第08話 最終決戦

「え? もう到着したの?」

 魔王討伐の旅に同行している勇者の一人である少女が、驚きながらそんな言葉を発した。バイアトロル城から旅立って、約5日目の今日。彼女の想定では、もう少し日数が掛かるだろうと予想していたのだろうか。

「えぇ、魔王はもう近くに居るのを感じ取っています。今日は一晩、ここで休んで体力を回復してから、万全の状態で戦いに臨みましょうか」

 魔王が居る場所を探し出すのは、ある程度近づくことによって奴の禍々しい魔力を感じ取る事が出来るので、近づきさえすれば比較的簡単に見つけることは可能だった。

 あとは戦う準備を整えて、奴に挑むだけ。終わりが見えてきたけれど、倒すまでは油断はできない。万全の体制で臨むためにも今日はココで休憩を取る。

 僕たちが今いる場所は、森のように木が生い茂っている場所だった。魔物たちから姿を隠して、しばらく休んで行くのには都合のいい場所だろう。

 旅に同行してくれた兵士たちや、魔王にトドメを刺すための勇者達の様子も確認しておく。

 旅の道中は、目的地にいち早く到着することだけに集中して馬を無理に走らせた。そのせいで何頭か馬を潰してしまったけれど、何とか最速と言える速さで今ココに到着出来ていた。

 周りの様子を見ている暇も無く急いだ旅だったが、魔王によって荒らされた土地の跡に残された悲惨さを目にしないで済んだのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 とにかく、ココへ来るまでに5日間は無理をした強行軍である。そして、何度か魔物との戦闘を繰り返して兵士たちも疲労が溜まっているだろう。

 優秀な兵士たちのおかげで、何度か遭遇した魔物との戦闘でも勇者2人は予定通りに戦闘に参加させないで済んでいた。魔王に対する最後の切り札であり、トドメの一撃になり得る勇者達には傷一つ無く、ココまで連れて来れたという事だった。

 そして、明日には魔王と実際に対峙してもらう。実際には奴と戦って弱らせるのは僕の役目で、最後のトドメだけを勇者にお願いするだけ。

「明日、ようやく魔王と戦うことになる。トドメは予定通り、君に任せる。指示の通りに動いてもらいたいが、大丈夫だろうか?」

 勇者の少年に向かって、魔王にとどめを刺せるかと問いかける。

 人形で人語も理解するという魔王を、その腰に下げている武器で魔王にとどめを刺す一撃を加えることで、殺すという決意が出来るのかどうか。その最終確認を行った。

「……はい、大丈夫です。それで、多くの人の命が助かるのなら」

 僕が問いかけた青年は、苦悩しながらも仕方ないと、人助けのためには必要なことだと割り切ろうとしている様子だった。

 これは、もしかしたら本番直前になって躊躇うかもしれないから、彼には注意しておく必要があると、僕は口には出さず密かに覚えておく。


「君は、どうだい? 大丈夫そうか?」

 そして、少女の勇者の方にも僕は魔王にトドメを刺せるかどうか、少年と同じ質問を問いかける。

 一応、青年の方がダメになった場合の保険として連れてきているんだと、彼女にはハッキリと説明してあるし、話を聞いていた彼女も納得して予備という事を受け入れている。そして、万が一の場合があれば魔王にトドメを刺す必要もあることを理解してもらいたい。そう思いながら、問いかけた。

「私なら問題ないです」

 少女の勇者の方は、僕の問いかけに対して躊躇いなくハッキリ大丈夫と言い切った。

 少年に比べると少女の戦う能力、肉体的な能力は低かったけれど精神的には勝っているのか。迷う気持ちが無い様子は、頼もしい。

 少年の方が魔王にトドメを刺すのを躊躇って計画がダメになった場合には、すぐさま彼女に任せればいいだろう。予備として連れてきていた勇者の少女に、魔王討伐の為の重点を置いておく。

 この旅の最大の目的は魔王を倒して世界に平和をもたらす事だけだから、少年の勇者が魔王にトドメを刺そうが、少女の勇者が奴にトドメを刺そうが、どちらでも変わりはない。結果に変化は無いのだから、すぐに判断してどちらに任せるべきかは考えておこう。

 そして、魔王戦を目前にした最後の休憩になるのだろう今日。僕と、兵士たちと勇者2人。全員が、明日の戦いに臨む準備を整えていく。


***

 翌朝になって最後となる休憩が終わり、皆の体力は無事に回復した。戦いに臨む準備は万端で、あとは魔王と戦うだけという状況。

「さぁ、行こうか」

 僕の号令で、再び移動を開始した兵士たち。そして後ろに歩き付いてくる勇者2人。昨日から探知している禍々しい魔力の在り処を目指して、ココからは慎重に歩き進んで行った。

 山間部にあった開けた平らな場所に到着する僕たち。そこで僕は足を止めた。その後ろに付いて歩いていた兵士たちも、僕と同じく足を止めて辺りの警戒を始めた。

 勇者2人も、腰に下げている剣に手を伸ばした。不穏な空気を感じ取り、訓練で手に入れた能力で周りを警戒している。

 そして、魔王が僕たちの目の前に姿を現した。

 

 

 

第55話 アイドルデビュー

 Chroma-Keyは5人のメンバーがようやく揃って、それから約半年ちょっとの月日が経っていた。

 緑間拓海が無事に前事務所からアイオニス事務所に移籍が完了して、三喜田社長が当初から予定していた5人組となってChroma-Keyというグループはデビューにこぎ着けた。

 そして、デビュー発表と共に初のライブイベントを早速開催するという告知も行って、そのために初ライブが目前に迫っているという状況。

 だがしかし、ココに来てアビリティズ事務所の社長である金森が再び邪魔立てをして、俺たちのライブを妨害しようとしていた。彼はメディア各所にお得意の根回しをして、Chroma-Keyのデビューとなる初ライブが開催という情報を一切流さないようにと要請していたのだ。

 これでは、世間の人たちに初ライブを行う事を知らせられないのでライブにはお客さんが来ない、会場を埋められないから初ライブは失敗に終わってしまうかも、と俺たちは危惧していた。

 けれども、結果は何の問題もなくChroma-Keyデビューのライブチケットは即日完売していた。それは何故かと言えば。

 実は、今までの下積み時代で密かにファンを増やしていたらしい、俺と剛輝。そして、俳優としての活躍で元々からファンが居る拓海。そんな人達からチケットを買ってもらって、特に事前の宣伝も必要ないくらいには支障がなかった。

 その他にも、テレビや雑誌などのメディアとは関係の薄いインターネットを駆使して独自に動いて宣伝活動をしてみた、と言ってお客さんを集めてみせた舞黒。

 そして龍二も、財閥の御曹司として持っている独自の関係から広めていった情報によって、それを聞いた彼の家に関係する企業グループや取引先の関係者というような、社会人のお客さんも沢山やって来ていた。

 デビューして初ライブだというのに既に多くの人達が俺たちの事を知ってくれていて、テレビや雑誌などで情報を流さなかったというのに、チケットは完売。

 わざわざ事前に宣伝をする必要がなく、むしろアイドルの初ライブとしては前例がない程にチケットが売れてしまうという結果になっていた。


***


 そして今日がようやく、初ライブ本番の日。ステージ裏で待機中の俺たち5人。既に衣装に着替えて、開始の時間が来ればステージに出ていくという直前である。

 今まではバックダンサーとしてライブを盛り上げる役として頑張っていたけれども、今日はステージの中央に立って主役として活躍する。久々に勇み立つと言うべきか、気持ちが高ぶる場所で働けると俺は気合い充分だった。

