。

 部屋の窓から見える外には、家が立ち並ぶ住宅街がある。そして、俺が今いる部屋は一戸建ての二階にある部屋。この部屋は小学生に入学した時に与えられた一人部屋。それから高校生になる今の年齢になるまでの数年間ずっと過ごしていた自分の部屋だった。

 しかしもう一つ矛盾した記憶が思い出された。実家である市営団地で生まれてから学生時代までを過ごし、就職する時に家を出て一人暮らしを始めたという社会人としての記憶。

 まるで、二人分の人生の記憶を持っていた俺はパニック状態に陥った。どちらの記憶も自分のものだという実感があり、俺にとっては両方が真実だった。しかしあり得ない事実だという事も認識している。どちらかの記憶が自分のモノではないという事。

 

 それから落ち着くのに30分程の時間を要した。

 

 落ち着いて記憶を辿れば、鮮明に思い出される高校生の私と社会人の俺としての人生の思い出。

 今俺がいる場所は、私が住んでいる実家の自室だ。高校二年生の17歳で女子学生であるはずだった自分の部屋。

 それなのに、そんな部屋にいるのは社会人である男の俺だった。しかも不可解なのが、自分の身体が若返っているかもしれないという事。体の節々の痛みが無くなって調子がいいと感じた原因はソレなのかもしれない。

「で、なんで俺はこんな格好を」

 落ち着いたことでやっと気がついた。自分は女性用らしいパジャマに、パンティという変態的な格好で居たという事に。今の俺の胸は女性特有の膨らみではなく筋肉が少し付いた胸板であり、下半身には男性のアレが付いている。身体は男性の物なのに着ている服は女性物だった。

 股下の部分が短い女性用の下着では収まりきらない自分のモノ。幸いとも言うべきなのか、パジャマのサイズは問題なく着れていた。だが、自覚してしまえば恥ずかしさしか感じない姿である。急いで着替えようと、ベッドから立ち上がり衣装ケースから服を取り出す。

「服のある場所は分かるのか」

 男の姿であっても、女の記憶は確かに覚えていた。その事に驚く。妄想では無く現実の記憶だという事の小さな証明だった。

 真っ赤な運動用に用意していたジャージに、毎月のものに備えて置いてあったトランクス。この格好ならば、まだ男としての威厳を保てるだろう。女子学生の自室から服を取り出して男である俺が履いているという事実から目を背ければ。

「身体は男なのに女の記憶もしっかり覚えている、そして今居るのは女としての記憶にある自分の部屋」

 着替えを終えて、あらためてベッドの上にあぐらになって座り直し腕を組んで悩む姿となり現状把握に務める。

 転生でも転移でもないだろうし、神様に出会ってもいない。二人分の記憶を持っている意味もわからないし、なぜ男性の身体で女性の部屋に居るのかも分からない。

「融合したとか?」

 野菜の名前などをもじった某有名漫画やアニメの登場キャラクターであった神様のように、男の俺と女の私が融合して一体の人間になったのだとしたら!?

「だとしたら、戻り方は分裂だろうか」

 ムムムと力を込めて2つの別れるイメージを思い浮かべてみたが、もちろん2つの人間になるわけは無かった。

 しばらく考えて出した結論、考えても無駄。

 という訳でこうなった原因も何も分からないが今考えるべきことは、コレからどうするべきか。そして俺はある問題に気がついていた。

 今いるこの世界は、女性として過ごしていたはずの世界。そこは人口の約90%が女性であるという、男の記憶する世界から見てみたら異常な社会に見えていた。(逆に女の記憶から男の居た世界を見てみたら異常だと感じてはいたが)

 そんな世界に男の身体で生活する危険性。男は数の少なさから貴重がられて、数がこれ以上減らないようにと過保護なまでに配慮される。だが悪い言い方をすれば、本人の意志に関係なく管理されて人生の面倒を見られる。そこに人間としての自由は少ない。

 一部を除けば、女性との接触を管理されて恋愛なんてもちろん出来ないし、望まない子作りも強要される。そして、外出は許可が下りないと出来ないし、決められた範囲の中で監禁されたような環境で一生を過ごす。

 俺が今居るらしい世界は、そんな状況であった。

 

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