第04話 無敵

 数時間ぐらい前は死にかけていたと思ったら、一回の食事で急速に体の状態は回復していった。これもスキルの効果だろうか。同じく数時間ぐらい前には保有していなかった見知らぬスキル。回復したキッカケは、この新たに発現したスキルぐらいしか思い当たらなかった。

 勇者のスキルというのは、身体能力を底上げしてくれるという物のようだ。発現してから体の調子が以前と比べてすこぶる良くなっているように思う。劣悪な環境で生活していたせいか、いつも感じていた倦怠感が嘘のように消えていた。

 そして大食いというスキルについては、その名の通り物を多く食べられるというスキルのようだった。このスキルのおかげなのか、アディの手によって用意され大量に食わされた肉は全て食べきることが出来た。

 更には長年まともな食事もせず餓死寸前だった筈の胃でも、食べたモノを戻すこと無く胃に収めて今も具合が悪くなっていない。

 どちらのスキルについても、今分かる情報はそれぐらい。

 身に付けたスキルと能力の内容については感覚である程度は分かるけれど、もっと詳しくスキルの内容を知るためには、調べるための道具が必要だった。

 早く走れるというのは何となく自覚して分かるけれど、詳細に何メートルを何秒で走れるのかを調べる為には長さと時間を測るための計量器が必要だというようなものだと思う。

 そして分からない正体不明のが魔物寄せというスキル。どの程度の効果があって、範囲はどれくらいなのか。知っていないと、とても困るスキルだと思うけれど。でも今は詳しく調べることは出来ない。

 だがしかし、その魔物寄せというスキルは正常にと言うべきか、今は正しく効果を発揮しているようだった。というのも。

「アハハハハッ! ノアと一緒に居ると、どんどん魔物が寄ってくるねっ!」

 先程出会ったばかりのアデラヴィという名の女性。彼女が、森の中らかワラワラと集まってきている魔物を嬉々として打ち倒していっている。

 先ほど見せられたアディの装備している大剣は、実は刃がボロボロになっていて本来の切るという機能を果たせていない。そんな欠陥武器を鈍器のように扱って、切るんじゃなくて殴って魔物を絶命に追いやっている。

 大剣を振り続けて1時間以上も止まらずに、彼女は魔物との対決を楽しんでいる。化け物のような体力だ。後ろで守られて付いていくのがやっとな僕の方が、体力を消耗して疲れ切っているぐらい。

 アディの話によれば、彼女の仲間が近くに居るらしくて合流するために目的地を目指して進んでいるらしいが、僕のスキルのせいで魔物が寄ってきている。まるで森のなかに住んでいる魔物が全部、僕のいる場所に向かって来ているのではと思えるぐらいの大群が。

 でも、進んでいかないと魔物に取り囲まれてしまうかも知れない。だから、火を熾していた場所から離れてアディの目指す場所に到着する必要があった。

 アディと僕の二人が進む道に沿って、魔物の死体が積み重なって轍のように通った跡が残っていく。

 幸いなのは、アディの使っている武器が刃で切るのではなくて鈍器として殴っているので、魔物の死体には殴打した跡だけだった事。血が流れ出るのを見ずに済むので助かった。こんなに大量の魔物の死体から流れ出る血の量を想像すれば、見た目はもちろん匂いもヒドイことになりそうだったから。

「ほら、後ろにしっかりと付いてきて」
「うわっ」

 どの方向にも目があるかと思えるように、前後左右上下どの向きから襲ってくる魔物でも瞬時に察知して対応するアディ。今も僕の後ろに潜んでいたらしい魔物をアディが見つけて殴りつけたらしくて、次の瞬間には地面に転がる死体になっていた。

「んむっ! だ、大丈夫です。気をつけますから離して下さい!」

 しかも、僕を守ってくれる為なのか恥ずかしがる様子もなく彼女は僕の頭を抱えて胸に抱き込む。頭から、彼女の胸の感触が分かるぐらいの重量感。抱き込まれて息が出来なくなる。

 彼女の服装は、今も薄く頼りない布切れのような物を体に巻いただけの格好だ。抱き寄せられたら肌が直接触れてしまって、肌の触感から体温まで感じ取れるぐらいに近い。その状況に僕の方が恥ずかしくなって身体を離すように訴えると、素直に開放される。

「危ないから! 気をつけないと」

 本気で心配してくれているのか、離れたがった僕の顔を覗き込んできて確認するアディ。背の低い僕が見上げて、背の高い彼女が見下ろす。身長の差が普通の男女に比べると逆転していた。

 監禁生活で栄養もまともに摂れずに成長障害が原因で身長が低くなったのだろう、僕は背が低いのは仕方がない。それを考慮しても、男の僕よりも遥かに身長が高い彼女。目算で180センチを超えているだろうと、男性の平均も大きく上回る背の高さが有るアディ。

 偶然の出会いだったが、アディに出会えたことは人生で一番の幸運だったと思う。今は彼女がそれ程までに頼もしく思える存在だった。

 

 

 

第26話 中学校入学式

 入寮してから中学校の入学式が行われるまで、約二週間の期間が空いていた。その間に俺は、寮に住んでいる先輩達と知り合いとなって一緒になって食事をしたり遊んだりする友達になっていた。

 まだ入学の手続きを終えただけで入学式を済ませていない学生の俺だったが、堀出学園の運動場に立ち入って、春休み中で部活動の練習をしていた体育会系の学生達の横で場所を借りてサッカーをしたり野球をしたり。そして、一緒に遊んで過ごす事で仲を深めていった。

 寮生活という同じ建物で生活をしていて、芸能活動をしているという同じ環境で育ってきた俺たちは共感しやすく共通の話題も多くて受け入れやすいからなのか、友だちになりやすい傾向にあると思う。

 そうした生活を毎日過ごした事によって入学式の時には既に、俺は何十人もの上級生と知り合いとなっている状況だった。

「賢人、こっちや」

 入学式の当日。寮から出て堀出学園へと向かう道を歩いていると、背中から声を掛けられた。その声にはよく聞き覚えがあったので、俺は立ち止まって声の聞こえた方へと振り向いて応える。

「おはよう剛輝。君もやっと来たんだね」
「おう。昨日来たんや」

 青地剛輝も堀出学園に入学することになっていた。寮にも住む予定だと聞いていたけれど、この2週間で見ることはなかった。というのも、入学式の前日である昨日の夜まで家族と一緒に生活をしていたという。

 母子家庭であり兄弟も多い彼は家族の面倒は自分が見なければいけないという使命感を持って、堀出学園に入学するかどうか迷っていたらしい。堀出学園は基本的に全寮制で、そうなると家を出ないといけなくなるから。

 ただ、芸能活動を続けるのに堀出学園以外で普通の中学校に通いながらだと困難な可能性が大きい。どうするか天秤にかけた結果、堀出学園に入学することを決めたという。

 と言う訳で、寮に引っ越しするもののギリギリの日まで家族の面倒を見たり世話をしていたというから、入学前に寮内で見かけることが出来なかったのだ。

「お前はもう知り合い出来たんか?」
「うん。寮に住んでいる上級生の先輩と結構仲良くなったよ」

 剛輝と並んで歩きながら、堀出学園に到着するまでの世間話を始める。学園に向かう途中の道で、先に走っていく先輩。その何人かに俺が声を掛けられて居たので、疑問に思ったのだろう剛輝が尋ねてくる。