 しかし他の4人、剛輝たちは緊張した面持ちで立っているのもやっとだというような感じであり、大丈夫だろうかと心配になってくる。

「大丈夫?」
 思わずそのまま、ストレートにそう剛輝へ問いかけてしまう。それほど心配になるぐらい、彼は顔を青くさせて、焦点の合わない視線に不安げな表情を浮かべている。

「あ、ああ。うん、だ、大丈夫や」
 珍しいことに剛輝が緊張していて、危なっかしかった。今まで一緒に何度もステージには出ているし、経験も有るから大丈夫だと思っていたけれどコレは心配だ。

 何故、剛輝はそんなに緊張しているのかを自分で分析していて、その理由を説明してくれた。

「やっぱ、自分がメインになるって考えると緊張してまうわ。先輩らは、よくこんな中で出来てたなって思うねん。今更やけど」

 そんな弱音まで吐いて、いよいよ危なそうだ。しかし、剛輝以外にも緊張の表情を浮かべているのは優人と龍二の2人。

「賢人くん。今までいっぱい練習したけど、やっぱり駄目かもしれないです」

 この半年間で死ぬほどに練習を繰り替えして能力を高めてきた優人は、しかし直前になって気弱になっている。

「僕も、失敗してしまいそうで怖い」

 龍二も優人に影響されてしまったかのように、失敗したらどうしよう、と強いプレッシャーを感じているみたいだった。

「拓海は、大丈夫?」
「僕も、ちょっと危ないかなぁ。舞台でたくさん経験しているはずなのに、デビューするって考えたら震えてきたよ」

 舞台役者とアイドルは、やはり別物なのだろう。それとも、アイドルとしてのデビューで、初めての事だから彼は緊張しているのか。

 確かに拓海本人の申告どおり、本番前の緊張のせいで身体がわずかに震えている。表情は平気そうにして不安を隠せているが、身体は反応してしまっているということだろう。

 そんな中で、俺だけ1人平気に立てていた。初ライブで緊張している皆が普通で、平気な俺のほうがオカシイんだろうけれど、Chroma-Keyのリーダーとしては好都合だった。

 もうすぐライブが始まる直前になって、Chroma-Keyのリーダーである俺は皆を集めて、やる気を鼓舞する事に。

「ちょっと皆、こっちに来て。肩を組んで」

 5人が集まって、輪をつくり肩組み円陣を行う。これから始まるライブを一緒に頑張ろうと、彼らの緊張を少しでもほぐそうと声出しをする為に。

「両足をしっかり地面につけて、皆で一緒に声を出すよ」

 俺の言葉に彼らはしっかりと頷いて、聞いてくれていることが分かる。肩を組んで間近になった彼らの表情を、じっくりと観察して確認していく。

 肩を組み合って身近にお互いを感じた結果だろうか、ココに来て覚悟を決めたのか剛輝たちの表情から不安が薄れているように見える。そうだ、俺達は5人組だから全員が一丸となって頑張れば大丈夫だ。

「日本中から注目されるようなアイドルとなれるよう、今日のライブに皆で一緒に臨もう。さあいこう!」
「「「「おう!」」」

 ライブが開催される直前、会場のステージ裏に俺たち5人の声が響き渡った。

 こうして、ようやく俺は4人の仲間たちと一緒にChroma-Keyというグループとなって、アイドルデビューを果たしたのだった。

【第一部完】

 

 

第07話 準備完了

 世界各地で魔王による被害が出ていると報告を受けている。勇者を魔王のもとへ連れて行く、そしてトドメを刺させる。その準備を急がなければならない。

 必要なのは魔王にトドメを刺す為の、勇者による最後の一撃だけ。幸い勇者たちは今、文句も言わずに訓練を受けている。そして、もうそろそろ訓練も終了。彼らの中から、旅に連れて行く2名を選び出す。

 1人は、召喚初日に王の言葉を受けて勇者達を鼓舞した青年を選んだ。魔王を倒すために召喚された事をすぐに受け入れて、他の勇者達も言葉を掛けて巻き込みスムーズに事を運んでくれた彼だ。

 その彼の果敢な性格を表すように、訓練も真面目に受けて勇者達の中で一番に能力が高い者になるまで成長していった。その結果、旅に同行することを決めた。

 そしてもう1人は、少し前に僕の部屋を訪れて仁音という正体を突きつけてきた彼女。2人目の彼女は予備として連れて行くのだが、実は魔物に対して容赦のない攻撃を見せる、攻撃する事への躊躇いの無さと、僕の部屋を1人で訪れて真実を暴こうとした度胸を評価して連れて行く事を決めた。

 バイアトロル城に残す数十名の勇者たちは、城に目掛けてやって来るかも知れない魔王の配下に備えて、フラヌツ王を守るための最後の盾として残して行く。

 被害報告の情報を整理して、魔王の居場所を特定する。そして旅のルートを決定。この場所ならば、急げば一週間で到着できるであろう。

 魔王のもとへ向かうまで馬を使い潰すつもりで一日中走らせスピードを上げて行き、片道だけ行くのを想定していて帰り道は一切考慮しなければ。

 そして、魔王の元にたどり着くまで多く見積もっても10日でトドメを刺す所まで辿り着ける。そして無事に魔王を倒すことが出来たら、その時の帰りはゆっくり急がなくても大丈夫だから。

 勇者たちを連れて旅に出てから10日後には魔王を打倒し、ソレで世界の混乱は収まるはず。終わりが見えてきたように思える。ただ、油断は禁物だ。

 急ぐためにも食料は必要最低限だけ携帯して、武器もそれぞれに使い慣れたモノを一つだけ選んで装備しておく。勇者2人は、訓練で習得した剣を腰から下げて武装していた。

 しかし、道中の敵は僕と同行する兵士たちが蹴散らしていく予定となっている。そして、魔王との戦いでも、戦って弱らせるのは僕の役目となっていた。勇者達が武器を使う状況となるのは最後の最後だけトドメを刺させる時だけに留めたいが、さてどうなるか。

 魔王を打倒するためにと用意した手段は3つ、念には念を入れて用意した数々だ。このどれかの方法を使って魔王を倒す。

 それぞれを紹介するならば1つは、僕が以前から用意していた対魔王用の魔法。効果は何度か実践で試してみて、今までに魔王を倒すまでには至っていない。だが改良を施したから、今度こそ。その結果を、ぜひ検証しておきたい。

 それから次の方法が、言い伝えにより発覚して当初の予定となっている勇者の手によってトドメを刺す方法。これが今の所、一番に有力視されている方法だった。

 勇者の称号を持つ者によって魔王にトドメを刺せるという言い伝えが本当ならば、今回は魔王を倒せずに敗走という事にはならないだろう。

 そして3つ目の用意した手段が1つ目、2つ目の方法が失敗した場合に用意している最終手段。ずばり魔王を封印する、という方法だった。と言っても、コレは問題の先送りにしかならない方法であるし、成功率も低いので可能な限り使いたくはない。まさに最終手段である。

 ココまで周到に用意して準備は万端にしておけば、心構えもバッチリだった。これだけ用意して、失敗してしまったとは言えない状況にまで完璧に備える。後は旅に出て実行するだけ。

 こうして僕たちが準備万端にしてバイアトロル城を出発したのは、勇者召喚を行った日から、ちょうど一ヶ月が過ぎたぐらいの頃だった。

 

 

第54話 5人揃って

 5人目のメンバーとなる浅黄龍二という人物が財閥の御曹司であると聞いて、怒ってしまった剛輝。金を出してメンバーの座を取ったと考えて怒ったようだったが、しかし実際は龍二くんの能力について確認してみたところ、特に問題は無さそうだった。