「はー、そうなんか。お前はそんなんメッチャ得意やもんな。羨ましいわ」
「普通の人と比べたら得意かもしれないね」

 まぁ、精神的には長く生きている俺は誰に対しても緊張しないで話しかける事が出来るから、という経験の差だろうと自分の事を分析していた。

 入学式が行われる体育館に並べられたパイプ椅子。その中で、自分が指定された席に座る。席順が名前のあいうえお順だったみたいで、青地と赤井で横に並んで座ることに。

 それから順々に入学生の座るべき席が埋まっていく。俺の周りに座っている人たちは、芸能界やスポーツ界で有名になっている人や有名になろうとしている人達だ。見てくれでハッキリとタラントコースだと分かってしまうぐらいに美男美女が集まっている。自分がこの中で戦えるかどうかを考えると、少し挫けそうだ……。容姿については、無理に張り合う必要もないかも知れないが。

 それから、大砲のように口径が大きい肩に担ぐカメラが何台か。いわゆる業務用ビデオカメラが、体育館の中で入学生に向けて構えられている。どうやら堀出学園の入学式には毎年のように決まって取材が入っているらしい、とのこと。将来活躍するであろうスターの記録をしておく為にだそうだ。

 それから、堀で学園の入学式の模様はニュースとしてテレビで放映されるらしくて業界関係者等の人達にとっては、春の風物詩として知られているぐらいだそうだ。

 ただ、堀出学園は一般人も在籍している普通の学校なので入学式のプログラムも粛々と行われた。奇抜な内容もなく普通に進行していく。

 新入生はあらかじめ体育館に入場して席についていたので、入学式の開式宣言、国歌斉唱が行われる。それから校長、学園長、PTA会長のお偉いさんのスピーチが行われて。祝電などが披露される。

 それから次に行われたのが、在校生の歓迎の言葉の挨拶だった。というか、寮に入って知り合った三年生の先輩だった。

 新入生の入学挨拶は、メガネを掛けた頭の良さそうな雰囲気を持つ学生が1人壇上に上がって行った。あの感じから察するに、学問において優秀な成績の生徒だけが入学できるという育英コースの特待生だろうと思う。

 それが終われば、担任の紹介が行われた。俺のクラスの担任は、家まで堀出学園についての説明をしに来てくれた北垣先生だった。

「あの先生に説得されて学園に来たんだよ」
「俺もや」

 横に座っている剛輝も、今日から担任となるらしい北垣先生が学園についての詳しい説明をしに来てくれて学園への入学が決まったと言う。もしかしたら、タラントコースの学生は全員あの北垣先生に学園に入学するようにと勧められて説き落とされたのかもしれない。

 それから無事に入学式は終了して、新入生の俺たちは一番最初に体育館から退場していく。式は半日で終わって、本日は授業もなく翌日以降の予定を簡単に説明されて解散となった。

 

 

 

第03話 彼女の正体

 焚き火を挟んで、僕と彼女が座った状態で向かい合っている状況。

 死ぬだろうと覚悟した瞬間から、今のように回復できるとは思っていなかった。それをしてくれたのは目の前の女性だ。そんな助けてくれた人に対して向ける言葉としては非礼すぎるかもしれなかったと、口に出してしまった後に思う。

 だがしかし、まだ敵か味方かハッキリしていないので警戒もする。5年間の監禁生活というのが僕の性格を歪ませたのか、誰も信じられないという気持ちが強かったから。一体何が目的で僕を助けたのか、真実を聞くまで安心できないでいた。

「あたしの名前はアデラヴィって言うんだ。アディって呼んで」

 ニコニコニコっと表裏を感じさせないような笑顔を浮かべて質問に答えてくれる。僕の失礼だと思えるような聞き方は、気にした様子もない。

 見た目から推測するに多分二十歳を超えた成人女性だと思われるが、答え方や口調には幼さを感じる。しかも、鍛え上げられた身体は一般女性だとは思えないようなスタイルをしていて、そこかしこにチグハグさを感じる。

 今まで見てきた普通な女性とは違うんだと、一瞬見ただけで感じ取った。そんな風に、彼女の観察を続けていると向こうから質問をしてきた。

「あんたの名前は? 何処から来たの? 森のなかで何をやってたの? どうして倒れてたの?」
「ちょ、ちょっと待って」

 答える前に次々と彼女から質問を繰り返される。というか、彼女は僕が何者かを知らずに助けてくれたようだ、ということが分かった。けれど、もしかしたら演技なのかもしれないと疑いもしたけれど、彼女の目を見ても演技をしているとは感じられなかった。

「僕の名前は、ニカノール……。いや、ノアっていうんだ」

 本名を名乗ろうとしてしまったが、よく考えたら貴族を追放処分された僕の名前は抹消された過去だろう。そう思って、別の名を告げる。

「王国から、えっと、ある事情があって森のなかに輸送されてたんだ」
「ふーん」

 自分で語れることは少ない。その中でも何とか説明しようと頭の中で整理してから話そうとしていたのだが、彼女は直ぐに興味を失ったかのように気のない返事をするだけだった。

 興味を失ったのなら、と今度は再び僕から質問。

「それよりも、貴方はなんで僕を助けてくれたんだ? 貴方の本当の目的は何?」
「え? 目的って言われても……。何となく?」

 彼女は顎に手を当て一瞬だけ考えたのか、けれど出てきたのは釈然としない答えだった。何となくで助けられた? 彼女の考えが理解できなかった。

「そんな、何となく……。でも、ありがとうございました」
「いいよ気にしないで。あたしの気まぐれだから」

 釈然とはしないけれど、助けてもらったのは事実だった。だから助けてくれたことに関してお礼を言うと、彼女は本当に気にしていない様子であっけらかんとしていた。

 だからこそ、僕は思った。彼女を巻き込んではいけないと。

 僕は今、魔物寄せという得体のよく知れないスキルを持っている。正直なところ、このスキルがどの程度効果を発揮して魔物という危険を呼び寄せるのかは理解していない。

 王国に魔物を呼び寄せているのは、この僕の持つ魔物寄せというスキルが原因だと思われていた。けれど、それは本当に僕のせいなのか。公爵家嫡男として気軽に処分できないという理由から監禁された生活を過ごすことになったので地下に籠もっていたけれど、その時もずっと魔物と遭遇することはなかった。だから、スキルが発揮されているのか自覚がなく効果の範囲も判明していない。

 ただ、このスキルが本当に魔物を寄せるスキルであり、今も呼び寄せているのだとしたら僕の側に居ることは危険だと思う。

「助けてくれたのは、本当に感謝しています。ただ、僕の事は放って置いて下さい」
「なんで?」

 アディと名乗った彼女を巻き込まないよう遠ざかるため立ち上がろうとするが、呼び止められる。わざわざ見知らぬ僕なんかを助けてくれた人だ、詳しく説明しないと離してくれないかもしれない。

「僕の持つ魔物寄せというスキルが危険なんです。僕の近くに居たら魔物が襲ってきて死の危険が」
「あ! あんたが原因だったんだ!」

 理由を説明して納得してもらい離れようと思ったら、何か別のことに思い当たって納得をする彼女。一体何事だろう。

「いやー、勘に頼った通り。やっぱり拾って良かった!」
「は? どうして!? 僕と一緒に居たら魔物が寄ってくるんですよ。危険です」

 何故か喜んでいる彼女。もう一度、僕と一緒に居る危険性を説明しようとする。だが、彼女は喜ぶだけだった。

「とっても良いスキルだね!」
「だから、魔物に」

 何度説明しても危険性を理解してくれない、と焦った僕だったが次の瞬間には何故彼女が余裕そうなのか理解した。

 更に説明をして理解してもらおうとしたその時、僕の目の前に黒い影が飛び出してき。物体のあまりのの早さに、反応するのに遅れる。バゴンと何かがぶつかる音。

「は?」
「ほら」

 いつの間にか、彼女は座ったままの状態で手に持っていた大剣のような武器を天に向けて掲げていた。そして、黒い影に見えていた黒豚のような大きな顔に特徴的な鼻と三角形の耳、丸く太った身体だったそれが地面に倒れていた。絶命した状態で。

「え?」
「今日は大漁だなぁ」

 魔物が襲ってきても簡単に倒せる力を身に着けていたアディ。目の前で見せられた光景から、ようやく彼女の実力を把握することが出来た。とんでもない戦闘力の持ち主だということを。

 

 

第02話 救援?

 意識が戻るがまだ完全に覚醒してたわけではなく朦朧としていて、周りの状況もよくわからない状態。そんな中で理解できたのは、自分がまだ死んでいないということ。そして何か、もしくは誰かに身体を持ち上げられて運ばれている途中のようだ、ということだけだった。

 状況をもっと詳しく確認しようとしても身体は変わらず動かないので、周りを見ることは出来できない。一体何に運ばれているのか。もしかしたら魔物か何かなのか、と思ったけれと薄く開けた目に映る肌色から人間のようだと思えた。

 ザッザッザッという一定のリズムで土を踏みしめる音が聞こえて、身体も振動するのが分かった。それから頬にあった土の感触は、今は何故かフニフニとした柔らかな何かが当たっているように感じていたが何かまでは分からない。

 獣のような臭いの中に、何か甘い香りが漂ってくる。その匂いを嗅いでいると、頭がしびれるような、けれど安心した気持ちになる。

 だがしかし、再び意識がぼんやりとしてきて事実を突き止める前に僕は再び意識を失った。


***


 また目を覚ました時、今度は地面の上に仰向けにされて寝かされていた。視線の先に暗くなった空が見えるから、時刻は夜だろうか。さっきの担がれて運ばれているという状況は何だったのか。一瞬、何がどうなっているのか頭が混乱する。

 首を横に倒して見ると、火が熾されているのが見えた。そのため辺りはぼんやりと明るくなっているが、森のずっと奥は暗くて先が見えない。

 その場には俺の他には誰も居ないようだった。何故わざわざ火を熾して、僕は生かされたまま地面に寝転されているのか。死にかけていた状況から多少の変化はあったが、今もなお生き残れるか分からない状態で恐怖を感じていた。

 誰か人に会いたい、と心で思った時に彼女は現れた。

「おや、起きたのかい」

 宝石のように価値がありそうな美しい青い瞳と光を反射して輝いているように見える金髪、活動的な女性なのだろうと分かるような小麦色に焼けた肌。そして何よりも目を引くのは彼女の腹筋だった。

 胸と腰の必要最低限というような部分だけを簡素な布で覆っている、水着のように隠す部分が少ない服装。美しい肢体を惜しげもなく晒した格好で、首や腕は適度に女性らしい肉付きなのに対して腹筋は、腕の感じからは想像できないほどにしっかりとしたシックスパックが出来上がっている。

 今までに女性の肢体をまじまじと見た経験は少ないけれど、あんなに鍛えられた身体の女性を見たことがなく不思議と視線が引き寄せられた。引き締まったお腹にくっきりと浮かび上がる6つに分かれた筋肉。それを見た僕は彼女を美しいと思った。

「どうだ、意識はあるか?」
「あ、う」

 声を出そうとするが、喉から漏れる息を吐くのみ。上手く言葉にできずに、彼女には意思が伝わらない。

「腹が減ってるんだな、ちょっと待ってろ」

 違うそうじゃない、という否定の言葉も伝えられない。先程まで空腹を感じていたのに、今は腹が減っていると感じていなかった。それよりも、何がどうなっているのか状況を確認したかったが声が出ないのではどうしようもない。

 しかし女性は、僕が腹減りなのだと思い込んで食事の準備をしてくれているようだった。見ていると何の肉かも分からないが、赤い血の滴った拳よりも大きな物体を火で炙っていた。

 もしかして、あれを食わされるのだろうか。今までの監禁生活で碌なものを食ってこなくて、直前までは餓死しそうになっていた状態。それはつまり、僕の胃は弱りきっていると思う。そんな状態であんなモノを食わされたら、口に入れても絶対に吐き出してしまうだろうと予想できる。

「さぁ、焼けたぞ。食え」
「うっぐっ」

 拒否する言葉も伝えられず、焼き上がったばかりの肉らしい物体を口に充てがわれる。食えないでいると窒息死してしまう! 必死になって顔を動かそうとするが物体は退かない。仕方なく、歯を立てて噛み切り飲み込もうとする。

「美味しいか? さぁ、どんどん食え」
「ハァハァ、うっ」

 女性の屈託の無い笑顔が悪魔のようだと思った。彼女は僕を助けるつもりはなく、拷問のような方法として肉で窒息死させるのが本当の目的なんじゃないのかと。これでは死んでしまう!

 そう思った時、新たなスキルが発現した事を自覚した。

 ”大食い”というスキルを。

 そのせいかどうか分からないが、肉を食っても大丈夫な気がしてきた。口に充てがわれる肉を噛んで何とか飲み込む。それを繰り返し行った。一体何故、こんな時にという疑問が一瞬頭を過ったが、今は食うことに集中した。

 そんな風に食事をしていると、次第に苦しく感じていた身体が徐々に回復してきたのが分かった。

「どうだ美味いか?」

 そう言えば、女性に「あーん!」と食べさせもらうなんて憧れのシチュエーションだなと考える余裕も出てきた。

 自分の身体に対して不気味に感じるぐらいの早さで回復して、危険な状態から脱した事が理解できた。地面に倒れていた身体を起き上がらせて、その場に座り直す。

 死にかけていた所から安全な場所に運んでもらった。そして、空腹を満たすための食事も用意してくれた。しかし僕には、それをしてくれた目の前の女性に見覚えはなかった。

「貴方は一体誰ですか?」

 

 