 むしろ、色々と彼なりに努力しているようだったのでChroma-Keyのメンバーとして一緒に頑張っていけるだろうと俺は思った。

 その事について剛輝に話そうと思ったけれど、彼は意固地になって俺の呼びかけにも応じず、話を聞いてくれない強固な態度であった。

 このまま暫く時間を置いて剛輝の怒りが静まるのを待とうと考えてもみたけれど、それが何時になるのかv解決の目処が立たない。

 そして、最悪の場合には時間を置いたことによって彼の怒りが熟成されて、Chroma-Keyのメンバーを辞めると言ってしまった彼が本当に関係修復が不可能なまでの、手遅れ状態になってしまうかもしれない。

 だから俺は、半ば強引に剛輝を連れ出して浅黄龍二という人物について、Chroma-Keyの今後についてを語ることにした。

「ちょっとコッチに来て」
「うぇ!? な、なんや!」

 学校の授業が終わった放課後、剛輝を逃さないように腕を捕まえると教室から連れ出してきて、先ずは2人きりになって話し合いをする場を強制的に設ける。

 掴む手を振り払おうとする剛輝を離さず、俺は強引に彼の手を引いて校庭に出てくる。そして人気のない場所で立ち止まり、剛輝が何か言おうとする前に先んじて俺の方から一気に説明を始める。

「浅黄龍二に関しては、ぜんぜん問題は無かったよ」

 剛輝が怒ったあの日、会議室から出ていった後に場所を移して龍二くんの能力を確認したことにについて、俺は口を挟む余地を持たせない早口で詳細を語った。

 龍二くんは、彼なりにアイドルになるという事を真剣に考えていて、トレーニングも一緒にやってみれば必死についてきて、合流する前にも自主的にトレーニングを行っていたこと。決して、お金絡みだけでメンバーに決まったワケでは無いと言う事を説明する。

 剛輝は、俺の語る浅黄龍二に関する話を聞いていく内に、段々と表情から怒りの色が消えていった。

「そういう訳で、浅黄龍二くんが財閥の御曹司だからといって、彼に問題は無いよ」

 そして俺が話し終えた後には、既に剛輝の顔から怒りは完全に消えていた。むしろ今の彼の表情は、弱気になっているという風に変わっていた。

「どうしたの? 何か気になることでもある?」
「あの時、自分で言ったことを今更になって後悔しとる」

 財閥の御曹司だと聞いて、典型的なイメージにある駄目人間だと先入観だけで浅黄龍二という人物を判断して、批判してしまった。金でメンバーの1人になったと。

 どうせ、碌な人物ではないだろうと断定するように吐き捨てて出ていってしまった。という、最悪な初対面。

 それが実は間違いで、見当違いなことで怒って、しかも勢い余ってChroma-Keyを辞めるとまで言ってしまった事について、剛輝は猛烈に反省していた。

「あまり気にしないで、大丈夫だよ」
「社長に向かって、Chroma-Keyを辞めるって言ってもうた」
「それも問題ないよ。あれは本気じゃなかったって、社長も気にしてないさ」

 すごく気にしている様子の剛輝を慰めて、何とか落ち着かせる。あの時に言ってしまった言葉を、今は気にする必要はないと。龍二くんも気にしていないと言っていから、大丈夫だと。

「それよりもだ、5人のメンバーがようやく揃ったんだ。デビューに向けて準備を進めないと」

 デビューの日に向けて、皆で一致団結していかないと。

「さっそく、皆のところへ行こう」
「……あぁ、行こか」


***


「皆、おまたせ」

 剛輝を連れて、Chroma-Keyメンバー残りの3人、緑間拓海、舞黒優人、そして浅黄龍二と合流する。

 少し居心地の悪そうな顔をしている龍二くんの前に近づいていった剛輝は、そのまま頭を下げて真っ先に謝罪した。

「スマンかった。金持ちなんか悪もんやと思い込んどって、金に物を言わせた、なんて悪いように言うてもうた」
「いえ、大丈夫です。これから一緒に頑張りましょう」

 剛輝が素直に謝ったとこで、龍二くんも快く謝罪を受け入れてくれた。そして一緒に頑張っていこうと、2人は約束する。

 こうして少し強引だったが、遺恨を残すこと無く剛輝をChroma-Keyに連れ戻すことが出来た。そして、Chroma-Keyの5人組となるメンバーが揃う。

「ようやく5人揃ったよ」

 ずいぶん長い間、ここまで来るのに時間が掛かったような気がする俺は、そう口にする。だけどまだ、アイドルとしてデビューすると決まっただけだ。

「僕たちのデビューは、何時になるんでしょうか?」

 浅黄が疑問を口にする。今、一番皆が気になっている事だと思う。正式な事を決めるのは三喜田社長だろうけれど、計画をどういう感じで立てているのだろうか。

「僕の都合で申し訳ないけど、来年の4月までは少し待たないとダメそうだね」

 俳優の引退を宣言したけれど、まだ仕事の整理が済んでいない拓海は来年の4月までは事務所の移籍を実施することは出来ない。とりあえずは、彼の言う通り4月まではデビューは出来なさそうだった。

「それまで皆一緒に、アイドルとしての能力向上を目指しましょう」
「おう、ええね。皆でどれだけ成長できるか、勝負や」

 優人と剛輝の2人は、デビューするまでの期間にトレーニングで能力を高めていく、ということに意欲的なようだった。

 

 

派遣受付嬢による冒険者ギルド立て直し

 冒険者ギルドの受付嬢であるマリベルは、派遣の仕事を受けて今日は北の大地にある街のマラアイという所にやって来ていた。

「ふぅ、やっと着いた」

 街へ到着するまでに約二日間。乗合馬車に揺られてようやく到着した場所で、彼女は疲れたため息をついた。

 派遣先となった冒険者ギルドに訪れるための移動だけで疲れたが、この後には冒険者ギルドの受付視察と業務改善をしないといけないので、もっと大変になるかも知れない仕事が待ち受けている。

 ただ、この派遣受付嬢の仕事は女性で働いて得られる給料としては最上級と言われているぐらいに貰える額が多いので、辛さにも耐えて仕事が出来てしまう。

「よし、頑張りましょう」

 自分を鼓舞する言葉を吐いて、マリベルは街の中にある冒険者ギルドへと向かう。今日中に、とりあえずはギルドの受付の状況を一通り把握しておきたいと考えていたから。

 しかし、彼女の思惑は大きくハズレる。

「な、な、な、な、なんなの、この建物は!?」

 冒険者ギルドの建物を見つけて中に入ってみれば、マリベルは絶句してしまった。あまりにも、建物内が不清潔すぎたからだ。

 床は何ヶ月もモップがけをしていないような、床の木目が見えない程に泥で汚れてドロドロ。

 そして、棚やテーブルの上には溜まりまくったホコリがコンモリと積もって、しかも空気中に舞っているようにも見える。

 極めつけは蜘蛛の巣が張っているのを放置しているなんて、マリベルには理解できない状況だった。

 コレが天下の冒険者ギルドの建物か!? とマリベルには信じられない気持ちで一杯になっていた。

「何か用かい? お嬢ちゃん」

 男性の声が聞こえていたが、自分が呼ばれている事に暫く気付かずに立ち尽くしていたマリベル。ハッと気を取り戻して呼ぶ声の聞こえた方へと視線を向ければ、男性が冒険者ギルドの受付の席に座っていた。

 マリベルは再び信じられない光景を目にして、目眩がした。もしかして、私は別の建物に入ってきたのかと自分を疑った。

 でも、表には間違いなく冒険者ギルドを示す看板が掲げられていたのを目にしている。はずだ、たぶん、きっと……。

「冒険者への依頼なら、ここで話を聞くが?」
 ようやく視線を向けてきて話ができる体勢になったと思った男が、マリベルに問いかける。

「あのッ! 受付嬢は?」
「受付なら俺がしているが」

 いや、それはオカシイでしょ! あんた、男じゃないですか! マリベルは心の中で叫んだ。

 冒険者ギルドの受付嬢は、原則として女性が務めるべしと決まってある。その理由は、冒険者ギルドを訪れてくれた依頼人に対して、心理的圧迫を和らげるために話しかけやすいようにと女性を配置しているのが1つ。