第25話 入寮一日目の夜

 出会ってすぐ仲良くなった俺と緑間さん。一つ年が上なのに気さくに対応してくれて、初対面の俺に対して学生寮の中を案内までしてくれた。その後、一旦別れたが夕食を一緒に食べる約束をしていたので夕方になって再合流した。

「寮の食事は不味い、ってイメージがあったんですけど間違ってましたね。ココのはすごく美味しかったです」

 学校の給食に出るような薄味で美味しくない、冷めていて不味いというようなモノが出てくるかもしれないと覚悟していたが、全然そんな事はなかった。飲食店で出されても問題ないレベルで美味しくて、コレなら毎日食堂に通って食べに来るのが苦にはならないし、むしろ楽しみになる程だと思えた。

「そりゃ良かった。昔は食堂の食事はけっこう不味かったらしいけれど、クレームを言った先輩が居てすぐさま改善されたんだって。それから、味には細心の注意を払うようになったらしいよ」

 クレームを言ったという先輩の名前を聞いてみたら、俺も知っている昔から活躍する大物芸能人だった。この学生寮には過去にそんな有名人が住んでいたんだという驚きと、普通の人ならばクレームを入れてもすぐに対応してもらえるかどうか、やっぱり芸能人だからこそなのかと感じる。芸能人御用達の学園らしいエピソードだ。

 この学生寮は一般人じゃない芸能人が通っているからこそ、他にも色々と伝説的な面白そうな話が残っていそうだな。

 そんな風に他愛もない食後の語らいをして、俺と緑間さんは楽しんで過ごしていた。しばらく話していると、緑間さんがあるお願いをしてきた。

「その堅苦しい話し方は辞めていいよ。名前も下の拓海ってので呼んでくれる?」
「いいんですか?」

 緑間さんを先輩として気遣っての口調だったけれど、彼はお気に召さなかったらしい。普通な話し方をしてほしいという理由に、先輩後輩の関係よりも友人としての関係を求められているようだった。

「普通で良いよ。そっちの方が楽だし君に合ってると思う」
「うん、わかった。そうするよ」

 向こうからの要求を受けて、いつもの口調に戻して答える。正直言って今の話し方のほうが楽だし許可してくれるのなら、コッチで話すほうが気楽だ。

 俺が拓海との話し方をより親密な感じに変えると、彼の気さくさも上がって昔から仲の良かった友達のような感じになっていた。

「賢人の背の高さ、羨ましいなぁ。僕も身長がもっと欲しいよ」

 拓海は自身の背が低い原因は、子役時代にいつも夜遅くまで仕事をさせられたからだと愚痴る。拓海は中学2年生の今で、140センチしか身長が無いという。確かにそれは低い。中学1年生で既に170センチを超える背になった俺を見て、更に悔しさを感じさせてしまったようだった。

 それから仕事の休みが少ないだとか、働いた分の給料をしっかりと貰えていないとか愚痴りまくる。よほどストレスが溜まっているのか、出会ったばかりの俺に対しても仕事に関する気に入らないことを口に出して言っていた。むしろ、聞いている俺のほうが話して大丈夫なのか? と心配になるぐらい。

 拓海の様子を見た俺は、ブラック企業に務めるサラリーマンが酒を飲んで管を巻いているみたいだという感想を頭に思い浮かべた。だが、その印象は痛々しいので彼には伝えず黙っておく。

「賢人は仕事楽しい? しんどくない?」
「うーん、疲れるって思うことは少ないかな。毎日、楽しんでるよ」

 嘘偽り無く、俺はそう思っていた。あんまり自分のやりたい事について、歌いたいとか踊りたいとかの執着がないからか、どの現場でも楽しいと思ってやれているからありがたい。

「いいな。僕も役者の仕事は辞めて、賢人の居るアビリティズ事務所のオーディションを受けてアイドルを目指そうかな」
「拓海なら、ウチの事務所ならすぐ採用って言われるかも。社長がやってきて来て是非ウチに所属を! って言いそう」

 冗談ぽい口調で言う拓海の言葉の調子に乗って、事務所移籍に同意する。まあ本当に移籍しようとするのなら大変だろうけれど。

「賢人の両親は? いい人?」
「え? うん、父さんも母さんも良くしてくれてるよ」

 今度は家族についての話。拓海の口ぶりからすると、彼の両親はあまりいい人では無いのだろうかと思ったら、案の定。

「僕のところは、子役時代に大きく稼いじゃったから。それでちょっと父親と母親が喧嘩するようになって今は別居中かな」
「えーっと、それは……」

 中々に重たい内容をサラッと告げられる。子役タレントの両親が揉めてトラブルを起こす、っていう話は結構聞いたりするけれど本当なんだ。それにしても仕事の話といい、家族の話といいあけすけ過ぎる拓海に、なんと言って返すべきか言葉に詰まる。

「あー、ごめんごめん。そんなに気にしなくていいよ。今は楽しい寮生活を満喫中だし。賢人の方は両親の仲が良いのはグッドだね」
「仲が良すぎて疎外感を感じることもあるけどね。今度、両親は海外に二人きりで引越しして行っちゃうからね」

 母さんが俺と父さんを好き過ぎるのを、よく感じる。まぁ、俺と父さんの二人で母さんの好感度を分散できて都合がいい感じだったから、疎外感もたまには良いんだけれど。ただ、俺が寮生活を始めて家庭から離れることになったら、母さんの大好きという感情が父さんに集中してしまって大変そうだと思う。

「なにか楽器はやってる?」
「あー。何も、やってないかな」

 またまた話は変わって、今度は楽器についてのお話。
 
 ボイストレーニングの指導を受けた時に、音程を覚える過程でピアノコードの基本は覚えて弾き方も少しだけ学んだけれど、曲を演奏するまでには至っていない。ギターも触ったことがある程度でコードの押さえ方は知らない。音楽に関係する現場に携わる者として、楽器の演奏を一つくらいは弾けるようになっていた方が良いかもと思い至る。

「僕も楽器が弾けないんだよね。覚えたいって考えてるんだけど、よかったら一緒に練習しない?」

 そんな話の流れで結局、いい機会だからと一緒になって楽器を覚える練習することを約束する。

 

 

第01話 死の淵

 もう身体には力が入らない、指一本さえ動きそうにない。地面に倒れているザリザリと冷たな感触を頬に感じているけれど、目は霞んで周りの状況も分からずに意識が朦朧としている。なのに、頭の中には色々な考えがぐるぐると駆け巡っていた。そうか、コレは走馬灯という奴なのかと納得する。

 寸前に死を感じて去来する、目くるめく過去の記憶。

 転生したばかりの頃は、公爵貴族の息子として生まれた事を喜んで将来が安泰だと思っていた。けれど、すぐそれは間違いだと考えが変わった。なぜなら、僕は”魔物寄せ”なんていうスキルを持っているのが分かったから。

 魔物を寄せるというスキル。避けるではなく、寄せるスキルなんてデメリットでしか無いようなスキルを身に着けていた。

 こんな無駄というよりも更に悪い、危険であると言えるようなスキルを持っているなんて事を誰かにバレてしまっては生きていけない。隠し通さなければならないと思っていたのに、それは10歳の時に発覚してしまう。

 誰もが年齢10歳に達すると、持っているスキルを調査されるという行わなければならない儀式が有った。特に貴族であるという僕の身分では、スキル内容が重要視されて詳しく調べられることになった。こうなっては逃れられない。

 そして、魔物寄せという他に類を見ないスキル持ちであるということが発覚してしまう。僕の存在は、外部から秘匿され地下へ監禁された。

 その頃の王国は、魔物の被害が各地で多発していたという。日に日に、魔物の数が増えているのであった。
 魔物の増殖は原因不明として扱われていたけれど俺の父は、その原因が僕の持つスキルに有るのではないかと疑った。しかし、跡取り息子はその時に僕一人である公爵にとって今すぐ処刑して殺すわけにもいかなかったらしい。

 そういう判断で僕は、約5年間ばかりを地下で監禁されて生活する日々を過ごすことになった。万が一の場合の予備として。そして5年が過ぎた頃、ようやく公爵家の跡取りとなれる息子が生まれた瞬間に僕の処刑は躊躇いなく実施される事が決まった。

 最後ぐらいは王国の為に役立てと実父から吐き捨てられて、僕は遠くの森へと輸送されていった。死ぬ間際に王国に張り付いていた魔物を、魔物寄せスキルの効果を発揮させることによって別の場所に惹きつけてから死ねという訳だ。

 手足は縛られて逃げられないように、馬車に乗せられ見知らぬ場所へと輸送されていく。そう言えば生まれ故郷から外へ行くのは初めてだなぁ、なんて現実逃避をしながら。

 それからしばらくして、何事かが起こった。何が起こったのか分からなかったが気がつけば、馬車が転倒していて僕の手足を縛っていた拘束具が外れていた。

 夢中になって転倒した馬車から抜け出すと、他の人の様子も気にせずに一目散で森の中へと逃げ込んでいった。処刑からは、無事に逃れることが出来たと。

 だがしかし、5年間もまともな生活を送ってこなかった僕の身体はオカシクなっていて上手く走れない、少し走っただけで息が切れて体力は尽きていた。

 進む森の奥や影から何者かが鳴く声がひっきりなしに聞こえてくる。ストレスの限界だった。一刻でも早く森から抜けて、誰か人のいる場所へと向かいたい。その一心で目的地もあやふやなまま森の中を止まらずに歩いていった。

 けれど自分の居場所も分からず目的地も定まらなければ、進む道なんて分かるわけがない。気がつけば、足は止まり身体から力が抜けた。

「うぐっ」

 うめき声も上手に出ないまま、地面に倒れ込む。動かなくなった身体から最後の力を振り絞って、魔物に少しでも見つからないように木の根元と草むらの中に這って身体を隠そうとするが見つかるのも時間の問題だろうと思う。

 餓死して死ぬか、魔物に襲われて死ぬか。どっちが早いだろうか。けれど、意識が朦朧としてきたので餓死するのが早いだろうと、俺の頭は判断した。

 ハハハと、出なくなった声で笑う。今更になって、新しいスキルが発現した事を自覚した。

 ”勇者”というスキルを。

 けれど全ては遅すぎだ。身体が動かず、発揮するスキルも死の目前では無意味だ。性能抜群の新車を渡されても、動かすためのガソリンがないようなものだ。

 というか、発現した勇者というスキルのせいで身体が無駄に頑丈さをアップさせて死に難くなったように感じる。死までのカウントダウンが伸びたような気がする。

 何故今更になって発現したのか、もう少し前ならば活用する方法があったかもしれないし。もう少し後であれば、無駄な希望を持つこともなかった。余計な苦しみを味わうことも。

 転生したのに良かったのは最初だけ。最後は後悔だけを感じて死んでいく無意味さバカバカしさに、笑いがこみ上げてくる。

 ガサッという草が踏まれたような音が聞こえた。その音が妙にクリアに聞こえて、いよいよ魔物に見つかってしまったと理解した。餓死よりも先に、魔物に襲われて死んでしまうのか。そして、もう駄目だと死への覚悟を決めるというよりも、諦めによって僕は意識を失った。

 

 

 

第24話 学生寮案内

「まずはココ。食堂だ」

 先程出会った緑間さんに案内された先、学生寮の一階へと降りて来たらある食堂に到着していた。食堂の中に入っていくと、かなりな広さの部屋の中に長テーブルがずらっと並んでいるのが見える。

「朝は7時から9時まで、昼は11時から13時。そして夜は17時から20時までの時間に来ればご飯が用意されてるよ。メニューは決まっていて、ココに献立表があるから事前に知りたいなら見て確認してくれ」
「これですね」

 食堂に入った直ぐ側の壁に貼られたカレンダーと、その横には一か月分の朝昼晩出される献立メニューが載っている。ちなみに今日の夕御飯は餃子と麻婆豆腐、それから煮物に野菜サラダと書かれている。

 配膳カウンターの向こう側に厨房があるみたいだけれど、そこで仕込みをしているらしい。何かを焼いているような音と、辛味のある美味しそうな匂いが漂ってきている。夕飯がとても楽しみだ。

「規定の時間に間に合わなかったり都合がつかなかったら、食堂は一応朝5時から夜の12時まではずっと開放されているから、自分で弁当を買ってきて食べることも許可されてるし覚えておくと良いよ。水とお茶はあっちにいつでも用意してあるんで、自室で食べるんじゃなくてココで食べるようにすること」
「はい、わかりました」

 食堂はいつでも空いているから食事の時間以外にも利用して大丈夫、と。
 
 ここでも芸能活動をしている学生に配慮した仕組みになっているようだ。でも、なるべくなら時間に合わせて食いそびれることはないようにしたい。食費は家賃と同時に一か月分が前払いになっていて、既に支払い済みだから食べないとなるともったいないと思ってしまう。

「そうだ、あともう一つ。学生寮は基本的に男は女子寮に立入禁止で、女は男子禁止になってるけど食堂は共同だから。もし寮生の女子と会いたいとか、お話したいとか言う時は食堂に集まるのが良いよ」
「へーそうなんですか」

 もちろんのように男女の立ち入り禁止場所は厳しく決まっているらしく、男の俺は女子寮に入ることは出来ないらしい。もし寮母さん等に見つかったら、退寮処分になる可能性もあるので気をつけるようにと言われた。

「じゃあ、食堂は終わり。次はコッチね」

 食堂から出て、1階の廊下をしばらく歩いて行くと次の場所に案内される。

「ここがお風呂。ここも食堂と同じ様に5時から夜の12時まで開きっぱなしで、好きな時に入れるよ。ただ、時々掃除とかお湯の入れ替えとかで閉まっている時があるから注意して」
「なるほど」

 中を覗いてみると、かなり立派な大浴場のようだった。脱衣所はスーパー銭湯に有るような木目のロッカーが並んでいるが、鍵は付いていないようだ。共同だから知り合い程度の人の前でも裸にならないといけないのは恥ずかしいけれど、浴槽は広くて足を伸ばせるのが良いよね。