 それから数少ない女性の為の働き口として確保する為、というのがもう一つの理由。勝手に受付に男性を置いてはならない。冒険者ギルド全部に適用されるべきルールだ。それなのに、ココではごく普通に何食わぬ顔で男が座っていた。

 あ、いや、もしかしたら今は何か事情があって代わっているだけかも知れない。マリベルは一縷の望みをかけて、その男性に尋ねた。

「あのー、女性の受付嬢は?」
「はぁ……? 女性の受付は、数ヶ月前に辞めたが」

 マリベルの問いかけに対して、ナニ言ってんだコイツ? と男は呆れた顔で返答していた。

 いやいやいや、その顔をして良いのは私の方だろッ! そっち側がして良い顔では決して無いはず。マリベルは頭が混乱しそうになったが、冷静に、心を落ち着かせて状況を聞き出そうと努力した。

「新しい受付嬢は雇わないのですか? もちろん、男性の貴方ではなく女性の受付嬢を」
「求人は出したんだが、新しい人が来なくてな」

 男の返答を疑問に思うマリベル。女性の働ける職場なんて娼婦ぐらいで本来少なくて、どの街でも受付嬢の仕事は人気の筈だから。求人を出せば、少なくとも1人は来て当たり前のはず。

 それなのに、新しい人が来ていない?

「何故です?」
「いやー、前の受付嬢が冒険者から嫌がらせを受けたって言って辞めて行ったんだが、その噂を街で広めやがってねぇ、やりたがる人が居なくなったんだ」

 マリベルは今日何度目かの目眩に襲われた。いや、これは困惑の目眩ではなく怒りによる目眩だ。彼女は怒りに震えた。

「ギルドマスターは、そんな状態になって何をやってたんですか!? 無能ですかッ!?」

 本来なら受付嬢を守らないといけないのは、ギルドの責任ある立場に居るギルドマスターだ。それなのに受付嬢が嫌がらせを受けて、辞めて出ていくままにするなんて。

 しかも、受付に男性を置いたまま何ヶ月も経っているらしい。

 しかもしかも! 派遣されてきた私が状況を知らないということは、ギルドマスターは今の状態について本部に報告すらしていない。

「誰が無能か!」
「貴方、ギルドマスターなの!?」

 マリベルの言葉に反応して激昂する、ギルドマスターであった男。その反応を見て、マリベルは彼がギルドマスターであったことを知る。まさか、ギルドマスターが受付をしているなんて思わず、世も末だと驚いたマリベル。

「何でギルドマスターが受付をしているんですかッ! そもそも、受付嬢が辞めていったという問題が起こった時点で然るべきところに報告するべきでしょう! するべきことをしないで、しないでいいことをやっていて、無能という言葉がバッチリお似合いでしょうよ!」
「う、うぐっ」

 マリベルは、真っ直ぐストレートに言葉を叩きつけるようにしてギルドマスターを批判した。そして、マリベルに何も言い返せないギルドマスターは唸るだけ。

「とりあえず、貴方は受付嬢が辞めてしまったという出来事の状況を報告書にしてまとめて本部に報告して下さい。被害者は誰で、加害者は誰か。どんな嫌がらせをされて、貴方が何を放置したのか。一切合切、嘘偽り無く、全て本当のことをしっかりまとめて下さいね」
「う、うむ」

 何の抵抗もできずに、受け入れるしか無いギルドマスターは返事をするのがやっとだった。

 そして、マリベルの態度にビビりながらも気になっていたことについて、気力を振り絞って尋ねるギルドマスター。

「と、ところで……、お前さんは誰なんだ」
「挨拶がまだでした。私は、派遣受付嬢のマリベルです。とりあえず、今日は私が代わりにに受付嬢を務めます。貴方はすぐに報告書の作成に取り掛かって」

 初日から災難だと、ため息をついたマリベルは箒を手に取って、建物の掃除から始めるのだった。


***


 本来のマリベルの仕事は、その土地の冒険者ギルドで受付嬢をしている人を視察して、必要なら指導を行い業務改善を実施することだ。それなのに、このギルドには視察するべき相手も指導を行う相手も居ない。

 しかも何故かマリベルは受付の仕事をする前に、冒険者ギルドのある建物の掃除を行っている。誰も掃除する人が居ないから、彼女がやるしか無い。マリベルには、建物内が汚すぎて放置が出来なかった。

「ふぅ、こんなもんかな」

 蜘蛛の巣を落として、ホコリを上から下へと払い、モップを掛ける。それだけでだいぶ見てくれはマシになった。少しだけ、掃除をすることでマリベルの気分は晴れた。

 だがしかし、次の瞬間には再びマリベルの気分は落ち込む。

「お! なんだ、建物の中がキレイになってるじゃん」

 チャラチャラとした軽薄そうな男の声。言葉遣いも悪いし、頭も悪そうだとマリベルは思ったが、得意の営業スマイルを浮かべて対応をする。

「冒険者の方ですね、依頼の確認ですか?」
「うぉ、美人な女も居るし」

 ジロジロと無遠慮に胸を見てくる男の顔面に向けて手が出そうになったが、我慢我慢とマリベルは辛抱強く唱える。

「なんか稼ぎの良い依頼、ある?」
「それでは冒険者ランクに見合ったモノを探しますので、冒険者証をお見せ下さい」

 欲深く曖昧な条件を出してくる冒険者、ここまで酷い人は久しぶりに見た。この街では彼のような人が多いのかも、とマリベルは思ってうんざりしたが内心は見せずに忠実に職務に励む。

 ランクを確認して、今ある依頼の中から適当なものを探して、さっさと終わらせる。そう思ったのだが。

「えー? 冒険者証? 持ってきてないなぁ」
「なんですって? 冒険者証を不携帯ですか?」
「いつも持ってきてねぇよ。何で今日は必要なんだよ」

 あのギルドマスター、証明証を見ずに冒険者に依頼を割り振っていたのか。マリベルは常識から大きく外れた事が行われている、この街の冒険者ギルドを受け入れがたい気持ちになる。

「冒険者証が無いと、依頼を割り振ることが出来ません。冒険者証を持ってきて下さい」
「えー? 何処に有るかわっかんねぇな」

「再発行しますか?」
「それ金掛かんだろ? いいや」

「それなら、冒険者証を持ってきて下さい」
「今度持ってくるから、教えてよ。いいじゃんさ」

 冒険者が馴れ馴れしく伸ばしてきた手が、マリベルの身体に触れようとした寸前。彼女の怒りが爆発した。ようやく抑圧していた我慢を解放できると、嬉しさすらあった。

 伸びてきた手をマリベルは掴み、グイッと引っ張って冒険者の体勢を崩す。そのまま受付テーブルの上に崩れた姿勢となった彼の背中に回り込んで、腕を極める。

「い、いてぇ、っっ放せ!」

 マリベルの手によってテーブルの上に押し付けられたポーズで動けなくなった冒険者。逃げようとすると、極められた腕が折れそうな痛みを感じて動けない。

「貴方は冒険者の資格を没収となります」
「な、何故だ!?」

「冒険者ギルドの受付嬢にセクハラを行おうとしました」
「そんな程度でかよ! つうか、いいかげん放せよッ!」

 マリベルの決定に従わない冒険者の彼は、抵抗を続けるが逃げ出すことが出来ない。当然、放せと言われても聞き入れないマリベル。

「資格の没収は決定です。名を名乗りなさい」
「はぁ!? テメェにそんな事を決める権限があるのかよ!」
「もちろんありますよ」

 冒険者ギルドの中で権限の高い順に並べると、一番の責任者であるギルドマスターの次に権限が高いのは受付嬢、という並び順になる事が多い。場合によってはギルドマスターと同等という所もある。