「見たら分かると思うけれど、鍵は無いから高めのアクセサリーとか財布とかの貴重品は持ち込まないように。じゃ次」

 そして風呂の次に案内されて連れられてきたのは、洗濯場。

「自分のことは自分でするように、もちろん毎日の着替えの洗濯も必要だ。面倒だけどね」

 ズラッと並ぶ洗濯機と乾燥機、何台か既に稼働中であるようだった。洗濯槽が回転する音や脱水をしている音が何台分も重なって、結構な騒音を出している。

「洗濯機と乾燥機は誰も使用していない開いてる台を見つけて、早い者勝ちだから。朝早くとか夜遅くに来れば大体開いてるから、その時間がおすすめかな。じゃ、次」

 次にやって来た大部屋には、テレビが何台か置かれてソファーや本棚なども置かれている。一見して何の部屋かは分からないところへ来ていた。

「ここは?」
「んー、レクリエーションルームって言うのかな? 正式な名前は知らないけれど、テレビとか有ってゲーム機も持ち込んで遊んでオッケーって部屋だよ」

 なるほど。レクリエーションルームには既に人が居た。寮生と思われる彼らは集まってテレビを見ながら楽しそうに会話しているのが見える。

 そう言えば自室にはテレビが置かれていなかったから、見たくなったらこの部屋に来ないといけないか。それとも一台買っておこうか。でも、買っても見ないかもしれないしな。

「ここも一応時間が決まっていて、夜遅くまで居て見回りの寮母さんに見つかったらめちゃくちゃ怒られるから注意して」
「はい、わかりました。肝に銘じます」

 どうやら、遅くまで残って怒られてしまった経験があるらしい緑間さんからの迫真の注意を聞き入れる。

「まぁ、知っておかないといけないのはこんなところかな。何か質問は有る?」
「んー、いえ。今は聞きたいことは無いです。ありがとうございました」

 緑間さんによる学生寮案内が終わって、食堂に戻ってきた俺たち。案内してもらった上に、途中で立ち寄った自販機で先輩らしく奢ってもらったコーヒーを手にして、今は二人で食堂のテーブルに向かい合い座って話をしていた。話題はお互いの仕事についてだ。

「緑間さんは、子役をしてたんですね」
「今はテレビの仕事は少なくて、舞台とかばっかりだね」

 シアタプレイアカデミーという俳優事務所に所属しているという緑間さん。他の芸能事務所に所属する人とガッツリとお話するのは初めてかもしれないと思いつつ、会話をしていた。子役時代に出演したという映画のタイトルを聞くと、知っているものも多くあった。緑間という名前には聞き覚えがなかったけれど、緑間さんの出演シーンを見たことがあるかもしれない。

「僕よりも、赤井くんが超大手のアビリティズ事務所に所属するアイドルって事に驚いたよ」
「デビューはまだですけどね」

 なんだか最近は事務所内部では面倒な揉め事が起こっているらしいから、デビューは当分先のことかもしれないけれど。アビリティズ事務所の外には出せない情報については、口をつぐむ。

「じゃあ、一つ聞きたいんだけど」
「なんですか?」

 緑間さんからの質問。興味津々という感じの目を向けられて、何を聞かれるのかドキッとする。

「あそこの社長さんて、オーディションの時に清掃員の格好で居るのって本当?」
「んー、どうでしょう。俺がオーディションを受けた時はラフでしたけど普通の格好をしてましたよ。でも何人かアイドル訓練生の友だちに聞いたら、あったって言ってたんで本当かもしれないです」

 都市伝説のように噂されているお話。実際に遭遇したという子に聞いてみれば、その辺にいるような清掃員という格好をしていたから、おじさんがいきなり質問してきてビックリしたと言っていた。真実かどうかわからないけれど。

 でも、本当かもしれないと信じさせられるようなユニークな三喜田社長だった。今度本人に聞いてみよう。

 そんな風に業界で噂になっている都市伝説のようなモノについて話し合い、気がつけばすっかり仲良くなっていた俺たちだった。

 

 

第23話 入寮

 荷物を肩に担いで学生寮へと歩いて向かう。駐車場や駐輪場がある道を通って、建物の中へと入っていく。

「こんにちは」
「おや、こんにちは。新入生かい?」

 学生寮の出入り口を入ってすぐのところにあった、受付らしき場所に居たおばさんに声を掛ける。どうやら彼女は学生寮の管理を任されている寮母さんの一人らしいが、残念ながら綺麗なお姉さんじゃなくて友達のお母さんという感じの人だった。

「入寮の手続きをお願いできますか」
「もちろん、コッチにおいで」

 小さな部屋へと案内されて、肩の荷物を下ろしてから椅子に座らされた。

「じゃあ、ちょっとココを読んでから名前を書いて」

 幾つか書類にサインをするよう指示されるので、言うとおりに書き込んでいく。名前を書くだけの、今日から入寮します、という事を示す内容の書類なので直ぐに書き終わった。

「それにしても、えらく早く来たねぇ」
「そうなんですか? 他の皆はもっと遅く来るんでしょうか?」

 今日から入寮できると事前に確認していたので早速来てみたけれど、どうやら俺は来るのが早かったらしくて他の新入生はまだ寮には来ていないと言う寮母さん。

「そうだねぇ。新入生の皆は、結構ギリギリの入学式直前ぐらいに来ることが多いかしら。それまで家族と一緒に過ごしたりしてるからね。中学生の子は、ほとんどそうだと思うわ」
「へー」

 どうせなら、家族の負担を早く減らそうと思って来た俺は薄情なのか。それに学生寮の家賃支払いは始まっているので、なるべく早く来たほうが得だと思っていた俺はケチなのかもしれない。どっちかと言うと、ケチの部分が多いかも。

 そのような世間話を交わした後、寮生活を始めるためのルールについてを軽く説明される。

 門限は決まっていないが、午後20時以降に仕事やら何やらで外出する用事があるなら事前に届け出が必要なこと。堀出学園の学生や家族以外の訪問者は、寮室への立ち入りを禁止する事。ペットを飼うことは出来ないこと等など。

 その他にも色々な学生寮ルールを聞かされたが、基本的には共同生活を気持ちよく過ごすための決まりごとなので守るように注意しなければ。

「はい、部屋の鍵。予備はあるけれど、無くしたら罰金だから注意してね」
「ありがとうございます」

 部屋の場所を聞いて、鍵を受け取る。405室が俺の今日から住む部屋の番号らしい。4階まで階段で登らないと。残念ながら、学生寮にはエレベーターがないので上り下りは自分の足で。

 寮母さんにお礼を言ってから部屋を出る。そのままの足で、自分の部屋へと一直線に向かう。

 最上階が5階の学生寮で、俺の部屋は4階部屋なのでまだ良い方かもしれない。

 新入生から中学2年生までは4階5階の部屋がランダムに割り振られて、中学3年生になったら3階に移動となる。そして、高校生になったら更に下の1階2階が割り振られるという、年が上がれば寮部屋は下の階が割り振られるようになり階段の上り下りが楽になる。まぁ、それまでの辛抱か。