 そして今現在この冒険者ギルドの中では、地方に在る冒険者ギルドの責任者であるギルドマスターよりも高い権限を有している派遣受付嬢のマリベル。彼女よりも高い権限を有しているのは、本部のギルドマスターや幹部職員たちの他には居ない。

「早く名を名乗りなさい」
「だ、誰が言うかよ」

 マリベルの本気に、黙秘で応える冒険者。言う気はない彼の様子に、別の者に聞くことにする。

「ギルドマスターッ!」
「は、はいっ」

 実は隠れて様子をうかがい、マリベルと冒険者のやり取りを見ていたギルドマスターは、彼女の声に呼ばれてようやく表に出てきた。

「彼の名は?」
「彼は冒険者ランクCの、ニコルです!」

 マリベルに詰問されたギルドマスターは、新米の兵士のような口調でハキハキと質問に答える。

「彼は本ギルドから除名処分に決定しました。処理しておいて下さい」
「了解しました」

「ぐうっ、ま、待てよ!」
 この瞬間、冒険者のニコルという肩書であった彼は、ただのニコルとなった。納得の行かない彼だったが、抵抗を続けてもマリベルの拘束からは逃れられない。

 実は、かつて冒険者をしていた経験から得た腕っぷしの強さがあるマリベル。それに派遣受付嬢として各地を旅する為にも鍛え続けていたので、そこら辺の冒険者には負けない実力が有った。

「ほら、冒険者でなくなった貴方には関係のない場所となりました。早々に出ていきなさい」
「くっ、覚えてやがれ」

 ようやく拘束を解かれて、出ていくように言われたニコル。既に反撃しようとする気力が失せていて、悪党にふさわしい捨て台詞を吐いて建物から出ていくしか無かった。

 そんなニコルを見送り、ため息をついたマリベル。初日から、自分の関係ない業務をやらせれてヘトヘトだった。


***


 その後、マリベルの手によってマラアイの街にある冒険者ギルドは数々の問題を解決して、正常な状態へと戻っていった。

 様々な問題を見て見ぬふりをしていたギルドマスターは、ペナルティとして1年分の報酬を返上させられて、ギルドマスターとして再教育を受けるために本部へと戻された。

 代わりにやって来たギルドマスターは働き者として、マリベルと協力して冒険者ギルドの立て直しを図った。

 受付嬢に嫌がらせをしていたのは、マリベルが冒険者から除名処分にしたニコルその人であった。そして、嫌がらせされていたという問題が解決された結果、冒険者ギルドに元いたという受付嬢が戻ってきてくれた。

 ようやくマリベルは、本来の派遣受付嬢としての仕事である受付嬢視察と業務改善が出来ると喜んだ。

 そして、嫌がらせを受けていた受付嬢に今度は問題を自分でも回避できるように、冒険者ギルドで決めれれたルールを教えたり、護衛術を教えたりして職務を果たした。

「ふぅ、今度はどの街に向かうのかしら」
 トラブルが色々とあったが、何とかマラアイの街での派遣受付嬢の仕事を終えたマリベルは本部から送られてきた高い報酬を受け取る。そして新たな指示に従って、次の街を目指し旅立つのだった。

 

 

   

閑話14 貢献する為に

  僕――浅黄龍二(あさぎりゅうじ)は、日本でも屈指と言われている浅黄財閥の御曹司である。

 16世紀末に清酒の製造を始めたことが、今の浅黄財閥の発祥だと言い伝えられている。その後は大阪に進出して、両替商に転じて一時期は江戸最大の財閥に発展していったという。そして現在では、金融商品の企業グループを複数経営している。

 僕の上には2人の兄姉、優秀な兄と姉がいる。その2人は日本一と言われる大学に入学して無事に学業を修めて、今では幾つかの会社を経営して働いている。

 兄たちとは少し年の離れて生まれた僕は、多分甘やかされているのだろう、こんなに凄い家に生まれながら自由に生きさせてもらい、勉強もそこそこにしか頑張らなかった結果、兄たちには絶対に勝てないと思えるような平凡な人間になってしまっていた。

 それを自覚した時は、もう来年になれば中学生になるという年齢だった。それじゃあ駄目だと考え直す。家のために何か自分の力で貢献できる事はないだろうかと考えた。

 兄たちと同じように会社を経営できるような、頭の良さは自分にあるだろうか? 僕は数字の計算など算数が苦手で、予習している数学についても既に自分で才能はないと判断できるぐらいの能力。だから、多分駄目だろう。

 会社のトップとして働けるような人望があるだろうか? 甘やかされて生きてきた自分に人を惹きつけるようなカリスマがあるとは思えない。やっぱり駄目だろう。

 他にも色々と考えてみたけれど、僕に出来るという事が何も思い浮かばない。これじゃあ、世間で知られる横柄でわがまま、しかも世間知らずで役立たずでもあるという御曹司の定番イメージと僕は同じだと思われてしまう。

 そんな最悪なイメージの御曹司だと思われているなんて嫌だ。自分で考えつかないから、誰かに相談するべきだ。

 そう考えて、僕は一番の頼りになる父親に相談することにした。

「どうした、龍二?」
「僕にも何か出来る仕事は無い?」

 仕事の忙しい父親だったが、夕食は時間を確保して家族皆で団らんを過ごしてくれる人だった。最近は忙しくしている兄と姉の2人は食卓に集まることも少なくなってしまったけれど、僕は小学生で暇なので父と母とで一緒に過ごす事が出来ていた。

 そんな時間を利用して、僕は父さんと話をする。

「仕事? まだ龍二には早いだろう?」
「でも、兄さん達はもう働いているよ」

「光一郎と瑞月はもう大人だが、龍二はまだ子供だろう。心配しなくても大丈夫。大人になったら、ぜひ助けてもらおうかな」
「それじゃあ遅いんだ。僕は、ボンクラな御曹司になんて成りたくないんだよ!」

 気がつくと僕は、大きな声で父さんに向かって主張していた。心の底から湧き出てきた強い気持ちによって。

「……」

 すると父さんは、黙ったままスッと僕を鋭い視線を向けて見つめてきた。僕は何かテストをされていると思い、視線をそらさずに見つめ返した。

「ふぅ、わかった。何か考えておく」
「本当!? お願い」

 父さんは僕のお願いを聞き入れてくれて、何か仕事をさせてくれるようだった。まだ何をするのか分からないけれど、これで浅黄財閥の役に立てるような事ができるんだと思った。


***


 それから数日後、父さんは僕のお願いをしっかりと覚えていてくれて、僕に出来るというシゴトを持ってきてくれた。

「アイドル?」
「そう、龍二はこのアイオニス事務所という芸能事務所に所属してアイドルとなってもらう。そこで浅黄財閥の看板を背負うという、新しいアイドルとして活躍してもらいたい」

 父さんの持って来た話は、僕が想像もしていなかった驚きのアイデアだった。けれど、コレなら僕にも出来るかもしれないと思えた。

「うん、分かった! 頑張ってみるよ」

 こうして僕はアイオニス事務所の社長である三喜田さんという人と会って話をし、そこでChroma-Keyという新しいアイドルグループが立ち上がる話を聞いて、そのメンバーの1人になるようオファーされた。

 三喜田さんの話しによれば、アイオニス事務所で一押しのアイドルグループとして、トップアイドルとなれるような人材を探していたと教えられていた。

 そんなグループのメンバーとして活躍ができれば、浅黄財閥の役にも立てる早道になるだろうと思えて、オファーを受けることにした。

 しかし、心配だったのは僕はアイドルというモノになる為のトレーニングを一切していない。

 Chroma-Keyのメンバーは5人組であり、僕自身を抜いたら4人のメンバーを集めるんだと三喜田さんは語っていた。そして既にメンバーとして決まっているらしい赤井さんと青地さん、という2人はずっと昔から活躍している凄腕らしい。

 そんな人達と一緒にやれるのか。いや、シゴトとして受けたからには全力で頑張らないといけない。

 まずは、アイドルとして少しでも早く活躍できるように、Chroma-Keyのメンバーとなる人達にも負けないように能力を高めるトレーニングを受けないといけない!

 そう考えた僕は少しだけChroma-Keyのメンバー達とは合流するのを待ってもらって、個別に特別メニューのトレーニングを用意してもらって鍛えることにした。

 

 

 

第06話 多事多端

 僕は、もともとは日本が有った異世界から転移してきた元日本人だ。そういう訳だから、この世界に来た当初は自分が居た世界に帰りたいと思っていた。

 元の世界に帰るためにと色々と調べる必要があって、世界を旅して情報を集めたり、帰還の魔法を数多く考え出して、自分で生み出した魔法の実験を繰り返し行って、数えるのが馬鹿らしくなるほどの失敗を重ねた。

 その結果、召喚士としての能力は歴史に名を残すと言われるぐらいには成長することが出来た。けれど、本来の目的である元の世界に戻るという方法は遂に見つける事は不可能だった。

 帰還の魔法が見つからなかった大きな問題となったのは、自分がどの世界からやって来たのか分からない事だった。

 元の世界の有る位置が判明しなかった、と言うべきか。自分の行きたい場所の名前は分かるけれど、どう行ったら辿り着けるのか、が分からない。

 進むべき方向は? どれぐらい離れた場所にあるのか距離は? 道標が無いから手当たり次第に探してみた時期もあったけれど、やっぱり見つけることは出来なかった。

 それなのに、今回の勇者召喚で異世界の日本人を召喚することが出来た。偶然か必然か、今となっては分からないけれど、呼び出すことが出来た。

 この時に記録しておいた召喚の魔法の情報を解析することで、勇者達の世界がある位置を特定することが出来る。

 世界の有る位置が分かれば、後は過去に研究した帰還魔法を使って彼らを世界に戻すことが可能であった。それはつまり、僕も元の世界に戻る方法を手に入れたということ。

 求めて手に入れられなかった帰り道を20年越しに見つけることが、ようやく出来たんだけれど……。

「20年も経った今更になって、元の世界に帰る必要も感じない」

 それが僕の出した答えだった。


***


 フラヌツ王から雑に命じられ丸投げされていた、勇者達を元の世界に帰す準備が出来ていた。勇者召喚の時に行った魔法を解析して、元の世界の位置を調べる。その調査には時間が掛かったけれど。

 あとは、僕の生み出した帰還の魔法を使えば問題なく彼らを元の世界に帰すことが出来る。問題はなかった。

 帰還の魔法で勇者達を元の世界に帰すという準備を行っている合間に、勇者達に訓練を施している。

 魔王と戦って勝つ為ではなく、長旅に耐えうる体力を付けること、自分の身を守れる程度には戦闘力を身に着けてもらう為にたった。

 勇者の称号が有るおかげか、少しの訓練を受けただけで彼らは一気に戦闘力が成長していった。その御蔭で、もう旅に出ても問題ないと判断できるぐらいに準備が整ってきている。

 後は魔王が居る場所を目指す旅をする為の人員を選別して、旅の準備をしていくだけ。
 
 魔王を倒すための勇者を1人。
 勇者に何か有った時の備えの予備として勇者をもう1人。
 旅に出る勇者2人を守るための護衛を何人か。
 旅の間の世話をしてもらう人員も何人か。

 当然僕も、彼らと一緒に旅に同行して魔王と戦う準備を進めているから、結構な大所帯で旅を行くことになりそうだった。

 最短で魔王の下に辿り着けるよう、移動のスピードを重視して持ち物は必要最低限に。武器や食料など、必要となるものを選り分けて用意しておかないと。


 そして旅の準備を進めている隙間の時間で他にも、魔王を倒すための魔法の研究は続けて行っていたいた。

 勇者の称号が無くても、魔王を倒し切る方法が無いのか諦めずに調べて続けていた。前回の失敗を踏まえた、幾つかの仮説を立てて用意した新たな魔法の数々。

 今回の旅では勇者の称号を持った者が居るので、魔王を倒すのは確実となる事だろう。けれど、僕の準備した魔法によって打ち倒せないかを実験する為の準備も進めている。

 それから城から出ていった勇者達の監視も、続けて行っていた。彼らの監視として付けている部下たちの報告によれば、楽しそうに3人組で旅を続けているらしい。最近は冒険者として登録して、魔物を狩って報酬を得て生活しているという。なかなか異世界生活を楽しんでいる様子だという。

 勇者の称号によって、彼らも多少は戦闘が出来るぐらいに実践を重ねて成長していると聞いていた。羨ましいことだ。

 そのまま、順調に旅を続けて彼らなりに楽しんで欲しいと思う。この世界で罪を犯さず、死にさえしなければ良い。

 後は、魔王を倒して元の世界に帰還する時に彼らは連れ戻せばいいだろう。もしかしたら、この世界に残りたいと言い出すかも知れない。

 ……その時は、どうしよう? まぁ、本人の意向に従えば良いだろうか。彼らがどう判断するのか、楽しみになってきた。

 勇者達が元の世界へ帰還する為の魔法を用意して、勇者達に訓練を施し、魔王を倒すために旅に出る支度をして、それに加えて魔王を倒せないか新たな魔法も準備して、出ていった勇者たちの監視も続けて行っていた。

 こうして僕は、生まれてきて一番だと言えるぐらいに、仕事で目が回るほど忙しい時期というモノを経験していた。

 

第53話 浅黄龍二の実力

 俺と緑間拓海、舞黒優人そして浅黄龍二の4人で貸しスタジオにやって来た。新たなメンバーとなる龍二くんの能力を見極めるためにだ。

 三喜田社長の話を聞いてみれば、どうやらスポンサーに配慮したような感じで龍二くんを5人目のメンバーとして採用したように思える。そして、それが剛輝を怒らせた。

 けれど、龍二くんにはアイドルとしての素質も十分にあると三喜田社長は語っていた。俺も、三喜田社長に見いだされた身なので、三喜田社長の審美眼が正しいと信じたかった。

 そんな訳で、龍二くんの能力については自分の目で見て確かめてから判断すれば良いと考えて、スタジオへやって来たのだった。

 4人全員が動きやすいジャージの格好に着替えた後、すぐさま龍二くんの能力がどの程度なのか確認する

「それじゃあ早速、どれぐらい出来るのか見せてもらえるかな」
「はい、分かりました」

 音楽を流して、簡単なステップから始める。龍二くんは軽快な動作で動きにブレはなく、しっかりと動けている。そして何よりも、笑顔を浮かべて踊れていることが良い。

「じゃあ、次はこんな感じで」

 次は俺も入って音楽に合わせて踊りながら動きを見せて、龍二くんに新たなステップを教えてすぐさま実践してもらう。

 見よう見まねで覚える、ぎこちない動きではあるものの試行錯誤を繰り返す龍二くん。そして彼はすぐに自分なりに動いてみせた。そしてある程度がモノに出来たら、笑顔で報告してくる。