 階段を登っている間に聞こえてくる、所々で話し声や楽器を鳴らす音。歌声などが聞こえてきたので新入生以外の寮生は既に寮に居るようだった。階段から見える窓の外には、男子学生の姿も見える。

 405室の部屋の前に階段を登ってきて到着する。鍵を回して扉を開けると、清涼感のあるクールな香りが漂ってきた。そして部屋の中を見て思ったのは、狭めのビジネスホテルの一室という感じだった。

「おっ、結構綺麗だなぁ」

 狭い室内にはベッドと勉強机、クローゼットに光を取り込む大きめの窓も有って生活するのに十分な環境だった。

 堀出学園の学生寮は、一人部屋だ。この学生寮は芸能活動を行う人のために学生寮らしく、個人のプライバシーにも十分配慮して一人部屋にしてくれているらしい。それから、それぞれで既に仕事がある人も居るから就寝する時ぐらいは1人の空間を用意してあげようという心遣いらしい。

 まあでも食事は食堂でないと食べれないし、風呂も大浴場が用意してあるだけで個人の部屋にはシャワーも備え付けられていない。寝るか勉強するか、部屋で出来ることは少ない。

 ベッドは事前に支払いを済ませていて、新品のマットレスと布団が用意されている。シンプルなデザインでいい感じのベッドだ。

 一人の空間というものは良い、寮生活とは言え親元から離れて生活するのは初めて。本当に自由になったと感じる瞬間だった。

 早速、荷物を取り出して部屋の中に配置したり、クローゼットには服を片付けていく。そんな作業も30分で終わって手持ち無沙汰になってしまった。

 ちょっと学生寮の中を見て回ろうかな、と思って部屋を出る。すると俺が部屋を出ると同時に、隣の部屋である404室の扉もガチャリと開かれる音が聞こえた。

「あれ? その部屋は空いてたはず。ってことは、新しい子?」
「初めまして、今日から入寮することになった赤井賢人といいます」

 ジャージを着て寝癖がついた、少しだらしない格好の少年。身長が低めで童顔、パッと見て小学生だとも思えるような少年が隣の部屋から出てきた。元から部屋に居て寮生活にも慣れた感じから、どうやら先輩のようなので慌てて挨拶をする。

「あー、よろしく。僕は緑間拓海(みどりまたくみ)って言うんだ。中学2年生ね。それで君は、えーっと中学生?」

 上から下まで俺の身体はジロジロと確認されて、そう質問される。ちょっと背が大きめだけれど、老け顔にも見えるのだろうか高校生に間違えられている?

「ハイ、そうです。今年堀出学園に入学する中学1年生です」
「よかった、大きいから年上かと思ったよ!」

 俺の答えに緑間さんと名乗った彼は無邪気な笑顔を浮かべて、俺が年下であったことを喜んでいる感じだった。

 背の高い俺が後輩で、背の低めな彼が先輩か。多分、傍から見たら逆に思われるだろうなと感じながら苦笑する俺。

「今日から入寮ってことは、まだ学生寮の中は見て回ってない?」
「そうなんです。寮にはさっき来たばかりで分からないから、今から見て回ろうかと思ってました」

「お! じゃあ、せっかくだから僕が案内してあげるよ」
「いいんですか?」
「全然オッケーだよ。どうせ暇だからね」

 緑間さんは面倒見の良い、とても人が良さそうな先輩だった。こうして、緑間さんと出会った俺は学生寮の中を案内してもらうことになった。

 

 

 

閑話05 クラスメートの女の子

 私がまだ小さい頃の、とても大切な思い出。

 今では誰もが知っている赤井賢人というトップアイドルは、私が小学生の頃のクラスメートだった。そしてそんな小さな頃から、賢人くんは今と変わらず皆から好かれるアイドルと言えるような存在だった。

 頭がとっても良くて、なんでも知っている。足がとっても早くて、運動なら何でもできた。そして、誰に対しても優しく接していた。クラスメートも関係なく上級生でも下級生でも変わらず学校の皆をまとめて、楽しい遊びを教えてくれた。

 男子は彼を中心にして皆で集まって喧嘩もしないで楽しそうに遊んでいるから、嫌われることなく男子からは人気者だった。

 かっこいい姿しか見せない、他の男子のように馬鹿だな嫌だなって思うような事を女子達にはしてこなかった。それで、女子の皆にも人気だった。

 けれど私はその頃、賢人くんが少し苦手だった。小さな頃の私には、完璧過ぎる賢人くんは遠い存在。私なんかがおしゃべりしようとすれば嫌われるかもしれないし、容姿にも自信が無かったから顔も合わせられないと思い込んでいた。

 だから、近寄り難く遠くから眺めるだけの別世界の人だと思っていたから。

 今考えれば、私が賢人くんを好き過ぎていたから。近付きたいのに無理だと思ってしまう状況が賢人くんへの苦手意識を生んだんだろうと思う。

 けれと、そんなある日。私は賢人くんと二人っきりになって、お話をする機会があったのだ。

 平日の授業も終わった放課後。どういう経緯かはもう忘れてしまったけれど、小さい頃に私は犬に追いかけられていた。街中を逃げて逃げて、気がつけば自分の居場所がわからなくなっていた。

 迷子になってしまって、何処に行けばいいのか、どうすれば良いのか。空も夕暮れで、だんだんと暗くなっていく。私は知らない場所で一人っきりになって家に帰れない恐怖に、その場で泣いて立ちすくんでいた。

「あれ、真帆ちゃん?」
「け、賢人くんッ」

 そんな時に突然現れた賢人くんを見て、私は助かったという気持ちで心はいっぱいになっていた。けれど、すぐに恐怖の気持ちに変わってしまう。一人きりで泣いている姿を恥ずかしいと思って、こんな姿を見られたら賢人くんに絶対に嫌われる、と考えてしまったから。

 賢人くんから顔を見られないように明後日の方向へと向けて、けれどどうすればいいのか頭は混乱していた。

「ほら、大丈夫。落ち着いて?」
「あっ!」

 賢人くんの手は気がつけば私の手を握ってくれていた。それだけで恐怖で固まっていた私の身体は、握られた手の先から温かな気持ちが広がって落ち着いていったのを覚えている。

「あの、あのね。わたし」
「うん」

 慌てた私の言葉を賢人くんは落ち着いて聞いてくれた。怒ったり呆れて放って行ったりしないで、ゆっくりと私に合わせてくれていた。

「ま、迷子になっちゃった」

 迷子という言葉を口にする時は、本当に緊張していた。とても恥ずかしいという気持ちで打ち明けた。けれど、その言葉を聞いた賢人くんは馬鹿にしたりせず優しい笑顔を浮かべて助けてくれた。

「じゃあ、一回学校に戻って。そこからお家への道は分かるかな」
「うん、学校からなら家に帰れる」

 そして、手を繋いだまま優しく導いて学校まで連れて戻ってきてくれた。大分遠くまで犬から逃げたと思っていたのに意外と近くに小学校はあったのか、すぐに到着していた。もしかしたら、賢人くんと手をもっと繋いでいたかったという気持ちの錯覚かもしれないけれど。