「こうですか?」
「うん、そう! 後は、手の動きをもっと軽やかに、こんな感じで」

 短い時間だけで判断すると、今のところ龍二くんには踊りのセンスが十分にあると思う。すぐに新しい事も学習して自分なりに吸収し、踊って見せてくれた。

 その次には、優人と拓海も一緒になって4人でトレーニングに励む。

「はい、お疲れ様」
「はぁ、はぁっ、ふう……。ありがとうございます」

 結局、1時間ぐらいのレッスンを続けて行ってみたけれど、龍二くんは途中に休憩を挟むこと無くレッスンに付いてきた。彼は、体力も十分に有ることが確認出来た。

 水分補給の為に俺が飲み物を手渡すと、息を切らしながらもしっかりお礼を言ってから受け取る。まだお礼を言える程度には、体力に少し余裕があるようだった。

「疲れたなぁ。龍二くんは、初めてなのに賢人のレッスンによく付いてこれたね」

 一緒になって急遽のレッスンを受けていた拓海は、リノリウム床に寝転がりながら龍二くんの頑張りを称えた。

「僕も最近ようやく1時間はもつようになったけれど、龍二くんは最初から出来ましたね」
 
 優人は継続して鍛えたことによって今ではかなり体力がついて、長時間でも動けるようになっていた。それでも最初はやはり、優人は体力も少なく1時間もたなかった。その体力の少なかった頃を思い出して、龍二を称賛する。

「ありがとうございます」

 2人から褒められて、龍二くんはニコニコと笑顔を浮かべながらも恥ずかしさを感じているのか顔を赤らめつつ、お礼を言った。

「ところで、龍二くんはいつから三喜田社長に声を掛けられてたの?」

 俺は、少し気になっていた事を解明するために龍二くんに質問する。

 以前に三喜田社長が語っていた、メンバーとなる1人が既に確定していて、すぐに合流すると言っていた人物というのが、浅黄龍二くんの事で間違いないだろう。

 そうすると、あの時、優人がメンバーとなるのが決まってChroma-Keyというグループ名が明らかになった時には既に、龍二くんはメンバーとして決まっていたと言うことだから、いつから声を掛けられていたのかが気になっていた。

「実は、もう半年以上も前にはグループのお話は聞いていて、メンバーになるのは決まっていました。それに、赤井さんや青地さんの事についても教えてもらってました」
「そんなに前から?」

「えぇ、そうです。ウチの親が三喜田社長と以前から交友関係にあって、新しい事務所を立ち上げると言っていたスポンサーを申し出て、その話し合いの時にアイドルデビューについての話があって決まっていました」

 そう言えば、三喜田社長は新しい芸能事務所であるアイオニス事務所を立ち上げる時に、妙に自信満々に大丈夫だと語っていたが、浅黄財閥という大きなスポンサーが居たからだったのかと納得する。

「それじゃあ、何故いままで龍二くんの事を知らせてくれなかったんだろう? 三喜田社長は」
「三喜田社長が赤井さん達に僕の存在を知らせなかったのは、僕が口止めしていたからです」
「ん? どういう事?」

 合流することは確定していて、なのに存在を知らせてもらえなかったのは龍二くんが存在を隠すように三喜田社長を口止めしていたから。でも、それは何故? 理由が思いつかずに、本人に問いかける。すると、こんな答えが返ってきた。

「赤井さんと青地さんの二人のことは、話を聞いて以前から知ってました。それで、踊りが上手なのも知ってました。そんな2人に少しでも追いついてからグループに加えてもらおうと、失望されないように別の所でレッスンを受けていました」
「なるほど、そういう事か」

 龍二くんも多分、コネでメンバーに選ばれたという事を承知しながら、あらかじめ努力を重ねて能力をしっかり高めてから俺たちのグループに合流してくれたようだった。

 龍二くんは親が資金を援助してくれたからメンバーに選ばれたのではなく、能力で選んでもらったと言えるようにしっかりと精進している、というのが分かった。

 ということは剛輝の言った、金で選ばれメンバーになった、という考えは正しくはない。どうにか彼にその事を認識させて、龍二くんと和解してもらわないと。

 

 

第52話 青地剛輝の拒否反応

「なぁ、社長。なんで、このボンボンをメンバーに選んだんや? 他の奴じゃ駄目なんか?」

 5人目として選ばれた財閥の御曹司であるという浅黄龍二に対して、青地剛輝は頑なに5人目のメンバーとして加わる事に声を上げて反対していた。そして三喜田社長がなぜ彼を選んだのか、その理由を聞き出そうとしている。

 剛輝にメンバーとして選んだ理由を問いかけられた三喜田社長は、少し答えにくそうにしながらも浅黄龍二という人物を選んだ事情についてを語った。

「……実は、彼が新しいアイドルグループに加入することを条件にしてアイオニス事務所のスポンサーになってもらい資金を援助してもらう、という取引があった」
「それってつまりは、金でコイツをメンバーに入れるって事を決めたってワケかいな」

 三喜田社長が語った理由を聞いてみれば、財閥の御曹司としての力を存分に使った結果浅黄龍二を5人目のメンバーに選んだという風にしか聞こえなかった。金を出してメンバーにするという、ストレートだが分かりやすい言い方で剛輝は批判するように言い捨てる。

「それも確かにメンバーとして選んだ理由の1つだが、私は浅黄龍二くんにも確かにアイドルとしての才能があると見いだした。だから、Chroma-Keyのメンバーとして選んだんだ」

 三喜田社長は後から付け足したかのようにそう語ったので、あまり素質を見いだして選んだという理由に真実味を感じない。

 浅黄龍二が財閥の御曹司という人物であるからなのだろう、アイドルとしての才能があると言われてもスポンサーに媚びているようにしか聞こえなかった。

「そんなん、信じられへんわ」

 浅黄龍二がグループ内に入ってくる事に対して、剛輝は更に強く拒否反応を示しているようだった。だがしかし、剛輝の発した反論の声は段々と小さくなって気力を失っているようにも聞こえる。

 そして剛輝は一転して、何かを決意したかのような鋭い目つきで三喜田社長を睨みつける表情でじっと見つめると、宣言した。

「そのボンボンがChroma-Keyのメンバーに入るって言うんやったら、俺はChroma-Keyを辞めさせてもらいますわ」

 社長に対しての物の言い方に流石に失礼だと俺は剛輝を止めようとしたが、彼は三喜田社長にそう言い放った後は、もう話は終わったと示すように座っていた椅子から勢いよく立ち上がっていた。

「ちょっと、おい、待てって剛輝!」

 剛輝は怒りを体中から吹き出しているかのように憤って、俺の呼び止める声も無視して会議室を出ていってしまった。

 剛輝と三喜田社長の2人が話し合っていた会議室、剛輝が部屋から出ていって居なくなったことで一瞬にして静かになる。

 白熱していた剛輝の様子に口を挟めず、途中黙ったまま状況を見守っていた俺は、もっと早くに止めるべきだったと後悔する。

 俺と同じように様子を見ていたのだろう、拓海と優人の2人も微妙な表情でどうしたらいいのか困っているようだった。

「すまない、まさかあれ程に剛輝くんが怒ってしまうとは想定していなかった」
「いや、想定していなかったって」

 三喜田社長の情けない言い方に、少し幻滅してしまう。剛輝の境遇を考えれば意識が及ぶ事だと思うんだけれど。

 片や財閥の御曹司、ということは金持ちの子供として楽な人生を歩んできたのではないかと思う浅黄龍二という人物に対して、片や貧乏で生活するのも苦しい人生を送ってきた青地剛輝。

 今まで色々と剛輝は頑張ってきて、ようやくアイドルデビューという日を迎えようとしていた目前。まさか、お金の力を見せつけられて財閥というコネでグループの5人目のメンバーが決まった事。

 楽をしているだけにしか見えない人物が、自分達のグループに加わることが剛輝には許せなかったのだろう。

 そう言えば、当事者でもある浅黄龍二くんはどう思っているのかと視線を向けてみると、彼は苦笑に近い困ったような笑顔を浮かべていた。

「申し訳ありません、僕のせいで」

 笑顔を浮かべているものの、そう言って素直に謝ってきた浅黄龍二くん。財閥の御曹司ということは、態度が偉そうで傲慢さがあるかもと思っていたけれど、彼はそういう性格ではないらしいと分かる。

「こちらこそ、すまない。剛輝も少し言い過ぎたかもしれないが」
「いえ、僕がお金とコネを駆使して、あなた達のアイドルグループのメンバーとして選ばれたのも事実ですから」

 浅黄龍二くんは自分も関係ある事なのだと、事実をしっかりと受け止めて反省している様子だった。

 しかし、せっかく5人組として揃った俺たちだったが対面してすぐ、メンバー同士で大きな衝突が起こってしまった。

 問題を早々に解決しなければ、デビューも危うい。グループのリーダーとして、どう解決するべきかを悩む。

 剛輝の後を今からでも追うべきなのかもしれないけれど、今は怒って誰の話も聞いてくれなさそうな感じでもあった。

 彼の怒りの感情が落ち着くまで、しばらく時間を置いてから剛輝との話し合いに向かうべきだろうと俺は判断する。

 ならばとりあえず、三喜田社長が浅黄龍二くんから見いだしたというアイドルとしての素質を自分の目でしっかりと確認してみるべきだと考えて、俺たちは龍二くんを連れてレッスン場に向かうことにした。

 彼の実力について、この目で確認するために。

 

 

閑話13 舞黒優人の見た夢

 小さな頃から今までの人生で、僕は親の言う通りにしか生きてこなかった。自分から目指したいと思えるような夢も無いから人生の目標なんてものは無くて、特に親しい友人も居らず。

 ただ親の言う事をキッチリと守って毎日しっかりと勉強をして、いい大学を目指すこと、安定した職業に就職することだけ、人から設定された事を目標にして生きてきた。

 そして、それが一番正しい生き方だと信じて疑わなかった。なぜなら、僕には心の内から湧き出るような欲求が何もなかったから。そうじゃないんだと、両親を疑う考えさえ無い。

 まるで操り人形のように、親が糸を操って僕は動くだけのような、そんな人生を送っていた。

 そんな生き方を幼稚園から始まって、小学生、そして堀出学園という中学校まで続いていく。相変わらず、親から指示されて勉強漬けの毎日に、友達なんて親しい関係の人も特には居ない。

 堀出学園の入学試験を一番の成績で受かった時も、堀出学園に入学してから一番初めの試験で学年一位の成績を取ったとしても何の感動もない。ただ、指示された通りに動いているだけだから感情に変化がなにもない。僕自身の心は無気力で、何もない男だった。


 そんな無為な日々が続いていた、ある日の事。


 僕は、学校終わってからも親の言いつけを守って勉強をする為に、放課後も塾に通っていた。その塾へと向かう道中、不良に絡まれた。

 どうやら、僕が堀出学園の制服を着ていたから標的とされたらしい。それ以外には会話も通じず何も情報を得られずに、ただ連れ去られただけ。

 そのまま僕は、見知らぬ廃工場に連れて来られた。こんな時になっても、僕の心に感じるモノは何もなかった。ただこの後は、不良達に暴力を振るわれるのか。それとも最近は物騒だから彼らに殺されてしまうかもしれない。そんな予想をして、結局は何も感じない自分を観察するしか出来なかった。

 こんな状況に追い込まれた今の自分は、運が悪く仕方がなかったと。ただただ諦めが付いていた。

 そんな事を考えている時に現れたのが、僕と同じ堀出学園の学生服を着た青年だった。現れた彼は、ずいぶんと背が大きくて堂々とした姿から、僕よりも年上だろうかと予測する。

 そして僕はその人物を見た時に、なぜか強烈に感情が動いている自分に気が付いた。

 なんだろう、自然と視線が吸い寄せられるような、絶対に見逃してはならない! と心の底から訴えてくるような僕の知らなかった感覚。ずっと、あの人を見ていたいという思い。

 本当に、生まれてきて初めてと思えるような僕自らが求めるという感覚だった。一体何なんだろうと思いながらも、堀出学園の学生服を着た青年の姿から目を一秒も離さずに凝視し続ける。

 不良の一人が、あの青年に用事があって呼び出す為に僕を人質として連れてきたらしい事が分かった。彼らの会話を聞きながら、状況をようやく理解していく。ただ、僕にとっては、そんな事はどうでもよかった。

 青年がアイドルをしている人だということを知り、過去に何かしらの因縁がある事を知り、青年が脅迫されている状況を眺めていた。

 それなのに青年は堂々とした姿で立ち向かい、不良達と対峙している。そして何故か、不良達が揉めて新道と呼ばれている男だけが、青年とタイマンを張るという事になっていた。

 不思議なことに、僕は青年が負ける姿が全く想像できず、新道という不良に対して必ず勝つであろう未来を容易に想像できた。

 その青年がどの程度強いのかも知らず、何か格闘技をやっているのか、スポーツは得意か、それとも不得意なのかも知らず、何の事前情報も無いのに。

 青年が不良に勝つだろうという僕の予想は、間違いなく当たっていた。しかも、圧倒的な差を見せつけて。新道という名の不良に一切何もさせること無く、最後は武器を取り出してきた新道に対して一切の怯みも見せずに青年は立ち向かって勝ってしまった。

 その時、僕は興奮していた。そう、自分でも信じられないくらい熱心に2人のケンカに注目していた。

 2人のケンカが終わった後、僕はアッサリと不良達の手から開放された。何一つ怪我をすることもなく五体満足で。

「舞黒くん、だよね」
「はい、そうです」

 堀越学園の寮へと向かっている途中、青年から声を掛けてくれた。彼は僕のことを何故か知っているようだったが、僕は返事をするので精一杯。

「俺は赤井賢人。それで、怪我とかはしてない?」
「大丈夫です」

 赤井賢人、それが青年の名前だと知った。今までに聞いたことが有るような、無いような。でも、今まで彼を目にした覚えはない。姿を見たのは今日が初めてなのだろう。

「ごめんなさい、俺のせいで巻き込まれたみたいなんだ。どう、お詫びしていいか」
「いえ、僕は問題ないです」

 赤井さんが申し訳なさそうに謝るが、巻き込まれたことを迷惑だなんて思っていないかった。むしろ出会えたキッカケとなったことに、僕は感謝している。そうだ、感謝だ。

 僕は赤井さんの事を知ることが出来て、感謝するほどに嬉しく思っている。何故、彼を知ることが出来たのが嬉しい? 自問自答する。

 赤井さんを知ることで、今までに感じたことのない程に感情が揺れ動いたから。何故感情が揺れ動いた?

 今まで感じたことのない、夢を手に入れられたから。僕は赤井さんのようになりたいと思った。今まで、持ったことの無かった将来の展望。

 堀越学園の寮へと到着した時、僕は到着するまでの道中で何を話したのか一切記憶になく、そのまま赤井さんと別れた。

 そして、自室に戻ってきて考えた。夢に見ることになった赤井さんのようになるためには、どうしたら良いのかと。考えて考えて考えて、ある人の事を思い出した。

 アイオニス事務所という芸能事務所で、社長をしているという三喜田さん。彼は何故か、アイドルとも芸能とも何の関係もない僕にデビューしないかと、オファーをしてきた人物だった。

 以前は一切の興味を持っていなかった筈なのに、今は何ものにも代えがたい情報の1つだった。

 僕は三喜田さんと連絡を取って、赤井賢人という人物について尋ねてみた。先程の出来事で赤井さんがアイドルをしているらしい、という情報を得ていたから。三喜田さんが何か知っているのではないかと考えて。

 すると三喜田さんは、赤井賢人という人物がアイオニス事務所に所属するアイドル訓練生であるという事を教えてくれた。

 そして、再び三喜田さんは僕にアイドルのデビューをしないかとオファー。僕は二つ返事で引き受けることにしたのだった。

 夢に見ることになった、赤井賢人という人物に少しでも近づくために。