 とにかく、学校へ戻ってこれた私は賢人くんにお礼を言った。もうこの頃には賢人くんに対して感じていた苦手意識は薄れて、好きだという気持ちを自覚していたんだと思う。

「ありがとう、賢人くん」
「どういたしまして」

 笑って答えてくれる賢人くんの表情。真正面から向けられた笑顔は王子様のようだ、と私は思った。

「ここからお家には1人で帰れる? 一緒に行こうか?」
「ううん、だいじょうぶ帰れるよ」

 子供だとは思えない優しい気遣いをしてくれて、家まで送ってくれようとしていた賢人くんを私は断った。それ以上は、一緒に居るのが恥ずかしい。迷惑を掛けたくないという気持ちで。

「それじゃあ、また明日。バイバイ、真帆ちゃん」
「うん。ハイバイ、賢人くん」

 その前にも何度か私の名前を呼んでくれていた賢人くん。ようやくその時になって、私の名前を覚えていてくれていた、という事が分かった。

 私のことを知ってくれていて名前を覚えてくれていたなんて、別れる最後まで嬉しい気持ちをドンドンと大きくしてくれた賢人くん。私は、賢人くんの姿が見えなくなるまで手を降って見送った。その日に感じた幸せを、私は忘れない。

 それから結局、小学校を卒業するとアイドルになるための芸能活動を専念するために堀出学園という中学校へと進学していき、その後は無事デビューを果たして今に至る赤井賢人くん。

 賢人くんにとっては、もう覚えてもいない。なんてことのない出来事かもしれないけれど、私にとっては大切な思い出の一つだった。

 

 

   

第22話 新生活準備

 小学校の卒業式を終えて数日後。新しい住処となる堀出学園の寮へと引っ越しをする日となった今日。

 母さんに自宅の前で、俺は背中に手を回されて抱きしめられている状態にあった。まるで、何処にも行かせないぞ! という風に。

「本当に行っちゃうの? 寮に行くのは辞めにしない?」
「今更何言っているんだよ母さん、俺は行かないと」

 ギュッと力強く抱きしめられながらの言葉、苦笑しながら俺は答えるが見上げてる母さんの目は少し本気であるように見える。

 成長期である俺は最近になって更に身長が伸びてきていて、中学に入る前なのに既に170センチを超える背の高さになっていた。だから、母さんの背丈も超えていて抱きつかれながら少し見下ろすような形になっている。

「母さん、そろそろ賢人を離してやれ。もう行かないと」
「でも、お父さん。今日別れたら次いつ会えるのか分からないわ!」

 既に車に乗って出かける準備を終えていた父さんが、早く出発したいという気持ちが有るのか、やんわりと母さんに指摘する。

 そう、次に会えるのは何時か分からなくなるという母さんの言葉は本当だった。というのも、俺が寮生活を始めるという事を決めると、両親も仕事の都合で4月から海外に行くことを決めたという。海を渡った外国に引っ越して生活するらしい。

 以前から海外赴任の要請が有ったそうだけれど、俺が芸能活動を始めてしまったので仕事よりも優先して俺の世話をしようと日本に留まってくれていたそうだ。そして、今回俺が寮生活を始めるタイミングで両親も海外に引っ越していくようだった。

 母さんは俺が近くに住んでいると思ったら会いに行ってしまうから、できるだけ離れた場所で物理的に容易には会いに行けないようにしないと、と自重するための方法を考えて。

 父さんは、せっかく俺が親元から離れて寮生活を始めるのだから簡単には両親を頼れないような環境を作って、俺から甘えを無くそうと考えて、という事らしい。

 両親が色々と配慮してくれていて、仕事の都合よりも俺自身のことを優先させてしまっていた事に迷惑をかけていたんだと申し訳無さを感じるが、大事にされていたんだとも感じて素直に嬉しく思った。俺は色々な人に助けられながら生きているんだと実感する出来事だった。

 そして、早めに親の面倒を少しでも軽減できるようにと寮生活を始めると決めたことは、正解の選択だったと思っている。

「母さん、離ればなれになるけれど夏休みとか冬休みの時に会おうと思えばまた会えるから」

 そう言って、一度俺の方からもギュッと母さんの身体を抱き返した後。背中に回されていた母さんの腕をゆっくりと外して離れる。

「じゃあ、もう行くね」

 別れを告げて、すぐさま父さんの運転する車の助手席に乗り込む。これ以上長引くと、母さんに俺の気持ちが引き止められて寮生活を辞めにしたくなりそうだったから。

「よし、出発するぞ」
「うん、お願い」

 車に乗り込んだ俺に声を掛けて確認をすると、キーを回してエンジンを始動させる。そして、車は堀出学園の寮へと向かって出発した。


***


 街中を1時間ぐらい車を走らせると、これから新生活を始める寮の近くに到着する。自宅からは電車に乗っても同じぐらいの時間で来られる、以外と近めの場所だった。

 学生寮は5階建て白色の建物で、男子寮棟と女子寮棟が2棟に別れて並んで立っているのがそうたった。そして、学生寮からも見える近さにある学校校舎と運動場がある場所が堀出学園だ。この近さにあるなら、毎日の通学も楽そうだと思う。

 ここから後は荷物を持って寮の中までは歩いて行ける距離なので、車を降りれば父さんとはココでお別れだ。

 新しい住まいに持っていく俺の荷物は非常に少なかった。二泊三日の旅行かばんに着替えと中学校の新しい制服、それから日用品を詰めて足りるぐらいに少ない。必要なものがあればコッチで買えばいいかと考えて余計な荷物を減らしていったら、こんなに荷物が少なくなっていた。

 自分の荷物のあまりの少なさに、今後は少しぐらい思い出の品とか大切なモノを作って残して置くって事をしないといけないかもしれない、と思うけれど自分は執着が少ないほうだから。今後も増えないかもしれないし、手荷物が少なくなって良いかという結論に達する。うん。

 それから着替えが少ないのは身体がデカくなっていっているから。ドンドンと身体が大きくなっているので、身長に合わせて服を買い替えていかないとすぐに着れなくなってしまう。
 新調した堀出学園の制服も、かなり大きめに作ってあったのに入学式もまだという今の状況で、既に良さげなサイズになろうとしていた。読みが甘くて、当てが外れてしまった。でも、身長が高いのは嬉しいのでドンドンと成長していってほしいと思っていたり。

「忘れ物は無いか?」
「大丈夫。全部持ったよ」

 車を降りて荷物を背負う。父さんの注意に、持ち物を確認して間違いなく忘れ物は無いことを確かめる。

「じゃあ、病気と怪我には気をつけて。勉強も頑張れ」
「うん、父さんも健康に気をつけてね」

 必要な時以外には結構無口な父さんは、別れの挨拶もあっさりとしたもの。俺を車から下ろすと、二言三言の会話を交わしてすぐ車を走らせて行ってしまった。

 去っていく車を見つめていると、本当に両親から離れての生活が始まるのだと強く感じた。そんな気持ちを切り替える。

 さぁ、コレまで続けてきた生活とは違う中学生となる時代が始まる。まずは、今後の何年間かを過ごすことになるだろう学生寮へと向かおう。